続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【22】エドワーズ島の事件⑦

 ティア・スリザーはレイピアを構えながら両拳を顔の前で構えるパトリツィアを油断なく観察していた。

どこにでもいる小娘のような見てくれではあるのだが、ナックルダスターを装備している点、先ほどの攻防で見せた常人とは思えないような身のこなし、さらにはこの月明かりのみの闇夜の中で動けているところといい、間違いなくただの夏休みに遊びに来ている一般人ではないのは明白だった。

自分自身もサーカス団に扮して色々な国に潜入していたので、そっち側の人間は匂いでわかるものだが、この金髪三つ編みの小娘は間違いなくこちら側の人間だと確信していた。

 

「それにしても……」

 

ティアは誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。

この小娘の三つ編みとその髪を結んでいる赤いリボン。

その取り合わせに二十年以上前の古傷が疼くのを感じる。

これで小娘の髪が黒く、瞳がルビーのような紅い色であれば、自分の体に傷を刻んだ憎き仇敵と瓜二つだ。

二十数年前のあの日の戦いを、あの忌まわしき傭兵集団のレイピアの剣士を思い出すだけで、心の奥底からマグマのような怒りがふつふつと湧き上がってくるような気がするのだが、今はかつての宿敵を思い出して冷静さを失っている場合ではない。

レイピアを持つ手に力を込め、ティアは改めて剣先をパトリツィアへ向けた。

 

 

 パトリツィア・オーエンズは対峙するティアを睨みつけながら、頭の中では三つの疑問について考えていた。

まず最初にして最大の疑問は、この剣士は何者なのかという事だった。

この銀髪の女がリゾート地であるエドワーズ島には似つかない、剣士としてはかなり腕の立つ人間である事は先ほどのやり取りで感じ取っていた。

最初の突きはもちろん、その後の連撃の突きも、どれも並大抵の騎士では繰り出せない重みのある一撃だった。

パトリツィアは戦士としての教育を幼い頃より徹底して叩き込まれている。

その思い出すだけで吐き気をもよおす教育という名の地獄は二度と体験したくないようなものではあったが、だからこそ武器を選ばずに戦う事が可能で、一対一であれば例えドルファン騎士団の精鋭であっても遅れを取る事はないという自負を持っていた。

そのパトリツィアを持ってしても、この女剣士を打ち倒すのは容易ではない事は肌で感じている。

だからこそ、こんなリゾート地のこんな場所でお互いの呼吸を感じながら戦っている事が疑問であった。

 

 そして第二の疑問は、その剣士がなぜフィオナを狙っているのか、という事であった。

明かりを潰した後、この剣士は先頭にいたエルザは殺さずに気絶させている。

だがその後のレイピアの一撃は確実にフィオナを狙ったものだったし、もしもパトリツィアが咄嗟に脇に引っ張り込まなければ確実にフィオナは黄泉の川を渡っていたに違いない。

つまりこの剣士はフィオナの命を狙っていたという事だ。

フィオナは貴族の娘であり、その貴族というのもドルファン貴族の名門、旧家の両翼と呼ばれるエリータス家の娘である事はパトリツィアも承知していた。

しかしいくら名家の娘だからと言って、フィオナの命が狙われる理由がわからない。

 

フィオナは夏休みを利用して別荘に遊びに来ているだけのちょっとした金持ちの娘に過ぎず、所詮はただの女学生でしかない。

彼女の命を奪って得をするものなどいるのだろうか。

誘拐して金銭目的の人質にするならば利用価値はありそうなものだが、殺してしまってはそれも出来ないではないか。

はっきり言ってパトリツィアにはフィオナを助ける理由は無い。

パトリツィアはこの国にシュバルツデスアプグラントの潜入捜査員として忍び込んでいるだけだし、エリータス家とはいえ分家であるフィオナを情報源として囲っておくのもあまり価値がない。

だが、そんなフィオナの為にどうして自分の身の危険を冒してまで謎の剣士と対峙しているのか。

これが最後の疑問であった。

 

 

