体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョ(……そう言えば、ここは初めてだな)」
私は、日本国民の中において比較的札幌に明るい部類の人間であった。しかし、明るいと言っても住んでいたのは五年程度。散策が大好きだった訳でも無く、札幌は世界中の都市を上から順番に百個羅列すれば名前が出てくるような広々とした都会。また、大学に入る前の私は軽薄で、生意気で、不寛容で、無礼で、他者を嘲笑し、伝統を軽んじ──敢えて自虐的に言うのであれば、クソガキだった。
札幌にも、行った事の無い神社の方が多い。その一つが、この布袋神社であった。その名の通り、七福神の布袋様を奉る神社である。畑を荒らしていた鹿を茂みで食べていると、そのすぐ横がこの布袋神社だったのだ。
「ピョッピョ(とは言え、私は布袋様には明るくない)」
布袋様と言えば……なんだ? うーむ……
「ピョ(ごっこ!)」
そうだ、まだごっこを食べていなかった。冬の北海道を代表する魚の一つであり、正式名称はホテイウオ。布袋様に由来しており、その丸っこいフォルムが似ているからと言われている。
ごっこは極めて生息圏が狭く、道南と北東北でしかマトモに狙って漁をすることはできない。
「ピョー(よし、噴火湾に行こう!)」
……その前に、
「ピョッピョ(やって来たぞ、室蘭)」
室蘭は札幌と噴火湾の中間にある街だ。重化学工業でも栄える港湾都市で、絵鞆半島の先端に位置している。個人的には、やきとりのイメージが強い。
他の人がどうかは知らんが、私は''焼き鳥''と''やきとり''を明確に区別している。私にとってのやきとりは、つまり豚串である。
昔の北海道では、鶏より豚の方がお手頃という状況だった。その為、当時の人々は焼き鳥に豚バラを使い始めたのだ。
昔の北海道の人々とは、開拓者。プロレタリアート極まる人々であり、その上寒冷地と来たものだ。脂肪と旨味の強い豚バラは、鶏が同じ値段で買えるようになったとしても強い支持を受け続けた。そうして成長と普及を続けた結果が、室蘭のやきとりである。
正直、私はやきとりの方が好き。減量期は鶏ねぎまを塩で焼くことも結構あるが、普段はやきとり。道南にはハセカワストア*1という食品に特化したコンビニが有り、そこでは本格的なやきとりを店舗のど真ん中で焼き続けているのだ。函館産赤ワインを霧吹きしているのが特徴。イチオシはDXやきとり弁当旨辛味。道南や根室に寄った時のランチには、是非ともおすすめしたい。
「ピョ(名前負けしているモノというのは珍しくないが、ココは名前負けランキングでもかなりの優勝候補)」
地球岬、私が今立っている場所だ。太平洋を一望できる、美しい場所である。しかし……地球岬、地球岬だぞ。いくらなんでも言い過ぎだろう。こんな日本人ですら一割も知らないであろう岬が地球の名を冠しようなどと、片腹痛いわ。
「ピョー(まぁ、語源は地球関係無いんだけど)」
北海道の地名が基本的にアイヌ語由来なのは周知の事実。地球岬の場合は、''断崖''を意味するチケブが変形していったモノと言われている。あまり地球岬には明るくないが……大方、当時のノリや町おこしの一環としてこう名付けたのだろう。
「ピョ(……さて)」
飛び込み。噴火湾の海面を、この大きな嘴で突き破る。ごっこはその見た目に違わず比較的深い所に居る魚だが、冬から春にかけての産卵期はかなり浅い場所にまで上ってくる。
その無用心で柔らかなボディを鷲掴み、地球岬にまで引き揚げる。尚、ごっこの肉は食べない。何故なら、生食にあまりにも不適切だからである。ハッキリ言って、ごっこの刺身を食べるぐらいなら自分で捌いたウナギの刺身を食べる。
正直に言うと、私はあまりごっこを評価していない。函館生活時代に食べ飽きたというのもあるが、味が似ていることで知られるアンコウの方が遥かに好きだ。函館キャンパスはゴミ。我が母校は早急に水産学部の函館更迭を取り止めろ。我が母校最大の汚点。函館キャンパスはカス!!!!!しね!!!!!
