体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「は? え……マジ? マジで?」
「マジです」
「た、誕生日……だよ? 私の誕生日なんだよ? 今日はクリスマスなんだよ?」
「別にすぐ帰ってきますから。少しだけ、お気に入りの子の様子を見てくるだけですよ」
「そんなぁ……ヨハネ、最近下界に降りすぎだよぉ……」
「今、鳥界隈は熱いんですよ。最近の金鵄とか、ずっとアレの近くか太陽の中に居ますよ」
「いや、君は鷲に例えられるだけで人間だろ」
「主も鳩になって見に来るらしいですよ。イエス様も来ませんか?」
「えっ…………もー、仕方ないなぁ」
◇
「ピョ」
うまい。
「ピョー(調理済みも勿論最高だが、丸齧りだって負けちゃいない)」
メバルをもぐもぐと──いや待て、頬が無い私にもぐもぐという表現は適切なのか? もぐもぐ、という表現は頬を動かしている様を連想するぞ。まぁどうでも良いが。こんなものはイーグルジョークにすらなれない。
「ピョッピョ(さて、栄養補給は済んだ。神社の食事は素晴らしいが、あまり人間から食事を貰い続ける訳にはいかない。折角のご厚意だが、私はあくまで野鳥である)」
今日はクリスマスイブだ。一人の……一羽のゆるふわクリスチャンとして、それ相応の生活をせねばな。
根室海峡を飛び立ち、私は神社へと戻った。
「なるほど……そうか、召し上がらなかったか」
「け、決して毒などは……!」
「気にするな、お前達が奴等の依頼を受けたなんぞ疑ってはおらん。それに……神鷲よ、おはようございます。ほれ、神鷲の風に怒りは無い。データからして、献立に不備が有るとも思えん。神鷲にとっては、過剰な献上であったのだろう」
えぇと、山本八十六……だったか? このクソデカ神社の中で、彼は料理人風の男と話していた。
「ピョ(おはようございまーす。じゃ、私はこっちの教会行くんで)」
「……教会、しかもこの日。やはり、神鷲とキリスト教に縁が有るのは確実。……良い神父を、早く探さねば」
教会に入った私は、本棚を漁りクソデカ聖書をクソデカ講壇の上で広げる。クリスチャンのクリスマスイブの過ごし方と言えば、やはり聖書の朗読だろう。……サボっちゃった年も結構あるけど。
「ピョ(……不思議だ。妙に温かい)」
気温の話ではない。例えば……そうだな、ジュゴン湯に近い。アレは物理的にもそうだったが、何より心が温まるモノだった。
「ピョー(主を、近くに感じる。まるで、すぐそこに居るかのようだ)」
教会に、一人の男やって来る。ふやけたジョニー・デップみたいな顔立ちの、妙に見覚えが有る男だ。やけに神聖な気を感じる。彼は人間サイズの長椅子に腰掛け、私を見つめる。
「へー……彼が例の。……なにこれ、本当に正体がわからない。何がどうなってるの? うわぁっ、内臓キッッッモ! 何これ……えぇ……?」
「ピョ(おっ、日本語お上手)」
開いたままの扉から、純白の鳩と度々見掛ける不明種の鷲も歩いて来る。彼等は仲良く纏めて横に並び、私の聖書朗読に耳を傾ける。……聖書朗読と言っても、ピョーピョー喚いているだけだが。
「ピョ?」
朗読にも一段落付いた頃、顔を上げると彼等は居なくなっていた。変わりに、椅子の上には温かいパンとぶどう酒。彼等が残していったものだろうか。外に出て成層圏から見渡してみるが、見当たらない。
「ピョ(うーん……食べちゃうか)」
あ、結構美味しい。
「ピョッピョ(集中途切れちゃったな。何か別の事をしよう)」
よし、次はミサに行こう。また神社を出て、飛行。旭川市内の適当な教会を見付け、その真上をゆっくりと旋回飛行しながらミサを聞く。
[我等21世紀のクリスチャンは皆、貴方の復活に歓喜しております! 何卒、アメリカにも祝福の光を! ウイスキーもビールも、ミシガン湖を満たす程に用意しております!]
「おっ、鷲だ」
「すげー、風を感じる」
「わー、可愛いー。おっきー」
[日本に来て良かった……。粉雪の中を舞う彼の、なんと美しいことか……]
[貴方が聖書片手にクリスマスなのに日本旅行なんて言い出した時には、気でも違えたのかと思ってたけど……そうね、来て正解だったかもしれない]
随分と外国人が多いな。それも、キリスト教関連の道具を持っている。海外のクリスチャン達のクリスマスの過ごし方は、家や近所の教会で家族と過ごすのが基本と思っていたが……今年は少し違うようだ。
「ピョ(聖歌って、良いよなぁ)」
「鷲さんなんかほざいてて草」
「あ゛? テメェ今、神鷲になんて言った? 背骨引っこ抜いたろかボケが」
「グエー死んだンゴ。許してクレメンス」
[これは……''来たり給え、創造主たる聖霊を''か?]
[聖歌斉唱のチャンスよ!]
[ヒャッホー! 練習をしておいて良かった!]
