続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ルシルがメネシスを伴ってイングレスへの航海に旅立った翌日、忠正は海軍本部の会議室でジョアン・エリータスと向かい合って座っていた。
「なんだか久しぶりですね、この感じ」
忠正が言うとジョアンもうんうんと頷いた。
「そうだな。まさかエルザ君までイングレス行きに同行するとは思わなかったからな」
ジョアンが言ったように、イングレス行きにはエルザ・ディーリアも同行していた。
当初の計画ではルシルとメネシスのみで赴くはずだったのだが、いくらルシル、メネシスと旧知の仲の相手とは言え、海賊育ちで自由奔放なルシルと、化学の研究の為なら犠牲を厭わない傍若無人なメネシスとの二人組では、何を言い出すかわからないと、海軍きっての常識人であるエルザが自ら同行を申し出たのだった。
もっともその理由の半分は建前であり、実のところは金に無頓着なルシルとメネシスのコンビだけではいくらザクロイドの後ろ盾があるとはいえ天文学的な単位の開発資金でも了承しかねないという懸念から、軍部の会計担当という確かな実績のあるエルザにリンダ・ザクロイドが同行を求めたからだった。
そんな事情もあり、海軍本部にはこの春に傭兵徴募の兵が到着した時と同じように、ジョアン・エリータスと如月忠正の二人だけが集まっているという事だった。
「アルビア皇国からは、宣戦布告はあったのですか?」
忠正が言うと、ジョアンはため息交じりに答える。
「ああ。つい先日、正式な書面としてプリシラ陛下宛てに書簡が送られて来たよ。ご丁寧にもアル王配からの離婚届付きでな」
「では、アルビアとのマルタギニア海における安全保障の協定も反故にされたという事ですか?」
「まあそうだ。なんならシレーナ・ケ・カンタはもともとアルビアの指示で造った物だから返還せよ、との要求まで一緒に」
「応じるのですか?」
忠正の言葉にジョアンは驚いたように片目を細めた。
「応じるわけがあるまい。あの船は我が海軍の船だし、アルビアは指示をしただけで釘の一本だって負担していないんだ」
「それを聞いて安心しました。ルシルがブルー・セレンでイングレスに行っている今、シレーナ・ケ・カンタは海軍の要ですからね。“白鷲”の面々が残ってくれているとは言え、旗艦となる船は必要ですので」
「当然だな。破損したズィーガー砲の修理も急ピッチで進めている。前回の我々の反攻を見たならば、アルビアもハンガリアも、そう簡単には仕掛けては来ないだろう」
それに関しては忠正も同感ではあった。
ハンガリアはともかく、アルビアに関しては三艦の船が轟沈させられ、一艦が拿捕されているのだ。
これだけの被害、立て直すのも容易ではないだろう。
だが忠正にはずっと胸の奥に小骨のように心に刺さる不安があった。
シュバルツデスアプグルント。あの不気味な銃使いのいる謎の騎士団。
対峙した者にしかわからないあの恐怖と、ハンガリアとアルビアを影で操っているという疑惑が心の奥底に張り付いて離れない。
プリシラは調査をするとは言っていたが、恐らく王室会議の中にまで入り込んでいるその脅威を探るというのは簡単ではないはずだ。
せめてその正体に近付く為の糸口だけでも掴めれば良いのだが……。
忠正が押し黙って考えていると、ジョアンが懐中時計で時間を確認して立ち上がった。
「悪いが、今日はこれで失礼する」
いつもだったら仕事があろうがなかろうが将校用の椅子で夕方まで時間を潰しているジョアンが、まだ昼前だというのに席を立つなど珍しい。
興味を引かれた忠正は面白半分にそわそわと身支度をするジョアンに声をかけた。
「珍しいですね、中佐。奥様とデートですか?」
するとジョアンは苦々しい顔で答えた。
「馬鹿を言え。学校の寮で、娘が問題を起こしたらしいのだ。その後始末で寮母に呼び出されている」
「問題……」
ジョアンの娘といえば、フィオナ・ロベリンゲに他ならない。忠正はフィオナの顔を思い出し、首をひねった。
品行方正を絵にかいたようなあのフィオナが、問題を起こすなど想像も出来なかった。
それにエリータス家の人間ともあろう者が直々に赴くというのもおかしい。
どんな問題かはわからないが、執事でも行かせれば済むのではないか。
先日フィオナと話した件もある。
フィオナは父であるジョアンは自分に興味がないと言っていたが、こうして娘の事で寮に自ら赴こうとする姿は、とても無関心のようには見えない。
忠正はバタバタと準備をするジョアンを横目に椅子から立ち上がった。
「中佐。私も御供いたします」
