続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第四章 交錯する双子
【36】漆黒の毒牙


  ゲルタニア共和国の首都ベルリン。その町外れにある今にも朽ち果てそうな古城のかつてはダンスフロアだった薄暗い広間に、シュバルツデスアプグルント騎士団の団長である“漆黒の帝王”ことヴァルデマール・ツヴァイクを囲むように、四人の漆黒の鎧をまとった騎士が背の高い椅子に座っていた。

 

一人は“緋眼のサリシュアン”ことロゼッタ・サリシュアン。

 

一人は“猛る雷”ことエルヴィン・ハーン。

 

一人は“黒衣の聖女”ことアンゼリカ・ローゼンベルク。

 

そして最後の一人は“帝王の門番”ことゴットフリート・ファン・デン・ベルク。

 

彼らは一様に真っ黒に塗られた鎧に身を包み、同じ色の兜をすっぽりと被っている為に表情を窺い知る事は出来ないが、体の大きさは確認できた。

この中で一番体が大きいのはゴットフリート。次いで騎士団長のヴァルデマール。そしてエルヴィンと続く。女性であるロゼッタとアンゼリカはそれぞれ同じくらいの体の大きさだが、アンゼリカの方が頭一つ分は背が高かった。

彼らの横に一つ、座る主のいない椅子があるが、まさにそこに座るはずだった男の為に、この漆黒の深淵たる騎士団の隊長が一同に揃っていた。

 

 騎士団の重鎮であり、副騎士団長であるゴットフリートが重々しく口を開いた。

 

「先のアルビア皇国海軍の奇襲は、ドルファンの予想外の反撃によって失敗した。我々は盤石の体制を築くべくアンスガーを派遣していたにも関わらず、だ」

 

それなりの年齢を感じさせる低く落ち着いたゴットフリートの言葉に、エルヴィンがいつものおどけた調子ではなく、神妙な声音で言った。

 

「アンスガーの旦那はどうしたんで? 今日は姿が見えないようだが」

 

その言葉にゴットフリートは深いため息をつきながら答えた。

 

「アンスガーについては消息不明だ。ドルファンに捕虜にされた可能性もあるし、殺された可能性もある」

「まさか!」

 

エルヴィンは声を荒げた。

 

「あの旦那に限って捕まったり、ましてや殺されるなんて事は絶対にあり得ない! “黒い死神”の名が示す通り、旦那に出会って生き残れるヤツなんているわけがない」

 

鼻息も荒く声を上げるエルヴィンに対し、隣に座っていたアンゼリカが芝居がかった口調で答えた。

 

「いかな死神とて全知全能であられる我が主神セレーネーのご意思には逆らう事まかりならないでしょう。ここで朽ちるなら、それもセレーネー様に定められた運命だったという事」

「オレはセレーネーなんて信じちゃいない!」

 

掴みかかりそうな勢いのエルヴィンだったが、騎士団長ヴァルデマールがおもむろに立ち上がり声を上げた。

 

「止せ、ハーン。ローゼンベルクもだ。お前らが言い合ったところでヘイガーが戻っていないという事実は変わらない」

 

その心の奥底まで踏み入って来るような低く威厳に溢れた声音に、エルヴィンだけでなく、アンゼリカも息を飲んだ。

ヴァルデマールはそのまま振り返ると、ロゼッタの方を向いた。

 

「ドルファンに潜伏させている貴様の犬から何か連絡はないか、サリシュアン」

 

名指しされたロゼッタは小さく息を吸って答えた。

 

「特にありません。しかしドルファン王室会議の中でも話題に上っていなかったようですし、今回の海軍の動きは一部の兵の独断と思われます」

「……それは王室会議のメンバーからの情報か?」

「仰る通りです」

「そうか」

 

短い言葉で冷たく答えたヴァルデマールだったが少しの間何かを考えるように押し黙り、やがて静かな声で言った。

 

「これより先はより一層の情報が必要となる。今回のような失態は我々の大義の大いなる足枷となるのだ。そこで」

 

ヴァルデマールはロゼッタの前に立ち尽くすと、兜の奥から射抜くような視線で彼女の紅い瞳を見た。

 

