続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【13】夏至祭

 ハイシーズン以外は訪れる人も少なく寂れた雰囲気を持つカミツレ高原駅も、この日ばかりは普段とは打って変わって大勢の人で賑わっていた。

駅前の通りには様々な露店が色々な物を辻売りしており、目と鼻の先の距離を進むのも大変な人だかりが出来ている。

駅から溢れた人たちが目指しているのはカミツレ高原の壮大な広場で、適当な場所に持参した敷物を広げて場所を確保すると、そこにたどり着くまでに屋台などで仕入れた食べ物を広げてカミツレ山のかがり火を待つのが一般的だ。

 

 その広場には毎年いくつかの常設のテントが設けられており、先祖の霊を慰めるための焼香の草や線香を売る店と、薬草を用いた祭り用の酒を売る店、そして高名な占い師が数人集い、それぞれに運勢を占ってくれるテントに別れていた。

その中でも特に人気なのが自分の運命の人を映し出してくれるという水晶占いのテントで、

例年若者を中心に大変な賑わいを見せている。

 

 

 フィオナ・ロベリンゲとサラ・ショースキー、そしてパトリツィア・オーエンズも例に漏れずぎゅうぎゅうの馬車に乗ってカミツレ高原駅まで来て、人の波をかき分けながら高原の広場を目指していた。

 

「なんなの、この人の多さは」

 

うんざりとした様子で不満げに声を上げるパトリツィアに、サラが強引に前の人を押しのけて進みながら答える。

 

「駅前さえ抜けてしまえば大分マシになるんだ。くれぐれもここではぐれたりするなよ」

 

サラを先頭にパトリツィア、フィオナと続いて行くが、グイグイと進んでいく前の二人に比べ、フィオナは少しずつ遅れ始めていた。

もともと積極的に人並みをかき分けられるようなタイプではない。

 

「ま、待って。サラ、パトリツィアさん!」

 

必死に声を上げるが、祭りの熱気に包まれた喧騒で打ち消されてしまう。

前にも後ろにも進めず、どうしようもなくもがいていると、不意に隣に立ったドルファン国軍の青い制服を着た男性が自分の体を差し入れてフィオナのスペースを確保してくれた。

そしてフィオナを守るように手を広げると、優しい笑顔で言った。

 

「こんばんは。フィオナもかがり火を見にきたのかい?」

 

声の主、如月忠正の顔を見たフィオナは驚くのと同時にしどろもどろに答える。

 

「こ、こんばんは。あの。ありがとうございます……」

 

助けてもらった嬉しさと、みっともない所を見られた気恥ずかしさに思わず言葉尻が消え入りそうになってしまう。

だが忠正はそんな事を気にする素振りもなく、笑顔のまま続けた。

 

「夏至祭に参加するのは初めてなので勝手がわからないんだが、どっちに行けばいいんだろう」

 

自分を庇ったままでいてくれる忠正にフィオナはあわてて答える。

 

「あ、この駅前の区画を抜ければ高原の広場に続きますので、そこでみんな場所取りをしてかがり火を眺めるんです」

「そうか。まずったな、場所取りを出来る物なんて持ってきてないや」

「だ、だったら一緒に見ませんか? 私、敷物を持ってきているので!」

 

思わず言ってしまった言葉に、フィオナは自分でも驚きながら頬を赤らめた。

サラもパトリツィアもいるのに咄嗟に言ってしまったのだ。

だが忠正は微笑みを浮かべたまま言った。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。ここまで来て何も見ずに帰るのは忍びないしね」

「は、はい!」

「よし。じゃあ、はぐれないように」

 

そう言って差し出された手にフィオナは一瞬きょとんとしてしまった。

だが、すぐにそれが自分に向けて差し出された手だと気づくと、真っ赤な顔をしながらおずおずとその手を握った。

夕闇の迫る時間で良かった、とフィオナは思った。

この薄暗さなら赤くなった顔に気付かれる事もない。

握ったごつごつとした固い手に引かれながら、フィオナは人波を進んだ。

 

 

 フィオナを庇いながら人並みをかき分けていく忠正は、やがて駅前の区画を抜けて高原への道へと出た。

ここまで来ると押し合いへし合いだった人の数も幾分少なくなり、歩くのも楽になっていた。

 

「すごい人だったね」

 

なんとも物珍しそうに、そして少し嬉しそうに言う忠正にフィオナは頷いた。

 

「はい。毎年、こうなんですよ」

 

繋いだままの手に、いつまで繋いでいてくれるのかと思っていると、サラの大きな声が響いた。

 

「フィオナ! こんな所にいた。まったく、はぐれるなって言ったのに」

 

その言葉に顔を上げると、少し先で手を振っているサラと、呆れ顔のパトリツィアがいた。

 

「あ、サラ」

 

咄嗟に繋いでいた手を離してしまったフィオナは、上目遣いで忠正の表情を盗み見たが、忠正は特段気にしているような素振りもなくサラとパトリツィアを見ていた。

そして気さくに声をかけた。

 

「ああ、サラとオーエンズさんも一緒だったのか」

「あれ、タダマサじゃん」

 

