続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

38 / 106
【38】新たな使命

 ドルファンの出身証明書を見せると、それを燐光灯にかざした門番はそれほど細かく中身を確認もせずに、手荷物の検査もほどほどに通してくれた。

無理もない。出身証明書は外国人排斥法を施工しているドルファンに置いて、唯一のこの国の出身者である事を保証する書類でこの国で生まれた者にしか発行されないし、その中身もかなり複雑かつ細かく色々と記載されており、極めつけはドルファン国王代理であるプリシラ・ドルファンの直筆サインが書かれおり、その事がこの書類の偽造を難しくしていた。

 

 サインの模倣などはどんな書類でも当たり前に行われているが、この書類のサインは特殊なインクを使用しており、燐光灯の光にかざすと仄かに発光するという特徴を持っていた。

このインクはドルファン王室に請われて化学者であるメネシスが特別に調合したものだが、それはまた別の話だ。

とにかく、この特殊なインクの所為でこの書類の偽造は極めて難しく、それ故に燐光灯にかざして確認した書類の中身までは細かく見ないというのは仕方のない事だろう。

 

 内容こそ虚偽であるが、使用している紙もインクも本物と同じ物を使用している偽造証明書を丸めて懐にしまうと、ロゼッタ・サリシュアンはダナンの街並みを静かに歩き出した。

 

 

 外国人を拒絶する外国人排斥法が緩和され、観光客であればドルファンへの入国が可能となっているが行動にはかなりの制限がつくし、観光客である事を証明する腕輪をつける事が義務付けられている。

その腕輪をせずに街を歩く事が出来るのはドルファン出身証明書を持つ者と傭兵だけだ。

 

 ハンガリア、プロキア、ゲルタニア、それぞれの国との国境線に位置するこのダナンという街はドルファンにとって最も重要な街の一つだし、その軍事力は強力で、ドルファン陸軍七大隊のうちの二つが常に常駐している軍事都市でもある。

二十三年前までは王室会議の五席のうちの一つだったベルシス家に統治された半ば分権化した都市であったが、当時のドルファンとプロキアの戦争で傭兵部隊ヴァルファバラハリアンに肩入れをし、ドルファンに対し独立と宣戦布告までした当時のベルシス卿は終戦と同時に自害を果たし、ベルシス家は王室会議から除名され親族を含め全員が処罰されて終焉を迎えた。

それ以来この国境都市ダナンはドルファン首都城塞の領地の一つとされ、名目上はドルファン王家が統治しているが、その実は王室会議が直接統治をしている街となっている。

 

 ロゼッタは街の外れの街道に近いところに宿を取り、二階の奥にあてがわれた部屋で荷物を解いていた。

少し大き目の麻袋一つと、刀を入れた細長い革袋一つの軽装での旅姿は、いかにも近隣諸国からの里帰りといった印象を与えるだろう。

髪の色がドルファンでは珍しい黒髪であっても、要は堂々としていればいいという事だ。

すでに首都城塞へ潜伏しているパトリツィアはどうしているだろうか。

事前に通達はしていないが、久しぶりに会えたらどんな顔をするだろうか。

パトリツィアはドルファン学園へ生徒として潜り込んでいたはずだ。

彼女に会えることへの嬉しさと、この任務への重圧が混じった複雑な気持ちを抱えながら、ロゼッタは部屋の窓から空を見上げた。

ダナンの空は重い雲が垂れこめていた。

 

 

 

 傭兵専用宿舎の自室で身支度を整え、いつものように海軍本部へ出勤しようと通りに出た忠正の前に、待ち構えていたかのように黒塗りの高級そうな馬車が道を塞ぐように停まった。

不審そうに眉をしかめつつ忠正がわずかに身構えた時、客車のドアが勢いよく開き、ジョアンが顔を覗かせたと思うと溌剌とした声で言った。

 

「キサラギ君、乗りたまえ」

「……随分豪勢なお出迎えですね」

 

若干面喰いながら客車に乗り込むと、そこにはジョアンだけでなくエルザとルシルの姿もあった。

 

 忠正達を乗せた馬車は勢いよく走り出し、サウスドルファンの海軍本部前を通り過ぎ、マリーゴールド地区へと向かって行った。

窓の外を眺めていた忠正は疑問の声を上げる。

 

