体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
籠を作成したり、羊の大群が目の前で農家と警察の方々に捕らえられている所を見ていると、気付けば既に日は落ちていた。
私は南下し、太平洋に出る。狙うは真鯖、ただ一つ。絶滅危惧種でも、人の手が加わっている訳でも無い。ただの、太平洋に住まう一食用魚。ホタテやウニとは訳が違う。本当の意味で、何も気にせず大量に食い荒らすことが出来る。
「ピョ(時、来たり。さぁ、思う存分……鯖々していこうではないか)」
お手製のボロ籠を背負ったまま潜水。身体を真っ直ぐ伸ばし、ドルフィンキックで泳ぐ。空から見付けておいた鯖を睨み付け、それこそカマイルカの如き速度で収容する。圧倒的な柔軟性と筋力とスタミナと防水羽毛の暴力、これが私の潜水狩猟である。
一尾、二尾、三尾、ドンドンと鯖を捕まえていく。うーむ、実に鯖々している。海から飛び出し、飛行。次の鯖達を探す。これを繰り返すこと二十回、私は五十二の鯖を抱えて第四埠頭に着地。
「ピョピョッ(懐かしいな。春の根釧に来た時は、度々この埠頭でサクラマスをルアー釣りしていた)」
「はぁ…………なっ!? 」
「ピョ(こんばんは。夜分遅くに驚かせてしまって、すまないね)」
埠頭には、一人の青年……いや、ショートヘアの長身な女性が居た。彼女……まぁ埠頭に着地するまでは彼と認識していたのだが。私が幣舞橋へ行く前に海を見渡した時には既に海へ釣糸を垂らしていたのだが……彼女唯一の釣った魚を収容出来るアイテムであろう釣り用バケツが空なのだ。
釣った魚を全てリリースしている……という可能性も有るが、彼女の悲哀に満ち溢れた背中からはそうは見えない。
「ピョッ(驚かせてしまったお詫びと言っては何だが、真鯖でもどうだい? 一尾あげよう)」
私は籠を下ろし、中から傷が少なく元気そうな真鯖を選定。彼女のバケツの中に運び、泳がせる。
「えっ?」
「ピョ(どうぞ。お気に召さないようであらば、海へ放って貰っても構わんが)」
「これ……くれるのかい?」
「ピョッ(勿論! 若者が悲しそうにしていると、構いたくなるお年頃なのさ)」
いやまぁ、私は別におじさんではないが。私も若者だが、普通に。34歳は若者、間違いなく若者。おじさんではない。大企業の課長で一人称も''私''だが、私が若者であることは確定的に明らか。去年、交流のために三つの同業他社と共に開いた異性装コンテストでも優勝するぐらいにはお肌にも気を使ってるし。ピチピチだし。『まだ尻の青い若造が……』とか『30前半の小僧が図に乗るな』とか言われたこと有るし。
うん、私はやはりおじさんではない。
「あ、ありがとう……鷲くん」
「ピョ(例には及ばないさ。では、私はここで勝手に真鯖を楽しませて貰うとしよう)」
大量に有るんだ。最初の一口は、一番良いところにしよう。まだ息の有る真鯖の腹を嘴で裂き、口へ含む。重厚かつ良質な脂が口一杯に広がり、臭みは無い。
「ピョッピョー(これだよこれ、この脂質。まん丸デブ鷲にでもなってしまいそうだ)」
美味いなぁ。やはり生だと猿払ホタテには叶わんが、これでも中々美味い。人間が食わないような内臓も結構イケるしな、今の私は。
「ピョー(うおー、鯖々鯖々鯖々鯖々だー)」
「……ピョ?(固形燃料の匂い?)」
振り向くと、例のボーイッシュな女性が鍋に火を付けていた。消火設備等は……うん、整っているな。横には味醂・酒・味噌・生姜。
「ピョォッ!(さ、鯖の味噌煮を作る気なのか!?)」
「おや、どうしたんだい? 火は不味かったかな?」
不味い……私も食べたい。凄く食べたい。実を言うと、私が一番好きな鯖料理は味噌煮なのだ。
「ピョピョピョッ(あー……なんか、食べたいなぁ。私もソレ、一口欲しいなぁ……)」
セクハラにはならいないよう気を付けつつ、彼女の隣に張り付く。ジッと鍋を凝視し、無言のアピールを送り続ける。今の私にプライドなんてモノは存在しないのだ。
「もしかして……食べたいのかい?」
「ピョピョピョーピョ、ピョーピョピョ!」
「鼻息荒いよ。……ふふっ、可愛い所が有るじゃないか。良いよ、一緒に食べよう。君の畏れるに値する体格なら、普通の鷲には厳しい食べ物でも大丈夫だろう。駄目だったら、吐き出してくれよ?」
彼女は慣れた手付きで調理を始める。沸いた湯の一部を鯖の切り身へかけ、霜降り。これによって、血合や汚れを取る。また、仕上がり時の雑味も抑えることが出来る。
「ピョッピョ(料理上手と見た。期待してしまうじゃないか!)」
「はいはい、もう少し待っていてね」
鍋に酒と味醂、スライスした生姜に鯖の切り身を投入する。沸いた所で灰汁を一度二度と掬い、味噌を溶かし入れる。数ヶ月触れてこなかった和の香りがグンと立ち込め、私を深く誘惑する。
「ピョピョピョー!」
ええい、まだ煮えぬのか。なんと待ち遠しい。だが、忘れるな。私の中身は成人男性、知と理を知らぬ子供でも獣でもない。
「ピョォオ……(ぐぬぬ……早く食べたい……)」
「……そろそろ、かな?」
「ピョッ!」
彼女は紙皿に味噌煮を盛り付け、私へ差し出す。香り、見た目、共に素晴らしい。どこまでも、私の食欲を刺激する。そして、本能的に分かった。
この一皿は、我が肉体と適合せし逸品なりと。
「いただきます」
「ピョ(いただきます)」
ドンッ!
