続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【101】新時代への序曲(前編)

「ルシルさん……、ルシルさん!」

 

靄のかかった意識の遥か向こうから聞こえてきた声に、ルシルは張り付いたように重い瞼をゆっくりと開いていった。

焦点が定まらずぼやけた視界が徐々にはっきりとしていき、こちらを心配そうにみつめるエルザ・ディーリアの姿がそこにあった。

 

「良かった、気が付いたんですね!」

「エル、ザ……?」

 

カラカラに乾いた喉でしわがれた声が出て自分自身の声に驚いたルシルは、突如として襲ってきた体中の激しい痛みに顔をしかめた。

その痛みと同時にエルヴィン・ハーンとの戦闘の記憶が一気に蘇り、立ち上がろうとしたがさらに体が痛んで起き上がる事も出来なかった。

 

「ぐ、うぅ……」

 

思わず漏れた苦悶の声に、エルザが慌てて水筒を口元に寄せた。

 

「飲んでください! メネシスさんが調合した痛み止めが入っています。少しは楽になるかと……」

 

手を動かす事も出来ず、エルザの差し出した水筒の中身を慎重に飲み込んだルシルは、目だけ動かして周りを確認するとようやく自分がどうなっているのか理解した。

そこは見慣れたブルー・セレンディバイト号の甲板の上だった。

壁にもたれるように座らされていた体は、全身包帯まみれで応急処置が施されたのがわかった。

目の前のエルザのすぐ傍にメネシスとコーミン、ブリジットがおり、その奥に“白鷲”のクルー達が心配そうにこちらを見守っている。

気を失う前と変わらずに火薬の弾けるような大砲の音が鳴り響いているが、若干その頻度が落ちているのがわかった。

 

「う……戦況は……どうなってる?」

 

囁くような声しか出ない事にもどかしさを感じつつも、エルザを見上げた。

エルザは小さく頷き、いつもの冷静さで答える。

 

「シレーナ・ケ・カンタの到着とズィーガー砲の占拠で、ドルファン港周辺は完全に制圧しています。連合艦隊は司令官を失って指揮命令系統が乱れている様子で、沖へと撤退を始めています。ブルー・セレンはなんとかドルファン港内に移動したので、安全圏内です」

「司令官……タダマサがあの雷野郎をやったのか?」

 

エルザはわずかに困惑の表情を浮かべた。

 

「キサラギ軍曹は銀月の塔に行っているので、ここには来ていません」

 

その言葉にルシルは痛みをこらえながらも、何かを思い出すように満月の夜空を見上げた。

 

「じゃあ……オレを助けたのは誰だったんだ? あの黒い髪の男は……」

 

エルザが困ったようにメネシスたちの方を見ると、月明りを反射した眼鏡の位置を直しながらメネシスが一歩前へと出た。

 

「そいつはタダマサとロゼッタの父親だね。幻の聖騎士と言われた、東洋人傭兵さ」

「幻の……聖騎士」

 

口の中でその単語をつぶやきながら起き上がろうと力を込めた途端、体中に激痛が走ったルシルは小さく呻きながら顔をしかめた。

あわてて手を差し伸べたエルザが、ルシルの肩にそっと手を添えた。

 

「無理しないでください。まるで落雷にでもあったみたいに、全身の中も外もひどい火傷を負っているんです。命が助かっただけでも奇跡的な状態です」

「そう……か」

 

ルシルは自虐気味に笑おうとしたが、顔の筋肉がこわばって上手く笑えなかった。

 

「それで……その幻の聖騎士ってやつはどこだ? オレに代わって雷野郎を倒してくれたようだし、一言、礼だけは言いたいんだが」

 

エルザは再びメネシスの方を見たが、今度は自分の言葉で答えた。

 

「彼は敵の司令官を倒し、瞬く間にブルー・セレンに乗船していた敵兵を制圧すると、味方の船に乗り移って本土への上陸を試みるようでした。風のような方だったので、引き留める事も出来ず」

「……そうか」

 

月を見上げたまま小さく答えたルシルはしばらく黙っていたが、やがて明るい口調で言った。

 

「少なくとも、こっちの作戦は成功……だな。ブルー・セレンを沈めずに済んだってわけだ」

 

いつものようなその物言いに、エルザは瞳に涙を浮かべながら力強く頷いた。

 

「はい。あなたのお陰でこの船は健在です!」

「ふ」

 

ルシルはようやく唇の端で微笑んだ。

 

「あとはタダマサと女王様たち次第……か」

 

 

* * *

 

 

