続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
吹き抜ける秋の風がダリアの花畑を揺らす中。如月忠正とロゼッタ・ハイマーは立ち尽くしたままお互いの姿を凝視していた。
サラは二人の顔を交互にみつめて、双子の割にはそれほど似た顔立ちではないと思いつつも、そのルビーのような紅い瞳の色だけは、間違いなく同じ色だという事を感じていた。
しばらく二人はにらみ合ったままだったが、やがて忠正が低く抑えた口調で口を開いた。
「もう一度聞くが、なぜロゼッタがドルファンにいるんだ? 最後に聞いた話では、行先も告げずにふらりと家を出ていったきり、という事だったが」
やや冷たく言う忠正に対し、ロゼッタは面倒くさそうに答える。
「誰の話よ、それ」
「誰だっていいだろう」
ロゼッタは小さくため息を吐きながら言う。
「大方プリムあたりでしょう。あんたの情報源なんてそんなものだものね」
「情報源なんてどうでもいい。勝手に家を出て一年近く手紙一つも寄越さなかったのはなぜだ。プリムがどれだけ心配していたと……」
言いかけた忠正の言葉を遮るように、やや怒りのこもった声でロゼッタが言葉を差し込んだ。
「勝手に家を出たのはあんたの方でしょう。父さんの名前を騙って軍に入隊して、最年少の軍師だかなんだかになって、入隊以来家にも帰らず家族に心配をかけたヤツがどの口で言っているの?」
「オレにはオレの目的がある。軍に入隊したのはその最短距離を辿ったに過ぎない」
「あんたっていつもそうよ。そうやって理由も説明せずに勝手な事をして、みんなに迷惑をかける」
「オレは少なくとも自分の行動には責任を持っている。迷惑をかけるような事はいつだってロゼッタの所為じゃないか」
「そんな言い訳、男らしくないわよ」
言い合う二人の姿を眺めていたサラは、思わず苦笑を浮かべた。
この会話はただの姉弟喧嘩に他ならない。
二人はいがみ合っているように感じているのかもしれないが、外から見ているサラにとってはただのじゃれ合いのように見える。
それに忠正の物言いは普段の冷静で理知的なそれではなく、どこか感情的でいつものような話の順序立てが出来ていないようにすら感じていた。
「あのさ」
そんな二人に対し、サラは定食屋での客同士の諍いを諌めるかのような口調で口を挟んだ。
「二人が姉弟っていうのはわかったし、多分久しぶりに会ったんでしょう。そんな時はお互いの近況報告から始めればいいじゃない」
そんなもっともな意見に忠正もロゼッタも頭に上っていた血が下りたのか、少し気まずそうに顔を見合わせながらまずはロゼッタが口を開いた。
「ええと、久しぶり……。私は今ドルファン学園の教師として働いているの。家を出た理由は……まあ色々あるけれど、それは言いたくない」
そこまで言ったロゼッタの言葉に、忠正とサラがほぼ同時に反応した。
「教師!?」
「ドルファン学園!?」
二人の反応を予想していたようにロゼッタは肩をすくめてみせた。
「そうよ、教師。こう見えても教員資格を持っているし、特に歴史に関しては大したものなんだから」
さらりと言い切ったロゼッタだが、教員資格の免許は偽造したものだ。
そしてサラの方を見ると微笑みながら続ける。
「あなたはドルファン学園の生徒かしら。高等部? 何年生?」
矢継ぎ早に切り出された質問に若干戸惑いながらサラは答える。
「こ、高等部、一年生、です」
教師と知って思わず敬語になってしまったサラだが、そんな事はお構いなしにロゼッタは続けた。
「高等部の一年生! じゃあ歴史の授業で今後一緒になる事があるかもね」
そう言ってウィンクをするロゼッタの明るさに、サラはすでに好感を抱き始めていた。
