続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
フィオナを狙う男達はシャルシス・エリータスの元へと戻って行く。
その言葉の持つ意味を整理するのに、忠正は優に一分以上は固まっていた。
シャルシス・エリータスと言えば、王室会議の五人のメンバーの一人でありドルファン王国の貴族の中でも名門中の名門、ピクシス家と対をなす旧家の両翼の一翼、エリータス家の現当主である。
そしてフィオナに好意を寄せているジュリアン・エリータスの父親であり、フィオナの父であり、忠正の上司でもあるジョアン・エリータスの兄でもある。
エリータス家と言えば先に触れた通りドルファンの中では屈指の名門貴族である。
その権威は王室会議筆頭であるピクシス家に及ばないものの、間違いなく国の中枢であり。上流階級の最上位に位置していると言っていい。
建国当時より王室会議メンバーを務め、当代で七代目となるエリータス家を知らぬ者などドルファンには誰もいないだろう。
そのエリータス家の七代目当主であるシャルシス・エリータスについては、初の海戦の後の臨時王室会議で直接その目で見ている忠正の印象としては、貴族としての家の体裁を何よりも大事にており、政治に関してはいまいち精彩に欠けるという風に感じ取っていた。
事実、追加予算を請求する海軍に対し、ジュリアンはその戦略や成果を評価することなく、弟であるジョアンの事を感情的に責め立てて、王室会議メンバーであるとは言え貴族ですらないリンダ・ザクロイドにたしなめられるという一幕もあった。
才媛と謳われ、傑物揃いの王室会議の中でも独特の存在感を放った前当主で母親でもあるマリエル・エリータスに比べると、その政治的手腕に関しては評判があまりよくないというのも納得できる。
その点、ドルファンの怪老と言われたピクシス家の前当主アナベル・ピクシスの跡目を継いだアルダナル・ピクシスはその右翼的思想をしっかりと受け継いで、王室会議次席としての存在感を放っており、シャルシスとは対照的だという事をリンダから聞いていた。
もっとも、政治的には極右に位置するピクシス家に、エリータス家は基本的に追従の姿勢を取っている。
ピクシス家の腰巾着でもある王室会議メンバーのディビチ家は、これはピクシス家に反対する姿勢など持っているわけもないので、結果として王室会議は野党たるプリシラ・ドルファンとリンダ・ザクロイドに対して、アルダナル・ピクシス、シャルシス・エリータス、ローナン・ディビチといった二対三の構図が出来上がっている。
そのエリータス家の当主であるシャルシスがフィオナを狙う理由はなんなのだろうか。
息子であるジュリアンを溺愛しているというのはジョアンの弁だが、普通に考えれば溺愛している息子が好意を寄せているフィオナの命を狙う必要などないはずだ。
「なぜエリータス本家がフィオナを狙う……?」
おもわず口に出してしまった忠正に対し、空になったキャラメル・マキアートのカップを弄んでいたパトリツィアはつまらなそうに答えた。
「さあ、なんでかしらね。私は、誰がそれを行っていたのか、には興味があるけれど、何故それを行っていたのか、には興味がないわ」
「フィオナはそれを知りたがるんじゃないかな」
「だったらフィーがそれを確認すればいいだけよ。私には関係ない」
その妙に冷め切った態度というか、徹底したリアリストぶりが気にならないわけではないが、それよりも忠正を悩ませるのはエリータス本家の思惑だった。
それに、パトリツィアの言い分を信じるわけではないが、フィオナの周辺を探っている不審者達と実際に命を狙った者が違いそうだというのも引っかかる。
結局のところ、何かを判断するには情報が足りなさ過ぎる。
その結論に至った忠正は、パトリツィアに視線を向けた。
「フィオナのまわりをうろちょろしている、例の不審者達の特徴を教えてくれないか。オレもそいつらの正体を見極めたい」
パトリツィアは退屈そうに欠伸を噛み殺しながら言う。
「構わないけれど、海軍って随分暇なのね。たかだか女子学生一人の為にご苦労な事」
その言葉に忠正は若干の怒りを覚えた。
海軍の事を馬鹿にされた事への怒りはまったくなかったが、フィオナはただの女子学生というわけではない。
