続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【24】化学の森の魔女

 次の日は夏らしく朝からうだるような暑さで、開け放した病室の窓にかかったカーテンも本当は石膏ででも出来ているのかというくらい微動だにせず。そよりとも風が吹かない日だった。

 

その暑さの中、午前中から忠正の病室は賑やかだった。

フィオナ、サラ、パトリツィアの三人娘がお見舞いにやってきたのだった。

忠正の顔を見るなり泣き出したサラをフィオナが必死になだめている間にパトリツィアが説明した話によると、忠正達が夜中に〝白鷲〟の船で首都城塞に戻ったのを見送った後、別荘ではなくエルザが手配した港近くの宿で夜を明かした三人は流石にバカンスを楽しむような状況ではなくなり、結局その日の午後の定期便で忠正の後を追うように首都城塞へと戻ってきたのだという。

昨日の夜になってエルザから忠正が意識を取り戻した事を知らされたサラが、フィオナとパトリツィアを誘って病院へ行くことになり、今に至る。という事だった。

 

「でも、本当に良かった……タダマサが助かって」

 

もう何回目かという言葉だったが、まだ目に涙を浮かべながら言うサラに、流石の忠正も困ったように頭を掻いた。

 

「いや、さっきも言ったように自分の油断から怪我をしただけだし、そもそもサラを無傷で助けられた事が一番大事なんだから、気にする事はないよ」

「でも、あたしのせいでそんな怪我までさせちゃって……」

 

また泣きそうになるサラの背中を今度はパトリツィアが雑に撫でながら、いつもの感情の起伏の無い口調で言う。

 

「そもそも、なぜサラが拉致されなければいけなかったのかしら。私たちはただ肝試しをしていただけなのに命の危険に晒されるなんて、エドワーズ島って治安が悪いのね」

 

もっともな意見だった。

人気のない夜の森など、年頃の女が一人でいていいわけがないが、リゾート地の、しかも別荘があるようなエリアとなれば話は別だ。

普通、女子を襲おうとするような輩はそんな場所にはいない。

もっと繁華街の人目につかない裏路地や、深夜まで営業している酒場の近くなどの方が〝悪さ〟をするにも都合がいい。

森の奥の肝試しにも使えるような人気のない場所というのは、はっきり言って効率が悪いのだ。

 

この質問がくることはあらかじめ想定出来ていたので、昨日の時点でエルザと答えを考えてあった。

 

「あの島でバカンス中の貴族を相手に密輸品や違法に入手した美術品を不法に売る奴らがいてね。その取引に使われていたのが、キミ達が肝試しに使おうとした炭焼き小屋だったんだ。サラはその現場近くを運悪く歩いていたので、攫われてしまったのだろうな」

 

パトリツィアは「ふうん」と気のない返事を返すと、皮肉たっぷりの口調で言った。

 

「それで、たまたま現場に居合わせたあなたがサラを助けた、と?」

「た、たまたまじゃないさ。実は密輸商たちの捕縛がそもそものオレ達の任務だったんだ」

「一般人に紛れて、バカンスのふりまでして?」

「もちろん、奴らに警戒されないように」

「海軍であるあなたが?」

「密輸品の取締りは海軍の仕事の範疇だからね」

 

パトリツィアはもう一度「ふうん」と返事をしたが、ふっとため息を漏らした。

 

「まあいいわ。そういう事にしておく」

 

なんともドライな反応のパトリツィアを横目に、サラは恐縮しきりだった。

 

「タダマサは命の恩人だよ。母さんからもくれぐれもよろしく伝えておいてくれって。あ、これはその母さんから」

 

そう言いながらサラは持ってきていた大きなバスケットから、つい先ほど出来上がったばかりであろうミルクリゾットの入った器を取り出した。

リゾットらしからぬ米の粒を形が無くなるほどに潰して煮込んであるそれは、もはや重湯に近い感じすらするが、ついこの数日前には横腹に穴が空いていた忠正にはまさにうってつけのメニューだった。

 

「さすがハンナさんだな……」

 

素直に感心してしまって言葉が出た忠正に、ようやくサラは笑顔になった。

 

「退院したらまたお店に来てよね。その時は最高のおもてなしをさせてもらうから!」

 

そう言って柔らかな表情で微笑むサラの雰囲気が、以前のものと少し変わっているのを敏感に感じ取ったフィオナは何か言いたそうにしたが、何も言わずに僅かに目を伏せた。

そんなフィオナの様子を忠正はそっと盗み見るように確認していた。

結局、その日のフィオナは終始元気がないようだった。

 

 

