続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【19】エドワーズ島の事件④

 サラの手料理の数々は決して手の込んだ物ではなかったが、総じて料理屋の娘に恥じない仕上がりで、少なくとも忠正は大満足であった。

上品に食べるフィオナの横で普段から冷静というより淡泊な反応のパトリツィアが夢中になって食べていた事からも、その完成度の高さを証明していた。

温かいものばかり四品も皿が並び、そのすべてをサラが一人で調理したというのだからその労力たるや想像に難くない。

 

 なので、美味しい食事に舌鼓を打った忠正達はサラにはソファで寛いでもらい、片づけを率先して行っていた。

あらかた片づけが終わったところで、フィオナがお茶を淹れ始めて手持ち無沙汰になった忠正は、何の気なしにリビングの掃き出し窓からテラスへ出てみた。

 

 テラコッタのタイルが敷き詰められた大きなテラスには、今は真っ暗で見えないが屋敷の裏手に広がる静かな湖を望む形で作られており、白く塗られた木のテーブルとお揃いの椅子が二脚用意されていた。

その椅子の一脚に腰かけると、ほとんど間を置かずに対の椅子にパトリツィアが音も無く座った。

自分がテラスに出た後、誰かが出てきた気配は感じなかった事に忠正は驚いたが、顔には出さずに努めていつも通りに言った。

「美味しい食事だったね」

パトリツィアは月明かりを反射してぼんやりと浮かぶ湖畔に目を向けながら、やはりいつもの通りにあまり感情の伴わない抑揚の無い声で答えた。

 

「そうね。悪くなかったわ」

「〝かもしか亭〟の看板娘と言うだけの事はあるね」

「……まあ、誰にでも出来る事ではないとは思うわ」

「そう言えばオーエンズさんとは二人でゆっくりと話すのは初めてだ」

 

忠正の言葉にパトリツィアは僅かに目を細めながら忠正の顔を見た。

忠正が初めてパトリツィアに会ったのは五月祭の時だった。

まだ誰にも知られていない軍部の招集命令を予見し、見事に当てて見せたパトリツィアの観察力に驚かされた事を思い出す。

ウエール出身で両親が軍人だという事だったが、だからと言って街のわずかな変化を読み取って招集命令を察する事など可能なのか、と訝しんだものだ。

せっかくこうして話が出来るのだから、そこに言及してもいいかもしれないと忠正は考えていた。

そんな忠正の思惑を知ってか知らずか、パトリツィアはやや先ほどよりも明るい声で言った。

 

「パトリツィア、でいいわ。私もあなたとは一度、ゆっくりと話をしたいと思っていたの」

 

その瞳はどこかこの状況を楽しんでいるようにも見えたが、まわりが暗く表情を読み取るのは難しい。

忠正は軽く咳払いをすると、話し始めた。

 

「君のご両親は軍部の所属だという事だったけれど、ウエールの地方部隊に所属しているのかい?」

 

忠正の問いかけにパトリツィアは淀みなく答える。

 

「ええ、そうよ。父が陸軍の騎馬部隊に、母は事務方の所属よ」

「父上は騎馬隊なのか! すごいな、騎馬隊と言えば陸軍の花形だ」

「父は尉官に昇進も出来ないような人物だけれど」

「おいおい、自分の父上を悪く言うなよ」

「事実だもの」

 

さらりと言い切ったパトリツィアがあまりにも何の感情もなく言い切ったので、忠正は若干の戸惑いを感じたもののパトリツィアの言葉を疑うような事はなかった。

そのパトリツィアの言葉には何一つ真実はなく、彼女がドルファンに潜入する際に作り上げた〝設定〟なのだが。

 

「それよりも」

 

パトリツィアが視線を湖から忠正に移して言う。

 

「傭兵さんはどんな任務でこんな島に来ているのかしら? 休暇の振りをして武装もせずに潜入なんて、穏やかじゃないわね」

 

エドワーズ島への船でエルザとルシルと一緒にいる所を見ただけでこの推測だ。

いくらパトリツィアが観察力に優れており、軍部の人間を家族に持つからと言って、ただの女子学生にしては鋭すぎるのではないか。

現にフィオナは海軍少佐のジョアン・エリータスを父に持つものの、軍部の動きなどにはまったくの無頓着だ。

 

「休暇がてらの治安維持だよ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

忠正が慎重に言うとパトリツィアはわずかに微笑したように見えた。

 

「そういう事にしておくわ」

 

その答えに忠正がなんとも居心地の悪い思いを噛みしめていると、窓からテラスに顔を出したフィオナが明るい声を投げた。

 

「お茶が入りましたよ」

「あ、ああ。すぐに戻るよ」

 

忠正が立ち上がると、パトリツィアも同様に立ち上がり初めて感情を含んだ声で皮肉たっぷりに言った。

 

「楽しい休暇になりそうね」

 

 

 

