続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ロゼッタは目の前の騎士の兜の隙間に突き立てた剣を引き抜き、刀にまとわりついた血糊を空気を斬るように振るって落とした。
パトリツィアとの連携ですでに五人の騎士を屠っているが、残りの騎士もまだ五人。
勢いに任せて全滅させられれば良かったのだが、流石にシュバルツデスアプグルント騎士団の精鋭たち。
それを許してくれるほど弱いわけがなかった。
ロゼッタは水浴びでもしたかのように大粒の汗をかいており、隣でナックルダスターを構えているパトリツィアも肩が激しく上下していた。
防御力に優れる鋼の盾と鎧で武装した十人の騎士相手に、二人だけで挑むというのがいかに無謀なのかという現実を叩きつけられているのは間違いない。
だが、ここで退くわけにもいかない。
「パティ、大丈夫?」
ロゼッタが声をかけると、パトリツィアは激しく呼吸をしながらも答える。
「問題ない……です」
問題ないわけがない。ただでさえパトリツィアは体術を使った戦闘スタイルなので、消耗が激しい。
さらに防御に全く向いていないナックルダスターという武器の特性上、敵の攻撃を躱しきれずに、腕や足、頬などにいくつもの切創が見て取れた。
かく言うロゼッタも、左腕、右脇、左太腿など、数え出せばきりがない程の傷を負っていた。
対する漆黒の騎士達は持久戦を狙っているのは明らかで、一人、また一人とじっくりとにじり寄ってきており、状況としては最悪だった。
だが、ここで自分たちが崩れてしまえば、塔の上で戦っているであろう忠正も崩れる事を意味する。
それはすなわち、ヴァルデマールの勝利であり、ドルファン崩壊の序章となる。
それだけは何としても防がなければならない。
そうでなければ、シュバルツへと潜入してまでやってきた事がすべて無駄になる。
ロゼッタは気合を入れ直し、再び襲い掛かってくる騎士に向けて刀を構えた。
今度の騎士も二人掛かりで迫ってきた。
ロゼッタに向かってきた騎士の剣を刀で受ける。
隣のパトリツィアへと向かった騎士は、今までの騎士とは違った動きをしていた。
盾を前面に構え、体当たりを仕掛けてきたのだ。
普段のパトリツィアならば騎士の体当たりなど難無く躱していただろう。
だが、連戦の疲れは足に出ており、避けようとしたパトリツィアは足が滑って自分から盾に飛び込むような恰好となってしまった。
「パティ!」
ロゼッタの叫びと共に盾の特攻に正面から突っ込んでしまったパトリツィアは、咄嗟に防御態勢を取ったものの派手に吹き飛び、薄暗い地面へと転がった。
それを好機と、体当たりをした騎士はそのまま剣を構えて追い打ちに迫る。
ロゼッタは救援に駆け付けようとするも、目の前の騎士と鍔迫り合いのような密着状態にあり動けない。
パトリツィアは今の体当たりで軽い脳震盪を起こしているようで、立ち上がったものの焦点が定まらず、幽霊のようにフラフラとしていた。
「パティっ!!」
再びロゼッタが叫び声を上げた時、闇を切り裂いて飛来した“真っ黒な何か”がパトリツィアに迫っていた騎士の兜に突き立った。
鉄仮面の覗き穴を的確に捉えた“それ”に、騎士はたまらずにもんどりを打って倒れた。
突然の出来事に何が起きたのかわからずロゼッタが目を丸くしていると、森の奥の闇の中から二頭の馬とそれに乗った男が飛び出してきた。
一人は全身黒ずくめのピエロの衣装を着ており、揃いの不気味な笑顔が張り付いた黒い仮面をした男。
そして、もう一人はロゼッタにとって決して忘れられない、懐かしさと絶対的な信頼が入り混じった顔だった。
「お、お父様!」
ロゼッタの声に反応するように馬から飛び降りたヒューイ・キサラギは足元に転がるブロードソードを拾い上げると、一番近くにいた騎士に突進する。
突然の乱入者に戸惑いながらも、精鋭らしく盾を構えて応戦する騎士は、咄嗟にヒューイを袈裟斬りに切りつけた。
ヒューイはそれを突進の勢いもそのままに流れるような動きで受け流すと、手元で瞬間的に剣を回転させ漆黒の鎧の隙間、脇へと突き刺していた。