「サリシュアン、貴様には先に潜伏している犬に続いてドルファン国内に潜伏してもらう。王室会議の間者と連絡を密に取り、どんな些細な情報も報告しろ」

 

その言葉にロゼッタは一瞬息を飲んだが、厳かに答える。

 

「……御意のままに」

 

ヴァルデマールは満足そうに頷いた。

そしてまた低く威厳に溢れた声で言った。

 

「すべては大トルキア帝国復興の為に!」

 

 

 

 艦隊の被害0、死亡二名、重傷八名、軽傷二十二名。

その他、特筆すべき被害、ズィーガー砲二門の損傷。

今回のハンガリアとの海戦及び、アルビア皇国の侵攻に対する被害の報告だった。

ハンガリアに対抗する為に海軍戦力のほぼすべてをパーリヤ沖に派遣していたにもかかわらず、アルビア皇国のドルファン港奇襲に対して、たったこれだけの被害で乗り切ったのは奇跡と言える。

 

 それはハンガリアと敵勢力の思惑を見事に看破した如月忠正の優れた先見性と、限られた戦力の中で不測の事態に備えた配備を見せたジョアン・エリータスの采配によるところが大きい事は誰の目にも明らかだ。

もちろん、ズィーガー砲を使いアルビア皇国の艦隊から港を守り切った近衛兵団の貢献も非常に大きいものの、無用の長物と化していた旗艦シレーナ・ケ・カンタ号を有効活用し、味方の目すら欺いた忠正の貢献度は圧倒的であった。

 

 最小限に抑えられた被害に対して、相手の損害はそれなりに大きなものとなっていた。

適当な牽制をした後でさっさと撤退していったハンガリア軍の被害はほぼ皆無だが、アルビア皇国の艦隊については、轟沈三艦、半壊以上の損傷五艦、軽微な損傷四艦、拿捕一艦と甚大な被害であった。

特に旗艦であるフリゲート級の船とその乗組員八十余名は全員が捕虜として捕らえられ、船長をはじめとした海軍幹部数名の捕縛は、アルビア皇国の造反行為に対する取り調べという点でも非常に大きな意義を持つものとなっていた。

 

 

 そのドルファン海軍の功績に対する貢献が認められ、ジョアン・エリータスの中佐昇進と如月忠正の軍曹への二階級戦時特進が決定し、二人は王女摂政宮であるプリシラ・ドルファン直々に勲章を付与される事となっていた。

海軍の式典用の制服を身に着けて王宮へと赴いた忠正とジョアンは、謁見の間へと案内され、その部屋の前で近衛兵に剣を預け、ようやく部屋の中へと入る事を許された。

 

 ジョアンを先頭に、一歩左斜め後ろに忠正が続く。

左右に整然と並ぶ白い鎧と胸の前に抜き身のブロードソードを構えた近衛兵の前をゆっくりと歩き、奥へと進んでいく。

正面の奥の玉座にはすでにプリシラ王女摂政宮が座しており、そのすぐ脇にはミラカリオ・メッセニ中将が杖をつかずに立っている。

玉座から五歩ほど手前の位置で立ち止まったジョアンはその場で跪く。

忠正もそれに倣って跪いたが、その心の内は穏やかではなかった。

渾身の力を込めれば一歩で距離を詰められるところに、プリシラ王女がいる。

こんな距離でプリシラに接する機会などそうそうあるわけではない。

緊張で口の中が乾き、興奮で握った手の中にじんわりと汗をかいているのがわかった。

 

――今日は、その時ではない。

 

自分に強く言い聞かせながら頭を垂れる忠正にプリシラは玉座から立ち上がり、王族としての威厳と品格に溢れる声で言う。

 

「ジョアン・エリータス少佐、タダマサ・キサラギ二等水兵。この度の働き、本当に大儀でありました。ドルファンの臣民の生活を守り、命を守り、敵国の侵略からこの国を守った働きに、国王陛下も大変お喜びです。その功績に対し、わたくしはドルファン王国国王、デュラン・ドルファンの名代として勲章を授けるものといたします」

 

