続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
プリシラの秘奥義、継承したのは……!?
十一月も半ばとなり、ドルファンの街並みはすっかり秋めいており、もう少しで冬を迎えようとしていた。
サウスドルファン駅前の大きなイチョウの木も黄色い葉を枝中に纏い、街並みを明るく彩っている。
そんなイチョウの木を見上げながら、収穫祭の時に待ち合わせに使ったのと同じ噴水の脇でサラ・ショースキーは落ち着かない様子で噴水の水面に映る自分の姿を確認していた。
普段から動きやすい恰好を好むサラが、その日は珍しくスカート姿だ。
母親であるハンナのお古の山吹色のジャンパースカートの下に、黒に近い紺色の長袖のワンピースを合わせており、秋特有のノスタルジックな雰囲気に合わせつつもガーリーな仕上がり。
いつもは布地のカチューシャで上げている前髪を下ろして、ヘアピンで横わけにしているのだが、本人はそれが気になって仕方がないようで、しきりに右手で触っては前髪を確かめている。
左手には籐で出来たバスケットを下げており、元々健康的な頬にはほんの少しチークが乗っていた。
籐のバスケットの中身は“かもしか亭”特製のサンドウィッチなのだが、今日ばかりはハンナが作ったものではなくサラ自身が早起きをして手作りしたものだ。
そんな様子のサラの元に、一人の男性が近寄って行く。
「やあ、待たせたかい?」
その声にサラは驚いて振り返ったが、男性の姿を見つけると照れ臭そうに微笑んで言う。
「い、いや、あたし……私も今さっき来たところだから……」
「そうかい。あれ、今日はなんだかいつもと違う……?」
「あ……気づいた?」
そう言われてサラの顔をまじまじとみつめた忠正だったが、逆に困ってしまっていた。
なんとなくいつもと雰囲気が違うと思って言ってしまったのだが、実は何が違うのかはまったくわかっていない。
ただ、いつもと違ってサラが輝いて見えるような気がしただけだったのだ。
みつめられて赤くなってしまったサラはあわてて忠正の肩を軽く叩いた。
「ちょっと、そんなに見られたら恥ずかしいよ!」
「ご、ごめんごめん。それじゃあ、行こうか」
そう言っていつも通りの振る舞いで歩き出した如月忠正の横を、サラはやや緊張の面持ちで並んで歩き出した。
この日、サラは忠正をデートに誘いだしていた。
夏休みにエドワーズ島で忠正に命を助けられて以来、サラの心境に変化が生まれていた。
サラにとって如月忠正という人物は、幼馴染のフィオナが連れてきたボーイフレンドであり、自身が看板娘を務める定食屋“かもしか亭”の常連客の一人でしかなかった。
ひょんな事から海賊娘との決闘の場面に立ち会ってしまい、忠正が軍人としても騎士としても想像以上に強いという事は知っていたが、はっきり言ってサラの好みのタイプの男性では無かったし、それほどの興味を持つような相手では無かったのだ。
だが、あのエドワーズ島での出来事がサラを変えた。
運が悪かったとしか言いようがないが、肝試しで夜の森を探索していた現場で美術品の密輸を行っていた悪漢に出くわし、拉致監禁された上に口封じの為に殺されかかっていた所を、如月忠正が助けに来てくれた。
彼は自分が撃たれて死に瀕した中でも、サラを救いだしてくれたのだ。
以前、フィオナが波止場で悪漢に襲われたところを忠正に助けられた、という話を聞いた。
フィオナはそれをきっかけに忠正の事を好意的に見ていたのは、端から見ていたサラにはよくわかった。
そんな乙女な気持ちを少し馬鹿にした風に見ていたサラだったのだが、今となってはフィオナの気持ちが痛い程わかる。
本当に命の危険を感じるような窮地で体を張って守ってくれる騎士に対して、好意を持たない方が難しい。
決定的だったのは、先日の収穫祭だった。
母親であるハンナが気を利かせたお陰で、忠正と二人きりで祭りに行ける事になった。
その時は単純に二人で回れる事を楽しみにしていたサラだったが、立ち寄った剣術大会の会場で偶然フィオナに会った時に、サラは自分の気持ちを理解した。
幼馴染で大切な友人であるフィオナ。
ただ、フィオナも忠正に好意を寄せている。
