続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
【10】王室会議
傭兵部隊による初の海戦が終わりドルファン港に帰還した忠正は、息つく間もないまま軍部庁舎に戻り、海軍にあてがわれた会議室で見知らぬ女性の前に立っていた。
忠正と同じドルファン国軍の一般兵士用の青い制服に、海軍であることを表す錨のマークの刺繍が肩口に入っている。
艶やかで癖のないまっすぐな赤毛の髪は背中まであり、彼女が動くたびにサラサラと揺れ、その髪の上に女性隊員用の帽子がきっちりとピンで止められて微動だにせず乗っている。
年齢は忠正より少しばかり上に見えるが、やや吊り上がった奥二重の瞳は茶色く、生真面目そうな顔つきに笑顔一つ浮かべないまま敬礼をしていた。
女性は軍人らしいきびきびとした口調で言った。
「無事のご帰還で何よりです、少佐」
その言葉に疲れた顔で敬礼を返したジョアンは、忠正に向けて言う。
「キサラギ君、こちらは我が海軍の会計を担当しているエルザ・ディーリア伍長だ」
帰還したばかりで疲れ切っていた忠正は、今すぐにでも部屋に帰ってベッドに飛び込みたい衝動を必死にこらえながら、エルザに右手を差し出した。
「タダマサ・キサラギです。よろしく」
だがエルザはその手を無視しただけでなく、反論を許さないような厳しい口調で言った。
「あなたは傭兵で階級は二等水兵相当です。エリータス少佐の計らいで海軍少佐副官となっていても、階級は私の方が上です。上官に対して握手を求めるなど、あり得ません!」
忠正はその言葉に辟易としつつも、間違った事を言われているわけでもないので仕方なしに右手を引っ込めると、姿勢を正しながら敬礼をした。
「失礼いたしました、ディーリア伍長」
一応スィーズランドでは特別待遇を受けていたとは言え軍属だったのだ。
階級における序列は理解している。
忠正の態度に納得したように頷いたエルザは、その間に椅子に座っていたジョアンの向かいの席に座ると、手に持っていた紙の束を見ながら事務的な声を上げた。
「それではお疲れとは思いますが、今回の作戦にかかった費用を報告いただけますでしょうか」
ジョアンはげんなりとした表情を浮かべると、忠正の方を見た。
「報告はキサラギ副官より行う」
「え!?」
忠正は驚きの声を上げつつも、やられた、という気持ちで天を仰いだ。
本来なら港に着いた時点で開放されたルシル達のように、自分も宿舎に帰っていたはずなのに、ジョアンに半ば強引にここに連れてこられた理由がようやく理解できた。
「ではキサラギ二等水兵、早く報告を」
ニコリともせずに詰め寄ってくるエルザに、忠正は引きつった笑顔を浮かべた。
捕縛した敵兵の尋問にも似た質問攻めの会計報告に忠正の疲労は限界を突破していたが、実際に使用した経費を整理していくと、思った以上に頭の整理に繋がった事に驚いていた。
まず損害だが、一番大きかったのは沈められた海賊達の船五隻だったが、これはもう引き揚げる事もないし元々ドルファン海軍の資産であったものでもないので除外とした。
だが続いて〝白鷲〟が使用した砲弾の補充費用と船体の補修費用については、これは流石のエルザも思わず閉口するような金額となった。
今まで海戦らしい海戦もなく、アルビア海軍に海の守りを依存していたドルファン海軍にとっては初めて見るような金額であり、その為の予算などもちろん確保しているものではない。
だが、逆に言えばここで〝白鷲〟が弾の倉庫が空になる程の攻撃を仕掛けたからこそ、なんとかハンガリア艦隊を退ける事に成功したという事でもあり、もしもハンガリアにドルファン港までの侵入を許していた場合の被害額は、今回の金額の比にならなかったであろう事は誰の目にも明らかだった。
エルザ・ディーリアは一通りの数字をまとめると、小さなため息を一つ吐いた。
訳知り顔でうんうんと頷いていただけだったジョアンが恐る恐る声をかける。
「どうだね、ディーリア伍長。我が軍の予算でなんとかなるかな」
