続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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「続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士」も早くも40話となりました。
週刊連載なので一話一話の歩みが遅いにも関わらず、毎週読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。
物語は中盤に差し掛かって参りましたが、まだまだ続いていきますので気長にお付き合いください。


【40】再会と潜入

「二ヶ月ほど留守にするぜ」

 

例のリンダ・ザクロイドの密談専用の屋敷で、ここ数日のルーチンワークになりかかっていた会議を始めようとした時、唐突にルシルが言い放った言葉だった。

 

「なんですか、藪から棒に」

 

ソファに座りながらザクロイド家の執事が用意した珍しい紅茶を片手にエルザが言うと、ルシルはソファから立ち上がりながら続けた。

 

「ブルー・セレンより速い船っていうのは有り得ない。何故なら、あの船は天才が設計し、当時の最先端の技術で造られた船だからだ」

 

それをエルザと同じようにソファに座りながら聞いていた忠正は思わず口を挟んだ。

 

「当時?」

 

ルシルはそう聞かれるのがわかっていたように、大げさに頷いた。

 

「ああ、当時だ。ブルー・セレンが生まれたのは今からおよそ三十年前、オレの親父が“白鷲”の船団長だった時代だ」

「三十年前……というと、ドルファン・プロキア戦争よりも前の話だな」

「そうさ。あの船はマルタギニア海最速の海賊船というコンセプトで、ある天才船大工の元、オレの故郷でもあるイングレス王国で建造されたものだ」

「イングレス。お前、イングレスの出身だったのか」

「なんだよ、何か不服か?」

「い、いや……」

 

忠正が驚くのも無理はなかった。

ルシルは赤子の時に海に流され、海賊である先代の“白鷲”海賊団の船団長に拾われたという話だったが、まさかその故郷が海を越えた先のイングレスだとは誰も思わなかっただろう。

 

 イングレス王国はマルタギニア海を越えて、遥か北西にある島国だ。

もともとはその島と周辺にあった四つの国が長い紛争の歴史を経て併合し、国王の名の元に一つの強力な連合国として成り立った国だ。

スィーズランドに負けない強力な軍事力を保持し、特に王が個人的に所持していた艦隊をはじめとする私掠船に端を発した海軍は他国の追随を許さない程強力で、造船技術も優れているというのは有名な話だった。

 

「それで、どうして二ヶ月も留守にするんだ?」

 

忠正が言うと、ルシルではなく黙って紅茶を飲んでいたリンダ・ザクロイドが答えた。

 

「わたくしがお願いしましたの。ルシルさんのブルー・セレンディバイト号を超える船は事実としてこのマルタギニア海には存在しませんわ。だったらそれを超える船を造るだけですが、ドルファンにそんな技術を持つ船大工がいないのもまた事実」

 

リンダは上品な所作でカップをテーブルに置くと、扇子を広げながら続ける。

 

「でしたら、ブルー・セレンを造った人に新しい船の作成を依頼すればいいだけ。当時の技術ではなく、最新の技術をふんだんに取り入れた、最高の船を」

 

理には適っている。忠正もそうは思った。

 

「それがルシルが留守にする理由とどう繋がるのですか?」

 

その疑問を口にすると、今度はルシルが答えた。

 

「ブルー・セレンの建造は、親父の昔馴染みの天才船大工が担当した。こいつがまたとんだ変わり者なんだ。遠方から送られてきた手紙なんか読むわけがないし、気に入らない依頼なら絶対に受けたりしない」

「ルシルなら船を造ってもらえると?」

 

忠正が言うと、ルシルは首を振った。

 

「いや、わからねぇな。もちろんブルー・セレンの事もあるので、オレが行けば話しは聞いてくれると思うが、新造船の承諾はわからん。あのババアの偏屈っぷりは度を越えているんだ」

 

ルシルの言葉から船大工が女性という事はわかったが、それはかなり珍しい話だ。

基本的に力仕事の船大工を女性が選ぶ事は、稀というかほぼ無い事だ。

 

「ルシルさんの依頼でも聞いてもらえないかもしれないなら、どうするのですか」

 

エルザが言うと、リンダは扇子で口元を隠しながら静かに笑った。

 

「当然、手を打っていますわ。どうぞ、お入りになって!」

 

その声を合図に執事の一人が奥の部屋のドアを開いて案内してきた人物に、忠正は目を見開いて驚いた。

 

 大きなため息を吐きながら口をへの字に曲げ、大きな眼鏡が光を反射してその表情は伺い知れないが、心底面倒くさそうな雰囲気を全身にまといながら入って来たのは忠正が入院した際に出会った、化学者のメネシスだった。

 

「メ、メネシスさん!」

 

思わず忠正が名を呼ぶと、メネシスは気怠そうな声を出した。

 

「ああ、あんたか。なんの副作用も出なかったとは運がよかったじゃない」

 

忠正の担当医師だったテディー・アデレードの話では、メネシスは普段は森の奥の自分のラボに籠って化学(リバイテック)の研究をしているという事だった。

 

「メネシスさんがなぜ、ここに?」

「そこの守銭奴に呼び出されたんだよ。あたしは研究で忙しいっていうのに……」

 

