続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【105】(終)エピローグ

――ドルファン歴D.二〇五年 三月。

 

 

 春の訪れを感じる爽やかで甘い空気を胸いっぱいに吸い込みながら、その少女は桟橋を渡って港へと降り立った。

観光客にしては随分大きなアタッシュケースを脇に置くと、大きく伸びをする。

海猫たちがみゃあみゃあと声を上げ、遠くで霧笛の音が響いている。

二日間の船旅を個室とは言え狭い船室に押し込まれて凝り固まった体に血液が流れ、生き返ったような心持ちがした。

水色のオフショルダーのワンピースが風になびき、同じようにわずかに水色がかった波打つ長い髪が揺れる。

つばの大きな白いキャペリンハットを片手で抑えながら、大粒の真珠のような澄んだ瞳がきょろきょろと周りを見渡している様子から、この国への訪問が初めてであることがわかる。

 

 様々な人々で賑わう波止場には少女が乗ってきた船だけでなく、大小様々でカラフルな船が停泊しており、さしずめチョコレートのアソートボックスのようだった。

 

「ここが……ドルファン……!」

 

少女は口の中で呟くと、感慨深そうに胸に手を当てた。

 

「おっと、ちょっとどいてくれ」

 

桟橋を降りてきた別の人々に言われ、少女はあわててアタッシュケースを引いて場所をゆずる。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

消え入りそうな声が相手に届いたかはわからなかったが、少なくとも塞いでいた道は開けることができた。

人と話をするのはいつも緊張してしまって、声が小さくなってしまう。

子供の頃からの悪癖なのだがなかなか直らない。

 

 ふう、と大きく息を吐くと、気を取り直してスマートフォンを取り出すと、事前に準備していたガイドを見直す。

住まいとなる寮に行くにはまだ早い時間だし少し街を観光してもいいかもしれない。

“行きたい場所リスト”と名付けたメモには、下調べしていたお店や観光地の名前がびっしりと並んでいた。

キャラウェイ通りのレストラン・エル、サウスドルファンのかもしか亭、ロムロ坂のカフェ・ラ・レテ。

現在地から近い場所だと、ジェラートの有名チェーン店カディッシュの支店があるようだった。

 

「うん、歩いてすぐだね」

 

 ガラガラと音をたてながらアタッシュケースを引き、波止場の石畳を歩いていくと様々な人々が行き交っていくのとすれ違う。

多くはドルファンの市民であろうトルキア人の特徴を持っているが、それに負けず劣らず半数くらいは自分のような外国人の特徴を持っている。

国際色豊かな人波をすり抜けるように進んでいると、胸の高鳴りを抑えきれずに思わずハミングが漏れる。

 

 

 少女は間もなく十九歳となる。

年相応の幼さをたたえた面立ちと、その年にしては大人びて見える眼差しが長いまつ毛の下で希望にきらめいており、ドルファンの人々は思わず振り返る。

お目当てのジェラート店に到着すると、ショーケースにずらりと並ぶ様々なフレーバーにため息が漏れる。

 

 悩みに悩んでチョコミントのシングルを注文した少女に、手際よくワッフルコーンにアイスを盛りながら威勢の良い年配の店員女性が声をかけてきた。

 

「そんなに大きな荷物を引いて、観光かい?」

「あ、いえ……」

 

少女は若干あちらこちらと視線を迷わせると、はにかみながら答える。

 

「あの、今日からドルファンに住むことになっているんです」

「へえ、あんたみたいに若くて綺麗な子がねぇ。なんでまたドルファンなんかに?」

 

差し出された大きなアイスを受け取りながら少女は控えめに微笑む。

 

「が、学校に進学するんです。マテライド芸術学院へ」

「ああ、あの芸術学校の学生さんなのかい! すごいじゃないか。入学試験も難しいって聞くよ」

「い、いえ、たまたま運良く合格出来て……」

 

言いながら代金をカウンターの上に置くと、店員の女性は首を横に振った。

 

「学生さんならこれからお金が必要だろ? そのアイスはあたしからの入学祝いだ。お金はいらないよ」

「そ、そうはいきません!」

 

店員はもう一度首を横に振ると、大きな声で笑った。

 