エルザはその質問に今までの事務的な表情から一変して、天使のような微笑みを見せた。
そしてその笑顔のまま言った。
「全く足りません、少佐。早急に王室会議に上申する必要があります」
今度はジョアンがため息を吐く番だった。
「やはりそうか……」
そのジョアンの態度があまりにも深刻そうだったので、忠正は首をひねった。
「少佐、これは至極真っ当な費用です。金額だって大袈裟な金額を計算しているわけではないですし、王室会議だって国防費の否認はしないのではないですか」
「まあ、そうなんだが……」
煮え切らないジョアンの態度に忠正が不審感を持っていると、エルザが書類を片付けながら事務的に言った。
「王室会議は海軍に費用をかける事を良しとしていません。特に王室会議の筆頭であるピクシス家のアルダナル・ピクシス卿と、ディビチ家のローナン・ディビチ卿は海軍の費用拡大には否定的です」
飽くまで事務的な物言いだったが、その言葉の奥底になんとなく怒りが感じられるのは、同じ海軍所属だからという忠正の贔屓目だろうか。
だが、そんなエルザの物言いをたしなめる様にジョアンが言う。
「ディーリア伍長、滅多な事は言うものではないぞ。王室会議の方々は、我々では考えもつかないような大局的な視点で日頃から物をお考えなのだ。それに……」
ジョアンは頭を抱えながら言葉を続けた。
「海軍費用については、我がエリータスの兄上であるシャルシス様も否定的な見方をしておられる。王室会議で承認されるのはそういう意味でも難しいかもしれん」
ドルファン王室会議で圧倒的な発言力を持つ〝旧家の両翼〟と呼ばれるピクシス家とエリータス家が、揃って他国の侵略に対してそれを容認するような立場を取っている事が忠正には信じられなかった。
議会の筆頭であるピクシス家と、その腰巾着であるディビチ家が結託している事は公然の秘密であるし、怪老と言われたアナベル・ピクシス、才媛マリエル・エリータス、それぞれの跡を継いだアルダナル・ピクシスとシャルシス・エリータスの両名の政治的思考が近い事もドルファンに生きる者なら当たり前になっている。
旧家の両翼の思考が一致している時点で、王室会議は形だけの合議制で意味を成していない事は明白だ。
「しかし」
ジョアンが重い口を開く。
「だからと言って上申せん事には、金の当てもない。このままでは海賊達も離反していってしまうし、王室会議に議案提出をしよう。せめて兄上の気が変わる事を祈ろう……」
王室会議へ上申すると決めてからのエルザの手配は早かった。
必要な書類をまとめ各種の金額を計算し、上申書にまとめる。
出来上がった内容は非常に見やすく、尚且つわかりやすく説得力を持ったものに仕上がっていた。
忠正達が帰還した三日後には臨時の王室会議の議題の一つとして取り上げてもらえる事になり、ジョアンと忠正は今まさに議案提案をする為、ドルファン城の中央会議室の扉の前で入室の声がかかるのを今か今かと待ちわびていた。
初めて入るドルファン城内に、忠正は僅かの興奮と極度の緊張を覚えていた。
自分のような傭兵風情がドルファンの政治の中枢である王室会議に参加する事などおこがましい事ではあるが、ジョアンのたっての願いとあれば無下にする事も出来ない。
それに、いくらエルザのまとめた書類がわかりやすい物だったとしても、船長室の奥に隠れて実際の戦闘を目の当たりにしていないジョアンが、切れ者揃いであるはずの王室会議のメンバーの質疑応答に堪えられないだろうとも思っていた。
あの現場の凄惨さと状況を的確に伝えられるのは、あの現場に立っていた忠正の役割だった。
そして、忠正が緊張している理由はもう一つ。
それは女王プリシラ・ドルファンに謁見出来るという事だった。
この国を統べるプリシラの噂は幾度も耳にしていた。
曰く、優れた判断力でドルファンの政治的安定を維持しているとか、曰く、民を大切にする広い心の持ち主で絶大な人気を誇っているとか、曰く、常人離れした行動力で国内に訪れた事がない場所はないだとか。
とにかくプリシラに関する悪い噂というのは聞いた事が無い。
