体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョォ……(私……なんであんな事言っちゃったんだろ……)」
ふと、昨日のことを思い出す。なんだ、あの態度は。まるで自分が神仏の類いとでも言っているようなモノではないか。北海道神宮に八百升もの地酒を集めさせるなんて申し訳ないし、集めてくれなかったら恥ずかしすぎるし……。
「ピョ……」
だが、所詮は過ぎたこと。切り替えることとしよう。
「ピョオ!」
ただ……なんか、アレだな。うん、アレだよな。
「ピョォ……(昨日の今日で、また人間の前に姿を晒すっていうのは……こう、違うっていうか。なんだろうな、威厳がなくなりそうっていうか。気恥ずかしいっていうか。注目を浴びすぎちゃうっていうか)」
……よし、これから数週間ぐらい公海に引きこもってるか。
◇
「ピョ(スケトウダラの調味料無し丸齧りは、腹には貯まるが少し口が寂しいな)」
まぁ、美味しいんだけどね。ただ、私は結構グルメな訳で。もう少し、旨味とか、脂とか、香りとか、塩気とか、ワンランク上の味が欲しくなってしまう。
「ピョオ(あ、イワシの魚群だ)」
これこれ、やっぱり青は美味しいね。秋刀魚とは比較対象にすらなれんが、旨味も脂も香りも抜群だ。イワシというと小骨がマイナスポイントとなりがちだが、私にとっては関係無い。
「ピョ……(ビール飲みたくなってきたな。ビールじゃなくても良いから、取り敢えず酒が欲しい。私は酒が好きだから数ある大企業の中でもヨントリーに就職したんだ)」
弊社は世界屈指の超大手酒造メーカーでもあるからな。確かに清涼飲料やワインでは他社に負けているし、ビールでも……正直、エベツビールさんや朝日飲料さんに勝っているとは思っていない。だが、こと蒸留酒に関しては絶対に全企業を凌駕していると自負している。
「ピョ(そう言えば、両親は私の葬儀で蒸留酒を供えてくれただろうか)」
弊社のウイスキーは、世界的な蒸留酒の品評会で常に優勝候補の超一級品。円安もあり、取引価格はドンドン高騰していっている。特に私が大好きな山碕12年は、肥大化しすぎたネームバリューのせいで特に値上がりが酷い。2023年時点でも……正直、取引価格相応の味かどうかは首をかしげざるを得なかった。
「ピョッピョ(その点、七ジンは良い。希望小売価格で取引されているし、それでいて美味い)」
ジンの原料は、ジュニパーベリーという日本人には中々馴染みの無い代物だ。味わいも複雑で、東洋の食文化とは相性が悪い。だが、弊社の優れた技術力の前には全ての酒がジャパナイズされ、洗練される。
桜花、桜葉、煎茶、玉露、柚子、山椒、そして何より大和魂。この七つのボタニカルにより、七ジンは和酒としても洋酒としても完成された3000円~5000円代スピリッツの定番の一つともなった。風光明媚、ジンを飲んでいるのにこんな言葉が頭に浮かぶような酒だ。
「……ピョ(さて、と)」
いつまでも、人の気を避け太平洋でボーッとしている訳にもいかない。もう、11月も中旬を迎えようとしている。寿命は長いだろうが、今年の旬の魚を逃すのは勿体無い。
今の時期の、北海道の旬の魚と言えば……アレだな。
「ピョォ!(いざ、むかわ町へ!)」
むかわ町、胆振東部に位置する小さな港町。人口は少ないが、特徴が無い訳でもない。恐竜の化石が数多く産出されることでも知られており、むかわ竜と命名された国内最大の恐竜の化石も発掘されている。
しかしハッキリ言って、私にとっては恐竜なんぞむかわ町の最大の魅力ではない。最大の魅力、それは……
シシャモ、である。
勿論、あの安いカラフトシシャモことカペリンでは断じてない。カペリンも、確かに美味い。シンプルな塩焼きでも、時期によっては立派なツマミになる。
「ピョ!(だが!)」
シシャモには、本物のシシャモには、到底及ばない。例えるなら、1940年代の日米の国力差ぐらい段違いだ。
あまり有名ではないが、実は北海道太平洋側の一部地域にしか生息しない日本固有種。代替魚の方が圧倒的に流通しているのも、この分布の少なさによる希少性が大きい。また、鮭などと同じく遡上する魚でもある。丁度今の時期が遡上シーズンであり、旬なのだ。
「ピョー(実は、むかわ町に来るのは初めて)」
お世辞にも有名な町とは言えないし、地理にも疎いが…………居た。