「何!?」
突然の申し出にジョアンは顔をしかめた。
「なんでキミを随伴させなければいけないんだ」
「シュバルツデスアプグルントの脅威がある以上、中佐の護衛が必要です。それに」
「それに?」
「私は中佐のお嬢様とも知り合いですので、いざとなればエリータス家の名に傷がつかぬよう、フォローする事も出来ると思います」
多少意地の悪い言い方ではあったが、ジョアンは不機嫌そうに顔をしかめつつ声を絞り出した。
「ええい、ついて来い!」
足早に部屋を出て行くジョアンの後に、忠正は急いで続いていった。
ドルファン学園の女子学生寮にたどり着いたジョアンと忠正は、食堂の一角の四人掛けのボックス席へ案内され、寮母長の女性と向かい合って座っていた。
さすがに日中という事もあり、寮生達はまだ学校にいる時間で、食堂は閑散としていた。
寮母長の女性は恐らくジョアンよりも年上なのだろうが、その落ち着いた雰囲気によくマッチした緑色の豊かな髪を後ろでまとめ、まるで年齢を感じさせない柔らかな笑顔を浮かべた上品で楚々とした人であった。
忠正がどこかで見た覚えがあるような感覚にとらわれていると、寮母長は忠正達にコーヒーを勧め、柔らかな笑顔のまま言った。
「こんな場所で申し訳ありません、エリータスさん。生徒の為にスペースの多くを使っている為、応接室のようなものがなくて」
「いいえ、お気になさらず」
そう言いながらジョアンは忠正の方をチラリと見た。
「これは私の部下で娘とも面識がありますので、本日は同席させていただきます」
「まあ」
寮母長は忠正の方を見ると、目元の笑い皺をわずかに深めた。
「はじめまして。私はこの女子寮の寮母長を務めております、クレア・マジョラムと申します」
忠正はどうにも既視感を覚えながらも、あわてて返事をする。
「タダマサ・キサラギです。よろしくお願いします」
「あら、東洋の方かしら」
「生まれはスィーズランドですが、父が東洋の出身でして」
その言葉にクレアはわずかに目を細めてゆっくりと頷いた。
「そうなのね……。どうぞ、よろしく」
クレアと忠正の挨拶が済んだのを見越して、ジョアンは軽く咳払いをして語りかけた。
「それで……フィオナは何をしでかしましたか?」
その言葉にクレアは驚いたような顔をした後、笑顔を浮かべていた顔がわずかに真顔になった。
「そんな……フィオナさんは何もしておりませんわ。しでかしたのはエリータス本家の方です」
ジョアンの眉がピクリと動く。
「ジュリアンですか……?」
クレアは無言で頷くと、やや低い声で言った。
「ジュリアン・エリータスさんが昨日の夜、門限を過ぎた時間に女子寮に訪れました。すでに門扉は閉じておりましたが、馬車で乗り付けてフィオナさんに会わせろと宿直の寮母に詰め寄ったそうです」
「それは……なんとも……」
困惑するジョアンをよそに、クレアはそのまま続けた。
「大声で喚きたてるジュリアンさんに、騒ぎを聞きつけた寮生達が集まり出す前に、事態を察知したフィオナさんが玄関まで出てきてくれました。報告によるとジュリアンさんはその日狩りに出ており、獲ったウサギとアナグマを見せてやろうとしていたとか」
「はあ……」
ジョアンが消え入りそうな声で相槌を打つ。
「そのまま厨房を使わせろと要求されましたが、それは寮母が断りました。結局小一時間玄関先で自慢話をして帰っていったそうですが、こういった事は困ります。いくら貴族の方とは言え、寮には寮のルールがあります。生徒との面談は十八時までと決まっています。ましてやジュリアンさんの突然の時間外の訪問はこれが初めてでは……」
静かだがだんだんと熱を帯びていくクレアの言葉に、ジョアンは思わず手のひらをかざして制止をかけた。
「失礼、クレアさん。内容は理解いたしました……」
クレアの前にかざした手でそのまま顔を覆ったジョアンは、首をふりながら深いため息をついた。
「ジュリアンが何のつもりでルール違反を犯しているのか私にもわかりかねますが、本家には私から話をしておきますので……」
「この前もそう仰っていましたが、改善されたようには見受けられませんが」
厳しい口調のクレアの言葉に、ジョアンは返答に詰まってしまった。
本家の血筋とは言え、妻を娶り家を出た分家の人間であるジョアンが、本家の跡取り息子相手に抗議など出来るわけがない。
忠正はそう思いながら収穫祭の剣術大会で見たジュリアン・エリータスの姿を思い出していた。
でっぷりと太った丸い腹と、年齢より幼く見えるやや吊り上がった細い目の神経質そうな顔。
サラの話だと、幼少期からフィオナに相当入れ込んでいるという事だ。