その様子を横目で見ていてサラの感情を敏感に感じ取った忠正は、違和感とともにロゼッタのこの性格について内心舌を巻いていた。
彼女が教師を目指していたなんて話は、一緒に育った忠正でも一度も聞いた事がない。
確かに歴史には詳しいようだが、それは単純に学校の授業の中で好きな教科が歴史だったというだけだ。
彼女は幼い頃から活発で、絵にかいたようなお転婆娘だった。
女だてらに父親にせがんで剣術を教わり、近所の悪ガキどもを叩きのめすような娘だったのだ。
それこそ、彼女の将来は父の跡を継いで軍人になるかもしれない、と誰もが思ったものだ。
そんなロゼッタが何故スィーズランドを離れた異国の地で教鞭を取っているのか。
忠正にしてみれば違和感しかない。
それに、彼女のこの人懐っこく根っから明るい性格は、誰の懐にも容易く飛び込んでいってしまう。
現にサラは出会ったばかりだと言うのにロゼッタに対しては警戒心ではなく、好奇心を持って好意的に受け止めているようだし、幼少時からその特殊な能力を隣で見てきたからこそ、それが彼女の本心からの行動ではなく上手く立ち回る事で味方を増やして最終的には自身に有利な状況を作る為の行動だとわかっている。
そんな人を巻き込む力が疎ましくもあり、羨ましくもあった。
「それで」
ロゼッタの声で忠正は思考の海から引き戻された。
「あんたは今、何をしているわけ? 高等部の女の子を連れて、お花畑でデートをしていたのはわかるけれど」
「茶化さないでくれ」
忠正は大きく息を吸うと、いつもの落ち着きを取り戻して言う。
「オレはスィーズランド軍は休職中だ。今はドルファンの傭兵徴募に応募して、海軍に所属している」
「海軍」
言いながらロゼッタのルビーのような目が不審そうに忠正の目を覗く。
「なんでまた軍なの? あんた、昔から喧嘩も苦手だし、いつも本ばかり読んでいるような性格だったじゃない」
ロゼッタの視線を真正面から受け止めながら、忠正はきっぱりと言い返した。
「言いたくない」
頑ななその態度にロゼッタはまたしても肩をすくめた。
「まあ、あんたの頑固は今に始まった話じゃないし。ドルファンにいる事は、父さんと母さんは知っているの?」
「プリムには手紙を送ってある。そっちこそドルファンにいる事を伝えているのか」
「さあね」
そう言っておどけるロゼッタの態度に忠正は明らかに不機嫌そうな顔をしたが、ロゼッタはそのまま背中を向けると顔だけ振り返って言った。
「デートの邪魔をしちゃ悪いし、私はこれで失礼するわ。忠正、なんにせよ久しぶりに会えたし、元気そうで良かったわ。これは正直な気持ち」
そしてサラの方を見て微笑む。
「次は学校で会いましょう。見かけたら気軽に声をかけてよね。じゃあね」
そう言って手を上げて歩き去るロゼッタの後ろ姿を、忠正とサラは半ば呆然と見送った。
フラワーガーデンから退園し足早に国立公園の中央通りを歩いていたロゼッタの隣に、さりげなくパトリツィアが近づいていき隣に並んで歩いていく。
「いかがでしたか」
パトリツィアが言うと、ロゼッタはなんとも複雑な笑顔を浮かべた。
「パティの情報通り、海軍に所属している傭兵だった。……そしてやっぱり私の弟だったわ」
「それでは、やはり彼が“百識のサリシュアン”」
「そうなるわね」
ロゼッタの言葉にパトリツィアは神妙な面持ちで頷いた。
ドルファンの地勢と街の地理をロゼッタに教える為に国立公園へ来ていたパトリツィアは、偶然フラワーガーデンへと赴く忠正とサラの姿を見かけて、ドルファン海軍で中心的な活躍をしている傭兵がいると報告を入れていた事もあり、ロゼッタにそれを伝えていた。