なんだ、私は今……殴られた、のか? この鯖に。なんという、暴力的な旨味。ニンニクも、ペッパーも、使ってはいない。だが、何故だ。あまりにも、パンチの有る旨味。例えるなら、マイク・ダイソンのアッパーカット。
「ピョォ…(脳が震える美味さだ……)」
上品さは無い。何処までも下品で、大衆的だ。美しさの欠片も無い。八丁味噌の香りと鯖の脂のぶつかり稽古。だが、美味い。美味すぎる。
「あれ? これって野鳥への餌付けに当たったり……まぁ、良いか」
私の意識は完食と同時に薄れだし、眠りに就いた。
◇
気が付くと、私は豪邸の横に聳え立つ立派な桜の木の上に立っていた。
「ピョ?(はて、ここは何処か)」
「おや、起きたかい?」
「ピョーッ(鯖味噌煮の子じゃないか、おはよう。古事記の写本を読んでいたのかい? 勉強熱心だね、素晴らしい)」
塀に囲われたこの広い緑は、恐らく彼女の家の庭なのだろう。かなり裕福な家庭なのかな? 何故か前世の私の十年の収入全てを費やしても手が届かない程に上等なハナマス模様の振袖に身を包んでおり、これから松の間にでも行くのかという風貌である。
「もう、驚いたよ。君が埠頭の上でいきなり眠りだしたんだから。今にも海へ落ちそうになっていたから、悪いが私の家の木まで護送させて貰った。君を狙う悪い人間も、きっと居ることだろうしね」
……なるほど。それもそうか。これからは、人間の目に見える場所で適合食材の補食は控えるべきだな。ここまでされても気付かぬ程、深く眠っていたのか。
「ピョ(ありがとう、鯖味噌煮の子。助かったよ)」
今の所、私は彼女に対して借りの方が大きい。遥か年下の子にそんな状態というのは、少しばかり恥ずかしさも有る。だが、私に何が出来る? うーむ……まぁ、これで良いや。
私は自分の身体から一際大きな羽根を一本抜き、彼女に渡す。なんだか梟のプロポーズのようで少し恥ずかしいが、ちょっとした記念品には捉えて貰えるだろう。立場が逆であれば私なら『おぉ!』とはなるし、自惚れではないと思いたい。
「羽根……私に?」
「ピョッ(あぁ、そうだ。不要だったかな?)」
「嬉しいっ! 君は良い奴だな!」
「ピョォオッ!?」
ちょ、ちょっと! 抱き付くの止めて! その着物に傷や汚れが付いたら不味いだろう! 陛下や伊勢神宮への拝謁用クラスの装いであることを自覚しろ! 一応、毎日しっかり清潔にはしているが……クソ、抵抗したら傷を付けてしまう。甘んじて、受け入れる他有るまい……。
「おや?」
彼女が私を解放した瞬間、電子音が鳴る。庭の小さなテーブルの上に置かれたスマホの通知だろう。
「……利尻島に、ヒグマが出没した?」
「ピョッ?(何……? 馬鹿な、利尻島には小動物ぐらいしか住んでいないぞ。ライフルを持ったハンターも駐在していない)」
いや待て、確か数年前にもそんなニュースが有ったな。確か、一世紀ぶりに稚内からヒグマが泳いできたみたいな……。また、泳いできたのか? だが、何故? 行動範囲の広がる繁殖期だって、最近ではあるが過ぎた筈。
「大柄な個体。脇腹に鉤爪型の傷有り。カラスに恐怖。宗谷山方面から遠泳…………宗谷山に住んでいた個体が、猛禽類に縄張り争いで敗れた? でも、大柄なヒグマをここまで動かす程の恐怖を与えられる北海道の猛禽類なんて………………あ」
一昨日、ヒグマから奪ったカルガモの親子の味が脳裏に過る。
「ピョ(やっべ)」
私は北北西を向き、全力で羽ばたいた。