守銭奴呼ばわりされたリンダだったが、そんな事は一向に気にする様子もなく言う。

 

「イングレスの船大工は一筋縄ではいかない人物。ですが、こちらのメネシスさんには以前、重要書類の作成で王室の仕事を手伝っていただいた事があるのですが、船大工さんとは古い知り合いとの事でしたので説得にご協力いただく事にしましたの。それに、わたくしは今回の船はただの帆船にはしたくないという思いがあります」

 

メネシス以外のその場にいた全員がリンダの顔をもみつめる。

リンダはその注目に嬉しそうに目を細めると、扇子で顔をあおぎながら続けた。

 

「ズバリ、風がなくても自走できる船ですわ。それでいてブルー・セレンよりも速く、シレーナ・ケ・カンタよりも強い。そんな船にしたいと思っているのです」

「そんな夢物語……」

 

言いかけた忠正を、メネシスが手で制した。

 

「ま、あながち夢物語ってわけじゃない。これは化学(リバイテック)というよりは科学(ソサイテック)の話だけれどね。あたしの理論を実現できるだけの船大工と精度の高い部品を作れる技術者がいれば可能だよ。だからこそ、その守銭奴があたしを呼んだわけだけれど」

 

眼鏡の奥の瞳がきらりと光ったような気がして、忠正は固唾を飲んだ。

メネシスの登場ですっかり場の空気をもっていかれてしまったルシルがやや憮然としながら引き継いだ。

 

「ま、そんなわけで、このメネシスだかって化学者と一緒に説得をすれば、新しい物好きのあのババアは間違いなく協力してくれるだろう。だから、オレとメネシスでイングレスに行き、ババアを連れて帰ってくる。それに二ヶ月かかるってわけだ」

 

一通りの説明が終わり満足そうな顔をしているリンダに、エルザが遠慮気味に言う。

 

「船大工はそれでなんとかなるかもしれませんが、部品を作る技術者については何か当てがあるのですか?」

 

エルザの質問は尤もな内容だったが、リンダは自信満々に答えた。

 

「そんなものはルシルさんがイングレスに行っている二ヶ月の間に探せばよろしくってよ。オーホホホホホ!」

 

リンダの高笑いにエルザは眉をしかめたが、忠正は苦笑いを浮かべていた。

彼の頭の中には部品の鍛造をしている人物の姿が鮮明に浮かび上がっていた。

 

 

 

 ドルファン首都城塞を囲む、まさに文字通りの鉄壁の城壁であるレッドゲートの門をくぐったロゼッタ・サリシュアンは、初めて見るドルファンの街並みに胸が高鳴るのを感じていた。

この街で父と母は出会い、この街で三年間を過ごし、この街で剣を交わした。

言葉にならない思いを深呼吸で押し込んでいると、三つ編みの髪を弾ませて一人の少女が歩み寄ってきて、その場でサッと跪いた。

 

「サリシュアン様、お久しぶりです。無事のご到着、心よりお喜び申し上げます」

 

周りの目など一切気にせずに膝をついたのはパトリツィア・オーエンズだった。

ロゼッタは懐かしそうに目を細めると、パトリツィアに手を差し伸べた。

 

「ほら立って、パティ。こんな所でそんな事をしたら目立ってしまうわ」

 

パトリツィアは差し出された手に戸惑ったものの、おずおずと自分の手を添えると静かに立ち上がった。

申し訳なさそうな顔のパトリツィアをまじまじとみつめたロゼッタは、両手を広げてその細い体を力一杯抱きしめた。

 

「会えて嬉しいわ。報告で活躍しているのは知っていたけれど、元気でやっていたようね」

「サ、サリシュアン様……」

 

パトリツィアは恍惚の表情で両目に涙を浮かべる。

パトリツィアの金色の髪を優しく撫でながら、三つ編みを辿っていたロゼッタは、穂先を結んでいるリボンに気が付いた。

 

「そのリボン、使ってくれているのね」

 

その言葉にパトリツィアは静かだが熱のこもった言葉で答える。

 

「当然です。これはサリシュアン様からいただいた、私の宝物ですから!」

「ふふふ、そっか。ありがとう」

 

しばらくそのままの姿勢で再会を喜び合った二人は、やがてフェンネル地区の街並みを並んで歩き始めた。

 

「それで、拠点となるのはどこ?」

 

ロゼッタが言うと、パトリツィアは冷めやらぬ興奮のままに答えた。

 

「私が潜入捜査の拠点に使っていたアパートメントがありますので、サリシュアン様にはそちらに入居していただきます」

「それは構わないけれど、パティはどうするの?」

「私は偽装の為に通っているドルファン学園の学生寮に転居するようにすでに手配済みです」

「なるほど。その方が都合が良いかもね」

 

 

しばらく歩くと二人はフェンネルの駅前へと差し掛かった。

休日という事もありガヤガヤと多くの人で賑わう駅前の喧騒に、ロゼッタは思わず頬を緩ませた。

 

