続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【53】眠らない聖夜⑤

「申し訳ありません。今年のクリスマスパーティーは不測の事態が発生した為、中止とさせていただきます。皆さんは近衛兵の指示に従って速やかな退出をお願いいたします!」

 

バルコニーに登場したプリシラ王女の挨拶はそこにいた国民の誰もが期待していたものではなく、その突然のパーティー中止の告知に人々はざわざわと戸惑いの声を上げていた。

それは抽選のダンスを待ちわびていたフィオナ達にとっても青天の霹靂であった。

 

「えー!? 何、何? どういう事!?」

 

不満そうに頬をふくらませるサラを横目に、フィオナは不安そうにダンスフロアの方を見た。

例年通りなら中庭とダンスフロアを仕切る扉は解放されているのだが、今年はその扉は固く閉じられている。

先ほどそちらに入っていく忠正の姿が見えたような気がしたのだが、何かあったのだろうか。

フィオナが心配そうにそちらを見ていると、隣にいたパトリツィアが目を細めながらささやくように言った。

 

「何かあったわね。王女は平静を装っているけれど、緊急事態だと思うわ」

「何かって……?」

 

フィオナの言葉に何も答えないまま、パトリツィアはダンスフロアの方を黙って見続けている。

 

「こちらから退出願います!」

 

すでに近衛兵達が誘導を開始しており、不満そうな人々に対し有無を言わせない圧力で退出を促し始めている。

 

「せっかくダンスパーティーを楽しみにしていたのにさー!」

 

ぞろぞろと歩き出す民衆の流れに巻き込まれながらサラがぼやいている。

フィオナもダンスフロアにちらちらと視線を送りながらもサラと一緒に歩き出したが、ふと横を見ると先ほどまでそこにいたパトリツィアの姿が、影も形もなくなっていた。

 

「パティ?」

 

きょろきょろと周りを見渡してもパトリツィアはどこにも見当たらない。

 

「……」

 

フィオナは不安げにダンスフロアのほうへ視線を向けていた。

 

 

 

 ダンスフロアはまさに地獄絵図と化していた。

ティアの灰色のローブは赤黒く染まり、美しい顔は目をそらしたくなる程の血まみれで真っ赤だが、それは自身の出血ではなく、すべて返り血を浴びての事だ。

足元に転がる動かなくなった近衛兵たちの数は八体を超えており、それだけの数の精鋭を相手にしても彼女自身は未だ無傷であった。

 

これだけの数の兵士を相手にして流石に疲れの影も見えてはいるが、それでも血脂をまとったブロードソードを構えるティアは得体の知れない威圧感を放っており、取り囲んでいる近衛兵達も攻めるに攻められない状態となっていた。

 

 忠正もまた、状況が膠着している事を気にかけていた。

自分がティアと一騎打ちを挑めば、もしかしたら制圧する事も出来るかもしれない。

それには近衛兵達に余計な手出しをしないでもらう事が前提だし、そうなったら近衛兵の面目は丸つぶれだろう。

ここが王宮の敷地内である以上、近衛を差し置いて自分が戦うわけにはいかない。

それに、ティア・スリザーは“サリシュアン”という単語を発している。

それは忠正にしろロゼッタにしろ、二人が持つ“サリシュアン”という名前と因縁があるのは間違いない。

手を出せない中で解決を図る事も出来ないでいる歯がゆさに、忠正はやきもきとしていた。

 

 

 槍を手にした勇敢な近衛兵の一人がティアに突進していくが、ティアは巧みに槍の一撃をブロードソードの腹で受けて逸らすと同時に相手の懐に飛び込み、防御に使った剣の先をわずかな動きで相手に向けると、まったく無駄のない動作で喉元に突き入れた。

寸分の狂いもなく頸動脈を断ち切られた近衛兵はまるで噴水のように血を噴き上げ、それが雨のようにティアに降り注ぎ、その悪魔のような姿にさらに拍車をかける。

数で圧倒している近衛兵達は、また一人仲間を失い完全に尻込みし始めていた。

 

