続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ドルファン歴D.五十五年三月。
あの漆黒の騎士達による侵攻から二年の月日が流れました。
セサ公国に避難していた人々は私たちも含め、プリシラ女王の凱旋の一週間後にドルファン海軍の傭兵さんたちの海賊船に運んでもらい、無事に帰国することができました。
ドルファンへと侵攻していたハンガリア、アルビアの連合艦隊はシレーナ・ケ・カンタの到着と共に劣勢となり、徐々に撤退行動をとった後、それぞれ自国へと戻っていきました。
それは彼らを陰で操っていたシュバルツデスアプグルント騎士団の首魁が討たれたことが大きく影響していたそうです。
元々大トルキア帝国の正式な樹立と帝王としての戴冠を目的にドルファンの銀月の塔での儀式を目論んでいたシュバルツは、その首魁ヴァルデマール・ツヴァイクがそこで討たれた事で完全に瓦解。
裏で繋がっていたハンガリア、アルビアの権力者たちは自国内での後ろ盾と立場を失い失脚していったと、後にパティがこっそり教えてくれた。
「フィオナ!」
飾り気のない学生寮の窓越しに聞き慣れた声が聞こえてきてガラス窓を開け放つと、ほのかに甘く柔らかな匂いが香って、春の訪れを感じさせる。
三階の窓から見慣れたフェンネルの通りを見ると、サラがこちらに手を振っていた。
「そろそろ行こうよ! あんまりのんびりしていると、遅刻だよ」
「今、行く!」
声を投げて部屋のドアを開けると、ちょうど隣の部屋から出てきたパティと鉢合わせる。
「まったく、あの節操の無い大声はどうにかならないのかしら」
不満げに言うパティの襟元には、肩下までの三つ編みとそれを束ねる赤いリボン。
二年前のあの戦いで三つ編みがなくなってショートカットになっていたパティの髪も、ようやく元通りになりました。
その赤いリボンは去年の誕生日に私がプレゼントした物。
パティよりは長い私の三つ編みを束ねているリボンとお揃いで、これは二人でキャラウェイ通りのお店で散々悩んで決めたもの。
無くなってしまったあのリボンの替わりにはならないけれど、新しい友情の証として選んだ宝物です。
パティと並んで寮の外まで出ると、サラはトレードマークの前髪を上げたバンダナと二年前より少し伸ばしたショートカットの髪を手でいじっていた。
「二人とも遅いぞ」
「ごめん。ちょっと感慨深くて」
私の言葉にサラは肩をすくめた。
「今からそんなんじゃ、卒業式に参加したら号泣するんじゃないの?」
「そうかもね」
私は苦笑いをして、二人と最後の通学路を歩き出した。
『漆黒の騎士団による侵略未遂』という名前をつけられた一連の事件は、忠正さん達の活躍によって防がれた。
シュバルツデスアプグルント騎士団の崩壊と共に、旧家の両翼を含んだメンバー三人の国家反逆罪による収監という大スキャンダルに見舞われた王室会議は、デュラン国王の崩御の発表とプリシラ様の女王即位という大事件が重なったこともあり、国家を揺るがす大騒動へと発展しました。
王室会議への積年の不満や、貴族中心の政治の在り方への不満が爆発し、シュバルツという謎の騎士団を首都城塞へ招き入れたこともあって、市民の多くは王城を取り囲むような大規模なデモ活動を行ったのです。
万を超すような民衆が城東大通りから正門前まで練り歩き、体制の批判と統制の取れていない国防に対する危機意識を叫びました。
私も旧家の両翼の末席として避難を余儀なくされるという怖い思いもしました。
しかし、すごかったのはプリシラ様の対応でした。
そうなる事を予測していたかのように城門を解放して人々を中庭へと誘導すると、王城のバルコニーに姿を現して大演説を行ったのです。
私はその場にいたわけではないけれど、プリシラ様の傍らで市民の前に立ったお父様からその内容を教えてもらいました。
プリシラ様は集まった民衆に対して、王室会議の廃止と国民選挙を実施し代表議員による民主制度の制定を発表されたのです。
困惑する国民たちに対し民主制度とは何か、選挙とは何かということを訥々と語り、政治的空白期間と混乱を避ける為に二年後に選挙を実施することを宣言したそうです。
参政権という今まで聞いたこともなかった言葉に多くの国民が困惑する中、さらに驚愕の言葉をプリシラ様は語ったと言います。