サラは忠正の近くに駆け寄ると、フィオナと忠正を交互に眺めて言った。

 

「お邪魔だった?」

「……すぐ茶化すんだから」

 

フィオナは言いつつも、離してしまった手に少しの寂しさと残念さを感じている自分に戸惑いながら、さきほどまでの手の感触の余韻を噛み締めていた。

 

「キサラギさんも一緒にかがり火を見ようと思うんだけど、いいかな?」

 

フィオナの言葉にサラは嬉々として頷いた。

 

「いいんじゃない。タダマサになんか買ってもらおうよ」

「もう、サラったら。パトリツィアさんも、それでいい?」

 

フィオナが声を投げると、それまで黙ってこちらを見ていたパトリツィアがゆっくりと歩み寄りながら言った。

 

「別にいいわ。……先日の喫茶店ぶりね、傭兵さん」

 

忠正を見上げたパトリツィアに忠正が微笑む。

 

「ああ、先日はありがとう」

 

そんな会話にフィオナは若干の戸惑いを感じながら二人の顔を交互にみつめた。

先日の喫茶店というのは、フィオナがパトリツィアを誘ってロムロ坂のカフェに行った日の事だろうというのはすぐにピンと来た。

学校ではパトリツィアの人を寄せ付けない態度と言動で自分と同じようにクラスで浮き始めている彼女を、何かと理由をつけてカフェに誘ったのだ。

だが結局その日は注文の品がテーブルに届く前に、父の側近である執事に実家へ急遽呼び戻されてしまったのだった。

ここの所仕事で家を空けていた父が久々に帰ってきたのと、同じように仕事で多忙を極める母が突発の休みで家にいたため、家族で食事をしようと呼び出されたのだ。

滅多に一緒にいられない母との時間は楽しかったし、母といる時の父は態度が柔らかくなるので家族全員が揃う時間は嫌いではない。

だが、自分がそんな時間を過ごしている時に、忠正とパトリツィアの間に何かあったのは確かだろう。

 

二人の間に何があったのか気になるが、それを正面から聞く勇気もないフィオナは目を伏せて視線を落とした。

自分と忠正は別に特別な関係ではないし、パトリツィアとはなんでも話せるような友情が築けているわけでもない。

忠正の事を異性として特別に思っているかどうかは自分でもまだわからない。

ただ、暴漢から助けてくれて、その後も気さくに話をしてくれる忠正の事が気になっている事は確かだし、学校の男子生徒や他の知り合いの男性よりも好ましく思っているのは間違いない。

だが、だからといって忠正が自分の事を特別に思ってくれているわけでもない事はわかっている。

自分なんかをそういう風に思ってもらえるわけがない、という自己肯定感の低さがフィオナの気持ちを暗く沈めていった。

結局自分は誰の特別でもないし、特別にはなれるわけではないのだ。

そんな自分に落ち込むフィオナを横目に、サラが明るく言い放つ。

 

「じゃあこのメンバーでかがり火を見るとして、役割分担だな。あたしとパトリツィアで場所取りに行くから、フィオナとタダマサは買い出しを頼むよ!」

 

その言葉に忠正は取り繕った笑顔で答える。

 

「一応確認しておくけれど、その買い出しの資金はオレが負担するのかな?」

「逆に聞きたいけれど、まさか騎士様が学生と割り勘なんてカッコ悪い事いわないよね」

 

サラの強烈なカウンターパンチに忠正は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「藪蛇だったか。わかったよ。でも、何を買うかは任せてもらうからな」

「タダマサのセンスが問われるところだね」

「そこは心強いパートナーがいるから大丈夫さ」

 

そう言ってウィンクをして見せる忠正に、フィオナは戸惑い気味に微笑んだ。

 

 

 サラ、パトリツィアと別れた忠正達は、再び人の多い通りを見渡しながら露店や出店の屋台を見渡した。

物珍しい光景を目の当たりにして、忠正が明るく言った。

 

「夏至祭だと何か定番の食べ物とかあるのかな。やはり基本は押さえておきたいよな」

「……そうですね」

 

心ここにあらずといった様子で俯きながら生返事をしたフィオナに、忠正は驚いた。

フィオナのこんな様子は見た事がなかった。

忠正の知るフィオナは、真面目で礼儀正しく、少し大人しすぎる所もあるが、控え目だけれどいつも優しく微笑んでいるようなイメージだった。

 

「なにかあった?」

 

忠正が声をかけると、フィオナは驚いてあわてて手を振った。

 

「い、いえ、何もないんです! ……すみません、ちょっと考え事をしていて」

 

答えつつも目を伏せるフィオナに忠正は首をひねったが、極めて明るい声で言った。

 

「そうだ、どうせ買い出しには時間がかかるんだから、先に占いに行ってみないか?」

「え!?」

 

フィオナは伏せていた顔を上げて、驚いた表情で忠正を見た。

 

「あ、あの、夏至祭の占いって……運命の人を占うものですよ?」

「ああ、知っているよ。ちょっと興味があるんだ。運命の人っていうのに」

「え、あ、そ、そうなんですね……」

 

