続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【29】ドルファン海軍の出陣

 結局金にものを言わせたジュリアン・エリータスが剣術大会の優勝者に君臨して盛り上がった収穫祭の翌日、ドルファン海軍に所属する兵士全員にⅮ弐号発令、いわゆる招集命令が発令された。

忠正はもちろん、ルシルを始めとする〝白鷲〟の船長達全員が海軍本部に呼び出され、今回の任務についてのブリーフィングを行っていた。

 

 会議室の前方の壁に貼られたマルタギニア海全域の海図を指し棒で叩きながら、ジョアン・エリータスは大きな声で半ば叫ぶように声を上げた。

 

「諸君! 今回の任務はハンガリア軍艦隊の殲滅及びドルファンへの攻撃の阻止だ!」

 

興奮気味にまくしたてるジョアンだったが、すぐに冷静で事務的なエルザが説明を始めた。

 

「ハンガリア領カルタヘナ港近辺に潜伏している斥候の情報では、ハンガリア軍の艦隊勢力の大多数を占めると思われる数の戦艦がここ数日で出港準備をしており、近日中に出港の気配との事です」

 

いつものようにテーブルに足を乗せて態度の悪さは人一倍のルシルが、その姿勢のまま質問を挟んだ。

 

「ハンガリア艦隊勢力の大多数って話だが、どれくらいの規模なんだ?」

 

エルザは手元のファイルの資料をめくると、わずかに青い顔で言う。

 

「旗艦級ガレアス船の数は十。フリゲート艦三十、コルベット艦……およそ百」

 

その言葉にルシルと〝白鷲〟の船長達は身を乗り出した。

 

「おい、大艦隊じゃねえか。ハンガリアの本気って言ってもいい規模だぜ」

 

エルザは神妙に頷きながら続けた。

 

「艦隊規模は総数百四十程度ですが、いくらハンガリアと言えど全艦が軍艦ではないと思われます。半数以上は武装商船と推測されます」

「気休めにもならねぇな」

 

ルシルは半ば吐き捨てるように言う。

 

「それで、肝心のドルファン側の戦力はどうなっているんだ?」

 

その質問にはジョアンが答えた。

 

「まず、諸君ら〝白鷲〟が八隻。大型のガレオン船が五隻。フリゲート級は十八。コルベット級二十四、コルベット以下のスループが三十二だ」

 

白鷲の船は大きさと運用的にはフリゲート級に分類される。つまり、小型船も含めたドルファン海軍の戦艦数は九十隻足らずという事だ。

 

「おい!」

 

流石のルシルも苛立ちを隠さずに声を荒げた。

 

「絶望的な戦力差じゃねえか! 向こうのフリゲートは五十門からの大砲を積んでいるし、軽量なコルベットだって四十以上の砲を持っているだろうさ。片やこっちは二十程度の砲しか詰めないスループが半数を占めるんだぞ。ハナから勝負になりゃしねぇだろ」

「む……それは、そうかもしれんが、それでも全戦力、全艦隊を集め対抗するしか……」

 

迫力に圧倒されてジョアンは言葉を言い淀んでしまう。

 

 

 その様子を黙ってみていた忠正はおもむろに立ち上がると、首を傾げた。

 

「本当にハンアガリアはその規模の艦隊を用意しているんですかね」

 

さりげなく言った忠正に視線が一斉に集まった。

 

「どういう事だ、キサラギ君」

 

ジョアンが片方の眉を吊り上げながら言ったが、忠正は腕を組んで何かを考えながら答える。

 

「エドワーズ島の件もそうですが、いまいち諜報、斥候部隊の情報を信じられないんですよね。それにハンガリアがそれだけの部隊で攻撃を仕掛けると言うのなら、それは国を挙げての大侵攻ですよ。もっと情報が漏洩しそうなものだし、このタイミングでそれだけの戦力でドルファンを攻める必要があるのでしょうか」

 

斥候部隊が信じられない気持ちというのはジョアンも同じだったが、ハンガリアの侵攻意図については同意出来なかった。

 

「先日の交戦でこちらの戦力はある程度把握されているんだ。彼らがその情報を元に対策を打った上で総力戦を仕掛けてきてもおかしくないだろう」

 

やや苛立ちながら言うジョアンに、忠正は手を顎に当てながら答える。

 

「逆に質問なのですが、ハンガリアはこれだけの戦力を用意して何をしたいのでしょうか?」

「そんなものは決まっている! ドルファン首都城塞への侵攻、首都陥落による降伏を引き出す為だ」

「ズィーガー砲があるのに?」

「む……?」

 

忠正の言葉にジョアンは目をしばたかせた。

忠正は自分の考えを整理するように、その場を行ったり来たりゆっくりと歩きながらしゃべり続けた。

 

「敵国がドルファン首都城塞を攻略する為の難関は二つです。陸戦であれば鉄壁の要塞レッドゲート。海戦であれば海の守りの要ズィーガー砲。仮にハンガリアが大艦隊を率いて海からドルファンを攻略しようとするのなら、絶対にズィーガー砲をなんとかしなければならないはずなんです」