『私はこの国の女王です。ですが、二年後の選挙を以てこの国から王政はなくなります。王はこの国の象徴となり、政治的ないかなる権力も持ちません。この国は選挙によって選ばれた者の内、最も票を得た者が首相となり政治を牽引することとなります。二年後の選挙には、誰でも立候補ができます。もちろん、私も立候補することをここに宣言いたします』
割れんような大歓声が沸き起こり、政治批判の叫びはいつの間にかプリシラ様賛歌に取って代わっていたと父は興奮気味に語りました。
さらに驚きだったのは、国家反逆罪で投獄されていたアルダナル・ピクシス卿、シャルシス・エリータス卿の旧家の両翼と、ローナン・ディビチ卿の三人に対し、その罪を放免し次の選挙への立候補を認めると述べられたことです。
これにはメッセニ中将を始めとした軍部の中枢メンバーが大反対をされたそうですが、プリシラ女王はその経緯はどうであれ、国を愛し、国の為に行動を起こす人物としてのピクシス家や彼らの在り方を評価しており、彼らを政治家として再起させるかどうかは国民にその真意を問えばいい、と考えられたのだとか。
プリシラ様のお心の広さと柔軟な思考に頭が下がる思いです。
結局、選挙に立候補したのはアルダナル卿だけで、シャルシス卿とローナン卿は政治からは引退されました。
シャルシス様の引退は同じエリータス家の人間として少しだけ複雑な気持ちもあるけれど、旧家の両翼という肩書がなくなることには、ほっとしたというのが正直なところです。
満を持して今月の頭に実施されたドルファン初の選挙は、プリシラ様が圧倒的な得票を得て首相に就任。
次点はリンダ・ザクロイドさんが票を集め、副首相に。
アルダナル卿はリンダさんに次いで三位でしたが、野党の筆頭として意気も高いそうです。
二十一の議席は貴族の出身よりも一般市民や軍部の出身の方の比率が多く、この国が大きく変わっていく予感がします。
成人していない者には投票権は与えられないので、私は選挙に参加することは出来なかったけれど、来るべき時が来たら必ず投票に参じたいと思います。
この国の未来を決める一人の人間として。
私とサラ、パティの三人は、ドルファン学園の敷地内にある大きな教会の礼拝堂に他の生徒たちと一緒に列に並びます。
神父様が祝福の言葉を述べ、生徒たちは讃美歌を捧げます。
大きな声で歌っていると、この学園で過ごした三年間が思い出され、自然と涙が溢れました。
最後に担任となったロリィ先生が涙を拭いながらこちらを優しく見守ってくれている。
何かにつけて浮いていた私に気を遣ってくれて、本当に心強かった。
内向的な性格で卑屈で、学院から逃げるように転籍したこのドルファン学園で、クラスにも馴染めなかった私がこうして卒業の日を迎えられるのは、ロリィ先生やサラ、パティがいたから。
特にサラとパティの二人がいてくれて、色々なことがあって、それでも大切な友達として常にそばにいてくれたからこそ三年間頑張ってこれたのだと思う。
パティはあの戦いの後、正式にドルファン国籍を与えられました。
もともとゲルタニアの出身ではあったけれど、物心つく前にシュバルツデスアプグルント騎士団に入れられた彼女には戸籍というものがなかったのです。
戸籍も持たず、感情も持たず、ただ唯一温かさを教えてくれたロゼッタさんの為だけにドルファンに潜入したパティは、実は今も戦士として戦うことをやめていません。
彼女の中でロゼッタさんの存在は私たちが想像するよりもずっと大きくて、ロゼッタさんが騎士として生きる限り、その影には自分のような者が必要だと考えているようです。
本当は今も東奔西走しているロゼッタさんについて行きたかったのだと思うけれど、ロゼッタさんからは高等部だけは卒業するようにきつく言われました。
それは、少しでも普通の生活を経験させてあげたいというロゼッタさんの優しさであり、パティも渋々と承諾しましたが、卒業したらすぐにでもロゼッタさんの役に立ちたいと言っています。
私にはそれを止める権利はありません。
戦いの中に身を置くことの危険さは十分に知っているつもりだけれど、彼女がその道を自分で選んだのなら私はそれを尊重したい。
パティと私の友情は最初はただの契約だったかもしれない。
でも、出会ってからの一年間でたくさんの出来事を経験したくさんの時間を共有し、本当の意味での友達、親友になれたと確信している。