 パトリツィアとティアは一定の距離を保ったまま、どちらも微動だにせずにらみ合ったままだ。

間合いの点で圧倒的有利なティアではあるが、パトリツィアの軽業師のような身のこなしを警戒して攻め手は慎重だった。

同じようにパトリツィアにしても、自分からの攻撃に関してはあまり積極的にはなれなかった。

リーチの短い彼女が勝利する為には相手の動きを見極めた上でのカウンターしか方法がなく、それはすなわち相手が動いてくれない限り攻撃に転じられない事の裏返しでもある。

力のバランスが拮抗しており、時間が凍り付いたかのように二人は動けない。

あまりにも硬直状態が続くので、パトリツィアは小さくため息を吐き胸の中の疑問を解消するべく声を投げた。

 

「あなたほど腕の立つ剣士が、なぜこんな娘の命を狙うのかしら」

 

ティアは答えず、ただ黙ってパトリツィアの隙が出来るのを待っている。

もちろんこんな問答に反応するはずがないのはパトリツィアにも分かりきっていたが、黙ったままにらみ合うよりはいいし、どこかで何かが綻びを起こす可能性だってある。

他に手もない以上、パトリツィアは言葉を続けた。

 

「あなたの意志での行動……ではないわよね。誰かに依頼されているのでしょう。いいわ。雇い主を当ててみせましょうか」

 

言葉を投げるパトリツィアだが、思い当たる節があるわけではない。

フィオナと所縁のある人物の名前を当てずっぽうでぶつけるくらいしか手がない。

 

「ジョアン・エリータス……では、ないかしら」

 

実父であるジョアンがフィオナの命を狙うとは思えない。

思えないが、一番身近な縁者である事は間違いないので、とりあえず投げてみる。

この言葉に一番驚いたのは二人の対決を見守っていたフィオナ本人であった。

フィオナが一瞬息を飲んだのに対し、ティアは全く何も反応を示さなかった。

その反応を予想していたパトリツィアは小さく舌打ちをしながら言葉を投げていく。

 

「アルダナル・ピクシス」

 

旧家の両翼でフィオナのエリータス家と対をなすピクシス家の当主名だ。

だがこれも先ほどと同様にティアは何の反応も示さない。

当てずっぽうの的外れな名前では効果はなさそうだし、仮に依頼主を言い当てたとしても、きっとこの剣士は何の反応も示さないだろう。

自分が同じ立場ならば絶対にそうだからだ。

そう思い至ったパトリツィアは、投げかける言葉の方向性を変える事にした。

 

「あなたほどのレイピアの使い手が無名のはずはないわ。それなりに名のある剣士だと思うのだけれど」

 

ティアは変わらずに無反応だが、構わずに続ける。

 

「レイピアの名手として有名なのはドルファン王国の聖騎士ラージン・エリータスだけれど、彼はずいぶん前に亡くなっているしエリータス家の人間。その弟子の可能性もあるけれど、あなたには関係なさそうね」

 

エリータス家の人間を殺そうとするのがフィオナの祖父に当たるラージン・エリータスの弟子というのは、読み物であればドラマティックな展開だがそれはいささか想像力が過ぎるというものだ。

 

「それ以外となると……そう、スィーズランドの若き軍師〝百識のサリシュアン〟が北の海で名を馳せていたわね」

 

その言葉にティアの剣先がほんの一瞬、ピクリと揺れたのをパトリツィアは見逃さなかった。

サリシュアンというその言葉は、パトリツィアにとっても特別な響きを持つ言葉だ。

それが自分が敬愛する〝緋眼のサリシュアン〟とは別の人物の事であっても、同じ〝サリシュアン〟という名前を持つ以上、看過できずに覚えていた。

 

「〝百識のサリシュアン〟は男性という話だし、年齢的にもあなたは該当しないわね。……そういえば、もう一人〝サリシュアン〟を名乗る者で女性のレイピア使いがいたわね」

 

その情報は決して有名な話ではないし、表に出るような名前ではない。

だが、シュバルツデスアプグラントに〝緋眼のサリシュアン〟がその人物の娘という事で特別待遇で入団した事は事実であるし、敬愛する姉代わりの母親というその人物についてパトリツィアは個人的に忘れる事が出来ないでいた。

 

「……ドルファン王国に戦争を吹っ掛けて敗北したヴァルファ……なんとかという傭兵集団の隊長だったわね」

 

