続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【51】眠らない聖夜③

 フィオナとサラの元を離れたパトリツィアは人込みの中を器用にすり抜けていくと、中庭の外れの方の木陰でシャンパンのグラスを片手に立っているロゼッタへと近づいていく。

先ほどの空気を切り裂くような甲高い音の正体は、特殊な訓練を積んだ者にしか聞こえない周波数の音を出す笛であり、ロゼッタとパトリツィアの二人だけの集合の合図であった。

ロゼッタはパトリツィアの顔を見てわずかに微笑むと、隣に立った彼女に低い声で言った。

 

「薬を渡したから、この後王女に一服盛るはずよ。でも、薬を盛るにしてもそれは直前に行われるはず。料理や飲み物は基本的に毒見がいるだろうし、直前かつ、まわりに見とがめられないようなタイミングを狙うでしょう」

 

その内容にパトリツィアはわずかに唸った。

 

「そんな都合の良いタイミングがあるでしょうか。会食は論外として、今夜だから出来るタイミングという事ですか?」

 

ロゼッタは頷きながら先ほどの男との会話を思い出す。

 

「好奇心は猫を殺す……」

「え?」

 

不思議な顔をしたパトリツィアにロゼッタは神妙な面持ちで続ける。

 

「ダンスパーティーが始まる前に王女がバルコニーから民衆に挨拶をする時間があるそうね。そこで挨拶をした後、王室会議のメンバーと乾杯をする機会があるという事だから、おそらくそのグラスに仕込むのではないかしら」

「それこそ周りの王室会議メンバーの目もある中で仕込めますかね」

「そこでいつもと違う余興が行われたら? それこそ好奇心旺盛な王女の興味を引くような何かイベントが用意されたとすれば」

「可能性は高そうですね。問題はバルコニーのあるフロアにどうやって忍び込むか」

「私でもパティでも、どちらかだけでも忍び込む必要があるわ。薬が使用されるのはなんとしても防がないとならない」

 

ロゼッタの言葉にパトリツィアは目を閉じて深く頷く。

そしてわずかに顔をしかめながら言った。

 

「なんとも難しい立場ですね。あの男の信用を得るために薬は本物を用意しなくてはならないなんて」

「万が一にも効果の確認の為に誰かに使用された時に、偽薬とわかってしまうケースを考えれば仕方ないわ。今のところはまだ信用しておいてもらわなければならないもの」

「私はロゼッタ様の御心のままに動くだけです……」

 

そう言ったパトリツィアの目は決意に燃えており、ロゼッタへの深い信頼が見て取れた。

そんなパトリツィアの様子にロゼッタは満足そうに頷いたが、賑わうパーティー会場の方へ視線を流すとすぐに非常に小さな声で言った。

 

「またあとで。面倒なのが来たわ」

 

パトリツィアは小さく頷くと同時に、ふいと会場の方へと早歩きで歩き出して行った。

 

 

 ロゼッタはパトリツィアと会話していた事実など無かったかのように、パーティーの喧騒を避けて休憩している一般客のごとくシャンパンのグラスに口をつけて寛いでいた。

そんなロゼッタの下に、会場警備の見回りをしている忠正とエルザが近寄っていく。

 

「未成年の飲酒は禁じられているが」

 

忠正が言うと、ロゼッタは面倒くさそうに応じた。

 

「ピュエリよ」

「ピュエリはグラスが違う。そのグラスはシャンパンのものだ」

「相変わらず融通が利かない事。雰囲気だけよ。飲んではいないわ」

 

肩をすくめるロゼッタの手からグラスを奪った忠正は不機嫌さを隠さない声で言った。

 

「そんな子供じみた言い訳が通用すると思うな。さっき一緒にいたパトリツィア・オーエンズとは知り合いなのか?」

 

いつもの忠正とは違う厳しい口調に隣のエルザはやや驚いていたが、当のロゼッタはまったく萎縮するような素振りもなく、あっけらかんと答えた。

 

「学校の生徒よ。見かけたから挨拶をしただけ。そっちこそあの子の事を知っているの?」

「答える必要はない」

 