エリータス家の娘だし、かのソフィア・ロベリンゲの娘でもある。
それに……
「……それに?」
不意につぶやいた言葉に、パトリツィアが不思議そうに首を傾げる。
その言葉のあとに何が続くのか、何を続けるつもりだったのか、自分のことながら理解できていない忠正はあわてて首を振って言う。
「彼らがエリータス本家に飼われているというなら、証拠を集めておきたいんだ」
パトリツィアは肩をすくめた。
その週末の夜、忠正は全身を濃い寒色系の服でまとめ、ドルファン学園の学生寮から足早に歩いていく男の後を尾けていた。
パトリツィアから情報提供された男に間違いなく、ご丁寧な事に寮の完全消灯時間まで外をうろうろしてフィオナの部屋に灯りが点いているのかを確認しているようだった。
徐々に寒さを増してきた夜のサウスドルファンの大通りを、男は周りを気にするような素振りは見せずに歩いていく。
少し距離を取りながら忠正が追っていくが、こちらも怪しい素振りをするわけにもいかないので、あくまで仕事帰りで家路を急ぐ人を演じている。
流石にいつものレイピアを腰に装備するのは、軍人である事を喧伝するのに等しいので止めており、肩から背負った革袋にフィオナから借りているナイフと、どこかに潜入するような時に使用する為の小型の燐光灯、正体を隠す為の目出し帽が入っていた。
男はサウスドルファン駅までたどり着くと、マリーゴールド方面の乗り合い馬車に乗り込んだ。
同じ馬車に乗るのはリスクが高いし、本当にエリータス本家へと行くのであればある程度行先と降りる場所は想定出来る。
男が乗り込んだ馬車を見送った忠正は、駅前で待機していた行先自由の一台の馬車に乗り込み、マリーゴールドのエリータス本家近くの住所を指定した。
計算通り、忠正の馬車は男の乗り込んだ乗り合い馬車の後ろを走る形となり、しばらく走るとマリーゴールド地区の一角で男が降りたので、その少し先で忠正も馬車を降りた。
日々の監視業務にすっかり慣れてしまっているのか、まさか自分が逆に監視されていると思っていないのか、男はまわりを警戒するような様子もなく慣れた様子で薄暗い街を歩き、一件の館の裏手ドアをノックをすると、中からドアを開けた人物と何やら声を交わしてそのまま中へと入って行った。
忠正は物陰に隠れたまま、その館を見上げた。
エリータス家の本家の館ではないが、マリーゴールド地区では一般的ないかにも中流貴族が住んでいそうな館だ。
隣の区画にシャルシス・エリータスの住む館があるのは事前に調べて知っている。
大方、この館はエリータス家の所有している資産の一つなのだろう。
住所はわかったのでこれは後で調べればわかる事だが、ほぼ確信に近い感覚がある。
裏口のドアは先ほどの男のように、中の人間と接触をしないと入れないようなので、他に入り口がないか探る。
館の敷地はそれほど大きくはないが、まわりを囲む庭はあまり手入れがされているわけではないようで庭木がやや伸びている。
人目につかないように庭に入りこんで館の外周を回ってみるが、庭に面した窓は内側から厚手のカーテンが引かれており中の様子はうかがえない。
どの窓もカーテンの隙間から漏れる光が無いので、先ほどの男も含め、中にいる人間は暗い所が好きという変人でない限り裏手の奥の部屋にいるようだ。
どうしたものかと忠正は庭木の低木の影に身を潜めていたが、先ほどの裏手のドアが薄く開き、先ほどの男とは別の人物が出てきた。
全身を灰色のローブで覆っている為、男女の判別はつかないが、背格好は先ほど男と明らかに違っている。
身長は忠正よりもわずかに高そうだが、シルエットはほっそりとしている。
そのローブの人物はほんの少し周りを見渡したが、そのまま薄暗い裏路地の方へと歩いていく。
「このままここにいるよりは目がありそうだ」
忠正は口の中で呟くと、慎重に庭木の影から出てその人物の後を追う事にした。
ローブの人物は急ぐわけでもなく、自然な速度で裏路地を進み、エリータス本家の方へと歩いている。
忠正は薄暗い路地の月明かりと、所々に点々と灯る燐光灯の街灯の頼りない光の影に隠れながら、見失わないぎりぎりの距離を保って尾行をしていた。
もう間もなくエリータス本家というところでローブの人物は不意に走り始めた。
――まさか、気づかれたか?