再び顔を伏せて俯いてしまったフィオナを見て、忠正は頭を掻いた。

──あれ、若者に人気って話だったけれど、フィオナは占いとか嫌いだったかな。

そんな事を考えている忠正の横で、フィオナは自分の顔が赤くなっているのを感じて、とても顔を上げる事が出来なかった。

 

 二人が占いのテントに着くと、まだ比較的早い時間という事もあってそれほど混雑はしていなかったが、事前の情報通り若いカップルが数組列に並んでいた。

最後尾に並んだ忠正とフィオナはなんとなく気まずい雰囲気を持ったままであった。

だが、そんな二人も傍から見れば初々しいカップルのように見えなくもない。

人が二人も入ればいっぱいになりそうな小さなテントの中で占うようで、カップルの場合、先に女性が、そして後に男性が入り、それぞれの運命の人を占ってもらった後に答え合わせをするというのが一連の流れのようだ。

忠正達の前に並んでいたカップルの男性がテントから出てくると、先に出て待っていた女性と二人で何やらわいわいと囁き合っては楽しげに声を上げていた。

 

 それほど待たずに順番になった忠正達は、例に漏れずまずはフィオナからテントの中に入った。

テントの中は薄暗く、香草を焚いた甘ったるい匂いと、煙による薄もやで満たされている。

頭までの黒いローブを纏った占い師が水晶玉の乗った小さなテーブルの向こうに座っており、フィオナを手招きすると向かい側の小さな椅子に座るように促した。

そしてまるで魔女のようなしわがれた老婆のような声で言った。

 

「汝の運命の人を占ってしんぜよう……」

 

その異様な雰囲気にフィオナは固唾を飲んで水晶玉に見入った。

 

「ダレス……ギメル……ベス……アレフ……」

 

占い師が静かに呪文のような言葉を吐くと、不思議な事にそれまで鏡のように自分の姿を映していた水晶玉の表面がゆらゆらと揺れたように見えた。

そして最初は不明確で像を結ばなかったものが徐々に人の顔のようになっていき、やがて鮮明な映像となった。

 

 その水晶玉には、黒髪にルビーのような赤い瞳の男性、如月忠正の顔がはっきりと映っていた。

フィオナは胸の前で手を組みながら、食い入るようにそれを見つめていた。

その目は真剣だったが頬が赤く上気しており、不思議な事に安堵のため息が漏れた。

ものの数秒間で水晶に映った像は消えてしまったが、フィオナにとっては十分な時間だった。

 

「今見た真実を相手に言ってはなりませぬぞ……」

 

占い師の形だけの忠告に頷いたフィオナは「……よかった」と小さく呟いて静かにテントの外に出た。

 

 外で待っていた忠正は、何やら思いつめた顔で出て来たフィオナの姿に驚いた。

 

「大丈夫か? そんなショックな相手だったのか?」

「い、いえ! あ、あの、どうぞ!」

 

慌てるフィオナに背中を押されて、忠正は戸惑いながらテントの中へ入った。

占い師の老婆と目が合い、座るように促される。

 

「汝の運命の人を占ってしんぜよう……」

 

お決まりの定型文を聞いて不敵に微笑んだ忠正は、椅子に座った。

 

「さあ、占ってもらおうか。オレの運命の人っていうのを」

 

 

 

 火照った顔に夜風が気持ちよく、手で顔を扇いでいたフィオナは、ゆっくりとテントから出て来た忠正の顔を直視出来なかった。

それでもどうしてもこれだけは聞いておきたくて、勇気を振り絞って声をかける。

 

「あ、あの、誰が映りましたか。……私の知っている人ですか」

 

ルール違反なのはわかっているが、占い師の忠告を律儀に守っているカップルなどいない。

だが、忠正は口元にわずかな微笑みを浮かべつつも、逆に質問を返してきた。

 

「フィオナはどうだった?」

 

その言葉に、先ほどの水晶玉に映った忠正の顔を思い出して咄嗟に答えに困ってしまったが、小さく息を吸い込むと人差し指を唇に当てて微笑んだ。

 

「秘密……です」

「そ、そうか」

 

その仕草と表情に若干戸惑いつつ、忠正は今見た結果を反芻していた。

水晶玉に映った相手。黒髪の長い髪に自分と同じルビーのような紅い瞳の女。

やはりというか、もしも占い師の力が本物なのであれば、彼女以外の女性が映るはずがないと思っていたが、その通りの結果になったのでむしろ安心していた。

 

「ここの占い師は本物みたいだな」

 

思わずつぶやいた言葉にフィオナが驚きながら答える。

 

「え、ええ。そうですね」

「そろそろ何か買って、サラ達のところに行かないとな」

「はい!」

 

先ほどまでの浮かない表情から一転して明るい笑顔を浮かべるフィオナの様子に忠正は占いに誘って良かったと思いつつ、運命の人という言葉の意味を重く噛み締めていた。

 

 

 夏至祭が終われば、ドルファンの夏がやってくる。

そしてその夏が若者達にとって忘れられない夏となる事を、彼らはまだ知らない。

 

 

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