 昼前に三人娘は帰って行き、病室はいつもの静けさを取り戻していた。

まるで祭りの後の静けさのような寂しさを感じつつ、忠正は昨日のエルザの話を思い出していた。

ジョアンが退室した後にエルザが語ったのは、フィオナの事だった。

忠正とルシルが炭焼き小屋で刺客たちと炎の中で燻り出しの一連のやりとりをしていた時、別荘に戻るはずだったエルザ達は何者かに襲われていた。

そしてエルザは早々に気を失ってしまったのだが、次に目を覚ました時に見たのは、草むらに座り込むフィオナを守るように、パトリツィアが謎の女剣士と対峙している姿だったという。

その後、エルザが発砲したこともあってその剣士の撃退には成功したものの、その引き際の見事さと用意周到さから見ても、間違いなくそういった荒事を生業としている者の仕業だとエルザは確信していた。

 

『フィオナさんは何者かに命を狙われていたのかもしれません』

 

エルザが神妙に語った言葉が、今も耳にこびりついて離れない。

確かにこんな話をジョアンの前でする事はできなかっただろう。

もちろん犯人の真意や本当にフィオナを狙っての犯行なのかがわからない状況で軽々しく口にすることは出来ないという意味もあるが、万が一にでもジョアンが仕組んだ事という可能性だってある。

自分の娘の命を狙うなどあってはならない話ではあるが、それを否定できるだけの情報や確証もないのも事実だ。

 

頭の良いエルザがわざわざジョアンのいない場所を用意してでもその話をしたのは、そういう背景があっての事だろう。

自分の命が狙われたという事を知っていたからなのか、今日のフィオナは元気がなかったし、サラやパトリツィアに比べると口数も圧倒的に少なかった。

本当に命を狙われたのならば、当然フィオナは怯えているだろうし不安にもなっているだろう。

当人に直接話を聞きに行くというのも一つの方法だが、それには自由に動けるくらいには体が回復している必要がある。

 

 そして、もう一つ忠正には気になる事があった。

それは謎の女剣士の正体ももちろんそうなのだが、それ以上にパトリツィアの事だった。

エルザの話によれば、パトリツィアは剣士に対して武器の一つも持たずに両拳を構えて対峙していたという事だった。

その上、逆上した様子で襲い掛かる剣士の攻撃を器用に避けていたというのだ。

そんな事があり得るだろうか。

 

不意に襲ってきた剣を持った相手に対して、いくら両親が軍部の所属とは言えただの女子学生が無手で対応するなど到底考えられない。

特別な訓練を受けている自分やエルザだとしても、武装している相手に無手で向かっていき攻撃を凌ぐというのは難易度が高い。

あの飄々として人を食ったような態度と、大人顔負けの物言い。

明らかに普通の女子学生ではないという気もするのだが、だからといってあの三人娘の仲の良さそうな雰囲気からいっても、どこかの組織に属する間者というのも考えづらい。

 

それに、もしもそうであったとしてもフィオナを守るように立っていたという行動の意味がわからない。

もしや命を狙われているフィオナの身を守る為に、誰かがパトリツィアを学生に偽装させて潜り込ませているのだろうか。

 

 

「あー。だめだ。考えがまとまらない」

 

普段から冷静さを売りにしている忠正にしては珍しく声を上げて頭を抱えた時、一昨日のテディーの時と同じようにノックもせずに病室のドアが開いた。

この国では部屋に入る時にノックをするというマナーが廃れてしまっているのだろうか、と思いながらドアの方を見る。

 

そこにいたのは見たこともない怪しい人物であった。

初めてティア・スリザーを見た時も怪しいと思ったものだが、それとは似て非なる怪しさを持つ女性が立っていた。

濃い緑色の長いローブとそれと同じ色のフードを頭からすっぽりと被り、テディー・アデレードと同じような丸眼鏡の下の瞳は光が反射していてこちらからは見えない。

やや褐色の肌の色に化粧っけのないその顔は、幼いようでいてそれなりに妙齢のような不思議な雰囲気を持っており、年齢が全く想像できない。

背が低く線の細い印象だが、その長いローブ姿も相まってなんとなく絵本に登場する魔女のようにも見える。

その魔女は忠正を見ると、口元にニヤリと笑いを浮かべて言った。

 

「ほー、思ったより元気そうじゃないか。うんうん、薬はしっかりと効いたようだね」

 

言いながら遠慮もなしに部屋に入ってくると、ベッド横の椅子に断りもなく座ると、頭から被ったフードを下した。

緑色のボサボサの髪を薄い黄色のリボンで二つ結びにしており、耳元にはドクロをモチーフにしたピアスらしきものが異様な存在感を放っている。

女性は忠正の手を取ると脈を計ったり、手のひらを見たり、腕を上に持ち上げてみたり、忠正にすると何の意味があるのかわからない行動を繰り返したが、どうやら何かの観察をしているようであった。

 

「あ、あの?」

 

戸惑いながら声をかけると、女性は忠正の目を覗き込みながら言った。

その行動でわずかに眼鏡の向こうの目が見えたが、薄い緑色の瞳が好奇心で輝いているのが見て取れた。

 