貴族の娘で世界的な歌姫の娘でもあるフィオナと、大衆食堂の娘である自分。
その瞬間胸に沸き上がった薄暗い感情に、サラは初めて自分が如月忠正に対して恋慕に近い憧れの感情を持っている事を自覚した。
育ちも良くて性格も良く、女である自分から見ても清楚で儚げで美しいフィオナに対して、自分は言葉遣いも乱暴だし、性格も男っぽく、世間一般で言うところの女の子らしさは全くない。
だからと言って胸に沸き上がった恋心を止める事も出来ない。
そう思ったサラは、フィオナにはない武器で勝負する事に決めた。
それはすなわち“積極性”だった。
控え目で引っ込み思案のフィオナは「私なんて」が口癖な程の卑屈で臆病な性格である事は、幼馴染である自分が一番良く知っている。
サラが自認するフィオナに勝っている部分とは、その行動力であり、多少強引でも相手を引っ張っていける積極性だったのだ。
そんな事からサラは、軍部帰りに“かもしか亭”に食事の為に立ち寄った忠正を捕まえて、今日のデートの約束を取り付けたのだった。
二人はサウスドルファン駅から馬車に乗ると、王城の前を通りマリーゴールド方面へと進み、国立公園へとやって来た。
国立公園はサラが住むサウスドルファンや忠正の宿舎のあるシーエアーとは王城を挟んで反対方面にあるので、ドルファンの一般市民はあまり来る機会がないところでもある。
忠正もエドワーズ島の事件後に退院した際の体力の衰えを鍛えなおすためにこの公園の外周を走っていたが、それ以来来たのは初めてだったし。そもそも公園の中へと立ち入ったのも初めてだった。
この国立公園はドルファン観光の中でも人気の高いスポットだ。
それと言うのも、世界的にも有名な芸術家のリゴディッドの作品が公園内にいくつも点在しており、その中でも人気があるのは“真実の口”という彫刻と“トレンツの泉”という噴水の人魚像だ。
だがこの日二人はそのどちらでもなく、公園の南側にあるフラワーガーデンを訪れていた。
四月から五月にかけてと、十月から十一月にのみ開園されるこのフラワーガーデンは今が丁度見頃だったからだ。
「うわぁ……!」
そのフラワーガーデンの入口門をくぐった瞬間に目に飛び込んできた風景に、サラは思わず感嘆の声を上げた。
続いて入った忠正も、地面を埋め尽くすあざやかな赤一色に目を奪われた。
サラと忠正を待っていたのは、一面に広がる真っ赤なダリアの花だった。
よくぞここまで、という位に敷き詰められたダリアの花々は、この瞬間に自身の命を燃やしているのではないかと思うほどに色鮮やかに、そしてすべての生き物の視線を釘付けにするためだけに咲き誇っているように見えた。
「あたし……いや、私、普段はあまり花なんて興味はなかったけれど、すごいんだね! こんなに綺麗なものだって知らなかった……」
ため息交じりに恍惚の声を上げたサラに、忠正も深く頷いた。
「なんというか……言葉にならないな。こんなに美しい光景がこの世にあったなんて、誰も教えてくれなかった」
「本当だね!」
花々の間の細い通路をくるくるとダンスを踊るようにスカートを翻して進むサラのまぶしい笑顔に、忠正は思わず目を細めた。
咲き乱れるダリアの花と嬉しそうなサラの笑顔の取り合わせが、いつも知っているサラとは別人のように輝いて見えた。
そんなサラに思わず見とれていたことに気づいた忠正は、軽く咳払いをしながら入口でもらった案内書きの紙に視線を落とした。
「ダリアは赤い色だけじゃないみたいだ。赤、オレンジ、黄、白、紫、ピンク……それぞれの色ごとに区分けして植えているって書いてあるよ」
「そうなんだ」
サラは軽やかなステップで忠正の元に寄ると、案内書きを覗き込んだ。
「私、オレンジ色が好きだから、そっちを見てみたいな」
「ああ。オレンジ色はあっちの区画みたいだ」
区画同士は背の高い生垣で区切られており、忠正は東側の区画の方を見た。
その時、不可解な現象が起こった。
生垣の向こうで不自然に花が空中を舞った。
まるで下から爆破されたかのように生垣よりも高く舞い上がった花。
すぐに見えなくなってしまったその現象に忠正は顔をしかめた。