ティアの剣先はピタリと止まったままだったが、その目が明らかに興奮で血走っている。

この冷静な剣士がここまで反応を示した事に確信に近いものを感じながら、パトリツィアは言葉を紡いだ。

 

「確か……〝隠密のサリシュアン〟」

 

その言葉を口にした瞬間、ティアが猛然と切り掛かってきた。

 

「その名を口にするなっっ!!」

 

それは完全に逆上した一撃だったが、虚を突いた一撃だったのとその並々ならぬ迫力にパトリツィアは反撃の体制を取ることも出来ず、後ろに飛び退いて回避するのが精一杯だった。

 

「〝サリシュアン〟! 忌々しい、その呪われた名を!!」

 

先ほどまでの氷のように冷たい冷静さだったのが、嘘のように怒り狂って声を荒げるティアは滅多やたらにパトリツィアに切り付けていく。

その連撃のあまりの凄まじさにパトリツィアは回避一辺倒で反撃の糸口をつかめなくなっていた。

だが、この剣士が〝隠密のサリシュアン〟と何かしらの因縁があるという事は確定的だった。

そしてそれは〝緋眼のサリシュアン〟こと、姉のように慕うロゼッタ・サリシュアンとの因縁である可能性も高いという事だ。

 

「……私のお姉様を……サリシュアン様の名を愚弄するか!」

 

パトリツィアが吠えた時、少し離れた場所で地面に横たわっていたエルザ・ディーリアがようやく意識を取り戻していた。

朦朧とする頭を振りながらなんとか起き上がったエルザは、目の前で繰り広げられている激しい戦闘に一瞬目をしばたかせた。

だが、それが自分が保護するべき対象だったパトリツィアとまったく覚えのない銀髪の女剣士という事を理解すると、すかさず護身用に携帯していた短銃を剣士に向けて叫んだ。

 

「動くな! 動くなら撃ちます!!」

 

その叫びに一瞬動きが止まったティアだったが、声の方に振り返るのと同時に状況を把握すると、咄嗟にエルザに標的を変えてそちらへ突進していった。

短銃は命中率が低く、極至近距離で放たない限りそうそう当たるものではない。

それにこの赤毛の女が何者だとしても躊躇なく銃を放つ事が出来る者は実はあまりいない。

大抵の人間は銃を撃つ事に躊躇するし、本当に撃てる人間ならば声をかけたりせずにすでに発砲しているはずだ。

それを見越してのティアの行動だったがその思惑は完全に外れた。

 

ティアの誤算は二つだった。

一つ、エルザは軍属で銃の訓練を受けていた為、発砲する事自体に躊躇がなかった事。

そして二つ目は、その短銃はルシルが特別に調整を施した高い命中率を誇る物だった事だ。

ティアが方向転換をして突進を仕掛けた瞬間に、エルザは狙いを絞って引き金を引いていた。

夜の森の静寂を、耳を聾さんばかりの黒色火薬の破裂音が切り裂く。

銃身が火を噴いて放たれた鉛の固まりは鋭い閃光と共にティアの左肩を貫通していた。

 

「ぐうっ!?」

 

苦悶の声をもらしたティアであったが、驚くことに突進は止まらなかった。

エルザは驚きの表情を浮かべたが、ティアは攻撃することなくそのエルザの横を駆け抜けていた。

 

「逃げる気よ!」

 

パトリツィアが叫び、後を追おうと走り出した時、ティアは何かを地面に向けて放り捨てた。

それは竹筒のようなもので、地面に落ちると同時にすさまじい勢いで煙を吹きだした。

 

「煙幕!?」

 

幼少からの戦闘訓練故に、その煙幕が毒を含む可能性を考えてしまったパトリツィアは咄嗟に止まってしまっていた。

その間にもティアは撃たれて負傷しているにも関わらず、信じられぬ速さで走り逃走を図っていた。

あれだけ怒り狂っていたにも関わらず、即座に飛び道具への対処へと切り替えた判断力と、負傷した瞬間に逃走を図る冷静さと生への強かさにパトリツィアは思わず感心してしまった。