「ピョ(私の目なら、どの川にシシャモが居るかなんぞ全て見通せるのだ)」
急降下。子を為そうと必死に川を昇る巨漢童貞を、喰らう。
旨味。強烈で、濃厚な旨味。
「ピョォオーッ!」
カペリンとは、大違いだ。身は柔らかく、あの微かな苦味も無い。旨味も脂も香りも隔絶の差だ。5倍近い値段がするのも妥当である。
魚は大柄だと大味にもなりやすいが、シシャモは逆。身体が大きければ大きい程、味が良い。骨が太くなる分食べにくくなるが、それはあくまで人間基準。私にとっては関係無いさ。
「ピョッ(次はメスも食べちゃおうか)」
腹がプックリと膨れた個体を厳選し、補食。身の味は微妙、しかしそれは卵に栄養が行き渡っているということ。
「ピョッピョピョー!(美味い!)」
子持ちシシャモ、なんて言われて有り難がられているんだ。勿論、味は抜群。
卵は一つ一つ粒がたっているものの、決して硬くはない。むしろ柔らかく、ふわり、ほろり、とした食べ心地。味わいは極めて濃厚で、味付けなんて何もしていないのに既にイクラ並み。
「ピョオ……(シシャモは個体数が少なく、稚魚を放流してようやく産業が成り立っている魚だ。食べ過ぎは禁物、口惜しいが十匹程度にしておこう)」
眠気がする。私はできる限り陸から離れた場所へ飛び、海面に浮かび流れに身を任せた。
◇
「ピョピョー(いやぁ、よく寝た)」
む、羽のボリュームが増えている? あぁ、なるほど。換羽期が来て、冬毛になったのか。鷲だからか流石に見た目の違いは僅かで、本当にただボリュームが増えただけだな。海面にも、抜け落ちた羽根が結構な数漂っている。
潜水し、適当に腹拵え。海面に大きな飛沫と波紋を立てながら大きく上昇し、北海道を一望する。
「ピョ(また視力が上がったか? ブルーベリー何個分だろうか。む、アレはまさか……25歳年上で三人の子供を持つ高校時代の教師と離婚一年後に再婚したことで有名な、かのエマニュエル・マクロス大統領か? 何故、フランス大統領が新千歳に……?)」
フランスの政治はよく分からんが、珍しいこともあるものだな。……そう言えば、2024年はパリオリンピックだったな。特別スポーツに関心がある訳ではないが、一般教養としてオリンピックの切り抜き動画やニュース程度は見ようと思っていた。パリと言えば、花の都。パリ症候群なんて言葉もあるが、さぞかし美しいパフォーマンスや食事で国威発揚してみせたのだろうな。
「ピョォッ!(ッ!? 20式小銃!? まさか、革命……いや、ただのサバゲーか。しかし、随分とリアルなサバゲー。もう少し近くで見てみるか)」
場所は利尻島中央に聳え立つ利尻富士の山腹。百八十人ぐらい居るか? 装備も凄い手が込んでいるなぁ……。まるで本物だ。おっ、アレは米国主力小銃の……なんと言ったか、M15? みたいな名前の銃だな。こっちも凄いリアルだ。
お、撃った。発砲後の薬莢まで実銃ソックリ、空砲って言われた方が納得できるな。
「大和魂を見せてやる!」
「着剣!」
「突撃ィー!」
「敵の装甲車を発見!」
「駄目だ!」
「駄目かぁ……」
「くそったれ、被弾した!」
「海軍の艦載機が航空支援に来るという話はなんだったんだ!」
「『陸軍としては海軍の支援に反対である』とキャンセルの報せを送った!」
「キャンセルだと!? 敵性語だぞ!」
「敵性語なんて婦人会の戯れ言だ!」
「天皇陛下万歳!」
「鬼畜米英め!」
「皆殺しだあぁ!」
「尻尾巻いて帰れ!」
「鶴翼の陣形!」
うわっ……うるさ……なんだこのエセ日本兵達は……。最近はこういうのが流行っているのか? 発言は過激だが、歴史に関心が向いているのは良いことだ。歴史から学べることは多い。
「敵の爆撃機を発見!」
「B-29だ! 竹槍投擲よーい!」
「天皇陛下!?」
「なんだあの巨鳥は!」
「総員傾聴! あのお方は神鷲なるぞ!」
「神のご加護は我等にあり!」
「これで戦争に勝てる!」
「モスクワは日本領だ!」
「北征!」
「北征!」
「北征!」
「三度目……三度目だ! やはり、やはり私こそが! 神鷲よ、ご照覧あれい! わたくしめが、必ずや2025年8月に樺太を奪還し要塞化してみせましょう! 例の下衆についても、配信者二匹は各方面に掛け合い最大刑を確約、猟師は我が軍で歩兵教育を……」
あっ、コレ関わっちゃいけない人達だ。おい、利尻島の右傾化を深く憂慮する一市民は何処かに居ないのか。これじゃ、日本兵というより関東軍だぞ。