 食後のお茶で喉を潤した忠正は、名残惜しそうに玄関まで見送ってくれたフィオナの視線を背中に感じながら、遅くなる前に宿へと戻った。

途中、例の酒場に立ち寄るとにぎやかさは昼の倍以上で店の中も混雑していたが、ルシルの姿はすでになくダークとアルバートが端の方のテーブルで静かに飲んでいた。

 

「やあ、お疲れ様」

 

忠正がさりげなく近寄って声をかけると、二人は軽くエールの入ったジョッキを上げた。

 

「変わりはないか?」

 

静かな忠正の言葉に太った腹を撫でながら癖毛のアルバートが陽気な表情のまま、声を落としながら答えた。

 

「それなりに臭いヤツらは目星をつけました。この後、オレとダークとで帰り際を狙って尾行しますんで、まあ隠れ家くらいは抑えられるでしょう」

 

豪快にジョッキのエールを呷ったアルバートの態度といい、たった半日でそれらしい人物の目星をつけている事といい、〝白鷲〟のこの二人は思った以上に優秀かもしれない。

思わず口笛を吹いた忠正に、細身で長身のダークの方が言った。

 

「それはそうと、明日のご予定はどうなっていますか?」

「朝の時点で君たちと交代して、ルシルとこの店での監視をするつもりだよ」

 

まったく当然の事なので何の疑問もなく忠正が言うと、ダークはその深緑色の冷たい瞳にわずかにユーモアの光を宿らせながら答えた。

 

「いえ。ここの監視はルシルお嬢に任せてもらって、あんたには別の仕事をお願いしたいんだが」

「別の仕事?」

 

忠正が首を傾げると、ダークはにやりと笑った。

 

「ああ、さっき知り合った港湾局の職員に紹介された仕事があるんだ。ここでの監視も重要だが、きっとそっちもこの任務にとって役に立つと思うぜ。何せ、大義名分を持って監視する事が出来る仕事だからな」

「大義名分を持って監視できる仕事? 何だ、それ?」

「あんたも男なら絶対に喜ぶ仕事だと思うんだがな」

 

悪戯に笑うダークに忠正はきょとんとした顔をするばかりだった。

 

 

 

 次の日。

夏らしく肌を焼くようなじりじりとした太陽が輝きを増していくなか、忠正は頼りない麻布で作られた屋根の下の日陰で漫然と椅子に座っていた。

その椅子というのも背の高い物が何もない海水浴用のビーチの中にポツンと組まれた足場の上に乗っており、ビーチ全体を見下ろせるようになっている。

水着姿の旅行客たちがはしゃぎながらわいわいと楽しそうな声を上げて波打ち際で遊んでいたり海に飛び込んで泳いでいたりするのを眺めながら、忠正は大きなため息を吐いた。

確かにこの仕事は大義名分を持って大衆を監視する事ができる。

だが、ただ監視していればいいというものでもない。

溺れている人やトラブルを発見したならばすぐに駆け付けなければいけないし、偉そうな貴族が海に入る間場所を見張っておけだのという依頼に対応しなければいけない。

つまるところ、ビーチの監視員の仕事だ。

 

 ダークが忠正に依頼した仕事は、まさにこの海水浴場の監視員の仕事だった。

酒場の潜入中に親しくなった港湾局員に紹介された仕事で、確かに誰にも怪しまれずに人々を監視する事が出来る事に間違いはない。

だが、暗殺者や殺し屋などといった輩が、リゾートのビーチで昼間から水遊びなどするわけがないではないか。

忠正はそう思ったのだが、ダークは「こういった一見何も怪しくない場所こそ、怪しい奴らが密談に使ったりするものだ」と言って譲らなかった。

 

 そんな訳で、忠正はしぶしぶと監視台に登って簡素な日除けの下で単眼鏡を覗いたりしているのだ。

流石に高級リゾートのビーチだけあって、ドルファン本土のシーエアー駅近くのビーチと違い人の数はまばらで、監視の任務もそれほど難易度が高いわけでもなさそうだ。

何もしなくても汗が浮かんでくる暑さにうんざりしながら、単眼鏡を波打ち際の方へ向けた時、その手がぴたりと止まった。

そしてジッと何かを観察し始めた。

その望遠レンズに映っていたのは、すらりと伸びた女性の脚であった。

よく日に焼けた小麦色のきめ細やかな若い肌が水を弾き、それでいてしっかりと鍛えられて引き締まった筋肉質の脚は、アスリートのように見える。

思わず単眼鏡の角度をゆっくりと上げていくとオレンジ色のビキニがあらわれ、細く絞られた腰回りからボリュームには欠けるが均整の取れたプロポーションの上半身が映し出され、冷たい水にはしゃぐサラの顔がレンズに映った。

 

「こ、これは……!」

 

思わず声を上げながらも単眼鏡を覗き込む事を止めなかったのは、やはり忠正も一介の年頃の男子だという事だろう。

サラは波打ち際で水を掛け合って遊んでいるようだった。

当然、その相手が誰なのかを確認するべく、単眼鏡を横へ向けてしまうのは仕方のない事だ。

サラに水をかけていたのは、紺色のレースのついたワンピースの水着に全体的にサラよりも豊かな肉付きだが、それでも細身の体形で手足が長く、どこか清楚な感じもするがそこがまたなんとも言えない背徳的な色気を醸し出しており、茶色いお下げ髪はアップにまとめて、きらめく水滴に弾けるような笑顔のフィオナであった。