ドルファンを統べる王家の人間をこの目で確かめるというのは、忠正のドルファン渡来の目的の一つでもあった。
中央会議場の大きな扉の横で簡素な椅子に座らせられたまま一時間以上待たされ、すでに日も暮れる時間となった頃にようやく二人は入室が許された。
白く輝く鎧に身を包んだ近衛兵が大きな扉を開け、佐官専用の制服を纏ったジョアンが先に入っていく。
忠正も軍の式典用の正装を纏っており、その後に続いた。
その部屋は忠正の宿舎の部屋が優に二十個は入る程の大きさで、豪華な壁の装飾と高い天井に描かれた天使の絵が見事な造りになっていた。
天井にぶら下った大きく瀟洒なシャンデリアから無数の燐光灯の光が照らし、窓一つない部屋だと言うのに十分な明るさがある。
中央に椅子が一つ置かれ、それを取り囲むように馬の蹄の形のような円卓があった。
円卓の右の上座側には幾分白髪の交じった茶色い髪を後ろに撫で付け、カミソリのような雰囲気をもつ細面に片眼鏡をした貴族が座り、その隣の下座には脂ぎった顔にカイゼル髭を蓄えた太った貴族が座っていた。
事前に聞いていた特徴に当てはめると、細面の男はアルダナル・ピクシスで髭の男はローナン・ディビチに間違いなかった。
左側の上座側に座るのはジョアンと同じような金色の髪を後ろでまとめ、神経質そうな顔に薄ら笑いを浮かべた貴族、シャルシス・エリータスが座っている。
その隣の下座側には立派な扇子で口元を隠している淑女が座っていた。
紫がかった銀髪は豊かに波打ち、一目で高級だとわかる紫色のドレスが映える。
若々しく自信に満ちた美しい顔にはシミ一つなく、年齢がまったくわからない美貌を誇っているが、一番末席とは言え王室会議の一席に座ると言う事はそれなりの立場と年齢であるはずだ。
そして、その層々たるメンバーの中央で正面の玉座に堂々と鎮座しているのが、この国を統べるプリシラ・ドルファンに他ならなかった。
まっすぐに正面を見据え、ジョアンを見つめている長いまつ毛に飾られつつ知性を秘めた緑色の瞳。
気品に溢れる金色の髪は美しく巻かれており、その上に乗る見事な装飾の王冠が王たる確固とした存在感を訴えかける。
光を放ちそうな黄色いドレスは赤いマントと完全な調和が取れており、まわりの景色がぼやけて見えるような錯覚さえ覚える。
若々しい白い肌に太陽のような優しくも威厳に満ちた笑顔を浮かべたその表情は、まさに王の風格を持っており、忠正はその風格に圧倒されてしまっていた。
そのプリシラ・ドルファンが柔らかな声で言った。
「久しいですね、ジョアン・エリータス少佐」
「女王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。お目通り出来ました事、光栄の至りです」
ガチガチに緊張して固くなっているジョアンの言葉に、プリシラはくすくすと笑った。
「少佐。私は女王ではなくて、ただの王女摂政宮です。お父様が病に臥せって以降、皆、私を女王と呼ぶので困ってしまうわ」
「こ、これは失礼をいたしました!」
「いいえ、お気になさらず……世間にはそう見えてしまう事も、理解しているつもりです」
さも気にしていないといった風に優しく言ったプリシラの目が、ジョアンの後ろにいた忠正に向けられた。
「そちらの方は?」
言われた忠正はその場に跪いて深く頭を下げた。
ジョアンがあわてて紹介をする。
「これは私の副官を務めております者でございます。先のハンガリアとの戦いにて現場の指揮を私と共に執りました為、本日同席させていただいております」
「まあ、それは大儀でした。少佐の副官を務めるのですから、さぞ優秀な方なのでしょう」
プリシラの言葉は素直な感想を述べている雰囲気を持っていた。
そしてその無邪気な好奇心のままに続けた。
「名前はなんと仰るのかしら」
王と同等の立場である者が、エリータス家の人間であるとは言え海軍少佐の副官風情の名前を訊ねる事などあり得ない事だが、プリシラ・ドルファンとはそういう性格の持ち主なのだ。
