体長10mの鷲   作:害獣駆除業者F

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かつてアイヌの民は、大雪山を''神々の遊ぶ庭''と呼んだ

 

 

「ピョ(なんだこれ)」

 

 一連の献立を終えようやく訪れた適合の後、私は目覚めた。しかしこの目に映る情報は、断片的に脳に残っている最後に見た光景とは大きく異なっていた。

 

「ピョオ(無垢材の一枚板……随分と上等な和室だ。北海道タモか?)」

 

 私の巨体でも翼を広げられるだけの、中々に広い木造の部屋。それをこの木材と来たか、建てるだけで十億はしてもおかしくない。

 

「ピョッピョ(調度品もいいな。手を付けてなかった分の酒樽も有る。となると、まさか私に用意された部屋ということなのだろうか)」

 

 おいおい、それはちょっと貰いすぎだぞ。私なんて、マグロ数尾引き渡したぐらいしかしちゃいない。……こいつは、暫くはもう少し衆生に尽くすべきだな。

 

「……おい、なんだか鷲の鳴き声がしないか?」

「まさか、神鷲が目覚められたのか!?」

 

 外から男の声。かなり近い、襖を挟んですぐそこに居るようだ

 

「失礼します」

 

 作法に則り、男達は襖を開ける。その顔からは驚きと共に強い歓喜が見受けられた。男達は日露戦争時の軍人を思わせるコート姿で、本物かどうかは知らんが軍刀を佩いていた。

 

「ピョピョー(おはようございます。羽毛に包まれた私には何の問題も有りませんが、今日の寒さは翼の無いホモ・サピエンスには堪えるでしょう。お仕事、お疲れ様です)」

「我ら、神道神鷲派の一信者。預言者八十六より、僭越ながら神鷲の眠りの守護を任されておりました」

「失礼、少々同志に連絡を…………こちら警備班の多田。神鷲が目覚められた、今すぐ朝餉を用意してくれ。宮大工衆も作業をより静かに頼めるか」

「ピョオ(食事も用意してくれるのか? 至れり尽くせりで悪いなぁ……私、本当にお酒を強請ってマグロでお返ししただけなのに)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピョ(ごちそうさまでした)」

 

 今日の献立は、日本昔話盛りの白米、鮭の塩焼き、イクラ、鴨の筑前煮、出汁巻き玉子、茄子の生姜焼き、薬味たっぷり冷奴、漬物、納豆、味噌汁であった。

 

 どれも大変美味であり、良い朝食であった。特に鮭の塩焼きは幾つもの切り身を活け作りのように並べたモノであり、実に豪勢であった。

 

「ピョッピョ(しかし、凄い場所だな)」

 

 食事を終えた私は部屋を出て、周囲を見渡す。建築途中ではあるが、私のサイズを基準としている開放的な巨大建造物だ。流石に私が目覚めた場所に比べるとグレードは落ちるが、木材も良い質だ。鉤爪で傷付き張り替えることを前提としているのか、床材は普通だが。まさか、今の私が屋内を歩けるとはな……。

 

「ピョオ(そう言えば、私の眠りを守っていてくれた彼等は神道神鷲派や宮大工衆という言葉を発していたな)」

 

 となると……ここは、ただのデカい鳥を崇めてしまった方々の信仰の本拠地たる神社ということなのだろうか。そう言えば、私が目覚めた場所を外から見ると本殿に似ていた。なんだか、随分と大きな事になっちゃったなぁ……。

 

「ピョピョ?(おいおい……周囲から浮いた雰囲気の小部屋が有ると思ったら、これは教会か? 神道と言っていたと思うのだが、何故教会が併設されている?)」

 

 ふぅむ……私がミサに参加したことや聖歌を歌ったことから、キリスト教にも縁ある存在という解釈をしているのだろうか。いやまぁ正しいけど。私はゆるふわクリスチャンでもあるから。

 