間違いなく、プロの仕事だ。

煙幕は五分も経たずに風に揺れて消えていったが、その頃には女剣士の姿はもちろん影も形もなくなっていた。

その消えていった方を眺めながら立ち尽くしていたパトリツィアはナックルダスターを見とがめられないようにポケットへとしまうと、短くため息を吐いた。

 

「二人とも、大丈夫ですか!? 怪我などありませんか!?」

 

エルザのあわてた声をよそに、パトリツィアは座り込んでいるフィオナへ手を貸して立たせた。

そして、半ば呆然としているフィオナに小さく言った。

 

「あなたも大変ね。誰にかはわからないけれど、命を狙われるなんて」

「……」

 

フィオナは答えず、目を伏せるのみであった。

 

 

 

「サラ! 大丈夫か!?」

四人目の刺客の目にレイピアを突き立てその体を押しのけた忠正は、煙が充満し始めた炭焼き小屋の中へ半ば突進するように転がり込んだ。

大きくはない部屋の奥に椅子に縛られたサラを見つけると、すぐさま駆けつけた。

忠正の姿を確認したサラの目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれる。

 

「待っていろ!」

 

椅子の後ろで背もたれと手を結んでいたロープをレイピアで切る。

そして口をふさいでいた猿轡を取り除くと同時にサラが悲壮な声を上げた。

 

「タダマサ!!」

 

自由になった手で忠正の体にしがみついたサラの体は言いようもない程に震えていた。

その細い肩を抱きながら腕の中で咽び泣くサラの背中を優しく撫でながら、あの勝気なサラがこうなるという事は、よほど恐ろしかったのだろうと思うと忠正は胸が締め付けられた。

 

「……もう大丈夫だ。怖かったよな……」

 

出来る事ならこのまま落ち着くまで抱きしめてあげたい所だが、刻一刻と煙の濃度が上がってきている。

炭焼き小屋に潜んでいた暗殺者達を自ら外に出す奇策として小屋に火を放ったのは忠正自身なのだが、裏に積んであった薪などが思った以上に火勢を強めており急がないと炎にまかれて脱出もままならない状況になりそうだ。

 

「サラ、立てるか? とりあえずここから出よう」

 

忠正に促されたサラは健気にも服の袖で涙を拭うと、力なく頷きながら立ち上がった。

そんなサラに肩を貸して支える忠正は、すでに炎を噴き上げ始めた壁や窓に気をとられていてその動きに気づいていなかった。

 

 四人いた暗殺者達の内、最初に小屋から出た男はドアから出るのと同時にルシルに喉笛を切り裂かれて絶命していた。

二人目の男は最初の男の死体に躓いて転んだところを、やはりルシルの銃によって頭を撃ち抜かれていた。

そして三人目に関しては、ドアから出た所をルシルによって一気に地面に叩きつけられ、瞬く間に縛り上げられて身動きを取れなくさせられていた。

最後の四人目は外を警戒して顔を覗かせたところを、忠正のレイピアで突き刺されて入り口脇に転がっていた。

左目からレイピアで貫かれ、その剣先は脳にまで達するほどの深さまで突き刺さっていたので、忠正はこの男は即死したものと思っていた。

目の前のサラと勢いを増す火の手に気を取られ、注意を怠ったといえばそれまでなのだが、四人目の暗殺者はまだ生きていた。

 

忠正の一撃は間違いなく致命傷ではあったのだが、その男の命の灯火はまさに風前の灯火ではあったがまだ確かに燃えていた。

男は悪態を吐こうとしたがもはや声が出なかった。

だが彼もその道ではそれなりに名を馳せた殺し屋だ。死ぬとわかっていてもそのプライドからなんとか一矢報いようと、震える手を必死に動かして組み立てたばかりの銃を忠正へと向けた。

もはや目も霞み狙いが定かかどうかもわからないが、最後の力を振り絞り引き金を引いた。

轟音が鳴り響いたのと同時に男は絶命していた。

だがその撃ち出した銃弾は音速を超える速さで忠正の体を撃ち抜いていた。

忠正もサラも、一瞬何が起きたかわからなかった。

だが今までサラの体を支えていた忠正の口から血がこぼれ、右脇腹を押さえた手の指の間からも血が溢れだすと、その体が膝から崩れ落ちた。

 