はたして忠正の姿を確認したロゼッタは一目でそれが自分の弟である事を理解し、彼がスィーズランド軍で活躍していた“百識のサリシュアン”である事をパトリツィアに伝えつつ、それが本当に自分の弟なのか、何の目的でドルファンに入るのかを探るために、先回りして一芝居打ったのだった。
パトリツィアから見れば。如月忠正は一介の傭兵に過ぎなかった。
ただ、五月祭の会場でフィオナに紹介されて出会った忠正は、海賊や海の賞金稼ぎのような輩ばかりが揃う海軍傭兵の中で、真っ当な騎士のような出で立ちは少し特殊に見えた。
それ以来潜入捜査の足掛かりになればと、その動向を密かに追いかけていたのだが、まったく統率力の無いジョアン・エリータスの下で着々と海軍をまとめ上げ、功績を残していく姿はある意味で驚異的であった。
そんな如月忠正の活躍を本隊に報告するとともに、彼とフィオナを巡っての因縁に巻き込まれていくのも、パトリツィアにとっては誤算ではあったが興味深いものでもあった。
目の前で忠正の実力や思考に触れるチャンスが巡って来るという、願ってもいない状況だからだ。
まさかエドワーズ島で謎の刺客と戦闘になるとは思っていなかったが、その刺客が“サリシュアン”という言葉に過剰な反応を示した事。
それも含めて情報はすべて敬愛する“サリシュアン”である、ロゼッタへと報告していたのだ。
当のロゼッタもパトリツィアから提供された情報を元に、“タダマサ・キサラギ”なる人物が双子の弟である事はほぼ確信していた。
だが、今日言葉を交わし、目の前で確認した事で、それは事実へと昇華していた。
「ふふ……」
先ほどの忠正の事を思い出し、思わずロゼッタが笑みをこぼす。
「?」
パトリツィアが不思議そうにロゼッタの方を見ると、彼女は面白そうに目を細めた。
「しかし、あの奥手だった弟が女の子を連れて花が咲き乱れる公園でデートとはね。さすがの私も驚いたと言うか……」
「タダマサ・キサラギに好意を持っている女性はそれなりにいますので、人気があるのだと思います」
「本当に? 信じられないな。子供の頃は本に齧りついて、私のいたずらにぴーぴー泣いてばかりたったのに」
「シュバルツで氷のように冷徹と言われたサリシュアン様が、そんないたずらを仕掛けるような子供だったとは思えません」
「パティ?」
その言葉に咎めるような視線を送ったロゼッタに、パトリツィアは若干ばつの悪そうな顔をした。
「失礼しま……ごめんなさい、ロゼッタお姉ちゃん」
「よろしい」
満足そうに頷きながら、ロゼッタは目を細めて考えていた。
弟である忠正はドルファン海軍所属で間違いない。
そこで海軍の中心メンバーとして活躍し、スィーズランドで最年少軍師になった時と同じように、すでに欠かせない幹部メンバーである。
それはすなわちシュバルツデスアプグルント騎士団にとっては厄介な存在という事だし、すでに彼の所為でアルビアのドルファン港への奇襲が失敗に終わっている。
血を分けた弟の活躍が嬉しくないわけではないが、その英雄的な行動が彼の目的の為の行動とはどうしても思えない。
忠正の行動理念。それが、ロゼッタの考えている通りだったとすると、今の行動は矛盾するからだ。
「さてさて、何を考えているやら……」
そう言いながら微笑むロゼッタの横顔を、パトリツィアは不思議そうに眺めていた。
「ごめん、サラ。なんとも見苦しい所をみせてしまったな」
ロゼッタが去り静かになったフラワーガーデンで、忠正は申し訳なさそうに言った。
落ち込んだ様子の忠正を横目にサラはほんの少しだけ上機嫌だった。
忠正に双子の姉がいた事は驚いたが、いつもと違う忠正を見られたのは新鮮だった。
