続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

23 / 106
第三章 深淵の暗躍
【23】流転する真実


 それは懐かしい光景だった。

窓の外は吹き荒ぶ雪によって非常に寒々しいが、自分のいる部屋の中は暖かで居心地が良い。

見慣れた親しみのある暖炉に火が入っており、その火の前で同じように見慣れた姿の幼い姉のロゼッタがメイド服の女性に甘えている。

メイド服の女性は幼いロゼッタの話に相槌を打ちながら、器用に毛糸で何かを編んでいるようだった。

 

部屋の中を見渡すと、そこは懐かしくもあるがそれが当たり前の日常の光景であるように、生まれ育ったスィーズランドの我が家である事がわかった。

ロゼッタと遊んでいた時につけてしまった暖炉の傷も、父の刀をいたずらした時に落としてつけた床のへこみも、背比べで印をつけた柱の跡も、全部が懐かしく、全部が日常の光景だ。

 

部屋の中に漂う甘い匂いは、きっと母親特製のホットチョコレートだろう。

冬になると飲みたがる父親の好物で、母親はいつもそれを作っては自分たちにも飲ませてくれたものだ。

暖かで優しい空気。懐かしくて切ない光景。

メイド服の女性がこちらを振り返り、目が合うと優しく微笑んだ。

 

「あら、お目覚めですか。随分気持ちよさそうにお昼寝されていましたね。何か良い夢でも見られたのかしら」

 

緑色に近い栗色の長いお下げ髪。鼻のまわりのそばかす。

そして自分をみつめる優しく愛おし気な柔らかい眼差し。

その全てが懐かしく、その全てが胸を万力のように締め付ける。

なにか答えようと必死に声を出そうとするが、喉が張り付いたように何も言葉が出ない。

せっかく会えたのに。せっかく言葉を交わすチャンスなのに。

言葉が交わせないのならばせめてロゼッタのように甘えに行きたい。

しかし身体が金縛りにあったようにいう事を聞かず、起き上がることも這いずる事も出来ない。

 

何も出来ずに悔しい思いを噛みしめていると、突如として部屋のドアが乱暴に開き、見知らぬ顔の男が鈍く光る銃を片手にこの安らかな空間に飛び込んできた。

男は何も言わずに銃を構えると、突然の闖入者に戸惑うメイド服の女性へ向けて何の迷いもなく引き金を引いた。

ロゼッタの悲鳴が響き、激しい吹雪が部屋の中に入り込んでくる。

 

おかしい。

 

今は夏ではなかったか。

 

撃ち放たれた銃弾がメイド服の女性の眉間に食い込み、白い雪と対照的な真っ赤な鮮血が飛び散った。

その瞬間に激しい怒りと悲しみが入り混じった感情が爆発し、本能の赴くままに叫んでいた。

 

 

「プリムっ!!」

 

 

 声の限りに叫ぶと同時に飛び起きた忠正だったが、間髪入れずに襲ってきた激しい痛みに思わず上半身を丸めてしまった。

胸が爆発しそうな動機を抱え、荒い呼吸をしている自分に気が付くと、改めて目の前の景色を確認した。

そこは、なんの飾り気もない白い壁の部屋だった。

すぐ脇の窓には白いカーテンがかけられているが、開け放たれた窓からそよそよと弱い風が流れ込んでわずかに揺れている。

窓から差し込む容赦なく強い日差しに目を細めつつ、やはり夏じゃないかと考えながら、ようやく思考がまとまってくるのを感じる。

 

 今見ていたものは夢だ。現実ではありえない出来事だったし、あんな状況には出くわした事はない。

自分もロゼッタも子供だったし、あの撃たれたメイドもスィーズランドでピンピンしているはずだ。

幾分冷静になって状況を確認すると、そこはベッドの上だった。

簡素なベッドに清潔な白いシーツ。

ふと痛みが激しい体の方を見ると腹のまわりが包帯でぐるぐる巻きにされており、簡素な白い寝間着のようなものを着ている事がわかった。

 

部屋の大きさははっきり言って狭く、普段寝泊まりしている軍の宿舎の部屋に比べても二回りほど狭いようだったが、ベッド脇の小さなサイドテーブルと質素な椅子が一脚しか調度品がないので、個室としては十分な広さではある。

