続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【15】ロゼッタと旅の絵描き(後編)

 レズリーの宿泊している宿は部屋数が四部屋程の小さな宿で、海を見渡せる小高い丘の上の集落の片隅にひっそりと佇む石造りの古い建物だった。

強い日差しの暑さを和らげるために白く塗られた外壁には魔女の住む家のように蔦が絡まっているが、それがまたなんとも言えない情緒を醸し出していて、ロゼッタは一目見るなり気に入ってしまった。

店主はなかなか高齢の柔らかな笑顔を絶やさないような夫婦であり、レズリーが事情を説明するとむしろ喜んでロゼッタを受け入れてくれた。

流石に空き部屋もなく、レズリーの宿泊している部屋も決して広いわけではなかったが、その部屋に泊まるのであれば追加料金もなく、ベッドに敷き詰めている藁を足してくれた上に夕食まで振舞ってくれるという好待遇であった。

ゲルタニアの名物料理でもある香草を混ぜた豚肉の腸詰を野菜と煮込んだスープの夕食は、人の好い老夫婦の所為もあってロゼッタのお腹だけでなく心までも満たしてくれる温かなものだった。

 

「ふう、もうお腹いっぱいだわ」

 

食堂での食事を終えて部屋に戻って来たロゼッタは、ベッドに飛び込みたい気持ちを抑えて部屋の隅に置かれた一脚しかない椅子に腰かけた。

ベッドの端に腰かけながらそれを見ていたレズリーは、笑顔を浮かべながら言った。

 

「いい宿だろ。ゲルタニアのこの辺りに来た時は、宿を取るならここと決めているんだ」

「とっても気に入っちゃった! あのご夫婦も含めて」

 

上機嫌に言うロゼッタに、レズリーは満足げに頷いた。

部屋の中は小さなランプが一つ置いてあるだけで薄暗いが、柔らかな光が宿の雰囲気によく似合っていて、周りに家が無い事もあって静かなその環境にロゼッタは無意識にのんびりと寛いだ気持ちになっていた。

 

「……本当に、こんなに寛げたのはいつぶりかな」

 

小さく呟いた言葉はレズリーに届いたかはわからなかったが、ロゼッタは窓の外の夏の夜空を見上げた。

 

 

 ロゼッタがゲルタニアに来てシュバルツデスアプグルント騎士団に入団したのは、今から一年ほど前の春だった。

本来表舞台に立つ事のないこの特殊部隊に志願し入団したのは、母親の昔の仕事仲間からの伝手を頼っての事だ。

自分の信念と絶対にやり遂げなければならない使命を持って入団した彼女は、その卓越した剣技と冷静な判断力で瞬く間に幹部へと昇進していった。

もちろん、すでに解体してしまってはいるが、二十三年前まで南欧最強と謳われた傭兵集団ヴァルファバラハリアンの中で、部隊長レベルである八騎将の一人、隠密のサリシュアンの娘である事も大いに影響していた。

若くして幹部に昇り詰めたロゼッタは、そもそもトルク(トルキア人至上主義)の思考が強いシュバルツデスアプグルントにおいて、好ましく受け入れられているわけではない。

だが、騎士団長である〝漆黒の帝王〟の二つ名を持つヴァルデマール・ツヴァイクに気に入られ目をかけられているのも事実だし、それが元で他の幹部に良く思われていない事もまた事実であった。

 

 そんなシュバルツデスアプグルントの中でロゼッタは冷酷無比で何者も寄せ付けない孤高の剣士を演じ続ける事で自分の身を守ってきた。

この一年間、彼女は素の自分を開放したことなど、只の一度もない。

妹のように可愛がっていたパトリツィアに対してですら、本当の自分で接した事はない。

 

 だが今日だけは違った。

シュバルツデスアプグルントの幹部である〝緋眼のサリシュアン〟ではなく、使命も目的も忘れて素のロゼッタ・ハイマー・キサラギとして自由に振舞える今日だけは本当の自分を開放できているようでゲルタニアに来て以来、初めて心の底から笑えていた。

 

──こんな自由な時間が、永遠に続けばいいのに。

 

ふとそんな考えが頭をよぎり、ロゼッタは深いため息を吐いた。

そんなロゼッタを横目で見ていたレズリーは不意に立ち上がり、優しい声で言った。

 

「まだ眠るには早い時間だ。少し腹ごなしに夜の散歩に行かないか」

 

その提案にロゼッタは瞳を輝かせた。

 

「行きたい!」

 

レズリーは優しく微笑むと、テーブルの上のランプを持った。

 

 

 店主に断りを入れて外に出た二人は、昼間の暑さから一変してほんの少しの肌寒さを感じる夜気の中を、ランプの灯りを頼りに歩いていた。

 

「少し先にいい場所があるんだ」

 

そう言って先を歩くレズリーの後に続き、ロゼッタは胸の高鳴りを抑えきれずに思わず鼻歌交じりの軽い足取りでついて行く。

二人は宿のある集落から離れていき、小高い丘を登っていった。

五分ほど歩くと丘の頂上まで辿り着く。

そこは高い木々などが何もない開けた場所となっており、眼前には見渡す限りの夜の海が、そして頭上には無数の夏の星座が空一面に輝いていた。

 