それに、いつも堂々としていて理知的な忠正が、こうやって申し訳なさそうにしょぼくれている姿はなんとなく可愛く見える。
「そんな、気にしないで。タダマサのお姉さんが学園の先生だったなんて、ビックリしたよ!」
「オレが一番驚いたよ……。まったくいつまで経っても突拍子もない行動ばかりで……」
ドルファン学園の教師という事は、ロゼッタの事がフィオナやパトリツィアに知れ渡ってしまうのは時間の問題だろう。
だがこの事実を一番早く知っているのは自分だという優越感に、サラは思わず頬が緩んでしまう。
実際はパトリツィアがサラよりも先に知っている事なのだが、そんな事実をサラが知る由もない。
「それよりもさ、この後どうしようか! キャラウェイ通りでショッピングでも……」
機嫌の良いサラが明るい声を上げた時、ロゼッタが去って行った生垣の出入口から一人の人影が入って来た。
ついそちらを見たサラは一瞬息を飲んだ。
秋の風に軽やかになびく水色の長い髪。それを片手で抑えながらダリアをみつめる瞳は、どことなく愁いを帯びているが、大きな瞳は温和な雰囲気を漂わせている。
少女のような幼さと、大人の女性のような佇まいの両方を持ち合わせているその女性は、忠正とサラに気が付くとニコリと微笑んだ。
そのあまりにも美しい微笑みにサラが思わず見惚れていると、隣の忠正が嬉しそうな声を上げた。
「アンさん!」
アンと呼ばれたその女性は、はにかみながら小さく手を振っている。
忠正は嬉々としてアンの方へと歩み寄る。
「こんにちは。アンさんもダリアを見に?」
「はい。今がいい時季だと聞いたので……」
茶色を基本とした季節によく合うポンチョコートとロングスカートという大人っぽい服装のアンと、鍛えられた細身の忠正が並んでオレンジ色のダリアに彩られた花畑に立つと、それだけで絵画のようだ。
サラは自分のジャンパースカートを見下ろして、なんとなく子供っぽさを感じてしまっていた。
「あ、あの、そちらの方は?」
そんなサラに気付いたアンが言うと、忠正は思い出したようにサラの方を見た。
「ああ、彼女はオレの行きつけの食堂の娘で、サラ・ショースキーさんです」
不意に紹介されたサラはぎこちなく笑って見せる。
――行きつけの食堂の娘……
間違ってはいない。
何も間違っているところはない話なのに、サラは胸が締め付けられるような息苦しさを感じていた。
「サラさん。あの、私はアンと言います。よろしくお願いしますね」
そう言って微笑むアンは、とても大人っぽく、落ち着いているようにサラには見えた。
「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」
控え目に言うアンに忠正は大きく首を振った。
「いえいえ、そんな事は……なぁ、サラ!」
嬉しそうな忠正の顔に、サラの息苦しさは強くなる一方だった。
せっかくのデートだったのに。
せっかく勇気を出して誘ったのに。
フィオナだけではなく、こんな大人っぽくて綺麗な女性がいたなんて。
自分には向けてくれない嬉しそうな忠正の表情に、胸の奥が強く縛り上げられているように痛い。
サラはいたたまれなくなって、大きな声で言った。
「あ、あー! そうだ、今日は貸し切りパーティーの予約が入っていたんだった!」
忠正もアンも驚いた表情でサラを見る。
だがサラは作り笑いを浮かべながら続けた。
「ごめん、タダマサ。私、急いでお店に帰らなきゃ! アンさん、そんなわけなんで私、帰りますから、タダマサとごゆっくり!」
二人が何か言おうとしたのを振り切るようなタイミングで走り出したサラは、全速力でダリアの花園から離れて行く。
顔を見合わせた忠正とアンだったが、走り去るサラの瞳に光るものがある事には気付かなかった。