続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
迫りくるハンガリアの艦隊は事前に斥候が持ち帰った情報通り、二十隻ほどの規模であった。
万が一敵方の増援があった場合は艦隊戦力を半分に分けてしまっている事もあって撤退戦になる可能性もあり、その時の為に砲弾の節約を考慮したジョアンはこの艦隊に向けての〝白鷲〟によるカノン砲での迎撃は控えていた。
実際の船の操船、海賊達への指示命令はルシルの片腕である、丸々と太った腹ともじゃもじゃの短い癖毛がトレードマークのアルバート・ジョルディ─ノへ任せている。
適材適所。自分が下手な指示を出すよりも海戦をよく心得ているアルバートに任せた方が全体の動きも良くなる事を、ジョアンは理解していた。
お互いの船のメインマストにたなびく国旗が肉眼でも捉えられる距離に近付いてきた時、アルバートが声も高らかに叫んだ。
「船首回頭! 砲門開け!」
急激に舵を切った船は敵艦に舷側を向けるべく進路を変え、砲門を隠していた戸板が一斉に外された。
「カルバリン砲、てーっ!!」
アルバートの野太い声が言い終わらないうちに、血の気の多い海賊達は大砲を撃ち放っていた。
耳を聾さんばかりの爆音が響き、一秒足らずで敵の艦隊の周りの海にいくつもの水柱が立ち上った。
それと同時に敵の船も白い煙に包まれたかと思うと、ジョアンの船のすぐそばに激しい水柱が立ち上がった。
「このまま十時の方向へ全速前進、オレのタイミングで二時の方向へ転換するぞ! それまで砲弾は節約しつつ、適当に撃ち続けろ!」
アルバートの指示で〝白鷲〟の船が先んじて進んでいき、その後に他の海賊たちの船が激しく大砲を撃って援護をしながら続いていく。
その手際の良さと自信に溢れた指示に、ジョアンは激しく上下に揺れる船体にしがみつきながらもわずかに安堵のため息を吐いた。
この頼れる船長の指示のもとならば、よっぽどの事が無い限り負ける事はないだろう。
徐々に近づいてくる敵船を目前にジョアンの体は無意識に武者震いをしていた。
思わぬ攻撃に完全に状況をひっくり返されたアルビア艦隊は、我先にと船首をひるがえして後退を始めていた。
シレーナケカンタの装備するカロネード砲は威力こそ高いが、その射程は一〇〇メートル程度と短く、その巨体故に足の遅い船体は追撃には向いていない。
逃げ惑うアルビア艦隊の中で唯一ドルファン港の入口付近でシレーナケカンタの巨体に押し止められている旗艦船の揺れる甲板の上で、アンスガー・ヘイガーと如月忠正は互いの呼吸を感じ取るように静かに対峙していた。
忠正が対峙する緊張感から頬を流れる汗を拭うと、アンスガーが静かに言った。
「完全にドルファン港とズィーガー砲を占拠出来るはずだったのだが、こんな大型船を隠していたとは、ドルファンにもなかなかの食わせ者がいるようだな」
飄々とはしているが、素直に感心した様子で言うアンスガーの態度に、忠正は若干驚いた。
「隠していたわけじゃないさ。ただ、誰も使わなかったこの大きすぎる船がドルファン港には収まらなかったので、少し離れた入江に係留してあっただけだ。そもそもシレーナケカンタを運用していたのはあんた達アルビア軍なんだから、知らなかったわけじゃないだろう」
忠正は警戒しながらも、正直に答えた。
アルビア相手に嘘をつく意味もないし、これは忠正の素直な感想だった。
このドルファン海軍の旗艦であるシレーナ・ケ・カンタ号の存在は機密でもなんでもなく、本来はドルファン海軍の戦力を他国に主張する為に存在しているのだ。
ただ、今までのドルファン海軍があまりにも不甲斐なく、その戦力のすべてをアルビア頼りにしていたからこそ、この船が矢面に立つような事がなかっただけなのだ。
この半ば放置された船がドルファン港から少し離れた入江の専用ドックに係留されている事を最初の海戦時のジョアンとの会話で知っていた忠正は、ドルファン港防衛の切り札としてこの船を運航させる事を考えており、〝白鷲〟のダークを筆頭に急作りではあったが、港でうらぶっていた船乗りやゴロツキども、退役軍人などを寄せ集めて、なんとかこうして間に合わせる事が出来たのだった。
「ふむ。あの腐れ王子は物事を正しく把握して報告する能力に欠けるようだ」
アンスガーが独り言のようにつぶやくのを忠正は聞き逃さなかった。
「腐れ王子? アム・アルビア王配の事か?」
だが忠正のその質問にアンスガーは答えず、むっつりと押し黙った。
そもそも今回のハンガリアの侵攻に別動隊がいる事を確信していた忠正であったが、それがアルビアだという事までは予想していなかった。
本来友好国であり、王族同士の婚姻関係を結ぶほどの間柄の両国が敵対するという事までは流石に考えもしなかった。
だが、アルビア国内で起こっていたという反乱と、今、目の前にいる明らかにアルビアの人間ではない第三者の介入。
