体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョピョッ(宗谷は、こんなものかね)」
本当は利尻島にも行って昆布を堪能したかったが、アレは人の手が加わって初めて真価を発揮するモノだ。私が楽しめるモノではない。
さて、次はどこに行こうか。取り敢えず北海道を回るとして…………そうだな。函館で旬のイカを食べに行くのも良いが、軟体動物に棘皮動物と続いたからな。次は魚類が美味しい所にしよう。
「ピョ!(鯖、鯖とか良いんじゃないか? 全国的には秋の魚だが、釧路市の真鯖は夏が旬!)」
釧路市、それは例によって例の如く衰退中の地方都市。かつては道東最大都市であったが、今では帯広市にその座を明け渡している。根室市の西に有り、漁業が盛ん。日本で唯一現存する炭鉱を持ち、巨大な製紙工場でも有名だがそちらは最近廃業した。とは言え、水揚げ量で銚子市と一位の座を競い会う一大漁業拠点であることに違いは無い。
鯖と言えば、最近は養殖も盛んだが……やはり、旬の名産地の天然モノが一番美味いのだ。あぁでも、ブランド名は好きだぞ。鳥取県のお嬢サバとか。鳥取県に寄った時は、是非とも刺身で食べてみてほしい。
私は南西を向き、宗谷岬から飛び立った。
「……ピョ?」
出発から一分程度だろうか。宗谷山の川沿いを歩く、カルガモの親子を発見した。彼等は丸っこい体格をしており、栄養状況の良さが窺える。とても可愛い。
……む? ヒグマが居るな。もしや、狙っているのだろうか。
「ピョ!(させん!)」
ヒグマを食うつもりは無いので、殺さないように手加減しながら急降下キック。ヒグマは横転し、呻き声をあげる。
「ピョオォォォーーー!」
すぐさま私は翼を大きく広げ、威嚇。ヒグマは圧倒的体格差に驚いたのか、尻尾を巻いて北東に全力疾走した。
助けられたとでも思ったのだろうか。カルガモの親子は能天気に近付いてくる。
脂乗りが良くて美味しかった。
◇
さぁ、やって来たぞ。釧路市!
釧路市は平成の大合併で阿寒町並びに音別町と合併しており、面積で言えば23区総面積の倍以上。現在は、旧阿寒町に居る。
私は修士まで取ったのだが、院に入る前から秋刀魚の研究に取り組んでいた。秋刀魚漁業のメッカたる根室と釧路には、頻繁に通っていた。まぁ、旧阿寒町にはあまり来たことが無いが。
阿寒と言えば、やはり阿寒湖だろう。マリモで有名な湖であり、温泉も良いモノが湧く。全域が国立公園であり、釧路湿原と並び道東を象徴する大自然である。
「ピョピョッ(以前来た時もそうだったが、相変わらずだな)」
水産的な観点から見た阿寒湖は、マス界のメガシティ。兎に角、ニジマスを中心に大量に生息しているのだ。因みに、ニジマスは陸封型であり淡水の中で生涯を遂げる。海と繋がる川に住む降海型のニジマスは、テットウと呼ばれる。海外でもスチールヘッドと呼ばれており、鉄のような頭をしているということがよく分かる。また、生物学的な分類が曖昧。
上空から私の目で探してやれば……いや、目を開ければ居る。大量に居る。馬鹿みたいに蠢いている。
「ピョ」
三匹纏めてニジマスを同時に捕獲。陸地へ運び、嘴を刺す。味としては淡白で水っぽさも有るが、甘味が有って身も柔らかい。流石は、サケ・マス類。猿払ホタテや稚内エゾバフンウニのような適合食材には及ばないが、湖の魚と考えればかなりの美味さだ。
さて、腹拵えは終わった。そろそろ次の場所……釧路湿原に行こうか。
「ピョッピョー(真鯖は夜になると浅い場所に上がってくるからな。狙うなら今じゃなく、夜。流石の私でも、水深三桁mは厳しい)」
釧路湿原、阿寒湖と共に日本で34園しか無い国立公園の一つ。餌が大変豊富であり、生物の多様性に極めて富んでいる。希少な動植物も多数生息し、ラムサール条約登録湿地としても有名。
その川沿いで、私はとある両生類を探していた。名はキタサンショウウオ、日本国内では釧路湿原と北方領土ぐらいでしかお目に掛かれない希少な動物だ。