「すごい、沢山の人がいるわね」

「一般市民の多くが利用するターミナル駅です。ほとんどの馬車はここの発着となるので、サリシュアン様も利用する機会は多いと思われます」

 

ロゼッタは物珍しそうに周りを眺めながら頷いたが、そのままさりげなく言う。

 

「ああ、そうだパティ。そのサリシュアン様っていうのは止めてね。一応ここでは偽名を使う事にしたから」

「承知しました。では、なんとお呼びすれば?」

 

生真面目なパトリツィアの言葉に、ロゼッタはほんの少し苦笑いをしながら答える。

 

「ハイマー。潜入中はロゼッタ・ハイマーという名前を使うわ」

「ハイマー様……ですか」

「私の母の旧姓なの。それと、様をつけるのも禁止よ。私たちは親戚という設定だから」

「で、ですが……!」

 

戸惑うパトリツィアにロゼッタはにんまりと笑ってみせた。

 

「親戚なんだから、ロゼッタお姉ちゃんとか呼ぶのが普通じゃない?」

「お、お姉ちゃん!?」

 

困惑の表情でロゼッタを見上げたパトリツィアだったが、その顔が一瞬で無表情になり、人混みの中へと視線を向けた。

それを敏感に察知したロゼッタも、顔を向けずに自然な所作でそちらを見た。

 

 人波の中から一人の女性がこちらに向かって歩いてきていた。

ピンク色の肩下までのボブカットの巻髪を大きな黄色いリボンで飾り、上品な普段使いのドレスを着ているが、スカートの下のパニエにはふんだんにフリルとレースが仕込まれており、計算されたようにふんわりと裾が広がっている。

手に持たれた日傘にも同じように沢山のフリルと小さなリボンが装飾されている。

その女性は特段ロゼッタ達に向かっているわけではなく、目的地がこちらの方にあるというだけの歩き方だったが、パトリツィアの姿を見つけると片手をわずかに上げて、レースの薄くて白い手袋の手を小さく振った。

そして近くまで来ると、若干よそ行きの声で言う。

 

「こんにちは、オーエンズさん。今日は良いお天気ね」

 

パトリツィアは少しだけ顎を引いて同意したようにみせつつ、先ほどまでとは打って変わって感情を伴わない事務的な声で返事をする。

 

「コールウェル先生、こんにちは。担任でもないのに声をかけていただき、ありがとうございます」

「もう、相変わらずね」

 

パトリツィアの人を寄せ付けない態度に、ドルファン学園教師であるロリィ・コールウェルが苦笑いを浮かべていると、ロゼッタが明るい笑顔を浮かべながら声をかけた。

 

「コールウェル先生とおっしゃるのですね。パトリツィアの失礼な態度、お詫びいたします」

「あ、いいえ……」

 

ロリィは笑顔のままで少しの戸惑いを見せる。

ロゼッタは明るい笑顔を顔に張り付けたまま続けた。

 

「はじめまして。私はパトリツィアの従姉妹にあたります、ロゼッタ・ハイマーといいます。今日からドルファンに住むことになったので、パトリツィアに街を案内してもらっていたのです」

 

そう言って差し出された右手を、ロリィはおずおずと握った。

 

「ロリィ・コールウェルです。オーエンズさんの通う、ドルファン学園の教員をしております」

 

その言葉にロゼッタは大げさに反応した。

 

「ああ、やっぱりそうでしたか! 実は私も来週からドルファン学園で教鞭を振るう事になっているのですよ」

 

思いもよらない言葉にロリィは驚いて目を見開いたが、すぐに上品に微笑んだ。

 

「それでは私たちは同僚という事になりますね。担当は中等部と高等部どちらかしら」

「高等部です。元々住んでいたウエールでは、高等部を担当しておりましたので」

 

これはシュバルツデスアプグルント騎士団が詐称している身分だが、事前の工作で手続きはすでに済ませてあった。

ロゼッタは仮初めの笑顔を浮かべると、明るい声のまま続けた。

 

「これから一緒に高等部を担当させていただく方が、こんなに素敵な方なので嬉しいです。よろしくお願いします、ロリィ先生!」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、えーと……ハイマー先生。私はこの後、お姉……人と会う約束があるので失礼します」

 

ロリィはロゼッタとパトリツィアに軽く会釈をすると、通りの向こう側へと渡って行った。

 

「見事なご対応でした」

 

パトリツィアの言葉にロゼッタはため息を吐いた。

 

「パティこそ、あんな態度でよく今まで潜入捜査が出来ていたわね……」

「私の場合、演技が出来るほど器用ではありませんから」

「まあ、そういう性格だもんね。でも、私の前では仲の良い従姉妹でいてもらうわよ」

「……かしこまりました、ハイマー様」

「ダメダメ。はい、やり直して」

「……わ、わかったわ、ロゼッタお姉ちゃん……」

 

もじもじと言葉を絞り出したパトリツィアに満足したロゼッタは、もう一度フェンネルの駅前に視線を向けた。

 

「さて、それじゃあ始めようかしら。私たちの任務を」

 

そう言ったロゼッタのルビーのような紅い瞳が仄かに光を放った。

 




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