「うわぁ……」

 

そのあまりにも雄大な景色にロゼッタは言葉もなく立ち尽くした。

水平線の先の海は夜の暗さで波頭以外は黒く見える。夜空と交じり合い、どこまでが海なのかどこからが空なのかわからないが、星々の輝きだけが曖昧な境界線の先でも確かに確認できる。

レズリーはランプの灯を吹き消すと、手塚な岩の上に腰かけて空を見上げた。

今夜の月は三日月で細かったが、ランプが消えても十分な明るさがあった。

ロゼッタもレズリーに倣って隣の岩の上に座る。

遠くに響く波音と、微かな風のざわめきが耳に優しい。

 

「いいところだろ」

 

しばらく黙っていたレズリーの不意の言葉に、ロゼッタは少し驚いた様子だったがすぐに嬉しそうに答えた。

 

「ええ。本当に。連れてきてくれてありがとう。夏の夜空にこんなにたくさんの星があるなんて、知らなかった」

 

その言葉に微笑んだレズリーは、岩の上にごろりと寝ころんだ。

そして、星空を眺めながら言う。

 

「なあ、知っているか? 星って、昼間の空にも瞬いているってこと」

 

思ってもみなかった言葉にロゼッタは思わずレズリーの方を見た。

 

「そうなの? でも、昼の空に星なんて見た事ないわ」

「そりゃあそうさ。昼間は太陽が輝いているからな。太陽の光に比べれば、星々の小さな光なんて芥子粒のようなものさ」

「……そうよね」

 

少し寂しそうに言うロゼッタに、レズリーは星を見上げたまま続けた。

 

「それでも確かに光っているんだ。そうして夜になって太陽が隠れてしまえば、こんなに美しく光輝ける」

 

ロゼッタはもう一度星を見上げた。

 

「どうしてそんな話をしてくれるの?」

「さあ、なんでだろうな」

 

レズリーはそう言って笑ったが、笑いながらも静かな声で言った。

 

「あたしは絵描きだからさ。剣の事や戦いの事はわからない。でも、いろんなヤツがいる中でみんなそれぞれが自分の役割を全うして輝いていれば、それは一つの形になっていくと思うんだ」

「……形に?」

「ああ。昼間は見えないこの星たちも、夜になれば輝いて、その星と星をつなげば星座になっていくように」

 

ロゼッタが星を食い入るようにみつめているのを確認しながらレズリーは続けた。

 

「偶然だったけれど、あんたとあたしがここで出会ったのも、きっと意味がある。あたしもあんたも、星座を構成する星の一つとして線で結ばれたのさ」

「ずいぶん詩的ね」

「茶化すなよ。これでも真面目に言っているんだ。……ちょっと気障だったとは思うけれど」

 

ロゼッタはくすくすと笑うと、夜空に輝く星座達に目を細めた。

 

「……でも、そうね。昼間は見えなくてもそこには確かに星があって、何かを形作る為に輝いているのね」

 

ロゼッタは岩から飛び降りると、海の方を眺めて言った。

 

「ありがとう、レズリーさん。私が何かに悩んでいるのを元気づけてくれる為に、夜の散歩に誘ってくれたのね」

 

レズリーは岩の上であぐらをかきながら、頭を掻いた。

 

「なんだか他人に思えなくてさ。昔馴染みの友達に似ているし、それにあんたの行動はあたしの妹分にそっくりなんだ」

「妹分?」

「ああ。ドルファンに住んでいるんだけれど、昔からあたしについて回っていた娘でね。大人になって少しは落ち着いたが、今でも懐かれていて手を焼いているんだ」

 

ぶっきら棒に言うレズリーだったが、その横顔が優しそうな表情をしているのをロゼッタは見逃さなかった。

 

「さて」

 

レズリーは立ち上がり、ランプの蓋をあけるとマッチで火を点けた。

 

「そろそろ行こうか。夏とは言え夜は冷える。風邪を引く前に戻ろう」

「賛成!」

 

ロゼッタは明るく声を上げながら、もう一度夜空を見上げた。

自分には成し遂げなければならない事がある。

例え漆黒の深淵で闇に飲まれて光が見えなくとも、自分の役割を果たしていけば輝ける時がきっとくる。

今頃エルヴィン・ハーンが自分を探して大慌てをしているだろう。

戻ればきっと責められるし、叱責を受けるだろうが、十分な息抜きは出来た。

それに素晴らしい出会いもあった。

 

「寝る前に色々お話しましょう」

 

ロゼッタが甘えた声で言うと、レズリーは苦笑いを浮かべた。

 

「おいおい、あたしはあんた程若くはないんだ。ほどほどにしてくれよ」

「えー、どうしようかなぁ」

 

それでも今だけは、もう少しこの時間を楽しみたい。

明日になれば醒めてしまう夢のような時間なのだから。

ロゼッタはそう思いながら夜の道をレズリーと並んで歩いた。

 

 

 