「海軍本部へのお迎えの馬車ではないのですか?」

 

それまで腕を組んで目をつぶり、黙っていたジョアンが薄目を開けて答える。

 

「行先は知らんが、おそらくザクロイド財閥の息のかかったどこかだろう」

「ザクロイド?」

「ああ。この馬車はリンダ・ザクロイド嬢の手配したもののようなのでな」

「エリータス中佐が用意したものではないのですか?」

「私なら君たちを歩かせるよ。海軍は万年金欠だからな」

 

意地悪な笑顔を浮かべながら言うジョアンの言葉に忠正が渋い顔をしていると、馬車は豪華な貴族達の館を横目に路地裏へと入っていき、人目につかない一角で停まった。

 

 御者に促されて馬車を降りた一行は、マリーゴールドの中では比較的小さく質素な館へと案内された。

多少裕福だが一般的な庶民が住んでいそうなその館の中へと入ると、外観からは想像もつかない程の調度品が揃えられ、広さは無いが上品に仕立てられたリビングらしき広間のソファにリンダ・ザクロイドが座っていた。

リンダはジョアン達が入ってきた事に気が付くと立ち上がって出迎えた。

 

「おはようございます。皆様には、わざわざご足労をいただき恐縮です。さ、どうぞおかけになって」

 

リンダに促されるまま、リンダのソファと対になる向かいのソファに忠正とジョアンが、対角線となるように置いてあるソファにエルザとルシルがそれぞれ腰を下ろした。

リンダの執事達がすぐさま真ん中のテーブルに湯気を上らせる紅茶と簡易なサンドイッチを用意する。

 

 全員が座ったのを見届けてから上品に座りなおしたリンダへ、ジョアンが声をかけた。

 

「リンダ様。本日はこのようなご招待をいただいてまで、どのような案件でしょうか」

 

リンダはそれを聞きながらティーカップをつまみ上げると、優雅に一口すすり、静かにカップを置いた。

 

「突然お呼び立てをいたしまして申し訳ないわ。ですが、重要かつ急を要する案件だったのです。ご容赦いただきたいわ」

「それはもちろん……。ですが、わざわざこんな手の込んだ事をなさらなくとも、海軍本部に来ていただければ……」

 

言いかけたジョアンにリンダは首を振ってみせた。

 

「万が一にも他の王室会議のメンバーや、王国への裏切りを考えている輩に聞かれるわけにはいかなかったのです。ここは私が信頼を置く一部の方との打ち合わせの為に用意している屋敷ですわ。ここでなら盗み聞きをされる心配もないですし、内密な話にうってつけなの」

 

立場上、秘密裡の商談などにも利用しているという事なのだろう。

忠正はリンダの一大財閥の当主という立場とこの場所という取り合わせに、妙に納得してしまった。

それと同時にこれからリンダが話そうとしている内容は、国の根幹にかかわるような重要な内容だという事だ。

 

 リンダは小さく咳払いをすると、落ち着いた声で話し始めた。

 

「先日のハンガリアの攻勢とアルビアの領海侵入は、皆さんのご活躍によって最小の被害で乗り切る事が出来ました。本当にありがとうございました。ですが、これで以前から懸念されていた軍部の中、王室会議の中にドルファンを売ろうとしている裏切り者がいる事は確定的となりました」

 

リンダの声は落ち着いているが、いつもは涼やかな目元は僅かに怒りを含んでいるのがわかった。

 

「プリシラ様はこの現状を非常に危機的な状況であると考えておられるのと同時に、王室会議の中に売国奴がいる以上、秘密裡にそして迅速に対応をしていくべきとお考えです。そこで王室会議の中でも、最も裏切りの可能性の低いわたくしに密命を授けられたのです」

 

リンダの言葉に説得力はあったが、忠正は思わず口を挟んだ。

 

「無礼を承知で申し上げますが、なぜリンダ様が裏切り者の可能性が低いと陛下はお考えなのでしょうか」

 

その言葉に隣のジョアンが体を硬くしたのに対し、リンダは目を細めて微笑んだ。

 

「おほほ。至極真っ当な疑問だわ。なぜわたくしが裏切り者の可能性が低いかというと、我がザクロイド財閥はドルファン王国がこのまま健在だった場合が一番儲かるからよ。政治的信念は国を裏切る事があっても、経済的信念は裏切らない事をプリシラ様は良くご存じなの」