今日は風も穏やかだし、ましてやダリアは花房が一つ一つ大きいので、つむじ風のようなものに巻き上げられたわけではないだろう。
同じようにその不思議な現象を見ていたサラと顔を見合せると、二人はなんとなく興味を引かれて隣の区画の方へと歩き出した。
ゆっくりと進みながらアーチになっている生垣を回って、隣の区画を覗きこんだ時、女性の声が響いた。
「えい! フラワー・ハリケーン!!」
その声とともに両手に溢れんばかりに抱えていたダリアの花を空中に放り投げる。
あざやかなオレンジ色の花が空にしがみつくように舞い踊ったが、すぐに重力に負けてふわふわと落ちていく。
オレンジの花のシャワーの中心で、花を投げ放った女性は屈託なく微笑んで座っていた。
絹糸のように太陽の光を反射する青黒い漆黒の長い髪。細い顎のラインと凛とした眉の形が南欧の人ではなくオリエンタルな雰囲気を醸し出している。
しかりと刻まれた二重まぶたの下の瞳は、ダリアのあざやかにまったく引けを取らない澄んだ紅い色をしている。
その瞳がサラと忠正の姿を見つけると、女性はにっこりと笑った。
「すごい、素敵!」
サラが歓喜の声を上げたが、忠正はショックのあまり目を大きく見開いて言葉を失ってしまった。
女性は髪の色と同じ黒いワンピースのスカートの裾を払いながらゆっくりと立ち上がり、サラに声をかけた。
「あなたも一緒にやってみる? 二人でやるとダブル・フラワー・ハリケーンになるんだけれど」
「え、ええ……?」
サラは戸惑いの声を漏らしたが、すぐに忠正が一歩踏み出し、声を荒らげて叫んだ。
「なぜここにいる!?」
その突然の激情にサラは驚いてわずかに身体を固くしたが、その女性はその頬に微笑を浮かべたまま言った。
「大きな声を出さないでよ。そっちの子が驚いているじゃない」
女性の余裕綽々な態度に対し、忠正は今にも掴みかかりかねない勢いで歩み寄って言う。
「なぜここにいるのか、と聞いているんだ」
女性は手にしていた花を静かに手を開いて落とすと、その表情から微笑をぷっつりと消すと、一転して氷のように冷たい口調で答えた。
「花を愛でているからに決まっているでしょう。それよりも、なぜここにいるのか。というのはこっちのセリフだわ」
そう言って女性は忠正の前に立つと、その佇まいからは想像もできない速さで忠正のシャツの胸倉を掴んだ。
「あんたがなぜドルファンにいるのかしら? スィーズランド軍はどうしたの?」
忠正は女性の手を力づくで払うと、冷たく言い放つ。
「答える必要はない」
その言葉の持つ冷たさが、今まで一度も聞いたことのないほど強く冷淡だったため、サラは思わず自分の腕を抱いた。
それに敏感に気づいた女性は忠正の横をすり抜けると、サラの肩を優しく抱いた。
「ごめんね、怖い思いをさせて。あいつ、こういうことに本当に気が利かないからさ」
「あいつ……?」
その物言いにサラは不信感を抱いた。
あきらかに忠正の事を知っているかのような口振り。
しかも相当に気心が知れた仲でない限り口にしないような言葉。
サラの傷ついたような表情を目の当たりにして、流石の忠正も深くため息を吐きながら自分の髪をぐしゃぐしゃと手で掻いた。
「サラ、ごめん。ちゃんと説明するべきだった」
忠正はサラの方を振り返ると、幾分冷静さを取り戻して続けた。
「言い訳をするようだけれど、オレも驚いているんだ。なぜこいつがこの国にいるのか、本当に意味がわからない」
サラはうつむきながら黙って頷き、続きの言葉を待つ。
言い淀む忠正に、女性は呆れたように肩をすくめて言った。
「サラさん、と言うのね。私の名前はロゼッタ。ロゼッタ・ハイマー。そこにいる忠正の双子の姉よ」
「え……!?」
思いもよらぬ言葉に顔を上げたサラは、忠正とロゼッタの顔を交互に見た。
東洋風の顔立ちは確かに似ているようにも見える。
だが、なによりもその言葉に信憑性をもたらせていたのは二人の瞳の色だった。
咲き誇るダリアよりも深く澄んだ赤。
二人の瞳の色はまさにルビーのような紅い色。
紅玉の瞳は、間違いなく二人が血を分かち合った双生児である事を証明していた。
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