「た、タダマサ!!」

 

サラの悲鳴に似た叫び声と同時に外で暗殺者の一人を縛り上げていたルシルが、文字通り小屋に飛び込んできた。

 

「おい、どうした……」

 

言いかけながら地面に倒れこんだ忠正の姿を確認したルシルはすぐに行動を起こした。

火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、すかさず忠正の体を肩に担ぐと間髪を置かずに外へと運び出す。

サラも涙でぐしゃぐしゃの顔のままそれに続いた。

激しく燃え始める小屋から距離を取ったルシルは、忠正を地面に寝かせると状態を確認する。

忠正が着用していた青いシャツの右脇腹のあたりがどす黒く染まっている。

瞬時に撃たれた事を把握したルシルは、ナイフを取り出して忠正のシャツを引き裂く。

脇腹に開いた丸い穴からとめどなく血が流れていた。

咄嗟に背中側も確認するが、そちらからは血が出ていない。

それはすなわち銃弾が体内に残っている事を示唆している。

 

「まずいな……!」

 

海賊として戦闘で銃による負傷を幾度となく見てきたルシルは事の重大さを理解していた。

弾丸は鉛の固まりだ。体内に残っていると鉛中毒を起こしてしまう。

だがそんな心配よりもまずは出血をなんとかしないといけないし、一刻も早く処置をしないと危険な状況である。

ルシルは顔を上げると、涙を流し続けているサラへ怒鳴るように叫んだ。

 

「おい! お前らの別荘にオレ達の仲間がいるはずだ。今すぐ呼んで来い! それとありったけのシーツもだ!!」

「え……」

 

つい先ほどまで拘束され死の恐怖と隣合わせだった上に、目の前で人が撃たれて極度に動揺しているサラはルシルの言葉に反応出来ず、戸惑ったまま立ち尽くしていた。

 

「何ぼうっとしてやがる! 急げ、タダマサを死なせたいのか!!」

 

ルシルの怒りを込めた叫びに、ようやく我に返ったサラは涙を拭うと全速力で駆け出した。

その後ろ姿を確認したルシルはナイフを手にすると、勢いよく燃えている炭焼き小屋へと近づいていく。

そしてナイフを炎で十分に熱すると再び忠正の下へと戻って行った。

すると驚いた事に忠正が弱弱しくも声を上げた。

 

「う……すまない。ドジっちまった……」

 

苦痛とともに喉の奥から絞り出したようなか細い声だった。

こういった時に悲壮感を出してはいけない事を多くの実戦を経て知っているルシルは、極めて明るく答えた。

 

「撃たれるなんて、お前らしくなかったな。だが、まあ安心しろ。銃弾は急所を外れているし、エルザ達もすぐに来る」

 

痛みを堪えながらも忠正はエルザの手に持たれたナイフを見た。

そして顔を歪めながらもおどけたように言う。

 

「ぐ……まあ、そうだよな。それをやらなくちゃ、ならないよな」

 

これからやろうとしている事を的確に予測している忠正の言葉に、ルシルは思わず笑ってしまった。

 

「ああそうだ。だが、オレはこの手の処置は上手いんだぜ。すぐに終わらせてやるよ」

「……頼む」

 

ルシルは頷くと、焼けたナイフを傷口に押し当てた。

血と肉が焼ける嫌な音がして、ルシルは思わず顔をしかめた。

この状況で止血する為には傷口を焼く以外にない。

海の荒くれもの達ですらこの処置の時は痛みのあまり苦悶の悲鳴を上げるものだが、忠正は歯を食いしばり必死に傷口を焼かれる地獄のような痛みに耐えていた。

あらかたの止血を終えると流石の忠正も気を失ったようだった。

 

「声一つ上げないなんて、立派だったぜ」

 

そう言ってルシルは大きくため息を吐いた。

とりあえずの止血が出来たが状況は最悪だ。

一刻も早く医者に弾を抜いてもらい、傷口を縫合してもらう必要がある。

だがこんな夜の遅い時間に、こんなリゾート地で適切な処置が出来る医者などいるのだろうか。

ルシルは不安そうに月を見上げると、エルザ達が一秒でも早くここに来てくれる事を祈っていた。

 

 

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