 楽団員を始めとしたダンスフロアにいた関係者はすでに避難させられていたのがせめてもの救いで、まだこの場に残っていたとしたら、ここは阿鼻叫喚の現場となっていた事に間違いない。

 

 ティアはブロードソードにまとわりついた血糊を大きく振って飛ばし、だらりと右手に下げたまま狂気じみた視線をロゼッタに送ると、取り囲む近衛兵達を無視してゆっくりと歩き出した。

近衛兵達はまるで見えない壁に押されるように、ティアの歩調にあわせて後ろへと下がっていく。

唯一その場から下がらないのは忠正とロゼッタの二人だけで、二人は再びティアと対峙した。

 

ここまでくれば近衛兵の面子などにこだわっている場合ではない。

これ以上の犠牲を出さない事と、丸腰の姉を守らなければならない。

 

 徒手空拳で構えを取るロゼッタの前に進み出た忠正は、レイピアをティアへと向けると腰を落として基本の構えを取った。

対するティアは歩みを止めると、返り血で染まった顔を不愉快そうにしかめて言った。

 

「その構え、そのレイピア、そしてその紅い瞳には見覚えがある。やはりお前も……“サリシュアン”なのか!?」

 

その言葉と同時に右手に下げていたブロードソードが稲妻の如き速さで忠正の喉を目掛けて斬り上げられてきた。

ティアの行動を警戒していたとは言え、咄嗟のバックステップで紙一重のところでそれを躱した忠正は短く息を吸うと、得意の突きの一撃で反撃を試みる。

しかしティアは、片手で下から斬り上げた剣の柄を左手で掴むと同時にすかざず上段からの斬撃に切り替えており、忠正の突きを打ち落とす。

攻撃を打ち落とされた忠正は状態がわずかに泳いでしまったが、それを見越していたティアは振り下ろした剣の剣先を間髪おかずに忠正へと向けると、カウンターの突きへと移行していた。

 

――どうあっても防御は間に合わない!

 

完全に隙を突かれた忠正は全身の血液が凍りつくような錯覚を感じていた。

そんな忠正の体が、突然弾かれたように横に吹っ飛び、ヘリンボーンに組まれたダンスフロアの床の上に転がった。

横腹に激しい痛みを感じつつあわてて体制を立て直して顔を上げると、今まさに自分を蹴り飛ばしたであろうロゼッタがティアと対峙しているのが見えた。

あの瞬間、忠正が躱せない事を察知していたロゼッタが、忠正を強烈な蹴りで蹴り飛ばしていたのだった。

 

「すまない、ローゼ!」

 

忠正は急いでロゼッタの横に戻り、もう一度ティアに向けて構えた。

ロゼッタはティアから視線を外さずにやや緊張した声で答えた。

 

「油断大敵。こいつ、ちょっとヤバいよ」

 

ブロードソードを片手に、今度は忠正と同じようにレイピアの基本の構えを取ったティアはその狂気に満ちた顔にわずかに笑みを浮かべていた。

 

「サリシュアン……殺す!!」

 

セオリーも何もない。

何の前触れもなくいきなり突きを放ったティアの攻撃を忠正はレイピアで弾く。

休む間もなくティアはブロードソードを振るい、忠正はそれを必死に防いでいく。

 

 

 二人が撃ち合うたびに激しい金属音が響く中、丸腰のロゼッタは唇を噛んで状況を見守っていた。

 

「……ジリ貧だわぁ」

 

思わず愚痴がこぼれた時、外に面した掃き出しのガラス窓の一つが突如として派手な音を立てて割れ、ドレス姿のパトリツィアがダンスフロアに飛び込んできた。

 

「な、何事だ!?」

 

忠正とティアの戦いを遠巻きに囲んでいた近衛兵のうちの何人かがその音に気付き、パトリツィアの方を見る。

 

「パティ!」

 

