続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
忠正はフィオナとサラの間に挟まれるように座ると、観戦の暇つぶしの為に売り子を捕まえて紅茶を買った。
簡易な紙のコップに銀のポットから注がれた紅茶は湯気を立てる熱さだけはそれなりだったが、茶葉からは香りが飛んでしまっており苦味だけは人一倍と、一口すするだけで顔をしかめてしまうようなものだった。
ただ、その不味さゆえに長持ちはしそうだと考えていると、ほどなくしてスタジアム全体に響き渡る鐘の音が鳴り、まわりの人々から大歓声が上がった。
「始まるよ!」
右隣のサラが言うと、競技場内の左右の入口からそれぞれ剣士が現れてゆっくりと歩いていくと、会場の中央で対峙した。
どちらも鎧や防具などは身につけておらず、普段着のような恰好に手に木でできた剣を持っている。
「木剣を使うのか?」
忠正が言うとサラが頷いた。
「うん。母さんが若い頃は真剣を使っていたみたいだけれど、十数年前からは武器は木で出来た大会支給品を使うようになったんだって」
「ふうん……」
これでは剣術大会というよりは剣技大会だと忠正は思ったし、参加しないでよかったとも思っていた。
レイピア使いである自分が、一般的なブロードソードを模した木剣で戦っている姿が想像出来なかった。
入口で配られたパンフレットによると、一回戦はともにドルファン陸軍所属の剣士のようだった。
審判と思しき男がハンドベルを振り鳴らすと、二人の剣士は木剣を激しく打ち合わせた。
四、五回お互いが打ち合い、乾いた木と木がぶつかる音がスタジアムに響き、その都度観客達が大きな歓声を上げる。
忠正は何がそんなに群衆の興奮を引き立てているのかわからなかった。
二人の男の剣術は言ってしまえば並であり、特別何かを言うような気にもならないような凡百の騎士達と変わらぬ腕前に見える。
これが近隣諸国の中で陸戦最強と謳われるドルファン国軍なのか、と思うと不味い紅茶の効果も相まって深いため息が漏れた。
どちらの剣士が勝っても面白くもなんともない、と忠正は半ば冷めた目で見ていたが、隣のサラはやや興奮気味に歓声を送っているし、逆隣りのフィオナはまるで自分の家族が戦っているかのような心配顔で試合に見入っているようだった。
そんな試合が二試合程続いた後、観客席は今までにない大きな歓声に包まれた。
退屈そうに見ていた忠正も、これには思わず身を乗り出した。
観客席の多くの女性と同じ祭り衣装に身を包んだ若い女が、木剣を片手に進み出てきたからだ。
大歓声を意にも介さず、澄ました顔で歩いていくのはパトリツィア・オーエンズその人だ。
「パトリツィアー! 頑張れーっ!!」
サラが隣で大きな声で叫ぶ。一方のフィオナは胸の前で指を組み、先ほどよりもより一層の心配そうな顔で食い入るようにパトリツィアをみつめていた。
パトリツィアの対戦相手は軍人ではないものの、街の剣術道場の門弟の中年の男性だった。
男は対戦相手がパトリツィアだとわかると苦虫を嚙み潰したような顔をしつつ、肩をすくめてみせた。
戦う前から勝利を確信しているような素振りだ。
パトリツィアと男は中央で対峙し、お互いに木剣を構える。
パトリツィアは何の変哲もなければ捻りもない、足を小さく前後に置き、剣をへその前に両手で持った中段の構えを取ったのに対し、男は剣を持った右手を前に体を半身に引いた構えだった。
「あれじゃ勝負にならねぇな!」
忠正の後ろの席で気持ちよく酔っぱらった大男が大きな声で笑い飛ばし、サラは不服そうな表情をしたが、実はその心情はその大男と同じだった。
サラはパトリツィアが戦っている所を見た事がない。
フィオナが襲われた時にサラは忠正達を狙った暗殺者に拉致されていたし、そもそもフィオナが襲われた事を知りもしない。
パトリツィアが戦える事を知らないサラにとって、この剣術大会への参加は、お祭り故の記念参加程度の意味しかないという認識なのだ。
