続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【26】三人娘の収穫祭①

 八月をまるまる病院で過ごした忠正は、少しだけ暑さの和らいだ九月の朝の空気を吸い込みながら国立公園の外周を走っていた。

思いのほか長引いた入院生活ですっかりなまってしまった体に活を入れるべく、早朝のランニングから始めたのだが、二キロも走らないうちに息が上がってしまい体力の衰えに自分自身が一番驚いていた。

ペースを落としながらもなんとか一周を回ったところで、ベンチに腰かけて休んでいると、どこで嗅ぎつけてきたのか早朝とは縁のないはずのルシル・ルシラ・ド・ベルヴィラが早足でこちらに近づいてくるのが見えた。

背が高くこの国ではあまり見かけない褐色の肌と銀色の髪は、遠くからでもよく目立つ。

 

 ルシルは忠正の隣まで来ると不機嫌そうな声で言った。

 

「よう。病み上がりがふらふらと出歩くなよな。探す方の身にもなれって」

「こんな朝早くから何の用だい?」

 

明るい表情の忠正に、ルシルは軽くため息を吐きながらぶっきら棒に言った。

 

「エドワーズ島で拘束した殺し屋の一人な。あれ、今朝独房内で死んでいたぜ」

 

その言葉に忠正の顔ににわかに緊張が走った。

 

「……死因は」

「クロスボウで頭を射抜かれていた。一発的中」

「拘束場所はどこだったんだっけ?」

「オレのブルー・セレンディバイド号の船内の牢屋だ」

「!? 〝白鷲〟の旗艦じゃないか。ブルー・セレンはどこに停泊を?」

「ここ一ヶ月はドルファン港の外れの方の桟橋にずっと停船している」

 

そこまで聞いて忠正はルシルが不機嫌な理由がようやく理解できた。

自分の家とも言える足元の船に忍び込まれ、拘留していた男を容易く暗殺されてしまったのだ。

警備体制がどうだったか等は、事が起こってしまった以上、今検討する事ではない。

問題は殺し屋がなぜ殺されたのかという事だ。

 

「口封じか?」

 

忠正が自分の考えを述べると、ルシルは苦虫を嚙み潰したような顔で言った。

 

「それ以外考えられないが、少し時間がかかり過ぎな気がする。あいつを拘束してからもう一ヶ月は経っている」

「……場所の特定に時間がかかったのかもしれない。それに、殺し屋の内生き残りがいるなんて事は向こう側も知らなかったはずだからな」

「だとしたら、敵さんはこっちを監視し続けていて、調査し続けているって事だ」

「……なんとも執念深い話だね」

 

忠正は目を閉じてこめかみのあたりを指で揉んだ。

敵対勢力が何者なのかまだ目星もついていないが、相手は間違いなくこちらの行動を観察しており、そして行動に移せばかなりの手練れの者を動かす事が出来るという事だ。

 

「あまり悠長に構えていられないかもしれないな」

 

忠正が言うと、ルシルは心底うんざりしたような口調で答えた。

「まったく、陸にいるとロクな事がないぜ」

 

 

 敵対勢力の調査、しかもそれが同じドルファン国内の勢力かもしれないというなんとも気の進まない調査を本格的に開始した忠正ではあったが、それはあまり大っぴらに出来るものではない。

ジョアンが個別に調べ始めてくれているという事だったが、それだけを頼りにするというのは忠正の信条に反する。

かと言って今の海軍には信頼できる人手が余っているわけでもなく、結局は忠正、エルザ、ルシルの三人で地道な調査をせざるを得ない状況であった。

せめて海軍以外の軍部の中でこちらに協力してもらえるような仲間がいれば、もう少しましな調査が出来るのだが、事はそう簡単には動かず、時間だけが過ぎて行ってしまっていた。

 

 なんの進捗もないまま一ヶ月近くが経っており、浮かない表情の忠正とまるで正反対のように、街を行く人々は一様に明るい表情をしていた。

そんな浮かない表情のまま『かもしか亭』のカウンター席で夕飯を食べていた忠正に、店主のハンナが声をかけた。

 

「うちの料理をそんな仏頂面で食べて欲しくないんだけどね」

 

フォークでペンネをつついていた忠正は慌ててそれを口に運ぶと、作り笑いを浮かべた。

 

「いや、美味しいです!」

 

ハンナはそんな忠正の態度に呆れたように言う。

 

「そんな神妙で疲れた顔して、仕事が忙しいの? 街はすっかりお祭り気分で浮かれているっていうのに」

「お祭り……ですか」

 