 ドルファン城は宵闇に相応しい不穏な雰囲気に包まれていた。

数キロ先の港の方からまだ絶え間なく聞こえてくる大砲の音に包まれながら、緊急事態であるはずなのにその門は開かれている。

門を守る為の兵たちは一様におどおどとした様子でお互いの顔をちらりと見合うだけで、目の前に停まった馬車から降り立ったプリシラがコナーとライズを連れて歩いていくのを咎める様子もない。

城内では近衛兵の一部と陸軍の兵士が言い合いをしていたが、プリシラの姿が見えるなり両者とも直立して敬礼をする。

 

 燐光灯に照らされた薄暗い城内をまっすぐ前を向いたまましっかりとした足取りで歩くプリシラは、迷う事なく玉座の間へと進んでいく。

玉座の間の扉の前には陸軍の士官と思われる兵士が二人立っていたが、プリシラが近づくと何も言わずに扉を開いて頭を垂れた。

プリシラはその兵士たちに視線を送って小さく頷いて見せると、堂々と中へと入っていき、部屋の奥の玉座に座るアルダナル・ピクシスを見据えた。

 

 アルダナルはドルファン国王の玉座に足を組んで座っており、その玉座の両脇にはシャルシス・エリータスとローナン・ディビチが立ち、プリシラへ畏怖と侮蔑が混じった複雑な視線を送っていた。

 

「アルダナル・ピクシス卿」

 

プリシラが女王らしく静かだが威厳のある声で名を呼ぶ。

 

「そこは国王の玉座です。あなたが座る場所ではありません」

 

言われたアルダナルは不機嫌そうに顔を歪ませた。

 

「国王の玉座であるならば、この場所は私に相応しい。玉座の前から逃げ出した王など、この国を治める資質に欠ける。私こそがドルファンの王に真に相応しい」

「ヴァルデマールの甘言にほだされ、大トルキア帝国などという虚言の属国に下ろうなどという王を、国民は認めません」

 

淡々と述べるプリシラに対し、アルダナルは明らかに気分を害したように声を荒げた。

 

「私はドルファンをヴァルデマールの属国になんぞする気は、最初から考えてはいない! 下らん血筋に縛られた王の座を、その束縛から解き放つ為に利用しただけだ!」

 

日ごろ、王室会議の中でも冷徹と言えるほどに冷めた態度のアルダナルが感情をむき出しにするのは珍しかったが、それだけ興奮しているという事なのだろう。

プリシラは小さくため息を吐く。

 

「アルダナル卿。貴方の言う王とは一体なんなのでしょうね」

 

その意外すぎる言葉に、アルダナルは若干勢いを挫かれた。

しかしその冷静な知能ですぐに立て直した。

 

「貴女はそんな事も忘れてしまったのか? 王とは誰よりも国を愛し、国政を正しい方向へと導き、未来永劫の繁栄を守る為に先頭に立つ者。貴女ではなく、私のことだ!」

 

言い捨てるアルダナルに対し、プリシラは悲し気に目を伏せた。

 

「……そうでしょうか。誰よりも国を愛する姿勢には同意します。ですが、国を正しい方向へ導き、未来永劫に繁栄させるなど、思い上がった驕りだと思いませんか」

「ふっ、詭弁ですな。それこそ自ら王の素質がない事を認めるに等しい。民草に政治は出来ない。真に政治を理解し、国の繁栄を構築できる者こそが王となり、舵を取らなければ国は成り立たぬ!」

 

興奮気味にまくしたてたアルダナルに同調するように、両脇に立つシャルシスとローナンが遠慮気味に頷きあう。

激情を正面からぶつけられたプリシラは平静を装っていたが、内心はその強烈な信念の見えない嵐に吹かれているように感じていた。

しかし、ここで怯むわけにはいかない。

 

「王であっても所詮それは一人の人間です。間違うこともあるし、未来を約束することも出来ません。だからこそ王室会議があり、多数決による決議をしているのではないですか。この国の王は王であってもすべての決定権は持っていません。王室会議による合意を以て初めて政治を動かせる。あなたはその仕組みでは満足できないと言うのですか」

「その伝統ある王室会議の仕組みを最も軽んじているのは貴女ではないのか、プリシラ・ドルファン! リンダ・ザクロイドのような貴族ですらない成金を登用し、歴史と由緒ある誇り高き王室会議を愚弄しているのだ!」

「多数決による意思決定と言っても、結局は旧家の両翼とディビチ家による一方的な政治になっているのは公然の秘密です。この歪んだ旧態依然の仕組みがある限り、あなたの言う王に意味はないように思うのですが」

「そうだ。だが、王は王として国の象徴であらねばならない。その為には、歴史の下に正しく王室会議を支配してきた我がピクシス家、そして、その頭首としてのこの私が王である事が必要なのだ! 名前だけのドルファン王家など、何の役にも立たない! これからの王は真に権威を持ち、真に国を愛する血筋が必要なのだ!」

