続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【21】エドワーズ島の事件⑥

 パトリツィアと対峙する謎の剣士はお互いの距離とタイミングを計りながら、じりじりと円を描くように動いていた。

通常ならば丸腰のパトリツィアとレイピアを持った剣士では、圧倒的に剣士の方が有利であるし、そもそも勝負にすらならないはずだ。

だが剣士は拳を固めて構えるパトリツィアの気迫というかあふれ出る自信のようなものに、簡単に攻め入る事が出来ないと感じていた。

リーチで言えばレイピアを持っている剣士の方が圧倒的に長い。

剣士は油断するような愚かなことはせずに、その間合いの有利さを最大限に活用するべく喉元を狙って突きを放った。

 

 対峙するパトリツィアと謎の剣士を訳もわからずに震えながら見ていたフィオナだったが、その剣士の放った矢のような突きが放たれた事には気づけなかった。

それほどの速さを持った突きだったのだが、パトリツィアはわずかに体の軸を移動させて左に体を引き半身になってそれを躱していた。

それだけでなく躱したと同時に体を反転させ、カウンターの左拳を剣士の突きに負けず劣らずの速さで顔面に向けて打っていた。

もちろん反撃を警戒していた剣士はそれをスウェーして避ける。

しかし、ここまで綺麗にカウンターを仕掛けてくるのは予想外でもあった。

 

 一旦距離を置くべく後ろにバックステップをした剣士だったが、その顔を隠していたフードが不意に頬のあたりから裂けていき闇夜でも光る銀色の髪が零れた。

拳は間違いなく躱していた。だがフードは裂けている。

再び構えを取ったパトリツィアを油断無く観察しながら、フードの切り口をちらりと見る。

明らかに刃物で切られたような鋭利な切り口だった。

改めてパトリツィアを注意深く見ると、その拳には何かが握られているのがわかった。

拳の指と指の間に指輪のような金属の輪。

そして拳の小指側にほんの少しだが月明かりを反射する刃のようなものが見える。

 

「……ナックルダスター……しかも刃付き?」

 

思わずつぶやいた剣士の声は女のもので、その言葉をパトリツィアは聞き逃さなかった。

 

「あら、暗器に精通しているなんてなかなか博学ね。レイピアなんて正統派なものを使っている割には」

「……」

 

剣士は答えず、再びレイピアの剣先をパトリツィアに向けて構えた。

剣士の推測は正しかった。

パトリツィアが握りこんでいるのは、ナックルダスター、いわゆるメリケンサックやブラスナックルと呼ばれる金属製の武器で、手の中に握りこむ事で指と拳を守り、殴打の威力を上げる為のものである。

しかもパトリツィアのそれは握りこんだ際の小指側に四センチほどの相手に向かって反り返った刃を持っており、殴打だけでなく拳を躱されても裂傷を負わせることが出来るような凶悪な作りをしていた。

 

 バカンスを楽しみに来ていたただの女学生であるターゲットとその友人らしき一般人が不意打ちを見事に退け、あまつさえ暗器を装備し自分の突きを避けた上に反撃してくるとは話が違う。

剣士は小さく舌打ちをした。

想定とはだいぶ違ってくるが、ターゲットは貴族の娘。友人に扮した護衛がいたとしてもおかしくはない。

だが仕事である以上やらなければいけない事は変わらない。余計な障害を排除する為の追加費用を請求するだけだ。

 

 剣士は軽く前後にステップを踏むと、今度は牽制の為の軽いが早い突きを三発繰り出した。

パトリツィアはそれを後退しながら躱していったが、相手の突きの連撃が終わった瞬間に全身の筋肉をバネのように使い一気に懐に飛び込んだ。

対する剣士もそれを簡単に許すはずもなく、突き入れていたレイピアを持った右手を一気に腰の辺りまで下げると、下から突き上げるような形で近距離に飛び込んできたパトリツィアへ攻撃を仕掛ける。

だがパトリツィアはそれを想定していたかのように上半身を反らして躱すと、そのまま後ろに倒れこみながら体を捻って地面に拳を着き、寝転がるような形で剣士の足を自分の足で払った。

その軽業師のような身のこなしを剣士は想定しておらず、見事に足を掬われて尻もちをついてしまった。

しかし長年の戦闘経験から即座に身を起こそうとしたところに、パトリツィアが獲物を狩る猛禽類のように右の拳を振りかぶりながら飛び込んできた。

そのパトリツィアの姿が視界に入るか入らないかの瞬間に、ひりつく緊張感を察知した剣士は反射的に体を捻りながら横方向にごろごろと地面を転がってその猛襲から逃れた。

そうして距離を稼ぎながらレイピアを杖代わりに一気に立ち上がる。

マウントポジションを奪い損ねたパトリツィアだったが、こちらはゆっくりと立ち上がると再び両方の拳を握りなおして構えを取った。

 