「それはそうだろうが、だからこそ戦力を集中してそれを突破しようとしているのではないか?」

「そう。それはそうなんです。ですが我々だって艦隊に対抗する為に海戦を展開しますよね。そうなればいかにハンガリアの艦隊とて無傷では済まないし、その上首都城塞手前でズィーガー砲の斉射にあえばそれこそかなりの痛手になります。仮にいくつかの船が港を抜けたとして、そこからドルファン城に攻撃を仕掛けて陸戦最強と謳われるドルファン陸軍と交戦するなんてとても考えられない」

「そのズィーガー砲を無力化する為の出兵というのは考えられないかね。今回の攻撃でズィーガー砲を潰し、次の出兵でドルファン首都城塞を攻撃する」

「だとしたら今回の出兵で艦隊の大半を参加させるわけにはいかないと思うんですよね。仮にここでズィーガー砲を無力化したとしても、いざ次に攻め入る時に船も戦力も無いのでは話にならない」

 

何かを確認するように淡々と語り続ける忠正の正論に若干押され始めたジョアンは、つま先で床を蹴り始めた。

 

「ズィーガー砲を攻略できるような兵器を開発したのかもしれんし、そもそも今回の艦隊も実は氷山の一角でその背後にはまだ余力があるのかもしれんぞ」

「新兵器開発はあながち否定できません。ですが、対艦砲の攻略に特化した兵器なんてものは現実的に考えて世界がひっくり返るような発明でもない限りあり得ないでしょう。それに今回の艦隊が氷山の一角だとするならば、そもそもその全戦力をこの戦争が始まった時にすでに投入しているはずです」

「つまり、何が言いたいのだね」

 

ジョアンの言葉に忠正は立ち止まると、顎に手を置きながら答える。

 

「これは巧みに偽装された陽動の可能性があります」

「なんだと!?」

 

声を荒げるジョアンに対し、忠正は極めて冷静なまま続けた。

 

「大艦隊の情報を流し我々海軍の全勢力をドルファン港から引きはがし、その隙をついて別働隊がドルファン港の占拠ないしはズィーガー砲の無力化を狙うといった作戦ではないでしょうか」

「……馬鹿な。それこそ浅慮というものではないか。別動隊などおいそれと動かせるわけではない。ハンガリアの軍港はカルタヘナ港しかない。どこからその別動隊を出港させるというのだね」

 

ジョアンの言葉には、それはそれで確かな説得力があった。

仮に別働隊を手配するのであれば出港準備は必要だし、それはいかに上手く行ったとしても痕跡は絶対に残ってしまう。

 

「諜報部隊に間者がいれば、その工作は簡単です。それに別働部隊はハンガリア軍に限った話ではないかもしれませんよ」

「ハンガリアでなければどこだと言うのだ。ゲルタニアか、ヴァン=トルキアか? それともセサ公国だとでも言うつもりか。仮に別動隊がいるとして、ハンガリアが他国と共同戦線を引いてまでドルファンを攻め入るなど聞いた事もない話だ!」

 

 

 忠正は困ったように苦笑いを浮かべた。

実際ジョアンの言った通りなのだ。

過去、ハンガリアが他国との共同戦線など取った実績が無いし、年がら年中戦争をしているようなハンガリア軍が他国と連携する事は現実的に不可能なのだ。

それこそ、裏で誰かが糸を引かない限り。

 

「裏で糸を引く……?」

 

自分の脳裏に浮かんだ言葉が妙に心に引っかかるのを感じた忠正だったが、それが何を意味するのかまではわからない。

その引っかかりに気を引かれながらも、忠正はジョアンに対して辛抱強く説得を試みた。

 

「憶測には過ぎませんが、ここで当方の全戦力でハンガリアの侵攻に対抗するのはリスクが高いと思うのです。もしも別動隊がいたとして、ドルファン港に戦力が無いとなれば一たまりもありません」

「だが、そんな時の為のズィーガー砲だと言っているだろう」

「……そのズィーガー砲を運用する陸軍が、ちゃんと機能するのでしょうか」

「……!?」

 

忠正の放った言葉の衝撃に、ジョアンは思わず言葉に詰まってしまった。

だが忠正は構わずに続けた。

 

「私はドルファン内部にこそ、この国を裏切る売国奴がいると思っています。先日のエドワーズ島の件といい、王室会議の不可解な予算承認といい、私たちの敵は内部にいるような気がしてならない。今回の作戦に全戦力を投入するのには反対です」

「キサラギ君。キミの洞察力や推理力には随分助けられたが、今回ばかりは同意しかねる。ハンガリアの侵攻を食い止めなければ、それこそドルファン存続の危機だ。私はこの国の海軍を任されている者としてこの作戦には全戦力を投入するつもりだ」

「……そうです、か」

 