 

 プリシラの横で周りを警戒しながらも話を聞いていたライズは、プリシラとアルダナルそれぞれの主張を頭の中で整理していた。

どちらの主張も表面上は間違っていない。

改革と変化を許容し民主主義的な理想を掲げるプリシラと、歴史を重んじて貴族などの特権階級による懐古的な支配を重んじるアルダナル。

どちらも政治の在り方としてある意味で間違ってはいないからこそ、主張が交わることはないだろう。

だが、この場で決着をつけなければドルファンは崩壊してしまうだろう。

アルダナルは伝統と血筋を重んじるような事を言っているが、それは結局ヴァルデマールへの忠誠を誓った、偽りの君主であるのだ。

プリシラかアルダナル、どちらかが排除されない限り、最終的な落としどころは無い。

 

 そんなライズの考えを見透かしたように玉座から立ち上がったアルダナルは、うんざりした表情でプリシラに背を向けた。

 

「もういいだろう、プリシラ。貴女は所詮お飾りの王族だった。もともと我がピクシスに用意されただけの偽りの王女。その体にドルファン王家の血が流れていようがいまいが、王という名の重責に耐えられるはずなどなく、この国を愛することなど出来ないのだ」

「王の名欲しさにドルファン王家を根絶しようとヴァルデマールという虚像の権威に縋った者が、王冠の重さに耐えられると言うのですか」

「ヴァルデマールはただの道具に過ぎない。見せかけだけの忠誠などいくらでも誓おう。その後に私はドルファンを真に愛する正しい王として、この国を今まで以上に強く美しい国に導いてみせる!」

 

プリシラは凛とした目でアルダナルをみつめつつ、わずかに震える声で言う。

 

「ここに来るまでの間、私は国民と兵士たちを見てきました。彼らは本来巻き込まれなくて良い戦争に巻き込まれ、戸惑い、困惑していました。貴方の配下であるはずの陸軍は私を止めることなく迎え入れてくれました。国民たちは私に激励の歓声をくれました」

 

その声の震えは恐怖や戸惑いではなく、明らかに静かな怒りであった。

 

「それこそが全てを物語っているのではないですか。国とはそこに生きる人々があって初めて成り立つもの。その人々を自身の欲望の為に軽視し、理想と言う名の負担を押し付けるだけの貴方に、その玉座は相応しくありません!」

 

言い切ったプリシラの怒りに、アルダナルは見る間に顔を紅潮させた。

 

「用意されただけの人形が、偉そうに語るな!!」

その叫びと同時に振り返ったアルダナルは弾かれたようにプリシラに向かって飛び出していた。

その手には、冷たい輝きのナイフが握られていた。

 

 

 アルダナルの動きに、誰よりも速く反応したのはライズだった。

かつてヴァルファバラハリアン八騎将の一人“隠密のサリシュアン”と呼ばれた時から、さらに進化した動きがアルダナルの右手を掴むと同時にひねり上げ、関節を極めながら地面に敷き伏せていた。

 

「シャルシス! ローナン!!」

 

床に押し付けられながらも叫んだアルダナルの声にシャルシス・エリータスとローナン・ディビチが腰に下げたショートソードの柄に手をかけたが、いつの間にか抜刀したのかコナー・ウォレスの両手に握られたブロードソードとナイフが喉元に突きつけられていた。

 

「投降して下さい。私の剣の腕は、王室会議であるあなた方が一番よくご存知でしょう。これ以上は命の保証は出来ません」

 

コナーの冷たい声に、シャルシスとローナンは恨めしそうにお互いの顔を見合わせたが、ゆっくりと両手を上げた。

 

「おい、捕らえろ!」

 

コナーが鋭く言うと扉の前にいた兵士達が慌てて駆け寄り、シャルシスとローナンを拘束する。

それを床に押し付けられたままの姿勢で見ていたアルダナルは声を荒らげた。

 

「離せ! 下賤の分際で私を地に伏せるなど……!」

 

ライズはその無意味な声を聞いてはいるものの、ひねり上げた腕を決して緩めない。

屈辱極まりない体制のまま、プリシラがしゃがみ込んでその顔を寂しげな瞳で覗き込んだ。

 

「本当に残念です、アルダナル卿。あなたは父君とは別の形でしたがドルファンを愛し、ドルファンを良くしようと尽力して下さっていました。ですが、その歪んだ愛国心が結果としてドルファンを裏切ることになってしまうとは、皮肉以外のなにものでもありません」

「人形風情が、偉そうに語るな! こうなれば貴様の出自を全国民に暴露してやる。貴様があのヴァルファバラハリアンの軍団長の娘である事に国民たちはどう反応するかな!?」