脇腹から伝わるズキズキとした激しい痛みに、今は夢の中ではなく現実の世界を生きているという事を嫌でも実感させられる。

もはや疑問を挟む余地もないが、ここは病院で自分は入院しているのだ、と忠正は自分の置かれている状況を理解した。

 

 あの日、サラを救出して炭焼き小屋から出ようとした所を銃で撃たれた事をようやく思い出す。

そこからの記憶は途切れ途切れだが、ルシルに傷口を焼いてもらい、駆けつけてきたエルザや〝白鷲〟の船長達に運ばれて山を降りた事までは思い出せる。

その後の事は残念ながら全く思い出す事が出来ない。

なので、ここがどこの病院なのか、そして今日があの夜からどれくらい時間が経っているのか想像もつかなかった。

何か少しでも情報がつかめないかと窓の外へ視線を移した時、部屋の入口ドアがノックもなしに開いた。

 

驚いてそちらを見ると、同じように驚いた顔でこちらを見ている女性と目が合った。

女性は驚いた顔をしているが、すぐに柔らかに微笑むと温かみのある優しい声で言った。

 

「よかった、意識が戻ったのですね」

 

その女性は夏らしい薄手の赤いワンピースの上から長い白衣を羽織っており、波打った茶色く長い髪を髪留めでまとめていた。

忠正よりはたいぶ年上のようだが、金縁の大きな丸眼鏡をしており、眼鏡の奥の瞳がこちらをジッとみつめていた。

その女性は自然な動作でベッド脇の椅子に座ると、忠正の手を取り脈を計り始めた。

続いて体温を確認すると手に持ったファイルの書類に何やら書き込んだ。

 

「あの……」

 

ようやく忠正が言葉を発すると、その女性はハッとして言葉を被せてきた。

 

「あ、ごめんなさい。今、自分がどんな状況なのかわからないですよね」

 

書類のファイルをサイドテーブルの上に置くと、女性はニコリと微笑んで続けた。

 

「私の名前はテディー・アデレード。この病院の医師です。あなたは二日前の夜中にこの病院に運ばれてきて、私が緊急手術の執刀を担当しました。右側腹部の盲菅射創の為、銃弾の抽出を行い、焼灼止血をした部分の処置をしたあとで縫合させてもらいました」

 

言い淀む事無くさらりと言い切ったこの女医の所作に、相当な切れ者なのだろうと忠正は直感的に感じていた。

そして、説明された内容も想定の範囲内ではあった。

 

「……ありがとうございました。ちなみに、この病院は……?」

 

忠正の言葉にテディーは片目を瞑ってほんの少し舌を出しながら言った。

 

「ごめんなさい、肝心な事をお伝えしていませんでしたね。ここはドルファン中央病院。外国の方でも、ドルファン首都城塞で一番大きな病院だと言えばわかるかしら」

「ドルファン中央病院ですか……」

 

そう言って忠正は深いため息を吐いた。

ドルファン中央病院と言えば、サウスドルファンの軍庁舎から少し離れた、フェンネル地区にある病院だ。

そこに夜中に運ばれたという事は、エドワーズ島からこのドルファン本土まで運ばれたという事になる。

定期客船がそんな夜中に運航しているはずもなく、おそらく〝白鷲〟の船で運ばれたのだろう。

自分の油断から、仲間達にとんだ迷惑をかけてしまった。

申し訳なさと恥ずかしさが入り混じった複雑な感情を持て余していると、テディーは椅子から立ち上がって笑顔のまま言った。

 

「意識もはっきりとしているようですね。何か欲しいものはありますか」

「水をいただければ」

「はい。では、手配しておきます。私は行くところがありますので、これで失礼します。また夕方に様子を見に来ますね」

 

そう言って部屋から出て行ったテディーの後ろ姿を見送ると、忠正は起こしていた上半身をベッドに寝かせて天井を見つめた。

 

 自分の不覚から飛んだ失態を晒してしまった。

だが、それでもサラを助ける事が出来たのは良かったし、こうして命を繋ぐ事が出来たのも不幸中の幸いだった。

 

「……プリム」

 

夢で見た女性の名前を小さくつぶやく。

 

「オレが必ず……」

 

自分は目的を達するまでは絶対に死ねないのだ。

決意もあらたに目を閉じた忠正は、すぐにまた深い眠りに落ちていった。

 

 