その姿に思わず見入ってしまった忠正だったが、ふらふらと単眼鏡を動かし始めた。

彼女たちは三人で来ているので、もちろんもう一人、パトリツィアもそこにいるはずだ。

すると、波打ち際ではしゃぐフィオナとサラの近くで日傘を差している女性の姿を見つけた。

不思議な事にビーチだと言うのにシルクのノースリーブの白いブラウスに、薄い茶色の軽そうな生地のロングスカートといった装いのパトリツィアだった。

なぜ彼女はこんな場所なのに水着ではないのだろう、と忠正が訝し気に単眼鏡を覗いていると、不意にレンズの向こうでパトリツィアがこちらを振り返り、確かに目が合うと鋭い視線で睨みつけられた。

 

「わ、わあ!」

 

忠正は危うく単眼鏡を放り投げるところだった。

フィオナ達が遊んでいる場所は、ここから優に二百メートルは離れている。

そんな距離で、ましてやこちらは単眼鏡で見ているというのに目が合うはずがないし、こちらに気づくはずもない。

 

 

 額を流れる汗が暑さのせいなのか冷や汗なのかわからないが、それを腕で拭うと大きなため息を吐いた。

 

「ずいぶん大きなため息ですね」

「わあ!?」

 

下から声をかけられてまたしても忠正は単眼鏡を放り投げるところだった。

慌てて声の方を向くと、呆れ顔でこちらを見ているエルザ・ディーリアの姿があった。

エルザは長い赤毛によく似合う大人っぽい黒の水着の上にパレオを巻いていた。

 

「や、やあ。エルザ……さん。君も海水浴に?」

 

忠正の言葉にエルザは先ほどの忠正に負けない程の大きなため息を吐いた。

 

「バカ言わないでください。港湾事務所であらかたの入港履歴を調べ終わりましたので、その報告に。酒場に行ったらルシルさんにここだと教わったので」

「あ、ああ、そうか」

 

しどろもどろになりつつも監視台から降り、忠正はエルザの前に立った。

 

「それで、どうでしたか。怪しい船舶の入港はありましたか」

 

エルザはやや不満そうな顔で忠正をしばらくみつめていたが、やがて首を左右に振ると若干苛立たしそうに言った。

 

「まずハンガリア船籍の船の入港は、当たり前ですがありませんでした。まあ、戦争中の敵国の船が偽装もせずに入港する事なんてありえませんから、これは予想の範疇でした」

「そうですね」

「次に定期船や商船のように、この島を何度も訪れている船にも怪しい船はありませんでした。いつもの周期を逸していたり、突然の入港などをしている形跡もなく、こちらも問題ないと思います」

「……」

 

ようやくいつもの冷静さを取り戻した忠正は黙って次の言葉を待った。

エルザは続けて言う。

 

「本命の初めて入港する船舶ですが、こちらは〝白鷲〟の船長のお二人が入港した記録があるのみで、それ以外の新規の船の入港は記録にありませんでした」

「……やはり、そうでしたか」

 

忠正は小さく答えながら頷いた。

もちろんハンガリアのスパイが一般客や商人などに扮して定期便や商船で紛れ込んでいる可能性がないわけではない。

だが、それには大掛かりな工作が必要だし、そんな大掛かりな事をしてまでこのエドワーズ島に間者を送る意味がどうしても見つからない。

だとすると、忠正の当初からの考えの通り、この情報は海軍を揺さぶるものであり、秘密裏に幹部を抹殺する為のものである可能性が高い。

自分の考えに確信を持ち始めた忠正は、海の向こうを遠い目で見つめながらしばらく黙って考えていた。

そうであれば自分たちに差し向けられた刺客に、先手を打ってしまう方が効率的ではないか。

そんな事を考えているとエルザが軽く咳払いをした。

ハッとしてそちらを見ると、エルザが不機嫌そうな顔で言った。

 

「作戦ももちろん大事ですが、何かないのですか?」

「な、なにか……って何ですか?」

 

露骨に不機嫌な声を浴びせられて忠正は戸惑っていた。

エルザは黙っている。

何がなんだかわからないでいた忠正だったが、エルザが右手の肘を左手で押さえながら頬を膨らませているのに気づき、ようやく理解した。

 

「あ、あの、水着……似合ってますね」

 

絞り出した答えだったが、エルザの機嫌は直らなかった。

 

「今更取ってつけたように言われても、うれしくありません。せいぜい単眼鏡で女の子の尻でも覗いていればいいのではありませんか!」

「い、いや、あの誤解ですよ!? 仕事ですから!」

「変態」

 

エルザは冷たい声でぴしゃりと言うと、背中を向けてすたすたと歩いて行ってしまった。

忠正はいたたまれない気持ちで頭を掻きながら、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 

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