体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョピョッ(気分が良い。晴れやかで、爽やかで、心地よい。ここに山碕12年が有れば、他に言うことは無かっただろう)」
こうも急激に成長し、尚且つ殆ど違和感無く身体を動かせる。爆発的に向上した身体能力を、周囲を気にすることなく振るえる。なんと、素晴らしいことか。あぁ、風が気持ち良い。この広い空こそが私の新たな居場所なのだと、強く実感する。
さて、猿払村は堪能した。次は、もう少し北西……稚内市に行こう。稚内は宗谷地方の最大都市であり、漁業と酪農が主軸。……まぁ、典型的な北海道の田舎都市だ。確か、根室とも人口は大差無かった筈。サハリンと近かったり、本土最端だったり……この二都市は結構共通点が多い。
猿払村上空で飛行感覚の微調整を終え、私は北西を向く。大きく翼を羽ばたかせ、隼をも凌駕する速度で前進していった。
「ピョ(案外、早く着いたな)」
えぇと、北海道地図を思い出せ。猿払村がアソコで、稚内がアソコで……札幌と根室が400kmぐらいだから……多分、40kmぐらい飛んだのか?
「ピョッピョ(その距離を、十分強か。急降下なら兎も角、古顎類でもなければあり得ない程の体格が通常の平行飛行でこの速度。まったく、我ながら恐れ入る)」
時代が時代なら、私を目撃した人間に神の遣いや魔物と勘違いして畏れられたりするのではないだろうか。というか、神話上の生物も何体か実在してたんじゃないか? フレースヴェルグとか、実は私のように超巨大鷲に転生した人間が『人のような巨大鷲が居る』と噂された結果だったりして。
「ピョッ(あっ、猩猩とか正にソレじゃないか? 赤い猿に転生した人間だったりするのかもしれんな。所詮は、可能性と妄想に過ぎないが)」
それはさておき、目的を果たそうか。目的と言っても、制限も期限も無いゆるふわ食い道楽でしかないが。
「ピョ(稚内の漁業、あまり詳しくないんだよな)」
私は北海道の某名門大学で水産学を学び、東京で就職した。通ったキャンパスは札幌と函館で、専攻は道東の華たる秋刀魚について。つまり、道北とは関わりが薄いのだ。根釧台地へ行く途中、旭川に度々寄り道したぐらいか。けれど、旭川ってぶっちゃけ道北というより道央寄りだよな……。
正直、稚内はコレ! というのはタコしゃぶぐらいか。それも、私が食べるのは難しいだろう。
「ピョッピョー(だが、隣接する他の町村と同じくウニが日本一美味いのは確実!)」
旬のエゾバフンウニ、稚内産、水揚げ直後。おいおい、随分と美味しそう響きじゃあないか。まったく、気分が上がる。
私は感情と共に翼を羽ばたかせ、稚内港を発つ。ジッと海中を睨み付け、沿岸に居る筈の獲物を探す。エゾバフンウニの殻の色は不定だが、殻は饅頭型で分かりやすい。私の目なら、見付けられる。
「……ピョ(居た)」
水深約30m、岩の陰、四匹。
急降下。海面に飛沫を上げ、潜水。鉤爪で岩を退かし、無防備なウニを捕まえる。なんだ? その丸っこいフォルムは。短いトゲも、私にとっては滑り止めにしかなっていないじゃあないか。まるでタワシだな。
水面に浮上しながら一気に飛び立つ。ガッシリ掴んだご馳走は、絶対に離さない。細心の注意を払い、確実に持ち帰る。
防波堤の上にまで到着した私は、ウニを砕かないようにゆっくりと高度を下ろす。簒奪者が居ないことを確認し、着地寸前でそっとウニを離して私も着地する。
「ピョォ……」