その“相当の入れ込み”で度々寮に迷惑をかけているようだ。
ジョアンが何も言えずにいると、クレアが目を伏せながら神妙な声で言った。
「このままではフィオナさんが可哀そうです。他の寮生からは好奇の目で見られていますし、こういった事があまりに続くようですと、学園側から退寮の指示が出るやもしれません……」
その口調は寮母長としての責任感というよりは、フィオナの事を本当に心配しているようであった。
「……わかりました。兄と、シャルシス卿と直接話をしましょう」
深いため息とともにジョアンが言うと、クレアは最初の時と同じような柔らかな笑顔を浮かべつつも、静かだが迫力のある声で答えた。
「くれぐれもよろしくお願いいたしますね。フィオナさんの為にも」
ジョアンと忠正は席を立ち、クレアに見送られながら寮を後にした。
シーエアー地区の街角を並んで歩きながらも、ジョアンの背中は行きの半分ほどの大きさに見える。
重い足取りで数歩歩く毎にため息を吐くジョアンに忠正はなんと声をかけていいかわからないでいた。
「シャルシス様と話をされるのですか?」
散々迷った挙句に切り出した言葉に、ジョアンは弱弱しく答えた。
「話をせざるを得ないだろうな。ジュリアンの悪癖は昔からだが、学生寮の退寮を言い渡されれば、フィオナは悲しむだろう。あの娘は屋敷には滅多に寄り付かないからな」
元気のないジョアンの言葉に、忠正は先日フィオナと話した内容を思い出していた。
「フィオナさんは何故寮に住んでいるのですか? 中佐のようにマリーゴールドに大きな屋敷をお持ちなのに、わざわざドルファン学園の、ましてや寮に好んで住む理由が私にはわかりません」
忠正が言うとジョアンは恨めしそうな顔をこちらへ向けて、ぼそぼそと言った。
「当てつけさ。娘は私の事が好きではないのだ。私と同じ家に住むよりも、私のいない所で生活をする方が良いのだろう」
「なぜ好かれていないと思うのですか?」
「簡単な事だ。あの娘は私に対して笑顔を向けてくれる事もない。ソフィアが、妻が帰ってきた時だけは一緒に食事をしてくれるが、それ以外は会話らしい会話もない。あの娘は私が嫌いなのだよ」
はて、と忠正は首を傾げた。
フィオナの話ではジョアンがフィオナに興味がないとの事だった。
だが今こうして語るジョアンは、フィオナに自分は嫌われていると思っている。
「一応、確認なのですが」
「なんだ」
「中佐はフィオナさんを愛しているという事で間違いないですか?」
その質問にジョアンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
そしてすぐに、なぜそんな事を聞くのかと言わんばかりの声で言った。
「当然だろう。たった一人の娘だぞ。キミは自分の子供を愛さない親がいると思うのか」
「そ、そうですよね。愚問でした!」
必ずしも全ての親が子供を愛するわけではないという事を忠正は若いなりに軍部での経験から知ってはいたが、少なくともジョアンに限ってはそうではないようだった。
だとするとこの親子は、お互いに何かの勘違いをしている事になる。
そんな事を忠正が考えていると、当のジョアンは再び大きなため息を吐いた。
「親が子供を愛しているからこそ、難しい問題なのだ。私がフィオナを愛しているように、兄はジュリアンを溺愛している。あの我がまま放題の小僧が今も自由騎士などと語り幅を利かせていられるのは、兄によるところが大きいのだ」
「では、中佐がシャルシス様に話をしたとしても……」
「まず変わらんだろうな。まったく、他に女はいくらでもいるだろうに、なぜフィオナなのだ……! もちろん世界で一番愛らしい事は疑問を挟む余地もないが……」
ぶつぶつとボヤき始めたジョアンを横目に、忠正は腕を組んで考え始めた。
ジョアンとフィオナの関係性は一旦置いておいたとしても、ジュリアン・エリータスによるフィオナへの迷惑行為はなんとかしなければならない。
正攻法で上手くいかないのは火を見るよりも明らかなので、何か搦め手が必要だ。
それに。この件とは関係が無いかもしれないが、フィオナが命を何者かに命を狙われているという事も忘れてはいけない。
どうにも自分一人で解決するには荷が重い。
フィオナの身近なところで、この込み入った事情を理解できる人間がいれば。
そこまで考えた時、一人の人物の顔が頭に浮かんだ。
信用できる人物かどうかはまだわからないが、少なくともフィオナの事に関しては敵ではないとは思える。
「相談……してみるか」
忠正はそう呟きながら、あの金髪の三つ編みに生意気な瞳のそばかすの少女の顔を思い浮かべていた。