先日パトリツィアにも尾行に気づかれたこともあり、自分の尾行術に自信がなくなってくる。
見失わないギリギリの距離だった事もあり忠正は後を追って走り出した。
万が一の可能性を考えて、目出し帽を取り出して被っておく。
ローブの影が曲がった角を追いかけて自分も角を曲がったと同時に、忠正目掛けて短剣の突きが襲い掛かる。
だが、まさにこういう事態を警戒していた忠正は咄嗟に横に飛んでその攻撃を避ける事が出来た。
着地しながら体を一回転させて体制を整えると、攻撃を仕掛けてきた方を見る。
ローブの人物が、刃渡り二十センチ程のナイフを片手に構えてこちらを凝視していた。
頭から被ったフードと夜の暗さの所為で顔を確認する事は出来ない。
だが、ナイフを構えている手は厳つい男というよりは、どちらかというと女性的に見える。
しかしその構えは少しの綻びもなくプレッシャーを放っており、かなりの達人である事を物語っている。
声を掛けたい衝動を飲み込みながら、背負った袋から自分のナイフを取り出した忠正は、鞘は袋の中に残して刀身だけを引き抜いて構えた。
この路地には街灯がなく、弱弱しい月の光もほぼ届いていない為、ほとんど真っ暗と言ってもいい。
その中でお互いの持つナイフだけがわずかな月明かりを反射している。
忠正はひりつく緊張感に異の上のあたりにこわばりを感じつつナイフを相手に向ける。
ローブの人物はナイフの切っ先をこちらに向けて構えているが、その構えにはなんとなく見覚えがある。
と言うのも、その構えは忠正の得意なレイピアの基本の構えとほぼ同じだったからだ。
レイピアはその長さを活かしての突き主体の攻撃が特徴だが、今忠正やローブの人物が手にしているナイフというのは、刀身の短さもあり突きよりは切り払いや体当たりと同時に刺すといった攻撃が効果的なはずなのだ。
だがこのローブの人物の構えは明らかに突き主体。
そしてそれは、自分と同じように普段はレイピアを愛用している可能性が高い。
――そうであれば攻め方も弱点もよく知っている!
忠正はフェイントとなるステップを踏むと、三歩目で本命となる突きを放った。
ローブの人物はフェイントを慎重に警戒しながら、半歩引いて忠正のナイフを自身のナイフの腹でうまくいなしながら、半歩引いた反動を利用してカウンターの突きを仕掛ける。
やはりレイピアだ、と確信を持ちつつ、だからこそそのカウンターが来る事を既定路線として理解していた忠正は大胆な行動に出た。
敢えて自身はもう一歩を踏み込んで、ローブの人物の突きを体で受け止めにいったのだ。
もちろんそのまま突かれるようなつもりはない。
先のシュバルツデスアプグルント騎士団のアンスガー・ヘイガーとの戦いで経験した、敵の攻撃が届く前に敵の懐に飛び込む感覚だ。
ローブの人物の突きがまさに紙一重のタイミングと距離で脇腹を掠めるのと同時に、左腕と脇腹の間で相手の腕を締め上げる。
相手の動きと武器を封じた上に完璧なナイフの間合い。
だがここで殺してしまっては情報は引き出せない。
振り上げたナイフを咄嗟に持ち替えて、剣先ではなく柄の部分で首筋を打ち付ける。
だが、ローブの人物もやすやすと忠正の思惑通りにはならなかった。
左手で忠正の攻撃を防御すると同時に膝で金的を狙う。
急所への躊躇のない一撃に、流石の忠正も絡め取っていた腕が緩み、慌てて後ろへと飛び退いた。
二人は再びお互いの間合いの外でにらみ合う形となった。
おそらくナイフは得意な武器ではないのだろうが、その隙のない構え。
動きを封じられても冷静で、迷いのない急所への攻撃や切り返し方。
先ほどまで尾行していた男のような素人臭さはまったく感じられない、間違いなくその道のプロであることがわかる。
パトリツィアから聞いていた、以前フィオナがエドワーズ島で襲われた際の刺客かもしれない。
なんとか生け捕りにしたいところだが、手加減をしていたらこちらが殺されかねない。
忠正は次の一手を考えながら今度はナイフを逆手に構えた。
そのナイフの角度で月明かりが銀色の刀身にそそぎ、わずかに光を放った。
ローブの人物は一瞬こちらを凝視したが、次の瞬間にはすかさず身を翻して走り出した。
「な……!?」
あまりにも突然の撤退に完全に虚を突かれた忠正は反応が遅れ、追いかけようにもすでに敵は夜闇の中へと消えていた。
「……ふーっ」
大きくため息を吐いた忠正は道の端に投げ捨てていた革袋を拾い上げ、中から銀細工の鞘を取り出してナイフを収めながら考えていた。
先ほどの突然の敵の脱出。あれはこのナイフに刻まれたエリータス家の紋章を見たからではないか。
エリータス家の紋章だけでは、それが本家の人間なのか分家の人間なのかは判別できない。もしもあのローブの人物がエリータス家本家に雇われている刺客だとすれば、エリータス家の紋章入りのナイフを持つ者との戦闘は、相手の素性が確かでなければ躊躇するだろう。
それが結果として忠正を助ける事となったわけだが、それはつまり、先ほどのローブの人物がエリータス家の刺客である事の証左ともなる。
「思ったよりも厄介な事になりそうだな……」
そう呟いた忠正は目出し帽を脱ぐと、素早く周りを見渡してから静かに歩き出した。