「遠慮することはないよ。これからドルファンに住むなら、また来てくれりゃいい。今日はおばちゃんにお祝いさせておくれ」

 

頑なな女性の態度に少女は遠慮がちにうなずくと、カウンターの紙幣を下げる。

 

「あの……あ、ありがとうございます」

「いいのよ。それよりも住まいの場所はわかるのかい?」

「はい。マリーゴールド地区らしいので、そこまでは路面電車で行こうかと」

「それがいいね。でも気をつけてね。マリーゴールドはともかく、この辺りは雑多な人がいる分、よくない連中も多いからね。あんたみたいないかにも旅慣れしていない若い娘なんて、悪いやつらの恰好の的なんだから」

 

冗談とは言えないその言葉に、少女はアイスを舐めるのも忘れて固まってしまった。

そんな少女の態度に店員は再び大きな声で笑った。

 

「あっはっは、そんなに心配しなくていいよ! ドルファンに紅玉騎士団がいるからね。悪者だっておいそれと悪さは出来やしないよ」

「紅玉騎士団……?」

「おや、知らないかい? この国の歴代国王様の親衛隊なんだけどね。街の治安維持なんかも担っているんだ。海のような青い制服に赤い鞘の剣を帯剣しているから、見かけたらすぐにわかるわよ」

 

そういえば観光ガイドのサイトでそんな記事を見たかもしれない、と少女は曖昧に頷いた。

 

「それじゃ、ドルファンを楽しんで。あんたが大物歌手になってくれる日を楽しみにしているよ」

 

明るい笑い声に背中を押されながら、少女は小さく手を振ってこたえると路面電車の駅の方へと歩き出した。

 

 

 

 駅を目指しながら、行儀が悪いとは思いつつもアイスを舐めた少女は思わず一人呟いた。

 

「……おいしい!」

 

お店を紹介していた雑誌の記事には“チープで大味なところがグッド!”なんて評価が書いてあったのだが、少なくとも少女の口には合ったようだ。

思わずアイスに夢中になってしまった少女は、周りが見えていなかった。

 

「きゃっ!」

 

突然、何かにぶつかってしまい尻もちをついた少女は、痛みをこらえながら顔を上げる。

その顔が見る間に青ざめていくのが誰の目にもわかった。

 

 明らかにガラの悪い三人組の男が、目の前に立ちはだかっていた。

やせ細ったガリガリの身体に不釣り合いなほど大きな目がギョロギョロとしたモヒカン頭の男。

禿げ上がった頭に丸くて真っ黒なサングラスをした痩せて背の高い男。 

そして、一際大きな熊のような巨体をした人相の悪い太った男。

その熊のような男のズボンに、今まで少女が食べていたアイスがべっとりとついてしまっていた。

 

「おいおい、なんてことをしてくれたんだ?」

 

熊のような大男が低くドスの利いた声で言うと、その隣で禿頭の男がサングラス越しに少女を見る。

 

「お嬢ちゃん、兄貴のズボンは年代物のビンテージなんだ。とんでもないことをしちまったな」

「あ、あの……」

 

少女が必死に言葉を探していると、まわりの人々が遠巻きに囁いている声が聞こえてくる。

 

「あーあ、ありゃバーストン三兄弟だよ」

「あの子も運がないね。あいつらに目を付けられたら終わりだよ」

「誰か助けてやれよ……。オレは御免だが」

 

そんな声が聞こえてきて、少女は小さく体を震わせた。

取り巻きの人々に睨みを利かせながら、モヒカン頭が言う。

 

「お嬢ちゃん、見たところ観光客かなんかのようだな。ちょっと向こうで話をしようか」

「あ、あの、ごめんなさい! 私の不注意で……」

 

少女が絞り出すように言うと、大男がその頬にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「なに、大した話じゃねえ。ただちょっとばかり、誠意ある態度ってもんを見せてくれりゃいいからよ」

 

そう言いながら腕を掴まれる。

思った以上に強い力で腕を掴まれた少女は思わず声を上げていた。

 

「い、いや……!」

 

少女の細い体から発せられたその悲鳴はか細く、男たちは下卑た目つきを細めた。

 