 忠正が意識を取り戻した翌日の朝に、ジョアン・エリータスとエルザ・ディーリアは連れ立って病室を訪問してきた。

ジョアンはやや血色を取り戻した忠正の顔を見るなり、深い安堵のため息を漏らした。

 

「良かった、一昨日の朝に見た時は真っ青な顔をしていたので、このまま死んでしまうのではないかと思っていたんだ」

 

率直なその言葉に忠正は苦笑いを浮かべた。

 

「申し訳ありません、少佐。おめおめと生き恥を晒す形になってしまいました」

「馬鹿を言え。キミには私の副官としてまだまだ活躍してもらわなければならん。少なくともザクロイド財閥からの出資の元を取れるまではな」

 

それが冗談の下手な上長の精一杯のユーモアだという事を理解している忠正は、この病院に運ばれて以来初めて笑顔を見せた。

つられて笑ったジョアンの横で、エルザは神妙な表情を崩さなかった。

 

「ディーリア伍長にも、ご迷惑をおかけしました。ルシルと一緒にドルファンまで運んでいただいたようで」

 

見兼ねた忠正が声をかけると、エルザはわずかに震える声で答えた。

 

「サラさんから知らせを聞いて、現場に駆け付けた時は肝が冷えました。おびただしい量の出血と、体温を失ってどんどん冷たくなっていくあなたを目の当たりにして……」

 

言いながら声が湿っていく。

 

「正直……もうダメかと」

 

その言葉と一緒にそれまで堪えていた涙が一筋頬を流れた。

一度零れてしまった涙は堰を切ったように溢れ、止まらなかった。

そんなエルザの肩を優しく抱きながら、ジョアンはハンカチを差し出した。

そして声にならないエルザの言葉を代弁するかのように言った。

 

「ディーリア君は本当に心配していたのだ。キミの意識が戻ったと報せを受けた時も、誰よりも喜んで……」

「少佐!」

 

気恥ずかしくなったのかジョアンの言葉を遮ったエルザはハンカチで涙を拭うと、気難しい表情を取り繕って、いつもの事務的な口調で言った。

 

「……とにかく、こうして意識が戻ったようで何よりでした」

 

余計な心配をかけてしまった事と、そこまで心配をしてくれた事、どちらの気持ちも忠正にはありがたいものだった。

 

「心配をおかけして、すみません。埋め合わせにカフェ・ラ・レテで季節のデザートをご馳走しますよ」

 

忠正が明るい口調で言ったので、エルザは僅かに表情を崩した。

 

「……ケーキもつけてくれるのなら考えます」

「もちろんです! なんならマニュだってつけますよ」

 

ようやく笑顔が浮かんだエルザに、病室は一気に明るい雰囲気になった。

 

 

 ひとしきり会話を交わした三人だったが、ジョアンが本題を切り出した。

 

「ところで、今回の諜報部からの情報提供の件だが……」

 

忠正がエルザを見ると、エルザは静かに頷いた。

ジョアンは二人の様子を見てはいなかったが、言葉を続けた。

 

「ディーリア君からの報告にもあったのだが、どうやら我々海軍の失脚を目論む勢力がいるというのは本当かね」

 

その言葉に忠正は深く頷いた。

 

「今回の件は明らかに我々海軍の幹部メンバーの暗殺を企てた組織的な犯行でした。もちろん計画は緻密に練られていましたし、武器を秘密裡に運び込んでいた点なども含め、内部の協力があったものと推測できます」

 

ジョアンは忠正の歯に衣着せぬ物言いに頭を抱えた。

 

「ふうむ。よもやとは思ったが、こうも状況証拠が揃ってしまうと否定する方が難しいかもしれんな」

「実行犯の刺客たちの内、一人を生け捕りにしているはずですが、そちらは?」

こうなる事はわかっていたし、首謀者をあぶりだす為に、四人の刺客の内一人は生かしておいたのだ。

「ああ、ルシル君と〝白鷲〟のメンバーがこの三日間〝様々な方法〟で自供を促しているよ」

 

自供を促す、とは上手い表現をしたものだ。

 

「海賊たちの〝様々な方法〟なんて知りたくもないですが、何か出てきましたか」

 

忠正の言葉にジョアンは苦い顔をした。

 

「私もその現場を見たいとは思わんが、向こうさんもなかなかしぶといそうだ。金をもらったという事以上は、誰に頼まれたのか、どんな経路で依頼されたのか、まったく口を割らんそうだ」