脇に控えていたメッセニがテーブルに置かれていた勲章を持ち、ジョアンへと歩み寄った。

ジョアンは厳かに立ち上がり、胸を張って立った。

その胸元に勲章を取り付けたメッセニが静かに声をかけた。

 

「ジョアン殿。此度の采配、エリータスの名に恥じぬ素晴らしい活躍であった」

「誠に恐縮であります」

「益々の活躍を期待しているよ。きっと兄上もお喜びだろう」

 

その言葉にジョアンは複雑な表情で苦笑いを浮かべた。

 

 続いて忠正の勲章を手にしたメッセニが歩み寄り、忠正は立ち上がった。

その胸元に勲章をつけながらメッセニは声を押し殺しながら言った。

 

「貴様の言う通りになったな」

 

忠正は直立のまま動かず、わずかに頷いた。

 

「だが、伏兵として動いたのはアルビアだった。これは大事になるぞ」

 

忠正は返答の代わりに敬礼をする。

メッセニはわずかにため息を漏らすと、プリシラの脇へと下がって行った。

忠正はその後ろ姿をみつめながら、プリシラから直接勲章を授けられる事は流石にないか、とほんの少し落胆していた。

 

 勲章が取り付けられたのを見届けると、プリシラは玉座に座り直し、二人に声をかけた。

 

「形式ばった式典はこれで終わりにして……」

 

その言葉のニュアンスがだいぶ親し気な雰囲気だったので、ジョアンも忠正も若干驚きながら王女を見た。

しかしプリシラは玉座の上で行儀悪く足を組んで膝の上に肘を置くと、手のひらで顎を支えながら身を乗り出すようにして言った。

 

「二人は今回のハンガリアとアルビアの行動をどう思う? あ、ここからはもう非公式だから、好き勝手に意見を述べてもらって構わないわよ」

 

その様子を見てメッセニが渋い顔をした。

 

「プリシラ様、はしたないですぞ。二人とも驚いて固まっているではないですか」

 

プリシラはそんなメッセニの言葉に一切怯むことなく、砕けた口調のまま続けた。

 

「いいじゃない。優秀で現場を見てきた人たちに意見を聞くのは、机上の空論ばかり述べる王室会議よりもよほど建設的で有意義だと思わない?」

 

メッセニは渋い顔のまま目を閉じると、鼻からゆっくりと息を吐き出しながらジョアンと忠正に言う。

 

「すまんが、プリシラ様に付き合ってやってくれ。昔から一度言い出したらきかんのだ」

「うふふ、そういうこと!」

 

そう言ってウィンクをして見せるプリシラの態度はどう見ても一国の主のそれではなく、むしろ街中に新しく出来た店に興奮する町娘のような雰囲気すら醸し出していた。

ジョアンと忠正はお互いに顔を見合しながら、戸惑いの表情を浮かべた。

 

 

 非常に困惑しながらだったが、ジョアンはプリシラへ今回のハンガリアの動向について報告をした。

まずハンガリア海軍の全戦力を上げての攻勢自体が虚偽であったこと。

敵勢力は完全にドルファン海軍を引き寄せるための囮であり、実際は二十隻ほどの規模であったこと。

敵艦は攻撃に消極的で時間稼ぎに徹していた行動であったこと。

これらをかいつまんで説明すると、プリシラは黙って聞きながらその表情がにわかに真剣になっていった。

 

 続いて忠正が、ハンガリアの陽動を予測した上で近衛兵団に協力を仰ぎ、シレーナ・ケ・カンタ号を動かしてドルファン港を守った経緯について説明をした。

 

「ハンガリアの行動が搦め手であることは予測していましたが、別動隊の中身がまさかアルビア皇国であるとは予測できませんでした」

 

忠正が言うと、プリシラは大きなため息をつきながら答えた。

 

「それはそうよね。一応、形だけとはいえ私の夫のアルの国なんだから、アルビアが裏切るなんて誰も予想していなかったと思うわ」

「仰る通りです。しかし、アル王配は祖国で起こった内乱鎮静の為帰国なさっていたとの事だったかと存じますが……」

「ええ、そうよ。もっとも最近では珍しい話ではないのよ。この国でもそうだけれど、王政だったり君主制の国家に対して、民主制だったり共和制を掲げる勢力が反乱を起こすというのはいわば社会の波というか……流行りのようなものだから」