オタマジャクシみたいな身体はゼラチン質で、殆どが頭とぶよっぶよの皮と内臓。ごっこは、加熱調理専用の魚だ。ごっこを狩りに来たのは、単なる暇潰しの側面が強い。
「ピョッ(内臓は食べるけど。まぁしかし……別に味に優れる訳ではない。子や肝は確かに美味いが、もっと美味い魚はいくらでも居る。加熱していない状態では、尚更だ。あん肝は生でも美味いが、ごっこ肝の真価は加熱だ)」
……あ。
「ピョピョー(そうだ! 神道神鷲派なるカル……方々に料理をお願いしに行こう)」
彼等にとって、私は信仰対象。そんな私が食材を持っていけば、快く料理してくれるだろう。あまり彼等と関わりたくはないが……美味しいご飯こそが私の生き甲斐だからな。
再び潜水し、適当にもう何匹かを新たに捕獲。大雪山にある、私を崇めるクソデカ神社へと向かった。
「ピョォ!」
「おぉ! 神鷲よ!」
「ピョピョピョーピョ、ピョーピョピョ」
「これは……あぁ、なるほど。少々、お部屋の方でお待ち下さい。今、お食事を作ります」
厨房の扉まで行き、人を呼んでごっこを押し付ける。意図を察したのか、彼等はごっこを受け取り調理に取り掛かる。
「ピョッ」
適当に警備の人に挨拶をしながら私用の部屋に入る。清掃の行き届いた広々とした部屋で翼を伸ばし、酒樽を眺め吟味する。今日は……これを飲もう。
「ピョ(勿論、単品でも美味い)」
周囲を見る。部屋には、以前よりも幾つか物が増えている。まぁ一言で言えば、クソデカモニターのタブレットである。鉤爪にハメる為であろうカバーも有る。山本八十六が、私の為に用意してくれたのだろう。
「ピョピョー(そうだ、弊社は何か新しい酒を出したのだろうか)」
私は弊社──ヨントリーへの忠誠心が高いからな。ヨントリーの酒が大好きだから入社した訳だし。
「ピョッ(おぉ、生ビールがリニューアルされるのか。ほう、飲みやすさと飲み応えの双方をアップと……)」
何ッ!? 七ジンのSAKURA BLOOM EDITION が2025年2月再販だと!? クッ……飲みたい! ただでさえ美味い七ジンの桜要素をさらに強めた桜エディション……私の大好きな酒だ。*2
「……ピョ(……予約しちゃえ、私の金じゃないけど)」
それから暫く今年にあった物事に調べていると、襖が開かれた。視線を向ければ、料理人。背後には、盆を持った男。どうやら、料理ができたようだ。
「失礼いたします。料理をお持ちしました」
「ピョオ(ありがとうございます)」
今日の献立は、ごっこ汁と白米。それと副菜に、だし巻き玉子と松前漬け。捕らえたごっこの量が少なかったので、ボリュームは酒抜きで合計5kg程度と控えめ。まぁ、小腹は満たせる。
まずはごっこ汁を一口啜る。醤油、味醂、酒。江戸以降、最も基本的な和食の味付け。脂も香りも特筆した所は無いごっこだが、よく熟成された利尻昆布の味わいが完璧にカバーしている。
身を啄む。ごっこの身は極めて味が染み込みやすく、この短時間での調理ながら既にしっかりと染みている。プルプルの身はそれなりに旨味も有り、昆布や醤油の旨味とも融合しシンプルかつ落ち着く味わい。ごっこ汁は何度も自分で作ったが……やはり、プロは違うな。
酒選びもバッチリ、雪想とごっこ汁がよくマッチしている。どんなに美味い料理も、酒が不味ければ台無し。しかし美味い料理と、美味い酒が相性良く合わされば……人は、それをご馳走と呼ぶ。
まぁ、私は人じゃないけど。