「おう、変な声を出すなよ。誤解されちまうだろ?」

 

大男が少女を引き起こそうとした時、どこから現れたのか一人の青年が颯爽と少女と大男の間に割って入った。  

ドルファンでは珍しい黒い髪。

海よりも青い軍服の腰には赤い鞘のレイピアを帯びている。

そして、印象的なルビーのような紅い瞳。

 

 その澄んだ瞳で大男を睨みつけると、若々しく響く声で言った。

 

「止せ。怯えているだろう」

 

突然の闖入者の登場に大男は眉根を寄せながら声を荒げた。

 

「なんだぁ、お前は?」

 

それにつられる様に周りの男達も声を上げる。

 

「兄ちゃん、カッコつけてんじゃねぇぞ」

「痛い目みたくなかったら引っ込んでろ!」

 

自分の軍服を見ても怯む様子のない男たちに、黒髪の青年はため息を一つ吐くと同時に一歩踏み出し、大男の腕をつかむなり体を反転させて背負い投げた。

あまりにも一瞬の出来事で、投げられて地面に叩きつけられた本人はおろか、まわりの男たちも何が起きているのか理解出来ないでいる間に、青年は腰の剣を引き抜いて高らかな声で言う。

 

「私はドルファン国王直属、紅玉騎士団の者だ。貴様ら、婦女暴行の現行犯で逮捕する!」

「げ、げえ! 紅玉騎士団!?」

 

青年の言葉に顔を見合わせた男たちは、申し合わせたように倒れた大男を担ぎ上げると、脱兎の如く逃げ出していた。

 

「まったく」

 

青年は剣を鞘に収めると、腰を抜かしたままの少女に手を差し伸べる。

 

「大丈夫でした……か」

 

そう言いながら、青年のルビー色の瞳が大きく見開かれる。

 

「ありがとう……ございます」

 

少女もまたその手を取りながら顔を上げると、不意に言葉を失った。

 

 

 その時、二人の間に何が起こっていたのか、まわりにいた人々はまるでわからなかっただろう。

だが、二人はまるで雷に打たれたかのようにお互いをみつめあうと、不思議な感覚にとらわれていた。

今まさに初めて会った二人だというのに、こみ上げるような懐かしさ。感じたことのないような胸の高鳴り。そして、言葉に出来ないほどの切なさ。

そして、むせかえるような海の匂い。

 

 

 少女の頬を一筋の涙が伝い、それに気づいた青年はあわてて彼女の身体を引き上げると、懐からハンカチを取り出して差し出した。

 

「え……私……?」

 

なぜハンカチを差し出されたのかわからず戸惑う少女に、青年は優しく微笑むと涙を拭ってあげた。

 

「もう心配いりません。お怪我はありませんか」

 

どこかで聞いた事のあるような優しく暖かみのある声に、少女は頬を赤らめた。

 

「は、はい。あ、あの、助けていただきありがとうございました」

 

その波のような柔らかな言葉の響きに、青年は胸の奥を掴まれたような感覚を覚え目を細めた。

 

「いえ……。あ、失礼。名前を名乗っていませんでしたね」

 

青年は姿勢を正すと、軽く咳払いをした。

 

「私はドルファン紅玉騎士団所属、忠正・如月と言います」

「タダマサマ、キサラギさん?」

「ええ。珍しい名前でしょう? 東洋にルーツを持つ何代か前の先祖の名前で、代々引き継ぐならわしなんです」

 

少女ははじめて聞くはずの名前に、胸の奥が熱くなるのを確かに感じた。

 

「とても……素敵なお名前です」

「あ、ありがとう」

 

青年は率直な少女の言葉に照れながら頬を掻く。

そして、意を決したように顔をあげると、少女をまっすぐにみつめた。

 

「あの、お名前を伺っても……?」

 

少女は薔薇の花のように頬を染め、一瞬はにかんで視線をそらすと小さく息を吸った。

これから訪れるであろう明るい未来への確信を胸に、言葉を紡ぐ。

 

 

「私の名前は……アン。アンっていいます!」

 

 

 

 

 

続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士

 




エピローグまで読んでいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけましたでしょうか。

この後、15時にあとがきを更新いたします。
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