だからこそパティが選んだ道を信じて応援してあげたい。
私たちは”友達”だから。
そうそう、そのロゼッタさんも大変でした。
シュバルツデスアプグルント騎士団に潜入していた彼女は、最後の決戦の後も事後処理に追われていたのです。
シュバルツが秘密裏に繋がっていた諸国の権力者たちをリスト化し、プリシラ様の名代としてその告発と糾弾に奔走していたそうです。
その重大な告発が逆に国のトップ同士の信頼を生み、今後シュバルツのように謀反を助長するような者が現れた時の脅威に国を超えて対抗する手段として、プリシラ様の号令の下、トルキア連合という欧州全体の新しい仕組みを作るに至りました。
ヴァン=トルキア以外の欧州の国々が加盟した連合は、旧帝国のような暴走を抑止することに繋がるでしょう。
それらをまとめ上げる功績を残したロゼッタさんの外交官としての確かな交渉力と、騎士としての卓越した強さから、プリシラ様はドルファンの政治の中枢に引き入れたいお考えのようですが、長年の潜入捜査から解放されて飛び回る彼女がどうなるかはまだわかりません。
でも、彼女ならばどんな困難に出会ったとしても、きっと持ち前の明るさと勇気で切り抜けるのでしょう。
卒業式を終えた私たちは学友たちとの別れもそこそこに、流しの馬車を捕まえて行き先を告げる。
はやる気持ちとは裏腹にゆったりとした速度で走る馬車に、もどかしい気持ちになる。
ドルファンの道は二年前よりも海外との交流が増えて圧倒的に往来が多くなったので仕方ないとは思いつつも、やっぱり急いで欲しくてソワソワとしてしまう。
そんな私と同じように、落ち着かない様子のサラが少しだけ寂しそうな顔でこちらを見た。
「こんな時になんだけれどさ。やっぱり少し寂しくなるね。パトリツィアはロゼッタさんの仕事を手伝うんだろ?」
「そうね。少しでもロゼッタ様のお役に立ちたくてうずうずしているわ」
「あたしは大学に行って陸上を続けるし、フィオナもなぁ……」
その視線を受け止めながら、申し訳なさで曖昧に微笑んでみせる。
私はこの四月からは大学には進学せず、ある音楽院に通うことがきまっていた。
お母様が中心となって開校したマテライド芸術学院という学校の一期生として声楽を学ぶつもりだ。
音楽院は首都城塞内ではあるけれど、サラの通う大学があるフェンネル地区ではなくて少し離れたマリーゴールド地区で全寮制。
きっと顔を合わせる機会はずっと減るし、サラが言わんとしていることもわかる。
二人と離れることは私にとっても辛いことだとしても、私には無理だとずっと逃げてきたお母様と同じ歌手への道を行くと決めた。
例え遠く果てしない道だとしても、やっぱり夢は諦められない。
私にはいつか必ずあの人に歌を、想いを届けるという目標がある。
憧れのアンさんの想いを引き継ぐ為にも、私は私の歌を歌えるようになりたい。
歌姫ソフィア・ロベリンゲの娘だからではなく、フィオナ・ロベリンゲ、いや、フィオナ・エリータスとしての歌を歌いたい。
私なんか、と言い続けた自分から卒業する力をくれたあの人の為に。
私は窓の外を流れるサウスドルファンの街並みに目を向けたあと、あらためて二人の顔を見た。
「会える機会は減るかもしれないけれど、それはきっと嬉しいことなんだと思う。だって、私たちはいつまでもドルファン学園の三人娘ではいられないし、その変化は前に進んでいるということの証明だもの」
私の言葉にサラが驚いたような顔をした。
「フィオナ、強くなったよね」
私は小さく首を横に振る。
「ううん、本質は変わってない。今でも引っ込み思案で奥手で、人との付き合い方は下手なまま。でも、昔と一つだけ違うところは、私には私を支えてくれる大切な友達がいるってわかっているということ。サラとパティというかけがえのない親友がいるってわかっているから、前をむけるんだよ」
サラとパティはお互いに視線を交わすと、少し照れたように微笑みあった。
馬車は夕日に照らされて赤く染まる波止場へとゆっくりと入っていった。
馬車を降りて指定された桟橋の場所へ向かうと、そこにはすでにルシルさん、エルザさん、ブリジットさんの姿があった。
エルザさんが私たちに気づいて控えめに敬礼をする。
「お久しぶりですね。ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