 攻撃を避けた時にかすっていたのか、剣士の顔を隠しているフードは先ほどと別の箇所が大きく裂かれて垂れ下がった。

目を隠すように垂れ下がったフードは最早戦闘の邪魔にしかならないので、剣士はフードを後ろへ下した。

露わになった銀色の髪と冷たい灰色の瞳。そして月夜に照らされた美しい顔に走る一筋の醜い傷跡。

旅の吟遊詩人、ティア・スリザーの顔がそこにあった。

 

 

 

 木の陰に隠れて息を殺しながらも思考を巡らせていた忠正だったが、時間がない事はわかっていた。

殺し屋達が全員揃った今、サラの身の安全は全く保障出来ないものとなっている。

肝試しをしていただけの無関係な少女には違いないが、殺し屋達が根城に使っている炭焼き小屋の近辺を徘徊していたのだ。

捕まってしまっている以上、危害を加えないという事はないだろう。

良くても拷問を受けるだろうし、悪ければ口封じに殺される。

あつらえたように死体を遺棄するのに最適な湖がすぐそこにある。

一刻も早く助けに行かなくてはならないのはわかっているが、中の状況もわからないまま闇雲に飛び込めば殺し屋達がサラに即座に危害を加える可能性もあるし、ルシルが懸念しているようにこちらの攻撃の流れ弾がサラに当たることも大いにあり得る。

かと言って慎重に事を進める事が出来るような猶予もない。

隣の木の陰に身を潜ませながらも、退屈そうに腰のベルトに差した四丁の銃の手入れをしているルシルが低く小さな声で言った。

 

「何か妙案は浮かんだかよ。このままじゃジリ貧だぜ」

「……」

 

様々な救出方法を頭の中で試していた忠正は答えず、器用に黒色火薬を銃身に詰めていくルシルの手元をぼんやりと眺めていた。

こちらから仕掛ければ、サラの身に危険が及ぶ。

ではどうすればいいのか。

良い考えが何も浮かばず気持ちばかりが焦っていくのを感じながら、忠正は目の前の木を激しく殴りつけた。

こんな事をしても何も解決しないのはわかっているが、事態を好転させる案が何も浮かばない自分の無力さに怒りが沸いてくる。

とても顔を上げている気分ではなく足元に視線を落として地面を睨みつけていると、ふと足元の地面に穴が空いているのを見つけた。

こんな森の中に穴という事は、ウサギや蛇、もぐらなどの巣だろうか。

夜行性の動物ならこの時間は外に出ているだろうが、昼行性であれば今頃は巣穴の奥で眠っているのだろうか。

そう言えば子供の頃、スィーズランドで父親と一緒に森の中で狩りをしたことがあった。

父親は野山での狩りに詳しく、この穴によく似た巣を持つタヌキを簡単に捕まえてしまったものだ。

 

「……そうか!」

 

忠正は何かに気づき顔を上げると、ルシルの方を見た。

そして確信を持った声で言った。

 

「出てきてもらえばいいんだ。向こうから、自発的に」

 

 

 サラは猿轡を嚙まされて両手を後ろで縛られたまま部屋の隅の椅子に座らされていた。

目隠しはされていないので自分が置かれている状況はよく理解できたが、逆にそれが恐怖を倍増させていた。

小さな炭焼き小屋の中は狭く、〝かもしか亭〟に比べても半分もない程の部屋の中に簡素なテーブルが真ん中に置いてあり、それを囲むように三人の人相の悪い男が椅子に座っていた。

部屋の中は窓からの月明かりしかなくて薄暗く、その一つしかない窓の近くにもう一人背の高い男が立っていた。

全部で四人の男たちが先ほどから全く愉快ではない話をボソボソと低い声で語り合っていた。

声が小さいので途切れ途切れにしか聞こえてこないが、「男は監視員で」とか「女は昼から飲んでいる」等という言葉が聞こえてきて、「宿で寝ているところを殺す」と言った物騒な言葉までもが聞こえてきていた。

話の全容はわからないが、よくない話題である事は間違いなかった。

 