 

その言葉にコナーが一瞬ぎょっとしたような顔をしてプリシラの方を見たが、プリシラの瞳がまっすぐに澄んでいるのを見て、すぐに真顔になって視線を逸らした。

 

「その人形を用意したのも、デュノス公を追いやったのも、貴方のピクシス家だということを忘れたのですか」

「それを証明するものなどない!」

 

血走った眼で吠えるアルダナルに、プリシラは小さなため息を漏らした。

 

「……あります」

 

 

 そう言いながら彼女は懐から一冊の本を取り出した。

使い込まれたような古い皮の装丁と表紙に刻まれた文字。

その見覚えのある冊子にアルダナルは目を丸くした。

 

「ロ、ローズバンク手記!? なぜここに!?」

 

プリシラは大切な物を扱うかのようにその表紙をそっと指で撫でる。

それは間違いなく忠正がプリシラの命を狙うきっかけになったもので、プリムの祖母が書いたローズバンク手記と呼ばれる本の原本だった。

 

「なんの因果なのか、この本は長年の旅を経て私の元へと渡ってきました。私はこの手記を元にドルファン王国の、王室会議の犯した罪と隠ぺいしてきた過去を逆に告発するつもりです」

「愚かな! それはすなわち、王室会議の終わりを意味するぞ!? それは望むところではないはずだ!」

 

悲壮なまでにまくしたてるアルダナルに対し、プリシラの声は落ち着いていた。

覚悟を決めた者の、こうなる事を予測していた者の落ち着きだった。

 

「私は王室会議を廃止し国民に参政権を与え、ドルファンの政治を国民の判断に委ねたいと思います」

「馬鹿な……! そんなことが出来るはずがない。そんなことをすればドルファン王国は瓦解するぞ!」

 

アルダナルは組み敷かれたまま必死に体をよじるが、それは逆に自分の腕が痛むだけだった。

プリシラは凛とした声で続ける。

 

「私は国民を、このドルファン王国という国を信じています。ヴァルデマールのような脅威に備える為にも、ドルファンは次の時代へと進まなければいけないのです」

「ふざけるな。そんな事は王室会議が許さん! 我々旧家の両翼とディビチ家がいる限り、そんな法案は絶対に許さん!! 王室会議を通過しない法案など、何の効力も持たない!!」

 

玉座の間にその叫び声が響き渡る。

絶対的な権力と伝統の重さが含まれたその響きにアルダナルは揺るがない自信を持っていたが、プリシラは僅かに唇の端で微笑んだ。

 

「アルダナル卿の仰る通りです。私がどんなに民主制を提案したとしても王室会議で承認されない限り、それは机上の空論であり、国の制度を変えることはできません」

 

それまでの雄弁さが鳴りを潜めた突然の正論に、アルダナルは勢いを削がれて訝し気な視線をプリシラに送る。

プリシラは微笑を絶やさずに続ける。

 

「ですが、今回のアルダナル卿、シャルシス卿、ローナン卿の行いは、明らかに国家反逆罪に該当します。正式な裁判による判決が下されるまでは身柄を拘束。その間の王室会議については欠席という扱いになりますね」

「な、何を……」

「歴史と伝統ある王室会議の規則と慣例に則り、欠席となる三票について議長である私に委任されることとなります」

 

アルダナルの顔が見る間に青くなっていくのが、その場にいた全員に見て取れた。

言葉を紡ぐ事も出来ず、ぽかんと口を開けているアルダナルへ、とどめとばかりにプリシラは満面の笑みを浮かべた。

 

「旧家の両翼が支配する古びた政治は終わります。貴方たちが用意した偽りの人形と、歴史の闇へと葬った正当な血統による新時代の始まりを、牢の中から見届けなさい」

 

 

 

 突きつけられた覆しようのない事実に、アルダナルはまさに絶望の淵へと叩き落されてうなだれた。

抵抗する力も失ったアルダナルを兵士の一人に受け渡し、ようやく解放されたライズは連行されていく後ろ姿を見送っているプリシラの隣に静かに歩み寄った。

 

「……ようやく報われる時が来たのね。ローズバンクの世代を超えた想いが」

 

そう言って目元を拭ったライズの横顔を見て小さく頷く。

そこで初めてぽたぽたと雫が落ちてプリシラは自分が泣いているのに気が付いた。

 

「長かった……ね。これできっと、私たちのお父様も喜んでくれるわ」

「お父様……」

 

ライズは消え入りそうな声で答えつつ、静かにプリシラの胸に顔を埋めた。

プリシラはその背中を優しく撫でながらその肩に顔を押し付けて泣いた。

 

 




本作は105話で完結の予定です!
あと4話、今少しお付き合い下さい。
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