それを証明するように、アルダナル・ピクシスもシャルシス・エリータスも呆れたような顔をしているもののプリシラの行動に口を挟むような事はしない。
忠正は極度の緊張でカラカラに乾いた喉から声を絞り出した。
「恐れ多くも名乗らせていただきます。海軍傭兵部隊に所属しております、タダマサ・ハイマー・キサラギと申します」
そう名乗り、緊張した面持ちで顔を上げるとプリシラと目が合った。
忠正の顔を見たプリシラは一瞬大きく目を見開いたが、すぐに優しく微笑んだ。
「まあ。キサラギ……という事は、東洋のご出身かしら。これからもこの国の為に、お力を貸して下さると嬉しいわ」
「御意のままに」
興奮を抑えながら忠正が答えると、それまで黙っていたアルダナル・ピクシスが流石に口を挟んだ。
「プリシラ様、そろそろ議題の方を……」
「あら、そうね。じゃあ少佐、議題の説明をお願いします」
「は、はい!」
ジョアンは手にした書類を掲げ、読み上げを始めた。
上申内容の説明自体は途中つっかえる所もあったが、特に滞りなく進んだ。
資料を読み終えたジョアンが小さくため息を吐く。
プリシラはしばらく黙って情報を整理していたようだが、やがてよく通る声で言った。
「私は少佐の報告の通り、ハンガリアの今後の攻勢に抗う為にも、補給にかかる予算については全額承認し、戦力の補強と拡大の為の追加予算を計上するべきだと思うわ」
しかし、その意見に間髪入れずにアルダナルが声を上げる。
「反対です。そもそも今回の苦戦の原因は、エリータス少佐率いる艦隊の練度不足ではないですか。傭兵達をしっかりと指導し、統率の取れた指揮をする事で弾薬の無駄も省けたはずでした。今回の出撃で使った弾薬の補給については仕方のない事なので認めますが、追加の予算に関しては承認致しかねる」
冷静なアルダナルの分析に、忠正は誰にも聞こえないように小さく舌打ちをした。
エルザがまとめた資料は海賊達との連携不足の事を上手くカモフラージュして書いていたのだが、このアルダナルは僅かな時間で真相を読み取ったのか、はたまた独自の情報網から仕入れた情報なのかはわからないが、見事に海軍のアキレス腱を握って来た。
それに輪をかけるように、シャルシス・エリータスが言う。
「失望したぞジョアン。貴様は海軍を任せて下さったプリシラ様の信頼を裏切り、敵艦の殲滅に失敗している。あまつさえ自分の統率力が足りない事を言い訳に、王国の貴重な資産と国民の血税を浪費しようとは何事だ!」
こちらは感情論で全く理論的ではないが、それでも王室会議の一票はこの男が握っている。
そしてアルダナルとシャルシスの言葉を聞きながら目を閉じて頷いているだけのローナンはピクシス家に同調するだけのまさに張子の虎だ。
この時点で予算の拡充は絶望的だと忠正は判断し、苦々しく床の高級な絨毯を睨むしかなかった。
だが、ジョアンは勇敢にも旧家の両翼の当主たちに対し、反論を述べた。
「お二人の仰る通り、私の指導力不足、統率力不足は否めないものであります。ですが、そこはここにいるキサラギ副官が補ってくれておりますし、レポートにある通りハンガリアは海戦を熟知しており、その為の備えも十二分にしている事が推測されます。今回の接敵で我々の戦力を推し量ったのだとすると、次は持てる総力を集結しこの首都城塞、ドルファン港に攻め込んでくることも想定出来るのです。今と同じ戦力、艦隊運用では、この首都城塞が戦場となってしまう事も想定する必要が生じます。そうならない為にも追加予算は必要かと存じます」
この国の最高権力に対してきっぱりと言い切るジョアンの姿勢に、忠正は顔を上げた。
プリシラ王女の御前でなければ、思わず口笛を吹いているところだ。
「貴様、臆面もなく……!」
シャルシスが今にも殴り掛かりそうな勢いで立ち上がったが、それを隣に座っていた淑女が扇子を差し出して制した。
「シャルシス様。ここは議論の場ですわ。お身内のお話で感情移入してしまうのは理解いたしますが、プリシラ様の御前ですわよ」
シャルシスは一瞬その女を睨みつけたが、不満そうに座り直した。
そして棘のある口調で言った。