そしてこの男が名乗った〝シュバルツデスアプグルント騎士団〟という謎の騎士団名。
初めて聞くその言葉の不穏な響きに、忠正はレイピアを持つ手に思わず力がこもるのを感じた。
「お仲間たちは撤退を開始したみたいだけれど、あんたはここにいていいのか」
忠正の言葉にアンスガーはつまらなそうに答えた。
「まだ敗れたわけではないのに気が早い連中だ。私はここに残り、そのシレーナケカンタだかという船を奪うとしよう」
「そんな事が出来ると思うのか」
「この場でその船の船長なりを殺せば良い。簡単な話だ」
「オレがさせない」
「では、お前を殺せば良い」
アンスガーは一メートル四十センチ以上はあるライフル銃の銃口を忠正に向けてはいるが、それは銃を撃つ構えではなく、だらりと腰の辺りまで下げてハンドガードと銃床をそれぞれ左右の手で掴んでいた。
斧を想像させる刃は銃床先端についているので、さながら薙刀の刃を後方に向けた脇構えに構えているようだ。
対する忠正はレイピアを右手に持ち、軽く肘を曲げて剣先を相手の喉に向けている。
右足を前に左足は引き、半身になるような構えで、これは刺突に優れた基本の構えだ。
二人はお互いの間合いを計りつつ、慎重にすり足でにじり寄っていく。
武器の長さはアンスガーの方が長いが、実質の間合いはほぼ同じ。
身長は忠正よりアンスガーの方が二〇センチほど高く、その分はリーチが長い。
だが刺突がメインのレイピアの方が、アンスガーの斧のように振り下ろしが必要な武器に比べ圧倒的に初速は早い。
それを理解している忠正は先手を取る事にした。
船がわずかに揺れた瞬間を狙い、アンスガーの喉元を狙った突きを放つ。
だがアンスガーはそれを予測していたように上体を後ろにのけぞるようにして躱す。
そんなに上体を後ろに反らせばバランスを崩す。
忠正はそう考え、もう一撃突きを放つべく伸びきった剣を引いた時、言いようのない恐怖を感じて咄嗟に攻撃を止めて後方に大きく一歩下がった。
それと同時にまさに今忠正の頭があった場所をアンスガーの銃床の刃が駆け抜けた。
アンスガーはその刃の遠心力を利用して崩れた体制のまま勢い任せに体を一回転させると、何事もなかったかのように先ほどと同じ構えを取って立った。
紙一重の判断だった。
本能的な恐怖を感じて咄嗟に一歩下がっていなかったら、確実に忠正の首は飛んでいた。
──あの斧のような刃部、かなりの重さだが、それを利用して斬撃を加速させているのか?
そう見当をつけた忠正の見立ては正しかった。
アンスガーの持つこの特別拵えのライフルの銃床に取り付けられた刃は、それだけで重さ五キロを超える。
これは銃として狙撃する際には銃身が動かないように固定する役割を果たし、こういった近接戦闘の際には、斧術を応用してアンスガーが考案した独特の銃剣術によって、その重さを最大限に活用して振り回す事によって発生する、遠心力を利用した圧倒的な速さの攻撃を可能としていた。
先の一撃は忠正の突きをあえて上体を倒して躱す事で、その後ろに倒れる力を利用し、脇に構えた武器を下から掬い上げるように回転させて放った必殺の一撃だった。
アンスガーは再び構えを取りながら、無表情だが感心したように言う。
「この一撃を躱すとは、正直驚いた。大抵の騎士は私のこの武器の異様さと、初見殺しの動きに対応できずに死出の旅路へと赴くのだが」
忠正は頬を伝う冷や汗を拭うと、もう一度レイピアを構えながら答えた。
「認めたくはないけれど、運がよかったかな。正直、そんな軌道を描く攻撃は想定していなかった」
「運も実力の内とは言わないが、若い割にはそれなりの修羅場をくぐっているようだ」
アンスガーの一言一言には強者の余裕のようなものが感じられ、圧倒的な自信が溢れていた。
明らかに自分よりも実力が上の者が放つ余裕に、忠正は心の中で舌打ちをした。
だが頭の中は冷静に状況を分析し、どうすれば勝てるのかを必死に考える。
相手の一見異様な攻撃は、その重さ故に先に攻撃を仕掛けるのには向いていない。
先ほどのようにこちらの攻撃を予測、回避してカウンター気味に攻撃を仕掛ける、いわゆる後の先というものだ。
それはすなわち、こちらから攻撃を仕掛けなければ相手も攻撃をしてこないという事。
様子を見ながら時間を稼ぎ、対抗策を考える。
そんな忠正の考えを見透かすように、アンスガーは冷たい声で言った。
「こちらから攻撃はしてこない。なんて考えてはいまいな」
忠正はぎくりとしたが、表情や態度には出さずに平静を装った。
アンスガーは表情を変えずに、しかし自信に溢れた声で続けた。
「崇高なるシュバルツデスアプグルント騎士団の部隊長の名は伊達ではないぞ。こちらから攻撃を仕掛ける技とて用意してある」
言うや否や、アンスガーは銃身を両手で持ち、真横からフルスイングの要領で忠正に殴りつけた。
──全力の大振り!? だが……!