それはパトリツィアと対峙している男にしても同じだった。
祭り衣装の女子学生が剣を振るえるなど、夢にも思っていない。
例え学校で教えられて多少の剣の心得があったとしても、剣術道場の門弟である自分に敵うはずがない。
そんな油断というよりも、もっと一般常識に近いような当たり前の感覚で試合に望んでいた。
ルールで寸止めする事が決められている。
美人で澄ました顔をしているこの女子に、多少怖い思いをさせてでも恐怖に歪む顔をさせてやろうという下衆な思考に至った男は右手の木剣を握った手に力を込める。
割れんばかりの大歓声の中、審判が試合開始のハンドベルを打ち鳴らした。
次の瞬間、会場の時間は確かに一瞬静止した。
そして止まった時間の歯車が再び動き出すように、割れんばかの歓声が会場中に響いた。
パトリツィアの剣は男の喉元の一センチ手前でピタリと止まっていたのだ。
勝利を確信していた男はがっくりと膝をついてうなだれた。
試合開始のベルと同時に男はパトリツィアの左肩から心臓へかけての右袈裟斬りをしかけようと剣を振りかぶっていた。
確かに油断はしていたし、負けるはずがないと思っている男の動きはやや大袈裟ではあったが、そこは剣術道場の門弟。それなりに隙の少ない素早い振りかぶりではあった。
だがパトリツィアはそのわずかな隙を見逃さなかった。
正面に構えた中段の構えの剣が最速で敵に届くには、単純に真っすぐ、剣を伸ばして突けばいい。
剣術をかじった事のある者ならば誰でもわかるその理屈だが、突きという技はシンプルだがだからこそ人々が思う以上に難しい。
狙った場所を狙った通りに突くというのは非常に困難で、ましてや相手が動いているのならば尚更だ。
しかし、パトリツィアはやってのけた。
男が振りかぶったほんの一瞬の隙に流れるような足さばきで一歩前へ。そして自然で一切無駄のない動作で曲げていた肘を伸ばし、剣先を相手の喉元へと突き入れる。
そして寸止め。
まさに刹那の瞬間に芸術的ともいえる突きを繰り出したパトリツィアに、観客は呼
吸を忘れて息を飲み、そしてその行動を理解したのと同時に大歓声を送っていたのだった。
まるで決勝戦の決着がついたかのような歓声の中、パトリツィアの初戦は大方の予想を裏切って白星となった。
忠正は拍手を送りながらも冷静な目で彼女の技を分析していた。
確かに見事な突きではあったし、無駄のない素晴らしい動きだった。
一介の女子高生にしては出来過ぎているくらいの技ではあったのだが、剣術大会に出場するような腕自慢の中では恐らく平凡な腕前だろうと忠正は受け止めていた。
若い女性であることと、人目を引く祭り衣装という事もあり、相手の男は完全に油断していた。
注意力を欠いていた男を相手に、剣術を真っ当に鍛錬してきた者ならば大抵の人間があの程度の動きは出来るだろう。
それに剣術に自信のある者ならば、男の斬撃をあえて受けた上でカウンターの攻撃を繰り出した方が確実だった。
あの一撃で見極められるものではないが、パトリツィアは剣術に関しては人並みかそれに毛が生えた程度の腕前かもしれない。
それでもあの相手の攻撃の起こりを的確に見極めて相手に行動をさせつつ、その先を取って突きが放てたという事。
「圧倒的に“目”がいいな」
独り言を吐いた忠正の肩をサラがバシバシと叩きながら興奮気味に言う。
「すげえ! 見たかよ、パトリツィア勝っちゃったよ!!」
忠正はその叩かれた肩への力強さに苦笑いしつつ答えた。
「ご両親が軍人というのは伊達じゃないみたいだね。見事な勝利だった」
「そうだよね! パトリツィアがあんな風に剣を使えるなんて思ってもみなかったよ!」
まくしたてるサラとは対照的に、反対に座るフィオナは静かだった。
まるで勝つのが当たり前といったような様子で、歓声を上げて興奮する観客達の中で彼女の落ち着きは若干異様に見える。
──フィオナはオーエンズさんの実力を知っているのか?