ロゼッタが思わず声を上げると、パトリツィアはフロア内を素早く見渡し、打ち合う忠正とティアの姿を確認した。

 

「貴様、何者だ!」

 

近衛兵が二人ほどパトリツィアに向けて走っていくが、それを意にも介さずに躱して走り出したパトリツィアは手にしていた細い筒のようなものから紐を引き抜くと、忠正達の足元に向けて放り投げた。

 

 その筒は地面に転がると同時に、大量の煙を吹き出した。

煙は一瞬にしてダンスフロア中に充満し、全く視界が利かない状態になる。

その中で迷わずロゼッタの元へと駆け付けたパトリツィアは、近衛兵達が困惑の声を上げる中、冷静な声で言った、

 

「緊急事態と判断しました。プリシラ王女の無事は先ほど確認しておりますので、一刻も早くこの場を去る方が賢明かと」

「良い判断だし助かったわ。武器もないし、正直困っていたのよ」

「さあ、早くいきましょう!」

 

その言葉に頷いたロゼッタが走り出そうとした時、煙幕の煙を突き抜けてティアが猛然と襲い掛かってきた。

 

「サリシュアン! 逃がさん!!」

「お下がりください!」

 

ロゼッタを庇うように前に出たパトリツィアは、すでに隠し持っていたナックルダスターを手に嵌めておりティアの繰り出した必殺の突きをナックルに仕込まれた小さな刃の部分で巧みに防いだ。

火花が弾けて二人が交錯した瞬間に、その顔を見たパトリツィアは珍しく驚いたような声を上げた。

 

「お前……エドワーズ島でフィーを狙った刺客……!」

「貴様、あの時の小娘!!」

 

すかさず横払いに切りつけたティアの一撃を、パトリツィアは大きくバク宙をして避ける。

その軽やかな身のこなしはダンスフロアにふさわしく、まるで一流のバレエダンサーのようだ。

もうもうと煙幕が立ち込める中向かい合ったティアとパトリツィアだったが、ロゼッタが割り込むように間に立ち、声を投げる。

 

「剣士さん、あなたが何者か知らないけれど、私に恨みがあるという事はわかったわ。ただ、ここじゃ間が悪いし、私も丸腰。それにあなたもその剣が自分の得物と言うわけじゃないでしょう?」

 

その言葉はロゼッタの観察眼の証だった。

すでに何人もの近衛兵を屠っているこの剣士の実力はすでに理解しているものの、突きを主体に戦うスタイルや、レイピア使いの忠正と同じ構えを取るところなど、ティア・スリザーがレイピアを得意としている事を見抜いての事だ。

ロゼッタは言葉を続ける。

 

「私は逃げも隠れもしないし、あなたが戦いたいと言うならいつでも相手をしてあげる。用があるならドルファン学園までどうぞ。その代わり、今回みたいに他人を巻き込むような形は御免被るわ」

 

ロゼッタの言葉をティアは黙って聞いていたが、静かに、だが深い怒りを込めた声で言う。

 

「サリシュアン、お前は必ず私が殺す」

 

やにわにブロードソードを放り捨てると、ティアは煙幕の中を走り出した。

怒りに任せて暴れていたティアも、この状況が長引けば自分にとってどんどん不利になる事を理解していたのだろう。

その去り際の切り替えの早さが、彼女が冷徹なプロの殺し屋である事を物語っていた。

 

 

「私たちも行きましょう」

 

パトリツィアがそう言った時、煙の中から手が伸びてきてロゼッタの肩を掴んだ。

 

「待て、ローゼ! 聞きたいことは山ほどある!」

 

そう言いながら姿を現した忠正の手を振り払いながら、ロゼッタは凛とした声で答えた。

 

「あんたがそうしているように、私には私の使命がある。これ以上は話す気もないし、悪いけどこれで失礼させてもらうわ」

「それで“はい、そうですか”となると思っているのか!?」

 