きょとんとした顔の忠正に、テーブルの食器を片付けていたサラが声をかける。

 

「タダマサ、知らないの? 明日は収穫祭だよ」

「収穫祭?」

「そう! 今年の収穫に感謝する為のお祭りだけど、まあ、実際は収穫とは何の関係もないイベントを楽しむだけなんだけど」

 

楽しそうに喋るサラの声は明るく弾んでおり、祭りを楽しみにしているのが伝わるようだ。

遅々としてすすまない調査進捗に辟易としていた忠正だったが、そんなサラの様子に若干興味を持ち始めていた。

 

「収穫とは関係ないイベントって、どんなことをするんだい」

 

忠正が言うとサラは待っていましたとばかりにカウンターの横に軽やかな足取りですり寄ってきた。

 

「よくぞ聞いてくれたわね。収穫祭では、剣術大会と馬術大会が開かれるんだ!」

「本当に収穫とは何の関係もないな……」

「まあ、いいじゃん。これが結構盛り上がるんだよ。馬術大会はさておき、やっぱり剣術大会は収穫祭の華! 運動公園のスタジアムが満席になるほど人気があるんだよ」

 

「へえ」と相槌を打ちながらも忠正の興味は急激にしぼんでいった。

強い剣士に興味がないわけではないが、正直今はそれどころではない。

だが、サラはきらきらと輝く目で忠正をみつめていた。

 

「ねえ、タダマサも参加しなよ! 絶対にいいところまで勝ち進めると思うし、なんなら優勝だって……」

 

この話が始まった時からそういう方向に話が進むだろうと予想していた忠正は、ペンネを食べながら苦笑いを浮かべた。

 

「いや、まだこの前の傷が完治したわけではないからね。興味がないわけではないけれど、遠慮しておこうかな」

「えー……」

 

がっかりとした顔をするサラに罪悪感を覚えないわけではないが、その怪我というのがサラを助けた時に負ったものである以上、彼女がこれ以上参加を無理強いしないだろう事はわかっている。

自分の剣術がどれくらい通用するのかというのは一人の騎士として興味はあるが、それよりも海軍の事を重要視している忠正は、今は目立つようなことは避けるべきだと思っていた。

正直怪我はもう完治しているし、体力も大分戻ってきているが、だからこそ監視されている可能性がある以上は慎重な行動が必要だ。

 

 そんな事を考えていると、ハンナがカウンター越しに焼き立てのりんごのパイを差し出した。

 

「はい、また神妙な顔してる。これはサービスしてあげるから、ご飯を食べている時くらい肩の荷を下ろしなよ」

 

忠正はしまった、と思いながらバツの悪そうな顔でパイの皿を受け取る。

 

「すみません、ハンナさん」

「軍人さんっていうのは大変だね。でも気分転換も大切だと思うよ。せっかくのお祭りなんだし、剣術大会に参加しなくても、息抜きがてらに祭り会場には行くといいよ」

 

そう言いながらハンナはサラの方をちらりと見た。

 

「キミと一緒にお祭りに行きたがっている娘もいる事だしね」

「か、母さん!」

 

突然の事に顔を赤くしたサラが慌てて声を上げる。

それを面白そうに眺めていたハンナだったが、りんごのパイにナイフを差し込んだ忠正の方を向いて言う。

 

「収穫祭には決まりがあってさ。祭り会場には必ず二人一組で行かなければいけないんだ。そして、その同伴者とは一緒に行ってはいけない」

 

爽やかなりんごの甘味とそれを引き立てるカスタードクリーム、そしてパイ生地の濃厚なバターの風味が見事に調和したパイに舌鼓を打ちながら、忠正は首を傾げた。

 

「どういう事です?」

 

それを見てハンナはからからと明るく笑った。

 

「なんて事はない、祭り会場の手前で一緒に行きたい人に声をかけて行くというのが習わしなのさ。半ば形骸化しているようなものだけれど、人が多いから時間と場所、当日の服装くらいは事前に話しておいた方がいいよ」

「母さん……もぉ!」

 

サラは不満そうに声を上げたが、赤い顔のまま忠正の方を見た。

そして小さく咳払いをして言った。

 

「ま、まあそんなわけだから、明日一緒に収穫祭に行こうよ。剣術大会にはパトリツィアも出場するって言うから、その応援も兼ねてさ」

「オーエンズさんが? 女性でも参加できるのか?」

「うん。剣術大会自体は誰でも参加できるよ。女性の参加者なんて例年ほとんどいないけれど」

 