特に怪しくもなければ普通にパーティー会場にいるだけの女性に対し。何故忠正が厳しい態度をとっているのか全くわからないエルザが戸惑っていると、忠正は小さな声でエルザに耳打ちした。

 

「オレの双子の姉なんだ。家出同然でドルファンに来て、教師をしているそうだ」

「お姉さんですか!?」

 

エルザが思わず驚いた声をあげたのを見て、ロゼッタはからかうように手をひらひらと振ってみせた。

 

「忠正の姉のロゼッタよ。よろしく」

 

その態度にエルザはどうしていいかわからず、とりあえず軍人らしく敬礼をしてみせた。

それを見たロゼッタは口元に悪戯な笑顔を頬に浮かべつつ、忠正の方を向いて言った。

 

「それよりも、忠正は軍の礼服なんて着て何をしているの?」

 

忠正はため息をつきながら答える。

 

「見ればわかるだろう。会場警備だよ。会場内の警戒も海軍の仕事の一つだ」

「わお」

 

大袈裟に驚いて見せたロゼッタだったが、すぐにその瞳が妖しくきらめいた。

 

「と、いう事はダンスホールの二階のフロアにも行くという事よね?」

 

その言葉に忠正はエルザと顔を見合わせたが、厳しい口調で答える。

 

「一般人に警備の区域は周知していない」

「そんな事はわかっているわよ。ねぇねぇ、私プリシラ王女を間近で見てみたいのだけれど、なんとかバルコニーの近くまで連れて行ってくれない?」

 

甘えた声を出すロゼッタに忠正は眉をしかめた。

 

「無理に決まっているだろう。遊びじゃないんだ。プリシラ王女を見たいなら中庭で待っていればいいだろ。もうすぐバルコニーから王女直々のご挨拶があるはずだから」

「そんな遠くからじゃなくて、もうちょっと近くから見たいのよ。大人しくしているから、お願い!」

「馬鹿言え。一般人を王女の近くに入れられるわけがない。そんな事はローゼだってわかっているだろう」

 

数年ぶりに弟に愛称で呼ばれたロゼッタは別の意味で驚いたが、郷愁の想いを振り切ると、エルザの方をちらりと確認してから忠正に身を寄せて、まわりに聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 

「プリシラ王女の暗殺計画があるわ。毒物が使用されるはず。王女が召し上がられるものには注意した方がいいわよ」

「な!?」

 

忠正が驚愕の声を上げた時にはロゼッタは猫のようなしなやかさで忠正の手からグラスを奪い返しており、数歩離れたところまで歩いていた。そしてわずかに振り返りながら言う。

 

「それじゃ、頼んだわよ」

「待て! なぜそんな事を知っている!?」

 

忠正が声を上げたが、ロゼッタはすでに人込みの中へと入って行ってしまっていた。

 

 

 プリシラ・ドルファンは毎年恒例の民衆への挨拶をするべく、ダンスフロアの二階へと赴いていた。

左右には近衛兵団の団長コナー・ウォレスと、副団長の男が武装した状態でそれぞれ護衛として一歩後ろをついてくる。

その後ろから杖をついたミラカリオ・メッセニ中将が続き、さらに後ろにアルダナル・ピクシスとシャルシス・エリータスが、最後尾にローナン・ディビチとリンダ・ザクロイドが続いていく。

 

プリシラはいつもの薄い黄色のドレスに深紅のマントをなびかせ、部屋の一番中央の壁際に設置された専用の玉座へと腰かける。

それを囲むように左右に二席ずつ設けられた椅子の上座となる右手側にアルダナルとシャルシスが、下手側にローナンとリンダが座り、近衛兵達はプリシラの玉座の左右の一段低くなった場所で直立不動のまま控えている。

メッセニ中将は玉座のすぐ脇に杖をついたまま立っている。

年齢もあり足が弱ってきたメッセニに対しプリシラは何度も椅子の用意を勧めたが、彼は頑として断り続け、杖を突いているとはいえ今もこうして玉座の脇に立ち続け、さながらプリシラの老執事のような雰囲気を醸し出している。