 明日から夏休みを迎えるドルファン学園の高等部では終業式が無事に執り行われ、学業からの束の間の開放を迎えた学生たちが一様に明るい顔で下校していった。

高等部の一年生のクラスを担任として任されているロリィ・コールウェルは校門の脇に立って、浮かれて家路につく学生たちに手を振って見送っていた。

ロリィ・コールウェルはこのドルファン学園の卒業生だ。

中等部、高等部をここで過ごし、大学へ進学し、卒業後は教員になっていた。

元々教育に興味があったわけではなかったが、案外子供たちの面倒を見るというのは自分に向いていると思っている。

本当は大学卒業後は姉のように慕っている放浪の絵描き、レズリー・ロピカーナの旅について行きたかったのだが、そんなふらふらとした不安定な生活を世間体に厳しい両親が許すはずもなく、大学で教員免許を取得した事もあって教職の道を選んだのだ。

中等部の時にストーカーに誘拐された事があり、当時の知り合いの東洋人傭兵と、不思議な女子の先輩の活躍で無事に助け出されたのだが、それ以降親の心配故の束縛は強くなる一方だったのでそれも影響した。

 

 放浪の旅を続けるレズリーをドルファンで待ちながら、なんとなく教師を続けていたらいつの間にか十五年が過ぎていた。

すっかり中堅の教師となったロリィは学園の主力教師として、何かと問題が多く指導の難しい一年生の担任を任されていたのだった。

 

「ロリィちゃん先生、さよならー!」

 

ロリィの横を走り抜けていく女子生徒に手を振って、ふう、とため息を吐いた。

中等部の頃からあまり身長が伸びず、元々童顔だった事もあって、今も幼く見える容姿は若干のコンプレックスになっている。

ピンク色の髪は大人っぽく見えるように長めのボブカットにしているが、どうしても毛先を巻きたくなる欲求に抗えない。

流石に髪を留めるリボンの数は減らしているし大きさも小さくしているが、後ろで髪をまとめている黄色いリボンは健在で、それがロリィのトレードマークにもなっている。

教師らしく大人しい服装を選んでいるつもりなのだが、スカートの丈は長くなってもフリルの数だけはポリシーとして譲れない。

そんな見た目もあって、生徒からは〝ロリィちゃん先生〟などと呼ばれる始末だ。

生徒との距離が縮まるのはいいのだが、甘く見られているという気持ちもあり、思わずため息が漏れてしまった。

 

「あれ、ロリィちゃん先生じゃん」

 

また一人声をかけられて顔を上げると、自分の担当するクラスのサラ・ショースキーを先頭に、隣のクラスのフィオナ・ロベリンゲとパトリツィア・オーエンズの三人組が帰ろうとしているところだった。

夏休みを待ちきれないといった表情のサラに対し、あまり浮かない表情のフィオナ、そしてすまし顔のパトリツィア。

三者三葉の表情だが、ロリィは少し安堵していた。

友達が多くサバサバとした明るい性格のサラはともかく、ドルファン学院からの転入生でその奥手な性格のせいでクラスで浮いていたフィオナと、人を寄せ付けない冷たい雰囲気で同じようにクラスで浮いていたパトリツィア。

どんなきっかけがあったのかわからないが、少なくともこの三人が一緒にいてくれるという事は、味方が誰もいないわけではないという事なので、孤立する事を心配していたロリィとしては、ほっと胸を撫で下ろしたいところだった。

中等部でも高等部でも、あまりクラスに馴染めなかった自分のように、あの何とも言えない孤独と寂しさを生徒たちには感じて欲しくない。

 

「三人は夏休みの予定は何かあるの?」

 

ロリィが声をかけると、サラが上機嫌に答えた。

 

「エドワーズ島にフィオナの家の別荘があるんだ。そこに遊びに行く予定!」

「エドワーズ島の別荘! いいわね~」

 

エドワーズ島と言えばドルファン港から船で一時間程の位置にある島で、豊かな自然と風光明媚な事で有名なリゾート地だ。

思わず素の感想が出てしまったロリィだったが、フィオナは気まずそうな顔をした。

 

「サラ、あんまり言いふらさないで。コールウェル先生はいいけれど、周りの人に聞かれたらいい顔はされないんだから……」

「はいはい。まったく心配性だな、フィオナは」

 

面倒くさそうにサラは肩をすくめたが、フィオナの心配も尤もだとロリィは思った。

学院の生徒ならともかく、学園の生徒でそんな場所で夏休みを過ごす人はほぼ皆無だろう。

ましてやエドワーズ島の別荘など、夢のまた夢だ。

それは貴族でもなんでもない一市民のロリィにとっても同じだ。

だが生徒の家の別荘に嫉妬するほど子供でもない。

 

「気を付けて行ってらっしゃい。新学期が始まったら土産話を聞かせてね」

「はーい。それじゃ、ロリィちゃん先生またね~」

 

手を振って去っていく三人娘の背中を見送りながら、ロリィは再びため息を吐いた。

 

「今年の夏は、帰ってくるかな……お姉ちゃん」

 

もう一年もレズリーと会っていないのだ。

夏の眩しい日差しを手で遮ったロリィは、生徒たちが帰って静かになった校庭を振り返ると、校舎へと戻って行った。

 

 

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