そもそも肝試しをしていただけだったというのに、森の中を歩いていたら突然後ろから羽交い絞めにされ、あっという間に拘束されてしまった。

何故自分がこんな事になってしまったのかまったく心当たりはなかったが、この男たちが真っ当な仕事をしている人間ではなく、裏社会と言えるような世界の人間である事は確信していた。

現に窓際に立っている背の高い男はしきりに何かを組み立てていたのだが、ついさっきそれが形になって完成したようだったが、それはどこからどう見ても小型の銃であったし、この狭い炭焼き小屋には不釣り合いなサーベルやナイフの類が壁際に立てかけられて置かれているのが見て取れた。

 

 男達のうちの一人が組み上がった銃を受け取り慎重に確認をしていた。

そして引き金を引いたりして動作を確認すると、黒色火薬を銃身に注ぎ入れ鉛で作られた丸い銃弾を慣れた手つきで詰めこんだ。

そしておもむろに銃を構えると、サラの方へ向けた。

 

「──!?」

 

猿轡のせいで声が出ないが、サラは間違いなく悲鳴を上げていた。

だが銃を構えた男の斜め前に座っていた男が、咄嗟に銃を構えた男の肩に手をかけた。

そしてサラにも聞こえる程度のはっきりとした声で言った。

 

「待て。こんな小娘一匹に銃を使うな。弾一発だって安かねぇんだ」

 

それに対して銃を構えた男は不服そうに反論する。

 

「どちらにしろ殺すのだから、試し打ちに利用した方が効率的だろう」

 

殺す、という言葉がはっきりと耳に届き、サラの目から大粒の涙が零れた。

どうしてこんな事になってしまったのかという困惑。どうあっても避けられそうにない死への恐怖。

もしもこのまま別荘に帰れなかったら、心配したフィオナとパトリツィアが様子を見にきてしまって彼女たちも殺されてしまうのではないか。

自分が死んでしまったら両親はきっと悲しむだろうし、忙しい〝かもしか亭〟は回らなくなってしまうだろう。

今年こそは陸上の選手に選ばれたかったし、もっともっと早く走れるように練習もしたい。

それに、自分は初恋もまだ経験していない。

せっかく気になる人が出来たというのに、何も知らないままここで理由もわからずに死んでいくのだろうか。

様々な思いが頭の中をよぎり、こらえようもなく涙が溢れてくる。

 

──こんなところで死にたくない!

 

声にならない声で必死に叫んだ時、わずかな違和感を覚えサラは一瞬自分の感覚を疑った。

何かがおかしい。

それが何かはわからないが、次第にその違和感の正体がわかってきた。

鼻孔をくすぐる焦げたような匂い。

普段から定食屋の手伝いをしているサラは匂いに敏感だったし、その匂いは日頃嗅ぎなれた匂いに近かった。

その匂いを、『母さんが料理を失敗した時の、焦げた匂いに似ている』とサラが考えた時、窓際の男が声を上げた。

 

「おい、何かおかしいぞ。外が……なんだ? 煙?」

 

男が言うと同時に途端に部屋の中が明るくなった。

それは月明かりや燐光灯の光などではなく、窓の外に炎が舞い躍ったからだった。

 

「火事だ! 小屋が燃えているぞ!」

 

男の声に殺し屋達は一斉に立ち上がった。

 

「馬鹿な、裏手に積んである薪が燃えたのか?」

「こんな時期にあり得ないだろう!」

 

男たちは口々に叫んだが、天井や壁の隙間から漏れ出す煙により部屋の中は瞬く間に真っ白になっていった。

 

「まずい。とりあえず小屋を出ろ!」

 

窓際の男が叫ぶと、殺し屋達は我先にと入り口のドアへと走り出した。

最初に入り口にたどり着いた男が勢いよくドアを開け外へと駆け出した。

すぐ後に続いた男は外に飛び出るなり何かに躓いて転げてしまった。

そして何に躓いたのかを確認する間もなく、頭に銃弾を撃ち込まれて意識が途切れた。

続いた三人目の男は前の二人が部屋を出るなり転んだのを見たので、ゆっくりと慎重に外へと出た。

出た瞬間に首を絞められ、一気にドアの脇へと引っ張り込まれて地面に叩きつけられた。

最後の男は流石に不審に思い、テーブルの上に置かれたもう一丁の銃を手に取ると、ドアの脇の壁に張り付き慎重に外を確認しようとした。

僅かに顔を覗かせた瞬間、その目に何かが飛び込んできたのと同時に燃えるような痛みに襲われた。

彼が事実を知る事はなかったのだが、顔を覗かせたのと同時に忠正のレイピアがその左目に突き立ったのだった。

 

 

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