 

なるほど、と忠正は心の中で相槌を打ちながら、深く頷いて見せた。

これほど納得の出来る答えはなかなかない。

リンダは忠正が納得したのを見越して、そのまま続けた。

 

「わたくしに与えられた任務は二つよ」

 

リンダが指を一本立てて見せる。

 

「まず一つ目は海軍の戦力強化。本当は傭兵の追加募集をかけたいところだけれど、恐らく王室会議で否決されてしまうでしょうから、人員を増やす事は期待できないわ。今ある人員でどうやって戦力を底上げするか考えなくてはならないわ」

 

そしてもう一本指を立てる。

 

「二つ目は、高機動な軍艦の建造よ」

 

忠正をはじめ、その場にいる全員がリンダの顔を覗き込んだ。

 

「今回のハンガリアの陽動は、キサラギ軍曹の機転によってなんとか対抗出来たけれど、アルビアが本格的にドルファンに対して宣戦布告をしたならば、海の守りは南北幅広い範囲に、そして複数の攻撃に対応しなければいけなくなるわ。そんな時、鈍重なシレーナ・ケ・カンタは旗艦としては心許ない。あなたの船以上に速くて強い船が必要だわ」

 

そう言ってリンダはルシルの顔をみつめた。

ルシルは視線を受け流しながら、気怠そうに答える。

 

「オレの可愛いブルー・セレンより速い船なんて存在するわけがないぜ。マルタギニア海最速はオレの船だ」

「そう。だからこそ、あなたの船を超える新しい船を“創る”必要があるわ」

「……正気か? そんな船が本当に造れると思っているのか?」

 

ルシルが信じられないといった表情でリンダを見るが、リンダは至って真剣な顔でその視線を受け止めた。

 

「わたくしはなんとしてもそれを成し遂げなければならない。この国を守る為、ドルファンに生きるすべての人々の為にも」

 

力強く言い切ったリンダの瞳は強い使命感で満ちており、ザクロイド財閥を世界有数の企業へと成長させるに至った何にも負けない意志の力が見て取れた。

 

 一同はそのリンダの迫力にしばらく圧倒されていたが、やがてジョアンが口を開いた。

 

「リンダ様のご決意とプリシラ様のご意向は理解いたしました。ですが、我々はどうすればいいでしょうか」

 

その言葉にリンダは目を細めながら悪戯っ子のように茶目っ気たっぷりに答える。

 

「それを一緒に考える為に皆さんをお呼びしたのですわ。さあ、お茶のお替りはいくらでもありますので、議論を交わしましょう! おーほほほほほ」

高笑いをするリンダに、忠正たちは顔を見合わるのだった。

 

 

 

 リンダ・ザクロイドとの密会は一旦午前中でお開きとなり、ぽっかりと時間の空いた忠正はブリジッタ・ファビオーニに紹介された彫金師の元へと赴いていた。

預けていたナイフを取りに行くと、どこに傷があったのかわからない程完璧な補修をしてくれていた。

その分値段もすこぶる高かったが、それは仕方のない事だ。

自分の命を守ってくれたナイフに金の糸目をつけるわけにはいかない。

ナイフを受け取り、そのまま鍛冶ファビオーニへ足を運ぶ。

預けていたレイピアの整備が完了しているはずだ。

先日訪れた時同様に薄暗い路地の奥で陰鬱な雰囲気を醸し出している店舗のドアを開けて入ると、奥で作業しているのはブリジッタ一人きりで、偏屈と評判の店主は留守のようだった。

 

「こんにちは」

 

奥で作業する彼女に声を投げると、ブリジッタは体をビクッと反応させてからあわててこちらを振り返った。

そして忠正の顔を認識すると、例のひきつった笑顔を顔に張り付けながらカウンターまでやってきた。

 

「い、いらっしゃいませ。レイピアの受け取りですよね……。し、少々おまちください」

 

一度店の奥まで戻ってから鞘に納められたレイピアを大事そうに抱えてきたブリジットは、丁重に剣を忠正に渡す。

 

「刃の研ぎなおしと、刀身の歪みを修正しています。違和感が無いか、持ってみていただけますか」

 