「ふむ、眼球にも充血などは見られない、と。もう少し薬効成分を強くしてもよかったかもしれないね」

「あ、あの……?」

 

忠正がもう一度声をかけた時、廊下からパタパタと足音が聞こえてきて、医師であるテディー・アデレードが部屋に飛び込んで来た。

 

「メネシスさん! 勝手に行かれてしまっては困りますよ!」

 

メネシスと呼ばれた魔女はテディーの方を向くと、先ほどと同じように口元に怪しい笑みを浮かべた。

 

「別に勝手でもなんでもないさね。自分の薬を投薬した被験者の様子を見に来ただけだもの」

「被験者って……実験じゃないんですから。もう、ちゃんと入館許可を取ってください! 一応、病院にもルールがあって……」

「はいはい、まったく五月蠅いこと……。それはそうと、鉛中毒の心配はなさそうだね。一応用心の為にエチレンジアミン四酢酸を用意して来たけれど、使う必要はなさそうだ。それにもともと体力もあるんだろうね。もう少し様子を見る必要はあるけれど今日まで大丈夫なんだから敗血症にもならないと思うよ。骨折がなかった事はせめてもの救いだったね。骨折を伴えば治療も難しくなるし、完治まで時間もかかるから」

 

一気に言い切ってから忠正の方をもう一度見た女性は、ようやく忠正の手を離した。

その様子を呆れ顔で眺めていたテディーだったが、戸惑う忠正の顔を見てあわてて言った。

 

「あ、すみません。ご紹介がまだでしたね。こちらの方はメネシスさんです。私の医学の先生で、一応この病院の顧問薬剤師の方なのですが……」

 

顧問薬剤師というあまり聞きなじみのない言葉ではあったが、メネシスのローブからかすかに立ち上る薬品の匂いから、その言葉には説得力があった。

メネシスは椅子から立ち上がると、忠正の方を見ながらややぶっきらぼうに言う。

 

「あたしは薬剤師なんてものになったつもりはないけれど。たまたまあんたが運び込まれた夜にこのテディーと一緒にいたから、薬を調合してやったに過ぎないんだ。まあ、体調に違和感が出ればテディーに言いな。あたしの興味が沸くような症状だったら薬を用意してやるから」

 

突然現れてやりたい放題、言いたい放題、そしてこの独特な雰囲気と態度から、かなり気難しい人物なのだろうと忠正は感じていたが、それでも自分の治療をしてくれたのは間違いないようだ。

 

「ありがとうございます。お陰で命を繋げました」

 

それは忠正の正直な気持ちだった。

礼を言われたメネシスは若干ばつの悪そうな顔をしたが、手をひらひらと振ると何も言わずに部屋から出て行ってしまった。

 

「すみません、嵐のような方で……」

 

テディーが頭を下げたが、忠正は笑って言った。

 

「いいえ。ご本人は薬剤師ではないと仰っていましたが、何か研究などをされている方なのでしょうか。薬の知識も深そうだし、薬品の匂いをまとっていらっしゃいましたが」

 

テディーは小さなため息を漏らしながら言う。

 

「普段は化学(リバイテック)の研究をされている方なんです。それもあって薬学にも明るくて、この病院でも色々と助けていただいているんです」

「化学(リバイテック)ですか……」

 

化学は十年ほど前に社会的にも学問の一つのジャンルとしてようやく認知され始めたものだった。

忠正の故郷スィーズランドのリーデン学術院という大学に在籍する化学の祖と言われるガレリア・ガリネシスという研究者が広めた学問で、物質の構造や相互作用などを調べる分野という事は知っているが、具体的な中身については実は忠正もよくわかっていない。

まだまだ世間に広まっている分野ではないものの確実に評価され始めた学問で、つい最近は今までよりも数倍効率的で持続性の高い明るさを引き出す燐光灯の触媒などを発見、開発したのは化学の研究者だった。

 

「いつもは森林区の研究所(ラボ)に籠っていらっしゃるので、こうして街に降りてくる事自体本当に珍しいんです。きっと、あなたの容態が気になっていたんですね」

 

微笑みながら言うテディーに、忠正は頷いた。

 

「少し変わっているけれど、悪い方ではなさそうですね」

「うふふ」

 

テディーは目を細めて笑った。

 

「さあ今日の診察をしちゃいましょうか。傷口が癒着しないように包帯も替えないと」

 

嬉々として包帯を解いていくテディーに、忠正は苦笑いを浮かべた。

早く退院して調べたい事がたくさんある。

海軍を陥れようとしている者の正体もそうだし、忠正に直接関わる事ではないがフィオナの事も気になる。

パトリツィアとももう一度ゆっくりと話をする必要があるだろう。

傷口に軟膏を塗られる痛みに耐えながらも、忠正の目は生気に満ち溢れていた。

 

 

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