体長は学生の筆箱に入っている定規くらいで、身は細い。指は四本しか無く、繁殖期になると白い突起を身体から出す。
別に食べようとしている訳ではない。ただ、暇潰しとして可愛くて珍しい小動物でも探していよう……というだけの話である。
「……ピョ?(なんだコイツ)」
オジロワシが、突如として喧嘩を売りに来た。体長1m超えの巨大成鳥であり、かなり立派で精悍な顔付き。動物園でも人気が出そうだ。
「ピョッピョー(いやいや……あの、厳しいと思うよ? この体格差は流石に。どうして自分の3倍を遥かに上回る体格の相手に喧嘩を売るんだ? 相当、縄張り意識の強い個体なのだろうか)」
オジロワシは必死に私を蹴ってくるが、ノーダメージ。何かと接触した、という感触以外は伝わってこない。
「ピョォ……(オジロワシの肉とか、食べたこと無いけど絶対不味いじゃん……。君の肉は食べたくないし、実力差も一目瞭然だろう? 逃げてくれると、楽なんだがなぁ)」
嘴、鷲掴み、奇声。色々と攻撃を試して来ているが、何の効果も無い。人間の基準で言えば、私を一般成人男性とした際のオジロワシは生後1~2ヶ月の赤子相当の体格比なのだから。
「ピョ(今、目を狙おうとしたな?)」
流石に、ソレは危ない。悪いが、躾の時間だ。殺さないように、重い後遺症は残らないように。だが、戦意は確実に挫く。向かってくるオジロワシへ狙いを定め、翼を腹へ打ち付ける。
「ピョッ(失せろ。逃げるなら追わん)」
オジロワシは体勢を大きく崩し、落下を開始。地面まで6m程のところで何とか持ち直し、恐怖を滲ませながら逃げていった。
「ピョォ……(まったく、鳥の考えはよく分からんな)」
おっ、キタサンショウウオだ。かわいいー。まだ時間は有るし、他の希少動物ウォッチングもしておくか。
時刻は夕方、私は釧路湿原から南下し、市街地へと降りてきていた。
「ピョッピョ(いやはや、本当に懐かしい。以前、同じ研究室の友人とここに来たのを覚えている)」
幣舞橋。釧路の観光スポットの一つであり、世界三大夕日にも列せられる名所。理由は忘れたが、兎に角空が深く鮮やかなオレンジに染まるのだ。その様子が世界中の船乗りの間で噂になって……みたいな経緯だったか。
「ピョォ……(美しい。これ以上の芸術作品は、人の手には作り出せないであろう)」
人間は強大だ。その力は、宇宙をも手中に収めんとしている。だが、所詮は動物だ。自然という母の檻から抜け出すことは出来ない。私も、人間も、他の動物達も、未来永劫自然の雄大さに圧倒され続けるのだ。
「ピョ(地球は、こうも美しい。生物と大地と海と空……まったく、素晴らしいにも程が有る)」
ただ…………
ちょっとスマホ向けすぎじゃないか? 君達。
「ピョーッ(私は見世物ではないんだがなぁ。人里に降りてきている分際ではあるが、肖像権の侵害…………でもないか。私、人権無いしな……)」
どうしよう、また君が代でも歌ってあげた方が良いのか? だが、国歌の乱用はそれはそれで不敬な感じが有る。かと言って、君が代に次ぐ格式の歌って有るか?
「ピョ(お経……いや、お経は流石に難しいか。なら、敢えて日本から外して聖歌とか?)」
「えっ、ねぇねぇユリ! この注意報見て!白糠町の牧場から羊の大群が脱走したらしいよ!」
「羊注意報!? 何それ!?」
「しかも東……こっちに全速力で走って来てるって!」
「えぇ……こわっ……」
◇
「は? ジャップの田舎都市にクソデケェ鷲が降り立って聖歌を歌った? お前……覚醒剤はもう止めるって言ってただろ」
「ヤってねぇわ! そもそも! ほら、これ見ろ! フェイクや機械じゃない証拠も山程有る!」
「…………うーん、これは間違いなく復活した聖ヨハネ。よし、一人のアメリカ人クリスチャンとして巡礼しに行くか」
「これもう4日前の話だから、釧路空港行きの飛行機の座席は殆ど埋まっとるぞ情弱」
「オー、マイ……」