そのメッセニがわずかに咳ばらいをしてプリシラに声をかけた。

 

「プリシラ様。間もなく市民に向けたご挨拶の時間ですが、ご準備はよろしいですか」

 

プリシラは呆れたように大きなため息をつきながら答える。

 

「あのねぇ、何年このやりとりをすれば気が済むのよ。例年同じ挨拶なのだから、準備も何もないでしょう」

「一昨年前はひねりを加えようとアドリブを入れて、支離滅裂なお話になっていたかと思いますが」

 

目を閉じてボソリと言うメッセニの冷たい口調に、プリシラは顔をしかめた。

 

「その失敗があったから、去年は例年の挨拶に戻したわけでしょう。私は失敗から学ぶ女なのよ」

「失敗する前に“相談”いただきたいものですな」

「ひらめきは突然訪れるものなのよ」

「今年はその“ひらめき”がない様にお願いします」

 

メッセニの言葉に顔を背けたプリシラを見て、アルダナル・ピクシスは例年のこのうんざりするやり取りに表情一つ変えずに、プリシラへ声を掛けた。

 

「プリシラ様。例年の退屈なご挨拶は大変恐縮ではありますが、これも王女の立派なお勤めの一つでございます」

「わかっているわよ。これは私が十代の頃から勤めている事よ。あなたが王室会議の仕事をアナベルから引き継ぐずっと前から務めている事だもの。それこそ今更だわ」

「恐れ入ります。ただ、例年通りでは姫様も飽きてしまわれるでしょうから、今年はご挨拶の後に楽しめるようにディビチ卿が余興を用意したそうですよ」

「余興?」

 

その言葉にプリシラの顔がパッと輝いた。

無表情を装ったまま心の中でほくそ笑んだアルダナルは大きく頷いた。

それを見ていたローナン・ディビチが大袈裟とも取れる身振りを交えながら言う。

 

「いつも通りのご挨拶をいただいた後、王室会議メンバーでの乾杯の前に一つ、世にも珍しい吟遊詩人による歌をご準備しております」

「世にも珍しい吟遊詩人!?」

「はい。絶世の美女による、北欧神話の歌を……」

「まあ! 楽しみですわ!」

 

上機嫌に言うプリシラに対し恭しく頭を下げたローナンを見下ろしながら、アルダナル・ピクシスは唇の端に歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

 王女暗殺の密告を受けた忠正は中庭のパーティー会場の警備をエルザに任せて、人込みに消えたロゼッタの姿を追っていた。

プリシラの護衛に向かうにしても、根拠のない話では近衛兵団に掛け合う事も出来ないし、メッセニ中将とは個人的につながりがあるにしても、この土壇場では話を通しに行く余裕はないだろう。

そうなると頼れるのは上官であるジョアンになるが、ジョアンも会場内の警備に出ており、この賑わいの中で探し出すのは難しい。

そうであればまだ近くにいるはずのロゼッタを捕まえた方が早い。

忠正の判断を肯定するかのように、黒いドレスのロゼッタはすぐに見つける事が出来た。

 

「ローゼ!」

 

人波をかきわけてドレスの肩を掴むとロゼッタは不機嫌そうに振り返ったが、それが忠正だと気づくとわずかに唇の端を上げた。

 

「まだ何か用?」

「さっきの話、本当なのか?」

 

ロゼッタは肩に置かれた忠正の手を軽く払うと、ドレスを直しながらさりげない口調で答えた。

 

「信じる、信じないはあんたの自由」

 

忠正は湧き上がる怒りに思わず眉をひそめたが、それは姉弟という関係だからこそと理解しているのでその怒りをぐっと飲みこむと真剣な面持ちで続けた。

 

「言いたい事や聞きたいことは沢山あるが、まずは王女の暗殺の信憑性だけは確認したい。それが本当の事だとしたら、すぐにでも動かなければならない」

 

自分をまっすぐにみつめる忠正の真剣な眼差しをロゼッタは正面から受け止めて言う。

 