恐るべき速さで駆け抜けた攻撃をしゃがんで躱した忠正は、今度はこちらからカウンターを仕掛けるべく立ち上がるのと同時に突きを放とうとした。
だがアンスガーの斧は振りぬいた勢いそのままに体を回転させて、もう一度忠正に向かって飛んできた。
予想の斜め上の追撃に忠正の対応はワンテンポ遅れてしまった。
躱す事は不可能で、どうにかレイピアで防御を試みる。
レイピアはその細身の刀身故に防御に向いていないと思われがちだが、実際は剣の根本の部分は十二分に厚く作られており、ロングソードやハルバートの一撃でも防ぐ事が出来るよう設計されている。
その根本に咄嗟に左手を添えて攻撃を受けた忠正だったが、そのあまりの威力にレイピアごと体が吹き飛び、五メートルは飛ばされて甲板の手すりに背中から強かに叩きつけられた。
肺の中の空気が叩き出されて、激しい痛みに一瞬意識が朦朧とするが、薄く開いた目に映った光景に体が瞬時に反応した。
アンスガーがこちらに向けて銃を構えていたのだ。
「無茶苦茶だ!」
思わずそう叫びながら横っ飛びに飛んだのと同時に銃声が響き、銃弾がかすめていくのを忠正は確かに感じた。
アンスガーは至極冷静にレバーを引いて排莢を行うと、慣れた手つきで腰のホルダーから予備の弾を取り出して銃身を半分に折ると、露出した弾倉に弾を詰めて銃身を元に戻した。
その一連の動作には全く無駄がなく、流れるような作業で行われた。
忠正はそのわずかな時間に体制を整えつつも、先ほどの攻撃で受けたダメージの回復に務めていた。
──強い……!
忠正が今まで戦った事のある、どんな相手にも該当しないタイプの敵だった。
近距離では力任せに振り回される斧のような武器の強打に翻弄され、距離が出来れば銃で狙撃されるというある意味で死角のない攻撃パターンに、レイピア一本の忠正は完全に窮地に陥っていた。
勝ち筋はまったく見えていないが、距離を取って考える時間を作るというのは得策ではない。
距離を置けば置くほど銃で狙撃される可能性が高くなる。
以前ルシルと戦った時のように銃を制御する事は出来ない。
近距離での戦闘を仕掛けるしかない忠正は半ばやけくそに距離を詰めると、刺突ではなく右上段からの袈裟斬りを放った。
これを半歩体を引いて避けたアンスガーは、今度は刃を振ろうとせずに忠正に向いていた銃口はそのままに左手の銃床を素早く押し出し、砲身で突いてみせた。
完全に虚をつかれた忠正はみぞおちを痛烈に突かれてその場でうずくまってしまった。
その隙を見逃すはずもなく、アンスガーは大きく銃を振りかぶると、銃床の刃で薪を割るようにただ力任せに振り下ろした。
視界の端でそれを見ていた忠正は、咄嗟に甲板を転がる事でなんとかその斬撃を躱す。
ゴン、と鈍い音を立ててアンスガーの銃の斧のような刃が甲板に食い込んだ。
しかしそれは忠正にとっては千載一遇の勝機だった。
食い込んだ刃を甲板から抜くにはわずかでも時間が必要だ。
そのわずかな時間でもアンスガーの武器が封じられたのなら、ここを突く以外に勝機はない。
みぞおちを突かれ全身が痛みに悲鳴を上げているが、強い意志の力だけでそれを無視し、無理やりに体を動かしてアンスガーに向けてレイピアを突いた。
その瞬間、乾いた火薬の破裂音が響いた。
それと同時に忠正の突きは勢いをなくし、その体から力が抜けて膝を着いた。
何が起こったかわからず呆然としている忠正に対し、アンスガーはいつの間に取り出したのか右手に煙を吐いている拳銃を向けていた。
「サイドアームだよ。こんな重量の武器だけで戦うわけがなかろう」
冷たい声で言ったその言葉には感情の欠片も感じられなかった。
本話をもってストック分の公開は終了です。
34話は8/11(日)午前10時に更新いたします。
以降、毎週日曜の午前10時に次話を更新していきます。
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