続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【17】エドワーズ島の事件②

 目を覚ますと視界に飛び込んできた見慣れない天井を眺めながら、忠正は寝ぼけた頭を少しずつ覚醒させながら体を起こした。

ようやく使い慣れてきた板張りの軍宿舎の固いベッドではなく、程よく柔らかい綿が敷き詰められたこの宿のベッドはむしろこちらの方がよく眠れる。

高級な宿ではないが、流石にザクロイド財閥の運営する宿だ。簡素な一人用の部屋でも、寝具はそれなりに値の張る物を用意してある。

井戸端で顔を洗い身支度を整えて、ようやくシャキッとした頭で宿を出ると、向かいのカフェのテラス席でルシルとエルザが朝食を取っているところだった。

 

 忠正は二人のいる丸テーブルまで行き、「おはよう、早いね」と言いながら同じテーブルの椅子を引いて座った。

まだ暑くなる前のさわやかで明るい陽射しが差し込むテラス席を吹き抜ける風が心地よく、いかにも非日常であり、いかにもリゾートといった雰囲気だった。

ウェイターが何も聞かずに紅茶とサンドイッチを運んできたので、どうやらここの朝食はそういうシステムのようだ。

すでにサンドイッチを食べ終えていたエルザは懐から懐中時計を取り出すと、時間を確認してパチリと音を立てて蓋を閉めた。

 

「キサラギ二等水兵、約束の時間に十三分と二十五秒の遅刻です」

 

優雅に紅茶を啜りながらも冷たい声で言うエルザに、忠正はサンドイッチに齧り付きながら苦笑いを浮かべた。

 

「すみません、ディーリア伍長。ベッドが思ったよりも快適で、つい」

「いくらリゾート地だからと言っても、気が緩んでいるんじゃないですか。我々は任務でここに来ているという事をしっかりと認識して……」

 

説教モードに入ったエルザと話し半分でサンドイッチを口に運ぶ忠正のやり取りを呆れ顔で見ていたルシルが口を挟む。

 

「おい、オレ達は確かに任務で来ているが、そうやって階級で呼び合っていたら軍の人間だって喧伝しているようなものだろ」

 

その言葉にエルザは思わず口元に手を当てた。

 

「確かに……そうですね」

 

思わず縮こまってしまうエルザだったが、それを横目にサンドイッチを食べ終わった忠正が言う。

 

「ルシルのいう事もご尤も。それはそれとして、任務の方だけれどどうやって手をつけたものかね。怪しいやつを探して島中を見て回るとしても、それなりの広さの島だし、雲を掴むような話だ」

「この暑さの中、目的もなく島を歩くなんてオレは御免だぜ」

「それですが……」

 

エルザは小さく咳払いをすると、声を潜めて言った。

 

「私は今年に入ってからの港への入船記録を当たってみるつもりです。ハンガリア船籍の船の出入りがあるとは思えませんが、少しでも怪しい記録がないか港湾事務所に行って確認しようと思っています」

 

忠正は紅茶のカップを片手に何かを考えていたが、やがて深く頷いた。

 

「そうですね。それはいい考えだと思います。では、ディーリア伍……さんは港湾事務所をお願いします」

「オレとお前はどうすんだよ」

 

不満顔で言うルシルに、忠正は明るい笑顔を向けた。

 

「オレ達はもちろん、酒場に行く」

「あ?」

「先行していた船長も呼んでくれ。まだ日も高いがまあいいだろう。リゾート休暇に乾杯しよう」

 

呆気に取られるルシルとエルザを他所に、忠正は上機嫌な笑顔を浮かべるのみだった。

 

 

 エルザと別れた忠正とルシルは、先に現地入りしていた〝白鷲〟の船長の二人を呼び出し、港からほど近い安酒屋を見つけると、遠慮なく店のドアを開けた。

港の近くの酒場というのは船の仕事に就いている人々の食事処にもなっているため、午前中でも営業をしているものだ。

忠正の考えは当たっていて、それほど広くない店の中にはすでに半分ほどの人が入っており、リゾート地とは思えないがやがやとした活気と、まだ昼前だというのに酒の匂いが充満していた。

座って飲める席は一切なく、すべての客が立って食事や酒を楽しんでいる。

客層は総じてガラが悪く、リゾート地の店とは思えない程であったが、だからこそ〝白鷲〟の船長の二人がいても違和感がなかった。

その船長というのは、ルシルの義父の時代からの腹心の部下であり、二人とも四十絡みの人相の悪い男で、丸まると太った腹に丸太のような腕に、短い癖毛がもじゃもじゃとしている鷲鼻の方がアルバート・ジョルディーノ、背が高くスラっとしているが鍛え上げられた体に深緑色の冷たい瞳、茶色い髪を短く刈り込んでいる方がダーク・カッスラーという名前だった。

 