「ピョー(私の搬入に、この超巨大神社の建設……どれだけ寝ていたんだ? というか、ここは何処だ?)」

 

 適当な天井の無い場所で羽ばたき、垂直に上昇。成層圏で停止し、北海道全域を見渡し先程まで居た場所を特定する。

 

「ピョ(なるほど、大雪山の山頂付近か。そこを神社に改造途中と……)」

 

 大雪山は北海道中央部に聳え立つ、巨大な山塊である。中でも旭岳は北海道最高峰であり、世界的にもトップクラスのパウダースノーが降るスポットとしてスキーヤーから絶大な支持を得ている。

 

 しかし、コイツは相当とんでもない金が動いているな。国内外から大勢の富豪達が出資し、政府からも手厚い援助が出ているのだろう。

 

 私が思っている以上に、勘違いしてしまった人は多いようだ。ハッキリ言って邪教だとは思うが……他者の信じるモノを侮辱するというのは、最も下劣な行いの一つである。共感はできんが、私なりに理解と尊重はしよう。

 

 

 大きく広げ滑空していた翼を畳み、首を真下に向ける。目的地は旭川市。旭山動物園などで有名な、北海道第二の都市である。何度か訪れたこともあるが、大変素晴らしい街であったと記憶している。着地はせず、高度200m程度で平行飛行に切り替え。街の人々のスマホを盗み見させて貰う。

 

「ピョォ……(12月23日、丸々一ヶ月も寝ていたのか……)」

 

 もう少しでクリスマスを寝過ごす所だった、危ない危ない。キリスト教において大変重要な、守るべき休日だからな。

 

 すぐに旭川市内を出て、上昇。大雪山を飛び越え、成層圏を飛び越え、中層圏と熱圏の境目まで。人間時代含めても、ここまで高い所は初めてだ。私も、随分と化物になったものだ。

 

「ピョ(……恐ろしい)」

 

 なんだか思春期のちょっとイタい学生みたいな事を言うのだが、私は私自身が恐ろしくてたまらない。今の私は、白鯨すら歯牙にかけない最強の生物であろう。ちょっとした一つのミスで、意図せず人間に甚大な被害を出し得る。酒だって、ほろ酔い以上になる訳にはいかない。

 

 そして何より、認知症だ。私は、認知症が怖い。恐ろしすぎる。もしも人間を襲ってしまったら、もしも自身の症状に気付けず自殺できなかったら、精神が退行し自殺を受け入れられなくなってしまったら。

 

「ピョォ(認知症にだけは、認知症にだけはなりたくない。それだけは、絶対に有ってはならんのだ。ここまで成長してしまった私の討伐に掛かる犠牲の数は、想像も付かない)」

 

 だが、これ以上の適合を避けようとも思えなかった。新たな美食を、身体が強く求め続ける。私の頭は、美食で埋め尽くされているのであった。

 

「……ピョ(ジャンキーそのものだな)」

 

 

 

 ……さて、いつまで暗い気持ちで居るのはナシだ。勿体無いにも程がある。人生一度きり……では無いが、楽しんで過ごさねば損である。いや待て、今の私が送っているモノを人生と評して良いのか? ……まぁ、どうでも良いか。

 

「ピョー(折角大雪山に居るんだから、それらしいこともしよう)」

 

 着地した私は適当な大きめの木を伐採させて頂き、樹皮を剥ぐ。適当な厚さに断ち、木板の頭と尻を丸め軽く曲げる。木板のド真ん中を狙って鉤爪を深く食い込ませる。

 

「ピョッピョピョー(完成! 即席スキーーボード!)」

 

 実を言うと、私は札幌一人暮らし学生時代に少しだけスキーボードをしていたのだ。ウィンタースポーツのサークルにも入らず、単なる友人達とのお遊び。それでも、仲間内では私が一番上手かったんだ。

 

 足にスキーボードをハメ込んだまま飛行。山頂から、一気に滑っていく。

 

「ピョピョッ(スキーが好きー、ってな!)」

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

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