続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【48】幼馴染の二人

「はぁ……」

 

今日だけで何度目かわからない深いため息を吐いたサラの隣に座っているフィオナは、心配そうにその横顔をみつめた。

“かもしか亭”のハンナが用意してくれているお弁当を、昼の時間にフィオナ、サラ、そしてパトリツィアの三人で人気のない中庭のベンチで食べるのが毎日の恒例行事となっているのだが、この前の休日明けからサラの元気が無い事にフィオナは心を痛めていた。

ただ、何が原因なのかを聞いても適当な言葉で返事を濁されるだけで、どうにも要領を得ない。

毎日浮かない顔で深いため息を吐いてばかりのサラは明らかにおかしいし、何かがあった事は明白だった。

だが当の本人がそれを語らないのではフィオナにもどうする事もできない。

 

 隣で我関せずといった顔でランチボックスの中身を無心に食べているパトリツィアをちらりと眺めて、フィオナはサラにも負けないため息を吐いた。

今日のお弁当は炊いた米と数種の野菜を混ぜたサラダで、それに合わせてあるドレッシングはフィオナもサラも子供の頃から大好きな味だった。

今週に入ってからのお弁当の中身は毎日サラの好物ばかりで、それがハンナからの無言のメッセージである事がフィオナにはよくわかっていた。

 

 フィオナとサラの付き合いは、二人が物心着く前から始まった。

たまたま同じ年に生まれた二人は、貴族の娘と一般市民の娘という立場の違いはあったものの、母親同士が親友という事もあって一緒にいる時間が長かった。

幼い頃から歌姫としての公演や遠征で家を留守にしがちだったフィオナの母ソフィアは、エリータス家の執事達に娘を託すよりも親友であるハンナに預ける事の方が多く、ハンナもそれを喜んで引き受けた。

四月生まれのサラと十月生まれのフィオナは、今でこそ同じ学年で学校に通っているが、小さいときの半年の生まれの差というのはそれなりに大きく、サラは自分の方が年上だと認識していたし、フィオナもお姉さんぶるサラに対し、そういうものだと思っていた。

元来の持っていた性格なのか育ってきた環境なのかはわからないが、小さい頃からサラは元気いっぱいでお転婆、男勝りの怖いもの知らずだったのに対し、フィオナは控え目で引っ込み思案、真面目で大人しい子供だった。

そんな事情もあって二人は姉妹のような関係でもあり、幼馴染でもあり、必然的にいつも一緒の親友として今日まで過ごしてきたのだ。

 

 いつだって自分の前に立ち、消極的な自分の手を引いて外に連れ出してくれたサラが、こんなにも元気のない姿を見るのはフィオナにとっても初めてだった。

だからこそ力になってあげたいのに、何を聞いても上の空の状況ではどうにもならない。

そんな己の無力さにフィオナも元気が無くなってしまうのは、それこそ仕方のない事でもあった。

 

 

 今日の弁当を早々に食べ終わったパトリツィアは、フィオナとサラがほとんど弁当に手を付けていない事を確認すると二人とは別の、呆れたようなため息を吐いた。

 

「二人とも、食べないの? 勿体ないわ」

 

その言葉にあわててフォークを握りなおすフィオナに対して、サラは心ここにあらずといった様子で視線を地面に落とすだけだった。

 

「まったく……腑抜けてしまって、みっともないわね」

 

パトリツィアの言葉には明らかに蔑むような響きが含まれていたが、サラはそれにも反応せず弁当の包みをパトリツィアの方へ差し出した。

 

「食べたいならあげる。あたしは……食欲ないし」

 

差し出された包みを受け取ったパトリツィアは、フォークで中身を突きながら心底呆れたような口調で言う。

 

「あの傭兵と何があったか知らないけれど、当の本人は理由をわかっていなかったわよ」

 

突然投げ込まれたその単語にサラが目を見開いたのと同時に、同じくらい驚いた表情でフィオナが声を上げた。

 

「あの傭兵って……キサラギさんと何かあったの?」

 

弁当を落としかねない勢いで身を寄せるフィオナの圧力に若干押されてしまったサラは、泣き出しそうな顔で必死に首を横に振った。

 

「何もない! 何もないよ……。悪いのはあたしだし……」

 

その否定は暗に忠正と何かがあった事の裏付けにしかならないのだが、サラはそれに気づいてはいなかった。

フィオナとパトリツィアはお互いの視線を合わせると、パトリツィアがややぶっきら棒に言った。

 

「私は教室に戻る事にする。せっかくの美味しい食事も辛気くさい顔の人が隣にいると味が落ちるわ」

 

言葉通りに弁当の包みを持ったまますたすたと歩いていくパトリツィアの後ろ姿を半ば呆然と見ていたサラは、目を伏せながらフィオナに向かって言う。

 