パトリツィア・オーエンズとは一度話をしてみたいと思っていたし、エルザの話を信じるなら彼女は無手で剣士に立ち向かっていたという事だ。

その実力の程を見極める事が出来るなら、それは何かの糸口になるかもしれない。

俄然興味が湧いてきた忠正はりんごのパイの最後の欠片を口に放り込むと、ゆっくりと余韻を味わってから頷いた。

 

「わかった。明日、一緒に収穫祭に行こう」

「ほ、本当に!?」

「ああ」

「やったー!」

 

はしゃぐサラを横目にすでに別の何かを考えている忠正の横顔を見て、ハンナは困ったようにため息を吐くのだった。

 

 

 

 次の日。

約束の時間にサウス・ドルファン駅前にたどり着いた忠正は、その人の多さと賑わいに驚きを隠せないでいた。

五月祭や夏至祭も賑わってはいたが、収穫祭はそれの比ではない。

五月祭と同じ牧歌的な祭り衣装に身を包んだ女性たちの集団が一様にそわそわと黄色い声を上げており、それを男たちが遠巻きに囲みながら、誰に声をかけるのか、どうやって声をかけるのかで盛り上がっている。

そんな人々の周りにはいかにも祭りらしく飲食店の屋台や雑貨などを扱う露店の数々が並び、どの店も威勢よく客引きの声を上げている。

無事にパートナーを見つけた人々はサウス・ドルファンから運動公園へと移動するようで、腕を組んだ仲睦まじいカップルもいれば、年季の入った夫婦もいるし、中には友達同士なのか同性の二人連れなどもそれなりの数が見受けられた。

まだ昼の早い時間だが豪快に酔っぱらっている男や、なんでもいいから祭りの雰囲気を楽しみたい人なども入り乱れて人がごった返しているが、どの人々も一様に楽しそうだ。

 

「結構、なんでもありなんだな……」

 

忠正は一人、そんな事を呟きながら、サラとあらかじめ打ち合わせていた場所へ急いだ。

駅前を少し外れた広場の隅にある噴水の方へ行くと、祭り衣装でめかしたサラが落ち着かない様子で人込みの中に立っているのをみつけた。

 

「サラ!」

 

忠正が声をかけると、サラはパッと明るい表情で手を振った。

 

「えへへ、ちゃんとみつけてもらえたね」

 

サラはいつもよりも念入りに櫛を通した前髪を、いつもの布のカチューシャではなく、祭り衣装の明るい黄色いスカーフを絞ってカチューシャ代わりにして上げている。

普段化粧っ気のまったくないサラだが、今日はほんの少し化粧をしているのが鈍感な忠正でもわかった。

 

「えーと……」

 

五月祭の時は単純に祭り衣装が似合っていたので素直にそれを口にできた忠正だったが、今日はなぜかそれを口にするのがはばかれて、口ごもってしまった。

 

「そ、それじゃ運動公園へ行こうか」

「うん!」

 

それでも上機嫌なサラの様子に、忠正はほっと胸を撫でおろした。

 

 

 露店の冷やかしなどをしつつ運動公園にたどり着くと、スタジアムはすでに多くの観客で賑わっており観客席の空き席もまばらな状態だった。

座れる場所を探していると、少し先に並んで座れそうな場所があった。

すでに座っている客たちの前を通り抜けて席に座った二人だったが、隣の席からの「あ……」という声に顔を上げて驚いた。

その声の主はフィオナ・ロベリンゲだったからだ。

フィオナは五月祭と同じ薄いピンクのスカーフを肩にかけて、一人で座っているようだった。

 

「やあ、フィオナも来ていたのか」

 

屈託のない笑顔で挨拶をする忠正に、フィオナは若干戸惑い気味に答えた。

 

「こんにちは……。……サラも」

「う、うん。フィオナは一人……?」

 

サラが言うとフィオナは小さく首を振った。

 

「パティと一緒よ。もっとも、パティは剣術大会に参加するから今は別行動だけれど」

「そ、そっか。じゃあ一緒にパトリツィアの応援をしよう」

 

どこかぎこちない様子で言うサラに、フィオナはちらりと忠正の顔を見た後に控えめな声で言った。

 

「……お邪魔でなければ」

 

その言葉にサラは頬を赤らめながら慌てて言う。

 

「そ、そんなわけないじゃんか! なあ、タダマサ!」

「うん? もちろんだよ。オーエンズさんがどんな活躍をするのか楽しみだよ!」

 

あっけらかんと言う忠正の態度に、サラとフィオナはお互い気まずそうに目を逸らしたのだった。

 

 

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