体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョッ(宗谷、我が国の本土最北の地」
ここに来るのは、久し振りだ。大学生の頃に一度来た以来か。
宗谷地方、根室と同じく地政学的にも重要な役割を持つ漁業地域。ホタテ、ウニ、昆布においては日本一。
特に、私が現在居る猿払村はホタテ漁獲量日本一を誇るホタテ漁の町。どれ程ホタテ漁が盛り上がっているかと言うと、村人の平均所得が700万を越えているぐらい儲けている。これは市区町村別平均所得で、東京都渋谷区と中央区に挟まれ日本第四位の数値。
また、人口数千人の田舎村と東京都の物価の違いを考えれば……漁師がいかに裕福な暮らしをしているかは、言うまでも無い。勿論、非ホタテ漁師の酪農家や水産加工従事者との格差や中国という巨大な販売ルートが消えたりと……不安は有るがね。
私も、人間時代より猿払村には注目を寄せていた。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだが。今の私は鷲だ。既に人間ではない。生物に携わる学問を学んだ私としては、野生猛禽と人間の積極的交流は望むモノではない。私はただ、色んな美味しいご飯が食べたいだけなのだ。
さて、早速ホタテ狩りをしようか。先述の通り、私は人間ではなく鷲。故に……絶滅危惧種でない成貝なら、漁業権ガン無視で食い漁れる!
「ピョォー(素晴らしい! )」
剥ぎ取った樹皮と落ちていたビニール袋を用い、サイホウドリさながらの巧みな嘴使いで袋を作成。水の抵抗を受けにくいよう、形状にも工夫。耐久力は無いが、一回は使える。これを首から掛け、採取したホタテを貯めるのに使う。
この様子が人間の目に入れば興味を抱かれるだろうが……このサイズの鷲を見て興味を抱かない人間の方が遥かに少ないので気にすることではない。
「ピョッピョッ(目指せ、高級ホタテ大量タダ食い)」
港と隣接している猿払村漁協組合の屋上から飛行、ホタテを上空から探して急降下潜水。ここ等辺の海底はそう深くない。水深22~24程度か? まぁ、私なら問題無い。私の潜水能力は、アビを超える。
……今思い返して見ても、アレは滑稽であったな。まだ雛であった……そうだな、2ヶ月程前のことだろうか。当時の私は、自らの肉体の特異性について一般人と大谷翔迎程度の差としか認識していなかった。
故に、私は潜水が出来るなんて夢にも思っていなかった。猛禽類は基本的に潜水が出来ない。全ての種が全く出来ないという訳ではないが、ウミワシ属の名を関するハクトウワシやオジロワシですら急降下で全身を水中に投げ込むのは自殺行為でしかない。
鷲の潜水というのは、人間にとっては沸騰した湯に浸かるのと同義なのだ。その認識であった私が自らの潜水能力を知っているということはつまり…………その、まぁ、アレである。うっかりを、やらかしたのだ。
具体的に言うと、落ちた。高速飛行中に美味しそうなデブアメマスに目を奪われ、片翼が木と激突。骨折しながら水中に身を投げ出されたのだ。
いやはや、あの時は焦った。熱血シジミ漁師殿が居る空間に飛ばされてしまったよ。また、励まして頂いた。
『頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれって! やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだそこだ諦めんな絶対に頑張れ! 積極的にポジティブに頑張れ頑張れ!』
欲望によって引き起こされた純粋な過失によるミスで死ぬのは、本当に嫌だった。因みに、骨折は確実にしていたが翌朝には完治していた。
海底で擬態しているつもりのホタテを、一枚一枚丁寧に回収。回収次第迅速に袋に入れ、十枚取ったタイミングで海面を飛び出し防波堤へ着地。
「ピョッピョー(大漁大漁)」
とは言え、猿払村のホタテは自然に増えているのを獲っている訳ではない。毎年数億の稚貝を海に放流させているのだ。故に、ここで獲りすぎるのも忍びない。重篤な害鳥扱いされるのも以ての外。ホタテだけでは腹を満たしたいところだが、ここはグッと我慢だ。
「ピョ……」
中身を傷付けないように細心の注意を払いながら、蝶番こと靭帯を鉤爪で砕く。貝殻をひっぺがし、付着した微細な破片と目に見える寄生虫を嘴と海水で除去。
「ピ(いただきます)」
「ピョオオオォォォーーーッッッ!?!?!?」
な、なんだコレは! 美味い、美味すぎる! 力が漲り、迸る。生物として、空の戦士として、格が上がったようにも思わせてくる程に!
下品を通り越していっそ上品な程の、濃厚すぎる旨味と甘味。食べ応え抜群のしっかりとした繊維の肉厚な身から、味が無尽蔵に溢れ出す。
駄目だ。これは駄目だ。麻薬だ、覚醒剤だ。意識が飛んでしまいそうだ。抜け出せない、美食の探求の道を外れることが出来なくなってしまったじゃあないか! なんということだ、私の人生もとい鳥生が確定してしまったぞ。
あぁ、クソ。こんな、こんな美味いモノを……私は調理して食えないのか!? ……いや、待て。私の肉体は異常かつ巨大。加熱済みの食材も食えるんじゃないか? あぁしかし、それでも丁寧な火入れは不可能だし調味料や調理器具の類いも……。
「ピョピョォ……(なんと、もどかしい……)」
だが、それでも。それでもだ。
美味いのだ、このホタテは。猿払のホタテは、美味すぎる。殻を剥がし、中身を食らう動きが止まらん!
◇
ホタテを平らげた後、私は不思議と疲れ果て適当な木の上に停まると同時に泥のように眠りについた。まだ昼だったのだが……思いの外、潜水が響いたのだろうか。
「ピョォ?(なんだ、違和感が有るぞ)」
周囲を見渡す。しかし、何も無い。生物の気配は有るが、大したモノではない。上から周囲を見渡そうと飛行する。
「ピョ(速い、明らかに。間違いなく、飛行速度が上がっている)」
なんだ、いきなり1.3倍くらいは上がったぞ。しかも、海面に映る自分の身体も大きい。プロバスケのセンターよりも体長が高いんじゃないか? 筋力も、それ相応に上がっている。
「ピ……(思い当たる節は……ホタテ、ぐらいだな)」
ホタテの一口目だけに感じた、弾けんばかりの活力と全能感。アレは……ただ、テンションが上がっただけの話じゃないのか? いやだが、確かによく思い返せば……''適合''した、とでも言うべきか。兎に角、猿払ホタテと自らが一体化したような……そんな、感覚がしたのだ。
「ピョッピョ(白髪が増えている。まるで、一夜にして一、二ヶ月分の成長でもしたような感覚だ)」
……まぁ、そう悪いことでも無いだろう。これが何十回も起きれば寿命的に少し怖いが、それもまた一興か。どうせ、数十年後には死ぬのだ。なら、美味いモノを食い続けた果ての老衰ならそう悪くもないだろう。少なくとも、まだ若い時に落下死するよりは遥かに良い。
「ピョ……(ただ……そうだな、この調子でドンドン大きくなっていくと食料の確保が難しいかもしれないな)」
いつかは、マトモに暮らすことも難しくなる可能性が有る。餌を取りすぎて生態系や産業に悪影響を与えれば、害鳥扱いを受ける。そうなれば、自己防衛か日本脱出はやむを得ない。しかし、日本で生まれ育った前世を持つ者としては最終手段も最終手段。動物園に売り込みを掛け、見世物として退屈で尊厳無き生涯を送るよりかはマシだが。