ミサに合わせて聖歌歌い終えてから数秒、教会から神父様が現れる。彼の後ろには複数の男が並び、大皿と机を協力して運んでいた。人混みを見据えた感染症対策なのか、ガスマスクまで持ち出している。流石にちょっと大袈裟な気はするが。
「聖ヨハネよ! イエスの最も愛した弟子、聖ヨハネよ! 聞こえておられるか!」
「ピョ?(えっ? 聖ヨハネ? 聖ヨハネ居るの? 本当に言ってる? えっ何処に居るの? 気になるんだけど)」
「貴方の為に、この料理を用意しました! どうか、お召し上がりくだだい!」
「ピョォ……(いや、流石に居ないと思うけどなぁ。それっぽいのすら、少なくとも目視では見当たらんが)」
「…………まだ、食べないのか」
「……大丈夫なんすよね、コレ」
「た、多分……」
「シンプサマ、コニチワ。聖ヨハネ、uh……unlikely to 召し上がらない ワタシ、カノウ、いただきます?」
「ぇ……ちょ、ちょっと待っ……!」
体重100kgはオーバーしていそうな一人の推定キリスト教徒が、大皿のチキンに手を伸ばす。彼女は笑顔でかぶり付き……嚥下したばかりのチキンを吐き出した。顔を一気に青ざめ、喉に手を当て地面を這い回る。穴という穴から汁を滲ませ、長い嘔吐。
「……ど、毒だ!」
「おい、救急車! 救急車を呼べ! 俺は警察を呼ぶ!」
[……聖ヨハネへ差し出した料理を食った瞬間に、この症状……? 即効性の毒がチキンの表面に付着していた以外、考えられない]
[テメェ……やりやがったな。ガスマスクはそういうことかよ!ふざけやがって!]
[よろしい。日本の牢屋で一生を過ごす覚悟はできた。日本風に言うなれば……一族郎党皆殺しじゃあ! このクソ神父モドキが!聖ヨハネを、あろうことか毒殺しようとな!?]
「服で顔を厳重に覆い、すぐに離れろ! 風で毒が撒き散らされるかもしれない!」
うわぁ、なんだか大変な事になっているぞ。というか聖ヨハネはいったい何の話なんだよ。聖ヨハネはどこに居るんだ。そもそも、何がしたかったんだ。
神父達はクリスチャンから囲まれ暴行を受けている。粉雪で白かった地面は、あっという間に赤く染まっていた。
「ピョ(おいおい、私刑は良くないよ。彼等はもう歩くこともできない)」
正直、ガスマスクからしても明らかに故意として現行犯で捕まえるべき範囲だとは思うが……死ぬかどうかは、司法が決めることだ。少なくとも、海外から来た旅行客ではない。
飛行を維持できるギリギリの低速で飛んでいた私は、軽く上昇。彼等に軽く風をぶつける。
[うぉあっ!]
[聖ヨハネ!? 何を!?]
「ピョッピョ(おやめなさい。あなた方が、手を汚す必要は無い)」
怯んだクリスチャンとエセ神父共の間に降り立ち、一応保護。エセ神父共を睨んで縮こまらせ、毒料理をどうするべきか考える。すると、一人の初老の男が陸上選手のような瞬足でやって来た。装填済みの拳銃を抜き、引き金には指を添えず構える。
[はじめまして。クリスチャンの方々。私は山本八十六、神意を預りし者である。独自のルートでとある情報を聞き付け馳せ参じた。私は北海道北部にある利尻島の警察署長でもある。ここは私に任せ、避難していただきたい]
[あ、貴方が…………分かりました。任せます]
なんだか見覚えのある顔だと思っていたら……この山本八十六はヒグマを殺しに行った時の極右警察だったのか。近付かないように決めいていた男に、いつの間にか急接近されていたんだけど……。
もしもし警察さん、ストーカーへの対応をお願いしたいんですけれども。
「チッ、どれだけ依頼をバラ撒いているんだ。金に物を言わせよって……神鷲よ、神父達の身柄を頂いても?」
「ピョ(どうぞ)」
「ありがとうございます」
「署長! あっちの教会も黒でした! どうやら、神鷲の奇跡で需要を失い憎しみを募らせた一部の介護系の人間が奴等に合流したようです」
「了解した。他の教会については、お前達の裁量に任せる。抵抗するなら、発砲を躊躇うなよ。世論は我々の味方だ、自分達の命を大切にしろ」
「ハッ!」
……む? 今、空に一瞬金ペンキの鳶が見えたような……。それと同時に、降り注ぐ粉雪はパタリと止む。温かな太陽が私達を煌々と照らし、毒料理は燃え尽き灰も残らない。
「ピョ(わー、羽の表面に浮いた水滴が太陽光を反射してキラキラしてる)」
[ぅ……あぁ…………ま、眩しい……今日、日焼け止め塗ってないのに……]
「ピョ?」
喋った……? いやだが、この肥満女性は確かにさっきまで毒で苦しみ続けて……
[これが、イエスに最も愛された弟子の奇跡か……。もはや彼は、聖霊そのものである!]
まぁ……そういう日もあるか。
今日も私は元気である。