不味いな、興奮が凄いぞ。猿払ホタテは、何度か食べたことが有る。だが、稚内産のエゾバフンウニは別研究室ながら親交の有る教授のフィールドワークに同伴させて頂いた時、船上からご馳走して貰ったウニ丼一杯でしか食べたことが無い。アレは、美味かった。凄まじく、美味しかった。鷲になって馬鹿舌堕ちした私が、このウニを食べようものなら…………
「ピョッピョピョッピョピョー、ピョー!」
落ち着け、焦るな。冷静さを忘れるな。理性と知性、元人間としての誇りを忘れるな。
鉤爪の先っぽをウニの肛門へ挿入し、割る。力をセーブし、何処までも丁寧に。
「ピョォ、ッォ!」
割ったウニを海へ落とす。身を崩さないように、それでいて入念に微細な殻とワタを洗い流す。予め綺麗に剥いでおいた樹皮を咥え、海面に漂うウニの下にそっと潜らせ回収する。中々に無様な体勢ではあるが、知ったことか。
「ピョォ……(完成……なの、か?)」
下処理は、全て終えた。後は、食うだけ。この、新鮮極まりない旬の稚内産エゾバフンウニを。小鳥のように小刻みに首を動かし……一欠片のウニを舌の上に転がす。
「…………。」
咄嗟にウニを勢い良く吐き出した。危険だったからだ。心臓の動きが、止まった。私の身体が、このウニの美味さに処理落ちしたのだ。
ウニの味が、今も舌に残っている。これ程までに大胆で、繊細で、奥深い甘味が有るのか。そこに濃厚すぎる旨味と、雲丹ではなく海胆が故の磯の香りが上品さだけを纏ってやって来ている。人間時代に食べたどんな食べ物でも、この味は例えられない。
畏怖。
海への、絶対的な畏怖。忘れかけていたその感情が、脳を震わせる。
全神経を尖らせ、眼前のウニへ集中する。身構えろ、何としてでも真っ向から受け止めるんだ。それ即ち、天へ至る道。私は、一つの上のステージへと到達する。
「ピョ(海、日本列島、先人、この世の全てに感謝を込めて。いただきます)」
◇
「凄かったっすねー」
「本当に生物なのかって感じだが……機械にしては精巧にも程が有る。現代技術のレベルじゃねぇ。大自然様の馬鹿力じゃなきゃ、生まれやしねぇだろう」
稚内港、防波堤。そこに、一台のハイスペック撮影ドローンがホバリングしていた。カメラの先は、気持ち良さそうに熟睡する一羽の鷲。その体躯はあまりにも巨大であり、間違い無く現存する猛禽類の中で最大であった。
「というか、やっぱ昨日よりデカくなってないすか?」
「そうだよな、明らかに。別個体……とも、考えにくいが」
「でも、流石に一晩の成長速度じゃあないっすからねぇ」
ドローンの操縦主は、稚内在住のテレビ関係者。謎の巨大鷲の情報を嗅ぎ付けた上層部から、撮影を命令されたのだ。
「……おい、俺達の居るこの部屋って阿片窟じゃないよな?」
「多分阿片窟っすね」
「そうか。なら幻覚ぐらい見るか」
「そうっすよ、あり得ないっすもん。こんな現象は。幻覚かカメラのバグであることは確定的に明らかっす」
鷲の身体から、分厚い羽毛越しでも分かる程に骨が浮き出る。張り裂けていないのが不思議な程であった皮膚は、骨に合わせて柔軟に伸びる。増えた面積は、すかさず新たな羽毛が埋め尽くす。急速に筋肉が作りだされ、痩せた印象から筋肉質な印象に戻る。
「3m……いや、3.5m…………3.8mぐらいは有るか?」
「ひっ……ば、化物……!」
「生物学ってなんだっけ?」
体長ではなく翼開長で言えば、10mを超えていることだろう。流体力学に沿った形状ながらも、超重量級の身体を支えながら高速飛行する為か胸筋は凄まじい。頭と尾羽には白髪が増え、体格を除いても既に幼鳥卒業間際から完全なる若鳥の見た目になっている。
「でも………不思議っすね。凄く、美しい」
「なぁ、内田。お前、神を信じるか」