「まさに身内の話なので、口を挟まないでいただきたいですな。貴族には、貴族にしかわからぬ事情というものがあるので」
その言葉に淑女は扇子で口元を隠すと目だけで笑ってみせた。
「これは、失礼いたしました。貴族様の御事情など、一般市民であるわたくしには露ほどもわかりませんもの。ここに参集した以上、わたくし達は王室会議という議会のメンバーで、そこに生まれや家柄は関係なく、国にとって有益な議論をするものと思っておりましたので」
旧家の両翼たるエリータス家の当主に対して、まったく物怖じしない見事な返しであった。
シャルシスは忌々しそうに小さく悪態をついたものの、そのまま不機嫌にむっつりと黙ってしまった。
そのやり取りを眺めていたプリシラは、ふう、と小さなため息を吐いて言った。
「これ以上意見が出ないようなら、決を採りましょう。アルダナル、お願い」
「はい。それでは誇り高きドルファン王室会議のしきたりに従い、決を採りたいと思います」
アルダナル・ピクシスの声に、会議室は緊張に包まれた。
この日の王室会議の議題はジョアンの上申したもので最後だったようで、最終的な多数決が決着すると議会メンバーはプリシラを始めとして、それぞれが会議場から退室していった。
ジョアンと忠正は会議室の入り口の前で退室していく面々に直立不動のまま敬礼をして見送っていた。
採決の結果はわかりきった事ではあったが、アルダナル・ピクシスの案が採用され、今回使用した弾薬や傭兵達の褒賞金についてのみ予算が認められ、追加の補強予算については否決された。
少なくとも今回戦った〝白鷲〟の補給と褒賞が払えるだけでも、上申した甲斐があったというものだが、王室会議の場で上司であるジョアンが屈辱的な叱責を受けた事が忠正は腑に落ちていなかったし、プリシラ・ドルファンに謁見したという興奮が冷めやらず、複雑な気持ちのまま立ち尽くしていた。
やがて会議室の扉が閉められると、隣のジョアンがようやく右手を下ろし楽な姿勢を取りながら言った。
「とりあえずの形にはなったな。全否決にならずに済んでよかったよ」
「……自分は納得できません。今まで海軍の事などアルビアと少佐に任せっきりで放っておいたのは、他ならぬ王室会議ではないのですか。それをすべて少佐の所為にして追加の予算も認めないとは……」
不満げな忠正の言葉に、ジョアンは思わず苦笑を浮かべた。
「言うな。王室会議には王室会議の考えがあるのだろう。それよりも今後の事を考えなくてはなるまい。追加予算が承認されなかった以上、我々は次の戦いに備えるのも難しいし、戦いに出れば出るほど赤字になる事が決定されたのだから」
ジョアンの言う事はもっともだった。忠正は頭に血が上ってしまっている自分を反省しつつ、深呼吸をして気持ちを切り替えようとした。
その時、そんな二人の下へ先ほど退室していった王室議会のメンバーの一人、例の淑女がドレスを翻して近寄ってきて、高圧的でもなく、さりとて親し気でもないが、敵意のない様子で声をかけてきた
「エリータス少佐、少しよろしくて」
ジョアンと忠正はあわてて敬礼をしなおす。
「何か御用で」
緊張した声を返したジョアンに対し、その淑女は手にしていた扇子を畳むと唇の端にわずかな微笑を浮かべて言った。
「海軍の追加予算に関して王室会議は否認という結果になりましたが、場合によってはわたくしが個人的に用立てしてあげてもよろしくてよ」
「ほ、本当ですか!?」
ジョアンが驚きの声を上げたがそれは無理もない。
追加予算の金額は一個人が賄えるような金額ではないのだから。
だが、この淑女であればそれは可能かもしれない。
外国人傭兵である忠正でも、その名を知っている大富豪であるからだ。
「明日の正午、わたくしの館まで来ていただけるかしら。詳しいお話を伺いたいわ」
「もちろん! 必ず参ります!」
ジョアンの返答に頷くと、ドルファン随一の企業であり、その資産は国家予算に匹敵すると言われるザクロイド財閥の頂点に君臨するリンダ・ザクロイドは「おーほほほほ」と高笑いを上げた