続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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紅玉の双騎士もついに100話となりました!
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!!
物語は本当にあと数話で終わる予定です。最後まで楽しんでいただければ幸いです!


【100】託された想い

 銀月の塔への入口を塞ぐように立ちはだかる忠正達に対峙するように、二十メートルほどの距離を置いてヴァルデマール率いる漆黒の騎士達は進軍を止めた。

ヴァルデマール・ツヴァイクは兜を脱いで無感情な視線を忠正、ロゼッタ、パトリツィアに向け、その後で倒れているゴットフリートを見た。

その視線を追っていたロゼッタが声を投げる。

 

「“帝王の門番”は落ちた。大人しく投降するなら、これ以上無駄な命を奪わなくてすむわ」

 

凛とした声で言い切ったロゼッタに対し、ヴァルデマールは表情を変えずに大きくため息を吐いた。

 

「戯言を。無駄に命を散らすのは貴様らのほうだ。今なら目を瞑ってやる。そこをどくがいい」

「そう言われてどくと思っているの?」

 

もう一度大きなため息を吐いたヴァルデマールは、後に続く騎士達へ振り返りもせずに指示を出す。

 

「二騎は余と共に儀式を行う。残りはあの塵芥を排除せよ」

 

その声と同時に弾かれたように十騎の騎士が忠正達めがけて馬を走らせた。

それぞれが腰に下げていたブロードソードを引き抜き、左手に持った盾を前に瞬く間に迫る。

 

「まずは馬を!」

 

ロゼッタは叫ぶと同時に駆け出していた。

迫り来る巨体の馬に自ら飛び込むというのは、並大抵のことではない。

しかしロゼッタは体を地面に近い位置まで沈めながら滑るように走り、居合の要領で刀を横一文字に抜き打った。

超低空の一撃は馬の足元を容赦なく切り裂き、鮮血と共に馬の巨体が倒れ込む。

その隣では同じように地面すれすれを駆けたパトリツィアが別の馬のアキレス腱をナックルダスターで切断していた。

 

 音を立てて二騎の騎士が転げ落ちるのを見た後続の騎士達は、精鋭らしい判断の速さで即、馬から飛び降りる。

そして示し合わせたかのように二人の騎士が先行したロゼッタとパトリツィアへと斬りかかった。

二人以上で一斉に斬りかかるのは互いの身体が邪魔して、逆に戦いづらくなるのを理解しての行動だった。

 

 その攻撃を刀で受けたロゼッタは、目の前の騎士の胴を渾身の前蹴りで蹴り飛ばしつつ、空いた刀の峰を返して騎士の鉄仮面を横殴りに叩きつけた。

鉄仮面の上からとは言え、鋼の塊で殴りつけられたその騎士は、明らかに首の骨を折られて倒れ込む。

 

 その隣ではパトリツィアが襲い来る刃にあえて飛び込むと、軽やかな身のこなしで瞬間的にしゃがみ込んでそれを躱し、今度は蛙飛びの要領で飛び上がると同時に頭に回し蹴りを叩き込む。

その騎士がよろけていると、すかさず後ろから次の騎士が襲い掛かるが、そちらにはすでにターゲットを切り替えていたロゼッタが兜の隙間めがけて突きを放っていた。

 

 さすがにその突きを防御した漆黒の騎士だったが、ロゼッタとパトリツィアは見事な連携で騎士達に圧力をかけていく。

その横をまるで興味がないかのようにヴァルデマールと随伴の騎士が悠々と駆けていき、塔の入口へと進んでいった。

 

「忠正、行って! ここはあたしとパティで食い止める!」

 

乱戦の様相となってきた中、ロゼッタが声を上げる。

すでに騎馬から降りて銀月の塔へと入って行くヴァルデマールの後ろ姿を見て、忠正は激しく舌打ちをした。

いくらロゼッタとパトリツィアがそれぞれ並大抵の騎士では歯が立たない程強かったとしても、この数を相手にいつまで有利に戦えるかはわからない。

本来なら自分も加勢してこの場を制圧してからヴァルデマールを追うのが成功の可能性からも一番良い。

だが、ヴァルデマールの戴冠の儀式が終わってしまえば、それは暴君の誕生を許してしまうことになる。

 