 

そう言いながらプリシラはわずかに遠い目をした。

その表情からプリシラが何を考えているのかはわからないが、忠正は話を続けた。

 

「私は今回の一連の事件の背後には、裏で糸を引いていた者がいると思っています。その者は恐らくアルビア皇国内の反乱というのも操作していたのではないかと」

「つまり」

 

プリシラが玉座の背もたれに体を預けながら、やや低い声で言う。

 

「あなたはこの戦争のきっかけとなった最初のハンガリアの攻勢から、今回のアルビアの裏切りにいたるまで誰かが仕組んだ事だと言いたいわけね」

 

その言葉の意味するところに、ジョアンもそうだが、脇に控えていたメッセニも驚いた表情を浮かべた。

ただ一人表情を変えずにいた忠正は頷きながら続ける。

 

「今回、アルビアの旗艦に乗り込んだ際、恐らくその黒幕と思われる一派の人間と接触いたしました。捕縛を試みましたがあまりにも強く、討ち取るのに精一杯だったので情報を引き出す事は出来ませんでしたが……」

「一騎当千の相手だったというわけね。でも、そんな相手と対峙してもあなたが生還してくれたからこそ、こうしてその話を聞けるわけだから結果として上々じゃない?」

 

 そのプリシラの言葉に忠正は素直に感心してしまった。

人を食ったような砕けた態度もそうなのだが、目下の者に対しての労いと敬意を感じる言葉の選び方に、一般市民からの圧倒的な人気の高さを誇る理由が解ったような気がした。

忠正はなんとも複雑な表情を浮かべながら言葉を続けた。

 

「その黒幕の一派の人間は自分達の事を“シュバルツデスアプグルント”と名乗っておりました」

 

その言葉にプリシラだけなくジョアンもメッセニもわずかに息を飲み、表情が硬くなった。

にわかに表情を曇らせたプリシラが少し考えながら言う。

 

「“シュバルツデスアプグルント”……。古トルキア語で“漆黒の深淵”という意味ね」

「はい。私はこの“シュバルツデスアプグルント”なる勢力がハンガリアやアルビアを焚き付け、この戦争を裏から操っているではないか、と考えています」

「なるほど。何者かはわからないけれど、名付けの趣味は悪いわね」

 

真面目な顔で言うプリシラに、忠正は思わず笑ってしまった。

プリシラの隣のメッセニが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 

 プリシラは軽く咳払いをすると、話を続けた。

 

「そのシュバルツに関してはこれから調査をしていく事になるけれど、戦争自体はこれから深刻化するわね。ハンガリアはともかく、アルビアは近いうちに正式に宣戦布告をしてくるでしょう。そうなればドルファンは北西からも南東からも攻められることになるわ」

 

その言葉に頷きながらメッセニが言う。

 

「特に海軍戦力に関しては今以上の補強が必要ですな。南北から攻められてはシレーナ・ケ・カンタを稼働させても、いざと言う時にズィーガー砲だけは対処できますまい」

「シレーナ・ケ・カンタは拠点防衛向きの旗艦として運用するのがいいと思うけれど、機動力に優れた戦艦が必要になるわね」

 

プリシラの分析力と的確な判断に忠正は舌を巻いた。今まさに自分が提案しようとした内容だったのだ。

 

「今回の事もあるので、王室会議に議題提案をいたしましょうか」

 

ここまで黙っていたジョアンが言うと、プリシラは頷きながらもため息を漏らした。

 

「そうねぇ……。そうしなきゃいけないのはわかっているんだけれどねぇ……」

 

プリシラが言葉を濁す理由が忠正には痛いほどよくわかった。

今回ドルファン海軍にもたらされたハンガリア攻勢の情報の出所を考えれば、プリシラの気持ちもわかるというものだ。

 

シュバルツデスアプグルントの毒牙は、この国の中枢である王室会議の中にまで届いているのかもしれないのだから。

 




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