忠正は頷きながらレイピアを鞘から抜いた。

 

 その瞬間、忠正は驚きに目を見開いた。

持ち慣れたレイピアではあるが、鞘から抜いた瞬間、ピタリと何かがハマる感覚がある。

何度も試した鍵束の鍵が開いた時のような、貝殻の片割れが見つかった時のような、得も言えぬような快感を伴って手になじむ感覚。

試しに剣先を前に構えを取ってみると、何もしなくても剣先が相手の喉元へ向き、なおかつまったく重みを感じない。

明らかに剣のバランスが取れており、これはむしろ忠正がこの剣を初めて手にした時よりも重心が芯に取れているようにすら感じた。

 

「すごい……!」

 

忠正が心の底からの感嘆の声を上げると、ブリジッタは垂れ目の目の端をさらに下げながら頬を緩めた。

 

「えへ、えへへ。喜んでもらえてよかったです。あの、そのレイピアに使われている鋼は本当に素晴らしい材質ですね! この頃では見かけない柔軟さと固さを併せ持った最高品質の鉄ですよ。こんな材料で剣を打てたら鍛冶屋冥利に尽きるというものです! 私も思わず気持ちが入ってしまって、歪みを直している最中なんて本当に夢見心地で……」

 

一方的な早口でまくし立てたブリジッタは、ハッとして口に手を当てた。

 

「ご、ごめんなさい。私ったらつい……」

 

そんなブリジッタの様子に忠正は思わず笑いながら答える。

 

「いや、そこまでこの剣を気に入ってもらえたなら、オレも嬉しいです。剣は騎士の魂ですから」

 

その言葉にブリジッタは突然下を向いて、落ち込んだような声で言った。

 

「剣は騎士の魂。……そう言っていただける騎士様は最近はめっきり減ってしまいました。剣は廃れる一方で、今は銃火器の時代ですものね」

 

寂し気に言うブリジッタの気持ちは忠正にも良くわかる。

騎士同士がお互いの誇りをかけて剣を合わせる時代はもう終わりに向かっているのだ。

過去には銃火器を拒んで前時代的な剣での戦いを好んだドルファン国軍であっても、今は七大隊すべての隊でガリハント銃を標準装備している。

剣術大会は木剣を使用し、剣術のレベルが低くなっているのは明白。

鍛冶屋にとっても、それは受け入れがたいものなのだろう。

 

「でも、銃だって鍛冶屋の仕事の一つじゃないですか。精度の高い優れた銃砲の作成は腕のいい鍛冶屋の証でもある」

 

忠正が言うとブリジッタは苦笑を浮かべながら答えた。

 

「それは、まあそうなのですが、やっぱり私は剣を打ちたいというか、魂のこもったものを打ちたいというか……」

 

最後の方の言葉はもごもごと口の中で消えていったが、要はこの鍛冶屋の娘は剣を打つのが好きなのだろう。

 

「剣以外では、普段はどんなものを打っているんですか?」

 

忠正の言葉にブリジッタはあたふたと答える。

 

「あ、あの、日用品の鍋やハサミなんかはよく打ちます。それと注文が多いのは案外、鋲やネジ、釘といったものでして……」

 

意外な回答に忠正は驚くと同時に考え始めた。

こういった日常品や建築部材を依頼される鍛冶屋は、庶民からの信頼が高いという事だ。特に建築部材は高い精度と緻密さが求められるものなので、大工などの職人達からの覚えもいいという事だ。

剣の調整で腕の良さはわかっているつもりだが、そういった細々としたものも高い精度で制作出来るという事は造船にも貢献できるのではないか。

 

「あ、あの~……?」

 

急に押し黙ってしまった事を訝しむように声をかけたブリジットに、忠正はあやふやに笑ってごまかした。

 

「い、いや、ごめん。街の人に愛されているんですね」

 

新造船の話などまだ何もまとまっていないというのに、気持ちが先走ってしまっている。

自分で自分を省みながらも、リンダの話に胸を躍らせている事に気付く。

自分にはやらなければいけない事があるというのに、こんなにわくわくしてしまっている事に我ながら驚いてしまった。

戸惑うブリジッタを余所に、忠正は自分の気持ちを整理できずに立ち尽くしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。