忠正は複雑な心境を抱えつつ、不味い紅茶を飲み込んだ。
それから数試合が続き、パトリツィアの第二戦が始まった。
相手はコバルトブルーの軍服を纏った、ドルファン陸軍の正規軍人だった。
第一試合の印象もあり観客達の大きな歓声が響く中、相手の軍人とパトリツィアは数回撃ち合った。
相手の軍人はなかなかの腕前で、パトリツィアの事前の試合を見ていたのか、その攻撃に油断や慢心は見受けられなかった。
全力の攻撃を仕掛ける男に対し、流石に分が悪いのかパトリツィアは防戦に回る機会が多くなっていく。
忠正には明らかな剣術の練度の違いが見て取れた。
「ああ! 頑張れ、パトリツィア!」
サラが悲壮な声を上げる。
忠正は隣のフィオナの表情を盗み見たが、旗色の悪さを目の当たりにしてか、食い入るようにパトリツィアを見つめるその表情は心配そうであった。
ついにパトリツィアは防戦一方となり、負けるのは時間の問題のように思われた。
男の渾身の横一文字に薙ぎ払った一撃をしゃがんで躱したパトリツィアは、そのままバランスを崩したように地面に前のめりに倒れこんだ。
「パトリツィア!!」
誰の目にも彼女の敗戦が確実に見えたその瞬間、パトリツィアは祭り衣装の長いスカートを大輪の花のようにひるがえし、地面に木剣ごと両手をつくなり左右の足を大きく振り回して独楽のように回転した。
その突飛な行動に虚をつかれた男は、振り回したパトリツィアの足に見事に足元を掬われて無様にも尻もちをついて転んでしまった。
当のパトリツィアは回転の勢いを上手く利用してすでに立ち上がっており、転んで体制を崩した男の鼻先に木剣を突き付けていた。
審判がパトリツィアの手を高く掲げてハンドベルを打ち鳴らす。
一瞬で入れ替わった状況に、観客たちはまたも大きな歓声を上げた。
「やった! また勝った!!」
サラが大きく手を上げて喜ぶと、今度はさすがのフィオナも立ち上がって拍手を送っていた。
忠正も空気を読んで立ち上がって拍手を送ったものの、頭の中では至極冷静に今の動きを分析していた。
まるでサーカスの軽業師のような、躍るような身のこなしだった。
あの身軽さと確実に狙っていたであろう足払い。
祭り衣装のスカートという動きづらい恰好にもかかわらずあそこまで動けるというのは、彼女の身体能力の異常なまでの高さと、仮に動きやすい服装であれば今見たもの以上のポテンシャルを発揮する可能性があるという事だ。
そうなるとパトリツィアは剣術よりも体術を修めている可能性が高い。
南欧を初めとしたこの欧州ではレスリングが一般的だが、彼女のあの足技はレスリングにはない動きだ。
もっと複雑な、古代キシリアで盛んだったというパンクラチオンが近いかもしれない。
軍人の娘というだけでそんなマイナーな体術を学んだりするだろうか。
疑問はつきないがパトリツィア・オーエンズという人物はその少女らしい見た目に反して、かなりの腕前を持った〝戦士〟であるという事を忠正は確信していた。
すっかり冷めてしまった不味い紅茶を飲み干し、先の失敗から次はコーヒーを買った忠正とフィオナとサラがパトリツィアの活躍について雑談を交わしていると、パトリツィアの三回戦の試合が始まる時間になった。
スタジアムの西側から登場したパトリツィアは、相変わらず大きな歓声に迎えられて入場してきた。
フィオナとサラも揃って彼女の名前を呼んで必死の声援を送っていたが、東側から対戦相手が登場すると二人は揃って声援を止めて顔を見合わせてしまった。
流石に不審に思った忠正が二人に声をかける。
「どうしたんだい? 知り合いか何か?」
その言葉にフィオナが明らかに青い顔をして小さく答える。
「え、ええ……」
歯切れの悪い言い方が気になり、対戦相手の方に目を向けた忠正は思わず眉をしかめた。
その対戦相手というのは、平均よりも身長が高いのだがとても騎士とは思えないような立派な腹をしており、それをかなり高級そうなシルクの真っ白な燕尾服で包んだ男だった。
パトリツィアよりもやや濃い金色の髪を肩上で切り揃えており、やや吊り上がった細い目は神経質そうな雰囲気を持っているが、上から見下ろすような視線がどこか傲慢そうだ。
剣術の鍛錬とは無縁そうなでっぷりとした巨体に乗っている顔は、忠正とそれほど変わらないだろう年齢を物語っている。
全く持ち慣れていなさそうな木剣を左手に持ち、明らかに場違いな燕尾服の胸元には、なにやらゴテゴテとした勲章がいくつもぶら下がっている。
こんな選手を今までの試合で見た覚えがない。
こんな違和感を巻き散らかす選手がいたら、一目で覚えてしまうはずだった。
そんな忠正の気持ちを知ってか知らずか、サラが今までのテンションが嘘のように静かな声で言った。
「ジュリアン……! あいつ、なんでこんなところに」
「ジュリアン?」
忠正の疑問形の言葉に、フィオナが青い顔のまま小さな声で答える。
「……彼の事は私もサラもよく知っています。名前はジュリアン・エリータス」
その言葉の持つ意味に、忠正は思わず驚きの声を上げた。
「エリータスだって!?」
「はい」
「それって……」
戸惑い気味の声を上げる忠正に、サラが若干声を荒げて言う。
「タダマサの想像通りだよ。あいつはエリータス本家のボンボン。つまり、フィオナの従兄弟だよ」
その言葉にフィオナは目を伏せるのだった。