一切無駄のない、教科書のような動きだった。
その隣で再び漆黒の騎士の鉄仮面に“真っ黒な何か”が突き立つ。
ロゼッタが満月の月明りに目を凝らすとその正体は黒一色に塗られた投げナイフで、すでに馬から飛び降りていた仮面のピエロの両手にそれは握られている。
思わぬ増援とその驚異的な強さに戸惑う、残り二人となった漆黒の騎士達。
その隙を見逃すロゼッタではない。
一瞬にして刀を納刀すると、ヒューイの方へと注意が逸れている目の前の騎士に対して地面に倒れ込むように右足を踏み込み、鞘に収められた刀を解き放つ。
ゴットフリートをも圧倒した“斬鉄”の一撃が漆黒の騎士を鎧諸共、叩き斬っていた。
残り一人となった漆黒の騎士は、正面からヒューイ、右からピエロ、左からロゼッタににじり寄られ完全にパニックになっていた。
どちらに向けて構えていいのかわからず、ぶんぶんと左右に剣を振り回したその時、脳震盪から復帰したパトリツィアが音もなく後ろに回り込み、掌底を兜に叩き込むと同時に露出した首筋にナックルダスターの刃を突き立てていた。
膝から崩れ落ちる最後の漆黒の騎士。それと同時に森の中からドルファン国軍の鎧を着た騎士達がわらわらと駆け付けてきた。
「ドルファン陸軍……。どうして……?」
その場にへなへなと座り込みながらロゼッタが呟くと、ブロードソードを放り捨てながらヒューイが手を差し伸べた。
「ライズとプリシラだろうな」
ロゼッタはその力強く懐かしい手を取ると、引き上げられるままに立ち上がった。
そして頬を膨らませると不満げに言う。
「ライズとプリシラだろうな、じゃないわよ、お父様! どうしてお父様がこんなところにいるのよ!」
「おい、それが娘の窮地に駆け付けた父親に対する態度か」
不敵な笑みを浮かべながら両手を広げたヒューイに、ロゼッタは小さくため息を吐きながらその腕に収まって抱きしめた。
「ありがとう。正直危ないところだったわ」
ヒューイは満足そうに頷くと、周りの目もあるので名残惜しそうに娘から離れると、陸軍の兵士達へ声を投げる。
「黒い鎧の騎士達の後処理を頼む! 息はないと思うが、念のため用心してくれ」
兵士たちが漆黒の騎士たちの元に駆け付ける中、ヒューイは仮面のピエロへと視線を向けた。
「よう、久しぶりだな。まさかお前と共闘することになるとは思わなかったが」
ピエロはあからさまに舌打ちをする。
「それはこちらのセリフだ。プリシラの要望でなければ、貴様なんかと一緒にいるのも御免だというのに……」
「そう言うなよ、カルノー」
「その名で呼ばないでもらおうか。僕は“極寒のアイゼスケルテ”。それ以外の何者でもない」
ロゼッタがライズの放った隠密だとすると、アイゼスケルテがプリシラの放った密偵だという事はロゼッタも理解していたが、父親がこの不気味なピエロと顔見知りだというのは初めて知ったことだった。
しかし、ロゼッタは気持ちを切り替えるように首を振ると、満月の夜にそびえる銀月の塔の頂上を仰ぎ見た。
「それどころじゃないわ。塔の上で忠正が戦っている。すぐに行かなきゃ……」
ヒューイは神妙に頷く。
「そうだったな。感動の再会はまた後でだ。カルノー、援軍の可能性もある。ここは任せていいか?」
アイゼスケルテはもう一度大きく舌打ちをすると、野良猫を追い払うように手を振った。
「その名で呼ぶなと言った。僕はプリシラの命令に従うだけ。早く行け」
「すまん」
それだけ言うと、ヒューイ、ロゼッタ、パトリツィアの三人は銀月の塔へと駆け出した。
* * *
大上段から斬り下ろされたクレイモアの一撃をからくも躱した忠正は、即座にカウンターの突きを放つ。
しかしヴァルデマールはそれを半身になって避けると同時に容赦の無い横蹴りを繰り出していた。
まともに食らえば肋骨が数本は折れていたであろうその蹴りを咄嗟に左手と足で防御した忠正は、それでもその威力で数メートル転がり、受け身を取りながらも立ち上がった。