 忠正は苦い顔で頭上を見上げる。

あつらえたかのように晴れ渡る夜空に煌々と輝く満月が、その白く冷たい明るさで不気味さを放つ。

 

「くそ……!」

 

後ろ髪を引かれる思いを振り切るように首を振った忠正は、レイピアを手に入口へと走る。

 

「ローゼ、パトリツィア! ここを……頼む! 上は任せろ!!」

 

漆黒の騎士の攻撃を弾きながら、ロゼッタはパトリツィアと一瞬視線を交わすと、深く頷く。

そして、漆黒の騎士達へと叫んだ。

 

「さあ、この“緋眼のサリシュアン”が船頭カロンに代わってアケロンの川を渡してあげるわ!」

 

 

 

 その巨体で港の入口を塞ぐように舷側を沖に向けたシレーナ・ケ・カンタは、左舷に装備された六十門のカロナード砲が絶え間なく炎を噴き上げ連合艦隊を威嚇し続ける。

それに呼応するように沿岸の砲座に鎮座するズィーガー砲も轟音を轟かせていた。

そんな大爆音が支配する港の中を静かに進んでいく一艘のボートが桟橋に到着し、近衛隊長のコナーが降り立ち膝をついて手を差し伸べると、その手を取ってプリシラ・ドルファン女王が実に一か月振りにドルファンの地に降り立った。

それと同時に港の周辺の民家や建物からその様子を見ていた市民たちが一斉に窓という窓から歓声を上げる。

プリシラは軽く手を振ってその声に応える。

これこそがプリシラ・ドルファンがどれだけ国民たちに支持されているかの証左だった。

 

 港内にいた陸軍の兵士達は一様におどおどとした様子でその姿をみつめていたが、その後ろから大砲の轟音と割れるような歓声にかき消されない程の怒号が響いた。

 

「プリシラ女王陛下の御前だぞ! 敬礼はどうした!!」

 

その声に反射的に敬礼をしてしまう兵士達。

しまった、と顔を見合わせたものの兵士たちを掻き分けて進んできた怒号の主の姿に、もう一度姿勢を正して敬礼をした。

 

「ふん。自分たちの主君が誰かもわからんとは、全く嘆かわしいものよ」

 

そう言いながら杖をついてプリシラたちの前へと歩み出たミラカリオ・メッセニ中将の姿に、プリシラは優しく微笑んだ。

 

「メッセニ中将。留守の間、苦労をかけました」

 

メッセニは深い皺の刻まれた顔に皮肉な笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「いえ、姫様の日ごろの行いに比べれば、何の苦労もありませんでしたわい」

「ちょっと、どういう事よ!」

 

二人のいつもと変わらないやりとりにコナーが苦笑いを浮かべていると、最後にボートから降りたライズ・ハイマーが冷たい視線で周りを確認した。

 

「陸軍の兵はプリシラ捕縛の命令はうけていないの?」

 

その不遜な態度にメッセニは若干眉を上げたが、ぶっきらぼうに答える。

 

「もちろん受けている。だが、兵の中でアルダナルへの不信が募っており、ここにいる者も含めご覧のような有様よ」

「そう。軍としては問題だけれど、こちらとしては都合が良いわ。信頼のおける兵で一個中隊を組織して、至急銀月の塔に派遣してくれる?」

「貴様、誰に物を言って……!」

 

怒りに任せて反論しようとしたメッセニをプリシラが手で制した。

 

「メッセニ。急を要するの。お願い」

「むう……」

 

さすがのメッセニであってもプリシラ直々の願いを断れるはずがない。

メッセニはライズに向けて恨みがましい視線を向けると、踵を返して兵達へと号令をかけた。

それを確認したライズは小さく頷いてプリシラを見る。

 