「向こうもプロですからね。そういう結果になる事は予想していましたが……少佐に今回の件を依頼してきた諜報部はどんな反応ですか?」

「ああ」

 

ジョアンは肩をすくめると首を振った。

 

「『どうやらガセネタのようでしたね、銃刀類の不法所持の取り締まりにご協力いただき感謝します』との事だ」

「……失敗した時のシナリオ通りという事でしょうね」

「まあ、そうだろうな」

 

三人はなんとなく気まずい雰囲気でそれぞれ床をみつめていた。

しかし、その重苦しい雰囲気の中、エルザが顔を上げて言った。

 

「ですが、逆に言えば我々の敵対勢力というのは、ドルファン軍の諜報部を好きなように動かせるだけの権力を持っている、という事が言えるのではないですか」

 

にわかに病室の中に緊張が走る。

 

「軍部でそれだけの力を持っているのは、思いつく限りでは王室会議のメンバーと、実質的なトップであるメッセニ中将くらいなものだぞ」

 

やや早口で言うジョアンの言葉から、その内容の重要さが伝わるようだ。

メッセニ中将とは、ドルファン国軍の近衛兵団、陸軍、そして海軍も統括しているミラカリオ・メッセニという人物で、六十がらみのドルファン王国内の重鎮の一人だ。

プリシラの父であるデュラン国王時代から王家に仕え、貴族が政治のほとんどを席巻するドルファンでは珍しく、一般人から中将まで登り詰めた軍部の叩き上げである。

しかし、そのメッセニ中将は堅物で正義感の強い人物だという事をジョアンは間近で触れて知っている。

とても海軍の失脚や瓦解を望んでいるようには思えないのも事実だ。

忠正は痛む脇腹をさすりながら、静かな声で言った。

 

「メッセニ中将は軍部全体を預かる人間です。ドルファン軍にとって不利な状況を看過するとは思えないので、おそらくこの件には無関係でしょう。そうなると王室会議のメンバーという事になりますが……」

 

言いながらも目を伏せる。

 

「メンバーと言っても、プリシラ王女摂政宮を除いたら四人もいます。その中の三人は海軍の強化に反対派のメンバー……。誰が企てていたとしてもおかしくはありません」

 

ジョアンは唇を噛みながら、悔しそうに呟く。

 

「ピクシス家やディビチ家もそうだが、兄であるシャルシス様までも疑わなくてはならないのか……」

「慰めにもなりませんが、ザクロイドだって信用していいかはわかりませんよ。傭兵達の観光地警備の立ち上げを終わらせた今、海軍の主要メンバーを亡き者にして実質の支配をしたとすれば、一番得をするのはザクロイド財閥です」

 

忠正の言葉に、ジョアンは肺の中の空気をすべて吐いてしまうのではないかというくらいの深く大きなため息を吐いた。

 

「まあいい。この件については、私なりに調査をしよう。キサラギ君はまずは怪我を治す事に集中してくれたまえ」

 

ジョアンを手伝いたい気持ちは強いが、退院して自由に動けるようにならない事には足手まといどころか、何の役にも立たない。

今、忠正に出来る事は、ジョアンの言う通りこの怪我を一刻も早く治す事だ。

 

「わかりました。一日でも早く復帰できるよう、努めます」

 

忠正の想いのこもった言葉に、ジョアンは苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、あまり無理はするなよ。では、ディーリア君。我々はそろそろ行こうか」

声をかけられたエルザは小さく首を振った。

「申し訳ありません。少佐は先にお戻りいただけますでしょうか。私……キサラギ二等水兵にちょっとした用事が残っておりますので」

 

そう言われたジョアンは何を思ったのか僅かに頬を染めながら、あわてた様子で答えた。

 

「あ、ああ。わかった。ゆっくりしていきたまえ」

 

ギクシャクとした動きで部屋を出て行ったジョアンの気配が廊下の向こうまで遠ざかるのを待ってから、エルザはベッド脇の椅子に座った。

忠正はそのかしこまった態度に首を傾げた。

 

「どうしたんですか? カフェ・ラ・レテの件ならちゃんとご馳走しますよ」

 

おどけながら言った忠正に対し、エルザは深刻そうな声で言った。

 

「エリータス少佐のご令嬢、フィオナさんの件で話したい事があります」

 

その思ってもみなかった人物の名前に、忠正は固唾を飲んだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。