二人の戦いが始まり何回か打ち合った忠正は戸惑いを感じていた。
それは、思った以上に自分が戦えているということにだった。
ヴァルデマールの剣筋は鋭く、一撃一撃は速くて正確だ。
それに付け加えてかなり強力な体術も組み合わせてくるので厄介さはある。
だが、つい先ほどまで戦っていたゴットフリートほどの強さはなく、以前戦ったアンスガーほどに怖くはなかった。
もちろん強敵である事に間違いはないのだが、勝負にならないという事はなく、むしろスピードでは自分の方が勝っているという感覚すら感じていた。
大きく薙ぎ払われた横切りを後ろへと跳んで躱した忠正は、お互いの武器の間合いの外で対峙しながらゆっくりと円を描くように動いていく。
日時計の針のように睨み合いながらじりじりと動く二人は、満月の月明りに照らされて青白い光を纏う。
「思っていた以上に腕は立つようだ。貴殿は“緋眼のサリシュアン”の弟、“百識のサリシュアン”だったな」
互角の戦いをしているはずなのに、強者独特の余裕をもって語り掛けてくるヴァルデマールに忠正は若干苛立った。
「お褒めに預かれて光栄だな。望んでいたわけではないが、こっちは思った以上にあんたが強くなくて胸を撫でおろしているところだ」
塔の上を吹く強い風が二人の間を吹き抜け、忠正の前髪を揺らす。
ヴァルデマールは剣を構えたまま、静かに、しかし不敵な声を上げた。
「余が“門番”よりも弱いと考えてはおるまいな」
その自信に溢れた態度に不審感を覚えつつも、忠正はいつもの冷静さで答える。
「違うとでも? 武器の相性もあったが、実際あの巨剣使いの方が苦戦させられた」
「ふむ。あれは神に与えられた者ではないからな」
「なに?」
絶妙に会話が嚙み合っておらず眉根を寄せていると、ヴァルデマールは歩みを止めその場で大きく深呼吸をした。
その瞬間、確かにヴァルデマールの纏う雰囲気が変わるのを忠正は肌で感じた。
それは言葉では形容しがたい感覚だった。
突如として暗闇の中から背中に鋭利な刃物を突き付けられたような、全身を駆け抜ける氷のような冷たい感覚。
圧倒されてしまいそうな空気感に忠正は心の中で激しく首を振った。
「確かめる!」
気合の声と共に忠正は得意の突きを繰り出した。
もちろん、必殺の一撃というわけではない。
相手の出方を見る為の牽制の意味を含めた攻撃だった。
しかし、信じられない事が起こっていた。
忠正の突きは、宙を舞う羽が空気の流れに従って人の手から逃れるような自然な動きで躱され、それと同時に黒いクレイモアが待ち受けていたかのように下から駆け抜けていた。
視界の隅で黒刀の姿を捉えた忠正は咄嗟に身を捻って飛び退いたが、刃が脇腹から胸にかけて掠める感覚に顔をしかめた。
不意を突かれたわけではない。
警戒は十分にしていた。
だからこその牽制の突きだったにも関わらず、ヴァルデマールはそれを予測していたかのように鮮やかなカウンターを放ってきた。
服の下に着込んでいた保険の為の鎖帷子が露出し、その細い鉄の網さえも綺麗に切断されて胸元から薄く血が流れている。
「ちいっ!?」
忠正は大きく舌打ちをしつつ、バックステップでヴァルデマールから距離を置いた。
先ほどまでの攻防とは明らかに違うヴァルデマールの異質な戦い方に、冷や汗が頬を伝う。
「ほう、なかなか勘も良い」
皮肉ではない。単純な賞賛の言葉が逆に不気味な余裕を感じさせる。
忠正は胸の中で沸き起こる泥のような不安を吹き飛ばすように、今度はレイピアの鞘を左手に取って二刀流の構えを取って突進した。
先ほどの漆黒の騎士と対峙した時の様に手数で圧倒する。これで自分の中に浮かんだ懸念を払拭するつもりだった。
右のレイピアはフェイント。左の鞘で牽制し、もう一度右で本命に見せかけた斬撃。それをクレイモアで防御させて手が塞がった所に鞘でみぞおちを突く。
頭の中でコンビネーションを整理した忠正が仕掛ける。
ヴァルデマールは初撃のレイピアには惑わされず、鞘での搦め手を半身を引いて躱し、続く斬撃をクレイモアで受け止めた。
――入る!