「私たちは王城へ急ぎましょう」

 

その言葉にプリシラが不服そうに言う。

 

「急ぐのはいいけれど、どうやって行くの。まさか走る?」

 

その素っ頓狂な質問にライズは呆れたようにため息を吐く。

 

「そんなわけないでしょう。ほら、迎えが来たわ」

 

そう言って指さした先には、乾いた土煙を巻き起こしながらランプの灯りで闇を切り裂き、明らかに法定速度を超えたスピードで走り来る馬車の姿があった。

その馬車は隊列を組み始めた兵士の横を駆け抜けると、プリシラたちの前へと車輪を滑らせながら止まった。

 

 その乱暴な運転で馬車を操作していた御者は女で、バサバサと撥ねる長い銀髪をなびかせながら御者台に立ったまま、はつらつとした声を投げた。

 

「よう、騎士殿、それに女王さん。王城までのお迎えに上がったぜ」

 

言いながらにやりと不敵な笑みを浮かべたジーン・ペトロモーラに、ライズもようやく頬を緩めた。

 

「時間ぴったりね」

「オレの馬車は時間を守るのが売りなんだ」

「法定速度は守らないのにね」

 

二人はお互いの顔をみて目だけで微笑を交わすと、すぐに真顔に戻った。

 

「さあ、とっとと乗りな! 王宮まで駆け抜けるぞ!」

 

ジーンの声にプリシラとライズ、コナーは馬車の客車へと急いだ。

 

 

 

 銀月の塔の入口の扉をくぐり抜けた忠正は、突如として襲い掛かった漆黒の騎士の剣の一撃を咄嗟に構えたレイピアの根本で受け止めた。

月明りの届かない塔の中は、屋上へと続く細い螺旋階段に所々設置された燐光灯の灯りのみで薄暗く、剣を受け止めて飛び散った火花が一瞬だけ忠正と騎士を照らした。

 

「この……!」

 

忠正は騎士の剣を体の脇へと滑り逸らすと、そのままレイピアの剣先を立てて兜の隙間を突く。

その騎士は瞬間的に上体を逸らした為レイピアは顔の浅いところを掠めただけとなったが、同時に剣を横に薙ぎ払っていた。

シュバルツの精鋭が一筋縄でいくわけがないという警戒をしていた忠正は、それを後ろに飛び退いて躱すと、漆黒の騎士に向かってレイピアを構えた。

 

 漆黒の騎士と対峙しわずかな沈黙がその場を支配する。

頭上から響く足音でヴァルデマールが屋上の展望台を目指して着実に上っているのが伝わる。

 

「時間をかけている余裕は……ない!」

 

レイピアで一般的な剣と戦う時は、突き主体の間合いの長さと、手数の多さで敵を圧倒するものだ。

だが相手が一流の剣士となればその優位性は機能しづらい。

 

 忠正はそれを理解した上で、腰のベルトから鞘を外すと、それを左手に構えて二刀流の構えを取った。

手数で圧倒するなら、剣を二本にすれば良い。

非常にシンプルな考えだがそれはレイピアという武器にとっては合理的かつ最適解でもある。

 

 忠正が二刀を以て無数の突きを繰り出す。

騎士は必然的に防戦メインとなるが、やがてそれにも順応していく。

すると、レイピアの突きは致命傷に至るが、鞘での突きは大したダメージにならない事を悟り、反撃の機会創出の為にそちらの攻撃には徐々に無頓着になっていく。

 

 それこそが忠正の策略だった。

騎士がレイピアの一撃を凌いだ瞬間、忠正は左手の鞘に全身の力を込め渾身の突きを繰り出した。

明らかに油断していた鉄仮面に落下する隕石さながらに突き立った一撃は、騎士の頭を兜ごと後ろに弾く。

頭が上を向き、全身を覆う鎧から露出した喉元に追撃のレイピアがひゅんと風を切る音を立てて閃いた。

レイピアの刃は的確に頸動脈を切り裂き、闇の中で真っ黒な血が吹き上がる。

 