やや怒気を孕んだ声で忠正が言うと、その胸倉をパトリツィアが力任せに掴み寄せ、そして明らかな怒りを込めて言った。

 

「ロゼッタ様が動かなければプリシラ王女は暗殺されていた。人の追求をする前に貴様ら軍の無能を恥じろ!」

「な……!」

 

忠正はその真正面からの正論に、咄嗟に答える事ができなかった。

パトリツィアは「ふん」と侮蔑の表情を浮かべると、手を放して白い煙の中へと消えていった。

その後を追おうとしたロゼッタは小さく振り返ると冷たい口調で言う。

 

「忠正。あんたが何を考えてドルファンにいるのか知らないけれど、私にはやらなければならない事がある。あんたの邪魔をする気はないし、あんたも私の邪魔はしないで」

 

その言葉を別れの挨拶に、ロゼッタも煙幕の中へと走って行ってしまった。

 

「……なんなんだよ、一体……」

 

忠正は呆然と呟きレイピアを鞘へと収めると、白く煙るダンスフロアをため息交じりに眺めるのだった。

 

 

 

 その後、ティア・スリザーの凶剣の犠牲となった近衛兵達を丁重に弔い、近衛兵団長のコナーと状況を整理し、ジョアンとともにメッセニ中将へ報告を行うと、すでに十二時に近い時間となっていた。

ティアの事はジョアンも覚えていたので、旅の吟遊詩人に扮した殺し屋稼業であるとの推論を報告していた。

彼女をプリシラの御前に呼び寄せていたのは王室会議のローナン・ディビチ卿であるが、彼はティアがあのような凶行に走るような人物であった事はまったくの想定外だったとメッセニに報告していた。

その刃がプリシラ王女に及ばなかった事に安心し、身を挺してそれを防いだ近衛兵達に最大の敬意をもっている、とも話したそうだった。

 

 そんな言葉を端から信用するほど忠正は素直ではなかったが、だからと言ってローナン卿が事前の信用確認を怠ったからとて罰される事はない事もわかっていた。

今回の事件の真相がプリシラの暗殺計画だった事を知っているのは、ロゼッタと忠正、そしてその犯人だけだ。

その犯人として一番疑わしいのはディビチ卿ではあるが、それは忠正の中だけの事だし、公には吟遊詩人に扮した狂気の剣士によるテロ未遂として片づけられそうな気配だった。

 

 このクリスマスの夜にあまりにも色々な事が起こり、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた忠正は、深夜となりすっかり静かになった中庭を抜けて、ようやく宿舎への帰路についた。

パーティーの余韻や、ティアとの一件での喧騒など嘘のように静まり返った中庭を歩いていると、自分の吐いた息が白くなって月明かりに照らされていた。

冷たい夜の風を頬に感じながら、澄んだ夜空に浮かぶ明るい月をなんとなく眺めながら王城の正門を通り過ぎた時、不意に「あの……」と声をかけられた。

こんな夜中に女性の声が聞こえたので驚いて声の方を向くと、門扉の脇に長い冬用のコートを着たアンの姿があった。

 

「アンさん!?」

 

忠正があわてて駆け寄ると、アンははにかんだ笑顔を浮かべた。

 

「あの、お仕事お疲れ様でした。会場でお会いできるかと思っていたのですが、突然中止になってしまって。でも、できれば一緒に帰りたくて……」

 

そう言ったアンの頬は寒さのせいで赤くなっている。

いつからここにいたのか。この寒空の下で、少なくとも数時間は立っていたのではないだろうかと推測できるほど、アンの体は小刻みに震えていた。

 

「そんな……。いつからここに? 寒かったでしょう」

 

忠正が心配そうに言うとアンは少し困ったように微笑んだ。

 

「私、寒さには強いので大丈夫です」

「どうして……。オレを待っていてくれたという事ですか?」

「はい。今夜は……クリスマスですから」

 

アンはそう言うと、ほんの少し首をかしげてみせた。

 

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