いつもと変わらぬ海軍の軍服と、綺麗に整えられた長い赤い髪。
あの戦いの後も軍に残ったエルザさんは少尉に昇進し、今でも海軍会計係として同じく海軍に残ったお父様の右腕として活躍している。
「え、ええ!? 今日って卒業式だったんですか!? おめでとうございます!」
エルザさんの隣で声を上げたブリジットさんは、慌てて私たちの手を取って職人らしく力強い握手で祝ってくれる。
ブリジットさんはブルー・セレンディバイト号の改修ですっかり内燃機関の魅力にとりつかれてしまい、鍛冶屋としての仕事をこなしながらメネシスさんのお弟子さんのような立場になっていて、研究と鍛冶の二足の草鞋で忙しい日々を送っています。
コーミンさんはアルバ島に帰ってしまったものの、定期的にブリジットさんと手紙のやり取りをしていて、ブルー・セレンに変わる新しい船の建造を画策しているそうです。
その様子を遠巻きに眺めていたルシルさんは、私と目が合うといつものように不敵な笑みを浮かべます。
あの戦いでの怪我の影響で左半身が若干不自由になってしまったルシルさんは松葉杖を突いていますが、今もブルー・セレンディバイト号の船長として海を渡り歩いています。
海賊団“白鷲”は正式にドルファン海軍の一員となり、一般の商船への略奪を禁じられた代わりに、マルタギニ海での海賊行為を取り締まる“公認海賊”という立場を得ました。
事実上、海の治安維持権力として敵対勢力への略奪を認められており、有事の際にはドルファン海軍の一員として戦う、そんな海賊団です。
「それで」
けだるそうな声でルシルさんは桟橋に停船している大きなガレオン船を見上げた。
「今日の主役はいつ降りてくるんだ? 出迎えにこれだけの美女を待たせやがって、贅沢な野郎だぜ」
その言葉にエルザさんが生真面目な顔で答える。
「もう降りてきてもおかしくないのですが……。手続きが長引いているのですかね。なにせ二年ぶりの入国ですから」
――そう、今日はあの人が帰ってくる日。
シュバルツの首魁ヴァルデマールを討った忠正さんは、本来であればプリシラ様暗殺未遂の罪で裁判を受けるはずでした。
裁判になれば極刑は確定的でしたが、プリシラ様は仰いました。
『私の暗殺未遂? そんなこと、誰も知らないわ。あれは国外脱出という緊急事態のさなかに海上で起こったこと。証言もなければ、証人もいない。失意の底にいた彼のために一芝居打ったけれど、そもそもドルファン領内でもないセサでの王室会議なんて、なんの意味もないわよ』
ドルファン城に集まった私たちの前で、堂々とそう宣言したプリシラ様のお姿は忘れられません。
それからは、スィーズランド軍を黙って抜け出してきたことがヒューイさんの証言で発覚して、ライズさん、ヒューイさんと共に故郷へと強制的に連れ帰られてしまいました。
それでもドルファンでの功績、海軍での厚い信頼、そしてプリシラ女王からの直接の要望ということで、ドルファン海軍へと転籍するように正式な手続きがなされました。
その手続きとスィーズランド軍内での処分などに時間がかかり、二年もの月日を経て、今日この日にようやくドルファンへと帰ってきたのです。
思えば、あの三年前の四月の初め。この波止場であの人と出会った時から、私の運命は大きく動き出しました。
今でも鮮明に覚えている、あのルビー色の瞳と黒い髪。
繋がれた手に気付いて少し困りながら恥ずかしそうに笑った、あの笑顔。
あの時に感じた胸の高鳴り。
あの時とは違う胸の奥のほろ苦い鼓動を感じながら、夕日が照らす船を見上げる。
その時、夕陽を背に船室から現れた影。
こちらに気付いて軽く手を上げると、その懐かしいルビー色の瞳があの時のように照れくさそうに微笑む。
そして、彼、如月忠正は言った。
「ただいま」
変わらないその優しい声に涙が溢れて視界がぼやける。
でも、これだけは言わないといけない。
「お帰りなさい……!」
これから始まる新しい未来へのときめきを胸に。
――――そして、百五十年の月日が流れた。
ついに本編の最終話となります。
ここまで紅玉の双騎士の物語を読んでいただき、忠正達の物語の証人になっていただき、ありがとうございました。
あと一話、エピローグがあります。
明日の更新となりますので、本当の最後までよろしくお願いいたします。