「どこまで信じてくれるかはわからないけれど、暗殺計画は本当にあるし、このままだと確実に実行されると私は確信しているわ」

 

その言葉に忠正は目をつぶって大きなため息を吐いた。

 

「……わかった。ローゼは子供の頃からオレの事を散々からかったけれど、嘘をついた事は一度もない。今はなんとしてもその計画を阻止しないと」

「そうこなくちゃ!」

 

ロゼッタはウィンクを一つ浮かべると、忠正の手を取ってダンスフロアの方へと歩き出した。

 

「計画の内容を知っているのか?」

 

忠正が言うとロゼッタは首を横に振ったが歩みを止めずに言う。

 

「いいえ。でも、毒薬を使うっていう事はわかっているわ。タイミング的には王室会議メンバーとの乾杯だと思う」

「市民への挨拶の後だな。そうなるともうあまり時間がない。直接現場に駆け付けた方がよさそうだ」

「だからダンスフロアに向かっているんじゃない」

 

昔から口より先に手が出る性格だった。そんな事を思い出しながら忠正は苦笑を浮かべた。

 

中庭の先のダンスフロアは抽選で選ばれたカップルがダンスを披露できるように、現時点では立ち入りが出来ないようになっており、楽団員たちが準備をしているだけだ。

その二階にプリシラ王女達はおり、バルコニーでの挨拶に向けて待機しているはずだ。

忠正はダンスフロアへの立ち入りを管理している近衛兵に軽く敬礼をすると、急ぎ足でフロア内へと入って行った。

その後ろからロゼッタがついて行くのを近衛兵たちは不思議そうに見ていたが、特段とがめられるような事はなかった。

 

「奥の階段から二階に上がれるはずだ。そこから先はもう、行き当たりばったりだぞ」

 

忠正が言うとロゼッタは力強く頷いた。

 

「私はどこかに身を隠して様子を伺うようにするわ。流石に一般人が王室会議のメンバーの前に出るわけにはいかないでしょう?」

「……確かに、そうだな」

 

勢いで連れてきてしまったが、冷静に考えれば一般人を王族のいるフロアに連れて行くのはリスクが高い。

姉だからこそ信頼できるが、そんな事は二階にいる近衛兵たちには全く関係ない事だ。

 

 ダンスフロアを抜けて、二階へと続く奥の螺旋階段が見えた。

丁度その階段を上ろうとしている灰色のローブ姿に片手にハープを持った人物が半分ほどの位置にいた。

ローブの人物はこちらに気づき、何の気なしにこちらを見た。

その瞬間、階段を上る足が止まりこちらを凝視しているのがわかった。

そして間髪を入れずに階段の手すりを軽やかに飛び越えると、忠正達の前へと着地した。

突然の不可解な行動に忠正もロゼッタも驚いて立ち尽くしていると、ローブの人物はゆらりと立ち上がり頭に被っていたフードを脱いだ。

銀色の長い髪がすべり落ち、氷河のような冷たい灰色の瞳に彫刻のような整った顔立ち、そしてそこに不釣り合いな左頬を縦一文字に走る傷跡。

 

「ティア・スリザー……? なぜ、こんなところに」

 

見た事のあるその吟遊詩人の姿に忠正が思わずつぶやくのと同時に、ティアはとろけるような恍惚の表情となり、その美しい顔に不気味な程の満面の笑みを浮かべた。

そしてシベリアの絶対零度の雪原にも負けない程の冷たい声で言った。

 

「やっと……やっと見つけた。私の想い人……。会いたかった……ずっと、ずっとこの日を待っていた」

「何を言っている?」

 

忠正が困惑の声を上げるのを無視して、ティアの灰色の瞳は射殺さんばかりの鋭さで隣のロゼッタを睨みつけた。

 

「この日をどれだけ夢見た事か……。殺してやる……。殺してやるわ、“隠密のサリシュアン”!!」

 

その声と同時にティアは懐からナイフを取り出し、ロゼッタへと襲い掛かった。

 

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