「フィオナも教室に戻りなよ。昼食が済んだなら、あたしといる意味なんてないでしょ」

 

だがフィオナは首を振った。

 

「パティは私たちに気を使ってくれたんだよ。ねぇ、話を聞かせて。キサラギさんと何かあったの?」

 

サラは一瞬顔を上げたが、すぐにまた伏せた。

 

「……悪いけれど、フィオナには言えない。だって、フィオナも……タダマサの事……」

 

言いかけたサラの顔を両手で挟んだフィオナは珍しく語気を強めて言う。

 

「私の気持ちなんて関係ないよ。キサラギさんは大切な人だけれど、私にとってはサラの方がずっと大事な幼馴染なんだから!」

「フィオナ……」

 

昼休憩の終わりを告げる予鈴が鳴ったが、二人の耳には届いていなかった。

 

 

 

 午後の授業が始まりひっそりと静まり返る学園の片隅、中庭のベンチに並んで座った二人は、少しの沈黙のあとにサラがポツリポツリと語り始めた。

それは忠正をデートに誘った事、当日に起こった事、自身が精いっぱいのお洒落をして臨んだ事など、包み隠すような事はなかった。

 

「ごめん、フィオナ。あたし、フィオナもタダマサの事を好意的に思っているのをわかっていて、出し抜こうと考えていたんだ。あたし、こんな見た目だし、ガサツだし、正攻法でフィオナに敵わないって……思ってたから」

 

サラは遠い目をしながら続ける。

 

「だって、フィオナは貴族の生まれだから育ちも良いし、控えめで清楚で可愛くて、あたしとは正反対だからさ。勝ち目ないな……って思う」

 

フィオナは黙って聞いていたが、言い終わって俯くサラの横顔をみつめると、同じように視線を落として静かに口を開いた。

 

「サラがそんな風に思っていたなんて、知らなかった。でも、私はサラが思ってくれているような人間じゃない。引っ込み思案で、人と話すのも上手くなくて……学校でもいじめられてばかりで、人の輪に加わる事も出来ない暗い人間だよ」

 

暗い声で言うフィオナに、サラは顔を上げて食ってかかった。

 

「そんなことない! フィオナがエリータス家の人間だからってやっかみを言っているような連中はわかってないんだよ。フィオナは誰にでも優しいし、貴族なのにそんな事を笠に着るような事もしない。他の嫌味な貴族連中とは根っこの部分から違う、すごく魅力的な女の子で……あたしの憧れで……」

 

言いかけたサラの目から涙がこぼれ始め、サラはあわててそれを制服の袖で拭った。

 

「あれ、なんであたしが泣いてるんだろう」

 

必死に涙を拭うサラをみつめながら、フィオナは胸が詰まる思いだった。

サラは、この幼馴染はいつだってそうだ。

誰かにいじめられたり、ジュリアンに言い寄られても強く拒絶できない自分を、いつだって助けてくれてかばってくれたのはサラだった。

初等部、中等部をドルファン学院で過ごしたフィオナには味方は誰もいなかった。

学院で過ごす時間は心が凍りつきそうな冷たく、暗い時間だった。

そんな時間を過ごすフィオナを救ってくれたのは、いつだってサラだった。

屋敷に帰るのも嫌で逃げ出した先の“かもしか亭”で、呆れながらも話し相手になってくれて、一緒に怒ってくれて、明るく笑い飛ばしてくれたのはサラに他ならない。

内に籠りがちで暗い方向に物事を考えてしまうフィオナが今日こうして学校に来ることができているのも、学院が辛いのだったらドルファン学園に転籍すればいい、とサラが提案してくれたからだ。

 

そしてドルファン学園に転籍してからも、その人見知りぶりを発揮して友達も出来ず、クラスでも浮いてしまっていたフィオナに対し、自身のクラスの友達を差し置いてでも一緒に昼食を食べてくれて、何かと気にかけてくれて、まわりの人からの冷たい視線を跳ね除けてくれたのはサラなのだ。

 

 

 そんなサラが自分なんかに劣等感や負い目を感じていた事を初めて知ったフィオナは、言葉に詰まってしまっていた。

そして、こんな自分の事をそこまで大切に思ってくれていたサラの気持ちに、何を返してあげられるのかがわからなかった。

ただ、サラが忠正に好意を持っているのなら、それは応援してあげたい。

確かに自分も如月忠正という一人の男性に心を惹かれているのは間違いない。

でもだからと言ってサラの事を出し抜いてでも忠正とどうにかなりたいという気持ちもない。

フィオナは小さく息を吸うと、両手を握って切り出した。

 

「あのね、私、サラにはすごく感謝している。引っ込み思案の私が今までなんとかやってこれたのも全部サラのおかげだし、サラのその明るくて前向きで引っ張ってくれる行動力にすごく憧れている。……それは私には無いものだし、サラのようになりたいって思った事も一度や二度じゃない」