 忠正達は店の奥の方に空いている丸テーブルを見つけ、とりあえずそこを拠点とする事にした。

何も頼まないのは変なので忠正以外の三人はエールを、忠正は炭酸水を注文した。

飲み物がテーブルに届くと四人は小さく乾杯をしたが、すぐにルシルが怪訝そうな顔をしつつ小さな声で言った。

 

「それで、なんで昼間から酒を飲んでいるんだ? オレはまったく構わないが、任務はどうするんだ?」

 

忠正は氷で満たされたグラスの炭酸水を一口飲むと、周りを確認してから言った。

 

「ディーリア伍……さんがここの入船記録を調べてくれているが、これがオレの考えを裏付けてくれると思うんだ」

「勿体ぶるなよ」

 

ルシルがやや不機嫌そうにエールを呷りながら言う。

だが忠正はそんなルシルを気にする様子もなく、平然と続けた。

 

「オレは今回の任務の元となっている、ハンガリアの密偵がここに忍びこんでいるという情報そのものが嘘だと思っている」

 

この言葉にはルシルだけでなく、アルバートとダークもそれぞれエールを飲む手が止まった。

 

「どういう事だ」

 

ルシルがやや神妙な声を出したが、忠正はさも当然とばかりに言った。

 

「まずこのエドワーズ島に戦略的価値がない事があげられる」

「あん?」

「ルシルも知る通り、この島は典型的な観光地で金持ちの為のリゾート用の島だ。仮にここに密偵を忍びこませて、何を調べるんだ?」

「それは……」

 

ルシルは少しだけ考えながらやや自信が無さそうに言った。

 

「金持ちを人質に取って資金を稼ぐとか? それか貴族の何人かを拉致して、港湾防衛の穴を吐かせるとか……」

 

言いながらも自分の言葉に納得していないような声だった。

 

「そんな事、わざわざハンガリアから離れたこの場所でする意味があるか? 身代金を用意する前にドルファン国軍に掃討されるのが関の山だ。それに港湾防衛の情報なんぞ貴族が知るわけがない。当の海軍であるオレ達ですら知らないんだから」

 

そう言って忠正は明るく笑った。

ルシルは不満そうに顔をしかめたが、アルバートとダークは興味を引かれたようで、続きの言葉を待っていた。

 

「軍事的にもドルファンの攻略に何の価値もないこの島に密偵を潜入させる意味なんて、何もないはずなんだ。それはディーリアさんの調べてくれている入港履歴を見ても、わかるはずだ。まず確実に怪しい船は見つからない」

「じゃあ、ジョアンが仕入れた情報はなんだったんだよ。ドルファン国軍の諜報部が仕入れた情報なんだろ」

 

ルシルの疑問はもっともだった。

だが、忠正はその疑問にもすでに自分なりの答えを持っていた。

 

「その情報そのものが、すでに策略だったとしたら?」

「……はぁ?」

 

あまりにも突拍子もない忠正の言葉にルシルは片方の眉を上げながら口を歪ませて答えた。

しかし忠正は至って冷静に言葉を続けた。

 

「エドワーズ島にハンガリアのスパイが潜入したという情報そのものがエリータス少佐と海軍を陥れる為の策略であり、実際はそんな事実はないという事さ」

「意味がわからねぇ。なぜ、そんなことを」

「考えてもみてくれ。先日の海戦でオレ達がなんとかハンガリアの侵攻を防いだのは、恐らくハンガリアにとっては誤算だっただろうし、それはドルファン国軍にとっても同様だったはずなんだ。アルビアの後ろ盾がないドルファン海軍は何の役にも立たないし、急場しのぎで徴募した傭兵もその中身は荒くれ者揃いの海賊達だ。本来ならば先日の海戦でハンガリアはもっと先まで侵攻できたはずだったし、そうなったら戦況はもっと悪くなっていたはずだ」

「それは……そうだろうが」

 

冷静だが真剣なまなざしで言葉を紡ぐ忠正の迫力に、ルシル達はエールを飲むことも忘れて固唾を飲んだ。

忠正は熱くなるような事はせずに言う。

 

「前回の海戦で思わぬ善戦を見せたドルファン海軍の功績に、ハンガリアは焦ったし、海軍の失敗を確信していたドルファン国軍も焦ったのだろう。それに輪をかけて、ドルファン港で暇を持て余していた海賊たちがザクロイド財閥の下、指令系統が生まれてしまい統率力というものが発生してしまった」

「待て待て!」

 

忠正の言葉を遮るようにルシルが割って入る。

 

「ハンガリアの事は理解できるが、お前のその言い方だと味方であるドルファン国軍が海軍の失態を望んでいたようじゃないか」

「そうだ」

 

何の迷いもなく忠正は言い切った。

 

「おかしいと思わないか? ハンガリアに対抗する為に海賊を集めたのに、その戦力を有効活用するような施策は王室会議で否決された。敵国の侵攻に対する対抗作戦の資金ですら否定される。国を守る為の軍隊を総括しているドルファン王室会議のメンバーがそんな事をする自体、オレには信じられない話だ」