ガードが開いたみぞおちの隙を見逃さずに、左手の鞘を突き入れようとした時、忠正は逆にみぞおちに強烈な前蹴りを受けて吹き飛んだ。
「がはっ!!」
岩山に全速力で体当たりをしたかのような衝撃に肺の中の空気を叩き出され、受け身を取る事も出来ずにゴロゴロと転がった忠正は、それでもなんとか回転のエネルギーを利用して瞬間的に立ち上がった。
それを予測していたかのように距離を詰めていたヴァルデマールがクレイモアを振りかぶって襲い掛かる。
忠正は咄嗟にレイピアを掲げてその斬撃を受ける。
片手では押し込まれそうなところを左での鞘で支えて、十字受けのような形で防御する。
「おお、これも受けるか。貴殿の評価を見直さねばなるまい」
ヴァルデマールの言葉を無視しながら鞘の側面を滑らせて攻撃を凌いだ忠正は、痛むみぞおちを気合でカバーしながら大きく後退して再び距離を取った。
口元に滲む血をレイピアを握ったままの右手の甲で拭い、忠正は荒い呼吸をしながら自分の思考を整理していた。
――攻撃が予測されている。……こちらの手はすべて読まれている!
それは忠正の身体を張った必死の計算だった。
最初に仕掛けて逆にカウンターを受けた時、初撃は完全に牽制の為のもので相手の出方を見る為のフェイクだった。
だが、そのフェイクは仕掛けられる事が“最初からわかっていた”かのように、的確かつ正確に躱され、あまつさえ完璧なまでのカウンターを当てられた。
もしもこちらの攻撃を“最初からわかっている”のであれば、はっきり言って勝ち目がない。
それを確かめる為の鞘を使った二刀流の攻撃だったが、フェイクを三つも混ぜ、かつしっかりと隙まで作ったのにも関わらず、完璧に躱された上にしっかりと蹴りを喰らう始末だ。
これは技術の差やこちらの攻撃を予測しているだけではなく、一手二手先を理解していないと出来ない事だ。
忠正は自分で導き出した絶望に近い答えに戦慄していた。
だが、それでも必死に勇気を振り絞り、したくもない答え合わせの為に言葉を絞り出した。
「にわかには信じ難い事だが……お前には“未来が視えている”のか?」
ヴァルデマールはその厳めしい顔に一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに不遜な笑顔を浮かべた。
「驚愕だ。かつてその真実を見破った者など、唯の一人もおらなんだ」
「……真実であって欲しくなかったけれどな」
忠正は自分で自分の分析を呪いながらレイピアを構えたが、その剣先は抑えようのないくらいに震えていた。
未来を見通せるなんてオカルトを現実主義である自分が受け入れられるわけがないが、そうでなければ説明がつかないし、まさに今、身を以て体験してしまっている。
“百識のサリシュアン”として様々な奇策を打ってきたが、何を考えたとしてもそれを見破られてしまうのであれば、対策など打てるはずがない。
現実主義故に突きつけられた絶望に、忠正の剣は理性とは関係なく震えていた。
そんな忠正をじっとみつめていたヴァルデマールは、不意に剣を下げた。
忠正は虚を突かれたようにヴァルデマールを見たが、その口から想像もしていなかった言葉が放たれた。
「“百識のサリシュアン”。貴殿は優秀だ。その観察力、分析力、冷静さ、そして超常を受け入れる柔軟性。何を取っても一流と言えるだろう」
「……?」
何を言われているのかわからず忠正は眉を寄せるが、ヴァルデマールは言葉を続けた。
「貴殿の実力はここで潰すには惜しい。命令する。余の配下となれ。我が大トルキア帝国の礎の一人となり、トルキアの平安に貢献せよ」
お読みいただきありがとうございました。
物語も超終盤、ここから先の更新スケジュールです。
3/1(日) 10:00 103話 新時代への序曲(後編)
3/7(土) 10:00 104話 最終話(タイトル未定)
3/8(日) 10:00 105話 エピローグ
3/8(日) 15:00 あとがき
ちょっと変則的な更新となりますので、ご注意ください!