「が……ぐ!?」

 

鉄仮面の奥から騎士が絞り出す断末魔の声が聞こえるのと同時に、そのまま後ろへと体が崩れ落ちた。

 

 忠正は強敵に最後の一瞥を送り大きく息を吐き出して呼吸を整えると、レイピアを握り直し階段を駆け上がる。

ゴットフリートとの死闘、そして漆黒の騎士との戦闘の連戦で疲労が蓄積されており、前へ進む足が鉛のように感じる。

だが、ここでヴァルデマールを止めなければ、ドルファンは大トルキア帝国という夢想の王国の配下となってしまう。

 

 未来を生きろと言ってくれたアンの為にも。それを思い出させてくれたフィオナの為にも。そしてドルファンに生きるすべての人の為にも、忠正は足を止めるわけにはいかなかった。

 

 

 ついに屋上展望台への扉を抜けた忠正の目に飛び込んできたのは、深い藍色の空に浮かぶ巨大な満月だった。

真正面の銀色の月に向かって祭事用の衣装に着替えたであろうヴァルデマールが両手をかざして立っており、その足元には一緒に上ってきたはずの漆黒の騎士が転がっていた。

 

――なんだ?

 

その異様な光景と月の明るさに一瞬目を奪われた忠正だったが、すぐに異変に気が付いた。

 

 ヴァルデマールの足元に倒れている騎士の首元からはおびただしい量の血が流れており、それはさながら血の湖のようだった。

ここに駆け上がってくるまでの短い間にこれだけの出血があるというのは、ヴァルデマールに首筋を切られたことは間違いない。

 

「……お前の部下じゃないのか」

 

忠正が冷たい声を投げると、ヴァルデマールは月に向かって伸ばした手もそのままに視線を向ける事もなく答えた。

 

「邪魔をしないでくれるか。今、まさに神聖な儀式の真っ最中なのだ」

「なぜここまで連れて来た部下を殺した」

「邪魔をするなと言っている」

 

忠正は大きく深呼吸をするとレイピアを構えて走り出す。

そのまま勢いに任せて突きを放つ。

ヴァルデマールはようやく反応し、横に飛び退いてそれをかわした。

そして忠正へ憐みに似た目を向けた。

 

「神聖な儀式の途中だと言った。戴冠の儀には贄の生き血が必要なのだ。貴様ら民草は黙って見ておればよい」

 

忠正はその虚無のような漆黒の瞳をルビーの瞳で睨み返し、吐き捨てるように言う。

 

「その儀式を阻止しようとここまで来たんだ」

「なぜそんな事をする?」

 

さも当然の疑問といった態度のヴァルデマールに、忠正は若干戸惑った。

 

「なぜ……だと。お前のくだらない大トルキア帝国の復活なんて野望を挫くために決まっている!」

 

 その言葉にヴァルデマールは月明かりに照らされた顔に心底不思議そうな表情を浮かべた。

 

「貴様ら凡俗に我らを理解できるなど、端から期待しておらぬ。だが、この世の理すら識らぬ愚民の浅慮よ……。呆れを通り越し、もはや滑稽だ」

「ドルファンを支配下に置こうというお前の考えに抗うというのは当然の事だろう!」

「大局を見ないその管見こそ、貴様らが矮小であるという証よ」

 

そう言いながらヴァルデマールは腰に差した鞘から剣を引き抜く。

それは一般的にはロングソードに分類されるクレイモアという剣だった。

両手持ちの剣としては小振りだが、柄やガード(鍔)には細かい意匠が刻まれているのが分かった。

だが、それよりも目を引くのはその刀身だ。

夜の闇よりも黒く塗られたその刀身は、月明りを浴びて薄ら寒く光を放っている。

 

「儀式の邪魔をされたので、生き血の鮮度が落ちた。貴様の血を以て代替とせん」

 

クレイモアを構えるヴァルデマールから放たれるおぞましい程の殺気に気圧されないよう、忠正はレイピアを握る手に力を込めた。

 

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