 

フィオナの言葉に、サラは俯いていた顔をわずかに上げてフィオナの方を見た。

フィオナはそのまま続ける。

 

「私、まわりに馴染めなくて暗くていじいじしている自分の事がすごく嫌い。お父様に嫌われているのかもって思っても確かめる勇気もないし、お母様にもっと甘えたいと思っても飛び込む勇気もない。とにかく自分で何かをする勇気もないし、何一つ行動に起こせない自分の事が本当に嫌い。でも、今日、サラが私に憧れているって言ってくれて、ちょっとだけ自分の事が嫌いじゃなくなったかもしれない」

 

フィオナは隣のサラの手を取り、自分の手を重ねた。

 

「だって、私の憧れているサラが言ってくれた事だから」

 

サラは若干戸惑いながらフィオナの顔を見上げた。

 

「あたし、フィオナに憧れてもらえるような人間じゃない」

「それは私も一緒だよ。サラに憧れてもらえるような人間じゃない。でも、二人ともそんな風に思っているなら、それって駄目な事だと思う。私の好きなサラは間違いなく素敵な人だもの。それが間違っているなんて絶対に認められない」

 

重ねた手に力がこめられるのを感じたサラは、その力強さと温かさに驚いた。

フィオナはもう一度小さく息を吸うと、今度はわずかにためらいながら言った。

 

「キサラギさんに対して私が好意を持っている事は、そう……だと思う。危ない所を助けてもらったのもあるし、彼の人柄は……好き。私の話をちゃんと聞いてくれて、しっかり考えて答えてくれるところとか」

 

その小さな告白にサラは神妙に頷く。フィオナはそのまま言葉を続けた。

 

「でも、サラもキサラギさんの事が好きだからと言って、私が遠慮するのもおかしいと思う。それってキサラギさんに対する自分の気持ちが嘘だっていう事にもなるし、キサラギさんの事を好いているサラに対しても失礼な事だから」

 

そう言ってサラの手を握ったフィオナは、サラの目をみつめると力強く言った。

 

「だから、今日から私達はライバル。どっちに遠慮することもない、どっちに気後れする必要もない、どっちもキサラギさんが好きな二人。幼馴染で、親友だけれど、ライバル」

 

ぐっと握った手から伝わるわずかな震えがフィオナの緊張と生真面目さを物語っている。

 

「ダメ……かな?」

 

心配そうに言うフィオナに、サラは大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。

そして少し困ったように微笑んだ。

 

「まったく、最近のフィオナには驚かされるよ。引っ込み思案なんて言っておきながら、随分グイグイ来るじゃない。なんか、らしくないよ」

 

「ええ?」とフィオナは戸惑ったが、サラはフィオナの手を握り返した。

 

「ごめん、あたしの方こそこんな風に落ち込んで気後れして、らしくなかったよね。明るく真っ直ぐ行動あるのみ! っていうのがあたしだもんね」

 

その言葉にフィオナの顔がぱっと明るくなる。

 

「ライバルって言葉、嫌いじゃないよ。フィオナに敵うわけがないってずっと思っていたけれど、あたしはあたしだし、フィオナが憧れた存在であるあたしが負けるはずないもんね」

 

そう言って悪戯小僧のような笑顔を浮かべたサラに、フィオナは思わず笑うのと同時に涙がポロリとこぼれた。

 

「そうだよ。それでこそ私の好きなサラだもの」

 

サラはフィオナの涙を拭ってやりながら言う。

 

「もうすぐクリスマスだし、どっちがタダマサのダンスパートナーになれるか勝負だね」

「うん。私、負けるつもりはないから」

「それはあたしもそうさ。でも、どっちが選ばれても恨みっこなしだよ」

「もちろん!」

 

二人はお互いの顔を見て、明るく笑った。

そこにはついさっきまでのふさぎ込んでいたサラの姿は微塵もない。

 

 

 明るく笑う二人ではあったが、サラの心の片隅にはまだ小さな棘が引っかかっていた。

フラワーガーデンで出会った、あの水色の長い髪の美しい女性。

アンと名乗ったあの女性を前にした時の忠正の顔を鮮明に覚えている。

サラにとって一番の強敵はフィオナだと思っていたが、それは考え違いだったのかもしれない。

もしもドルファン城のクリスマスパーティーにあのアンという女性も来るとしたら……

そんな事を考えたサラは小さく首を振った。

そんな事は考えても仕方がない事だ。自分は自分らしくアプローチをすればいい。

それに、フィオナと二人だと思うと勇気が湧いてくる。

一人だけで片思いをするよりも、唯一無二の親友で幼馴染が同じ人を好きだというのは心強い。

 

――ドルファンのクリスマスは、もうすぐそこに。

 

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