「じゃあなにか。ドルファン王室会議は、ドルファンがハンガリアに侵攻される事を望んでいるとでも言うのか?」

 

興奮と困惑にやや早口になったルシルに対し、忠正は炭酸水を口に含んでから静かに答えた。

 

「王室会議のメンバー全員がそう考えているとは思わない。少なくとも、プリシラ王女摂政宮はそんな考えではないと思うし、金銭的な利益もあるとは言え、海軍の戦力増強に肯定的なリンダ・ザクロイドも違うと思う」

「じゃ、じゃあ旧家の両翼が?」

「……そこに関しては確証があるわけではないので、一旦置いておこう。それよりも今回の任務に話を戻すが、ドルファンの中で海軍が力をつける事を良しとしない人物たちは、着々と指揮命令系統が確立されていくのを見て危機感を覚え、一計を案じる事とした。ハンガリアのスパイ潜入の話をリークし、海軍が赴かなければならないように仕向ける。本当はエリータス少佐が直々に赴くのを期待していたのだろうが、実際はオレ達が来ているがそこはまあ誤差の範囲だろう」

 

いつの間にそんな事を考えていたのか、すらすらと喋る忠正にルシル達は呆気に取られていた。

 

「海軍の戦力を削げればそれでいいので、この島に来ているのが海軍の中枢の幹部であるオレ達であっても大きな問題ではない。言い方は悪いが、エリータス少佐一人では、はっきり言って大した脅威にはならないからだ」

「それとこのエドワーズ島の任務とが、どう繋がるんだ?」

 

ルシルの言葉に忠正は呆れたようにため息を吐いた。

 

「察しが悪いなぁ。要は、ここに海軍の幹部を集めて秘密裏に抹殺してしまえば、海軍は大した脅威では無くなるって事さ。それこそ傭兵徴募の前のように」

「なんだと……!?」

 

あまりにも一方的ではあったが説得力のある忠正の考えに、流石のルシルも若干の戸惑いを隠せなかった。

 

「だから、いるはずもないハンガリアの密偵を探すよりも、これからこの港に入ってくるであろう定期便を観察して明らかにリゾート客ではない、それこそ暗殺を生業としているような怪しい輩を探す方がよっぽど建設的だよ。そういうヤツはどんなに一般人を装っていたって、纏っている空気でわかる。特にルシルやそこの船長二人のように、その筋の人間なら」

 

言われて顔を見合わせたルシル達三人は、それぞれまだ困惑の色が抜けていない。

だが、忠正の話を真正面に否定も出来ずにいた。

今まで黙って話をきいていた背の高い方の船長、ダークが口を開いた。

 

「あんたの話を信じるとして、どうしてその暗殺者達がこれからやってくるとわかる。敢えて我々に情報をリークしたというのなら、先に待ち伏せていたとておかしくないはずだ」

「それに関しては簡単な答えだ。暗殺者だって、相手を見極めてから人数や人員を用意した方が確実だからさ。海軍の中から誰が選抜されて任務にあたるのかを調べてから暗殺者を用意した方が、圧倒的に成功確率が上がるし金も節約できるだろう。オレなら絶対にそうする。誰が来るのかわからないのに、先に人員を配置するのは全くの無駄だ」

 

 淡々と言葉を述べる忠正の目は一切の感情を持っておらず、ただ本に書いてある事実を述べているだけといった雰囲気である種の迫力すら感じる。

その冷静で平坦な態度にルシルは初めて忠正と出会った時の事を思い出していた。

 

──これがスィーズランド軍最年少の軍師〝百識のサリシュアン〟か……

 

まだ忠正の言った事のすべてが信じられるわけではないが、かなり確証が高い事をルシルは感じていたし、それは自分の右腕、左腕である二人の船長も同様であった。

そんなルシル達を気にすることなく、忠正は続けた。

 

「まあ、暗殺者だって人間だからな。オレ達の監視をするとは思うが、食事はするだろうし酒も飲みたくもなるだろう。この島は上流階級向けだから、人を殺そうなんて輩が入れる店なんて限られる。それこそ、この店のようにな」

 

そう言って周りの席を見渡した忠正に、ルシルは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

 

「お前、そこまで考えてこの店に入ったのか?」

「そりゃあそうだろう。じゃなければ、せっかくリゾートに来ているんだから、もっと上等なレストランに行きたいよ」

「は、ははは」

 

乾いた笑いを浮かべたルシルは、残っていたエールを一気に飲み干した。

この男が味方でよかった。心からそう思った。

 

「まあ、一日中全員でこの店に入り浸るわけにもいかないから、二グループに分かれて交代で見張ろう。まずはオレとルシルで見張るから、夜は〝白鷲〟の二人に任せていいかい?」

 

二人の船長は神妙に頷いたが、アルバートが口を挟んだ。

 

「それは構わないが、なんでオレ達が夜なんだ?」

 

その言葉に忠正はようやく若者らしい笑顔で答えた。

 

「夜はパーティーに呼ばれているものでね」

 

 

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