残念そうに返事をして肩を落とす忠正の態度に、流石のジョアンも若干の困惑の表情を浮かべた。

この若き傭兵のおかげで前回の海戦はなんとかなったようなものだし、エドワーズ島でのその身を犠牲にしてまでの献身的な貢献もある。

自身の主張を通したいだけのわがままを言っているわけではない事を、他ならぬジョアンが一番理解していた。

もしも忠正の主張する別動隊が本当にいるとしたら、それは確かにドルファンにとって致命的な事になりかねない。

そう考えると幾ばくかの戦力を首都城塞に残していた方がいい。保険は何か起こってから掛けても遅いのだ。

 

だが、だからと言ってドルファン内部に裏切り者がいるとするのならば、単純に戦力を残す事を怪しむだろうし、対策を打たれる可能性も考えられる。

ジョアンは大きなため息を一つ吐くと、襟元を正して海軍将校らしく威厳のある声で言った。

 

「キサラギ二等水兵。貴様は上官の命令に背いた抗命罪により、首都城塞での謹慎を命ずる。よって今回の作戦への同行は許可しない」

 

ジョアンの言葉にルシルもエルザも驚いたのと同時に、食って掛かりそうな勢いで一歩前へ出た。

だがそんな二人を無視してジョアンは言葉を続けた。

 

「ディーリア伍長にはキサラギ二等水兵の監視役として付いていてもらおう。それと、万が一彼が暴れた時の為、〝白鷲〟の内何人かには一緒に残ってもらう。いいな!」

 

そう言いながら片目を瞑って見せたジョアンに、ルシルは思わず口笛を吹いたし、エルザは小さく安堵のため息を吐いた。

 

「それでは本隊は全戦力を持ってパーニヤの沖合にてハンガリアを迎え撃つ事とする。出港準備整い次第出るぞ。以上、解散!」

 

ジョアンは高らかに宣言しながらマントを翻して部屋を出て行った。

 

 

 

 その日の夕方に、ルシルとジョアンを乗せた〝白鷲〟の旗艦ブルー・セレンディバイト号を中心としたドルファン海軍のほぼ全勢力が北西の海を目指してドルファン港を出港していった。

それを桟橋から見送った忠正の傍らには、お目付け役のエルザと〝白鷲〟の船長の一人、黒髪で長身のダーク・カッスラーの姿があった。

 

「それで、これからどうするのですか?」

 

ブルー・セレンが見えなくなるまで敬礼をしていたエルザが手を下げながら言うと、忠正は港をぐるりと囲む防波堤を兼任しているズィーガー砲の沿岸砲台を眺めながら答えた。

 

「このズィーガー砲をいつでも撃てるように手を打たないと。例えドルファン陸軍の中に反乱分子がいようとも、軍のトップが直々に指令を出して指揮をとれば、さすがに従うしかないだろう」

「軍のトップ……ミラカリオ・メッセニ中将の事を言っていますか?」

「ええ、そうです」

 

しれっと頷く忠正に、エルザは思わず眉根を寄せた。

 

「メッセニ中将とコネクションがあるのですか?」

「いや、そんなものはないよ」

 

ますます顔をしかめるエルザに対し極めて明るい笑顔を向けた忠正は、軽い口調で言った。

 

「まあまあ。そこについては考えがあります。それよりも、もう一つ重要な任務があるんだ」

 

そう言いながら忠正は隣に立つ無口な海賊の船長、ダークの肩を叩いた。

 

「あんたには色々とやってもらいたいんだ。まずはエリータス少佐とルシルに持っていかれちまったクルーの代わりとなる腕っこきの船乗りを三ダースほど見つけなきゃならない」

 

ダークはその冷徹な黒い瞳をギョロリと忠正へ向けた。

 

「どういうことだ?」

「船を出すんだよ」

「船? オレの船はお嬢の艦隊に組み込まれてすでに水平線の向こうだぞ」

「もちろん、別の船さ」

「はあ?」

 

ダークが思わず聞き返すのに、忠正は意味ありげな含み笑いを浮かべた。

 

「あるのさ、船は。それもブルー・セレンにも負けないとびっきりの船が」

 

思わず顔を見合わせるエルザとダークを余所に、忠正は振り返るとシーエアー駅の方へと歩き始めた。

あわてて後を追うエルザとダークの二人に、忠正は明るく言った。

 

「さあ、忙しくなるぞ。ダークは船乗りのスカウトを頼むよ」

「あ、ああ」

 

まだ戸惑い気味に返事をするダークを横目に、エルザは怪訝な声を上げた。

 

「私とキサラギ二等水兵はどうするんですか」

 

その言葉に忠正は自信あり気に答えた。

 

「使えるコネは有効活用するさ。まずはリンダ・ザクロイドに会いに行きましょう」

足早に歩く忠正の後を、エルザは小走りで追いかけた。

「あなた、自分が謹慎中だって事、忘れないでくださいよ!」

 

忠正はゆっくりと振り返ると不敵な笑顔を浮かべた。

 

 

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