続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【54】眠らない聖夜➅

 寝静まったドルファンの街並みには、並んで歩く二人の足音だけが響いていく。

俯きがちに白い息をこぼしながら歩くアンの横を、その姿をちらちらと横目で見ながら何を話していいかわからずにいる忠正がゆっくりと歩いていく。

 

「あー、えーと……」

 

ロゼッタであれば気の利いた切り出しの一つや二つ簡単に出てくるだろうに、双子の弟だというのにこの口下手具合には自分で自分に呆れる。

ドルファンに来たばかりの頃、フィオナと一緒にこうやって二人で歩いた時も上手い言葉が見つからなくて困ったものだ。

あれから半年以上経つと言うのに成長しない自分に呆れながら、必死に言葉を探す。

そんな忠正がやきもきとしている事に気付かないまま、アンはふと微笑むと言った。

 

「ふふ、なんだか不思議ですね。私たち、そんなに話した事がないのにこうやって二人で歩いているなんて」

「あ、ああ」

 

忠正はアンの言葉に慌てながらも、軽く咳払いをして答えた。

 

「確かに、ゆっくりと話す機会はあまりなかったですね。初めてお会いした時は場所が場所だったですし……」

 

言いながら忠正はアンと初めて出会った日の事を思い出していた。

アンスガー・ヘイガーという謎の騎士との一騎打ちで海中で死闘を演じ、呼吸が続かない中で死にかけた時に救いの手を差し伸ばしてくれたのがアンだった。

あの時、何故ドルファン港の戦闘水域にアンがいたのか、どうして自分を助けてくれたのか、今までちゃんと考えた事はなかったが冷静になってみれば不思議な点は沢山あった。

だが、アンを目の前にするとそういった事がどうでもよくなってしまう。

目の前でアンが笑ってくれる。微笑みながら言葉を投げかけてくれるだけで、忠正は自分の中で何かが高揚していく感じを覚えていた。

 

 アンは控え目に微笑むと、静かに言った。

 

「実は私がキサラギさんを初めてお見掛けしたのは、あの時ではないんです」

「え! そうだったんですか? 一体どこで……?」

 

忠正の言葉にアンは少しだけ悪戯っぽく微笑むと言葉を続けた。

 

「春にあなたが初めてドルファンに来た日。波止場で女の子を助けましたよね」

 

そう言われて記憶をたどる。

ドルファンに来てまだ一年と経っていないが、もう随分昔の事のような気もする。

忠正がドルファンに降り立ったあの日、悪漢にからまれていたフィオナを反射的に助けた事を思い出す。

 

「確かに、以前アンさんにご紹介したフィオナを助けた事がありました」

「私、実はあの時の一部始終を見ていたんです」

「そうだったんですか!?」

 

あの時はドルファンに着いたばかりで若干興奮していたのと、悪漢たちへの対応であまり周りを見る余裕はなかった。

人気のない裏路地での出来事だったが、人の多い波止場での事だし、見られていたとしてもおかしくない。

 

「あの時は無我夢中と言うか……思わず体が動いてしまい」

 

忠正が言うとアンは何かを懐かしむように目を細めた。

 

「誰にでも出来る事ではないです。強くて、優しい心を持った人にしか出来ない事です。そう……、誰にでも出来る事ではないんです」

 

 そう言ったアンの言葉はどこか寂し気で、愁いを帯びていた。

冷たい十二月の風が人気のない深夜の城東大通りを吹き抜ける。

アンは忠正の数歩先まで歩くと、思い出を振り返るようにゆっくりと振り返った。

そして少しだけ困ったような顔をしながら静かに語る。

 

「私はあなたがフィオナさんを助けた時に、止まっていた時計が再び動きだしたのを感じました」

 

言葉の意味がわからずに忠正が不思議そうな顔をしていると、アンはまた前を向いて歩き出した。

 

「わからないんです。……この気持ちが何なのか。遠い昔に感じたあの気持ちと同じものなのか。今でも記憶の片隅でくすぶっているこの胸のざわめきが何なのか」

 

忠正は後ろについて歩きながら続きを待つ。

アンは振り返らず、切なげな声で言う。

 

「また同じことを繰り返すだけなのか。私はあの人の面影を追いかけ続けているだけなんじゃないか。あなたに感じているこの気持ちもただの追憶の反復じゃないかって、私は……私は……!」

 

そこまで言って不意に立ち止まったアンの肩はわずかに震えていた。

 

 

 忠正はアンが何を言いたいのか皆目見当もつかなかったが、自分のコートを脱ぐと、後ろからそっとアンの肩にかけてやった。

アンが驚いたように顔を上げて振り返ると、忠正と目が合った。

忠正は少し照れながら微笑んで言う。

 

「アンさんが何に悩んでいるのか、正直わかりません。ただ、アンさんの中で過去に忘れられない事があって、その出来事が今もあなたの心を縛り付けているという事はなんとなくわかります」

 

そう言って今度は忠正がゆっくりと先に歩き始めて、アンの前へと進んだ。

アンはかけられたコートを両手で抱きながら後に続く。

 

「オレも過去に縛られたままこの国に来て、ある目的を果たそうとしています。そしてそれは決して褒められるような事ではないし、むしろ大罪を背負うような事です」

 

忠正は振り返らずに続ける。

 

「この国で傭兵として戦いながら、その目的を果たす為にがむしゃらにやってきましたが、一度だけ心が折れそうになったことがありました」

 

そこまで言って今度は忠正が振り返って歩みを止めた。

アンも立ち止まり、忠正を見る。

 

「あなたと出会った日の事です」

 

忠正の目はまっすぐにアンをみつめ、その瞳には深い感謝の気持ちが宿っていた。

 

「アンさんに出会ったあの夜、オレは死を覚悟していました。強大な敵の手にかかり、目的も果たせずに海の藻屑となるんだと、本気で思いました」

 

忠正は一歩前に出ると、コートを抱いているアンの白く冷え切った手を取った。

 

「でも、あなたが助けてくれた。死を覚悟したあの時、あなたは本当に神様のように見えました。あなたのお陰でオレはこうして生きながらえる事が出来たし、後悔を背負ったまま死なずにすんだ」

 

その言葉にアンの表情がわずかに強張る。

 

「わ、私は……もう助けられないのは嫌だったから。私の目の前で冷たい海に沈んでいく姿はもう見たくなかったから……」

 

答えるアンの声はわずかに震えていたが、忠正はそれに気づかず握った手に力を込める。

 

「アンさん、あなたはオレの恩人です。あなたが何かに悩んでいるのだったら、力になりたいし、あなたの助けになるのならどんな事だってするでしょう」

 

忠正の言葉は徐々に熱を帯びていき、アンは驚きに目を見開きながら忠正の視線を受け止めるしかできない。

 

「アンさんは、オレにとって“特別な人”だから」

 

そう言い切った忠正の真っすぐな言葉に、アンの頬がかっと熱を帯びた。

 

「あ、あの……それってどういう意味……」

 

突然の思っても見ない言葉にアンが口ごもっていると、二人の目の前に白い綿のようなものがちらちらと降って来た。

 

「あ……」

 

その綿毛のように軽やかな白い塊に思わず空を見上げた忠正とアンの二人を包み込むように、空から次から次へと舞い降りてきたのは“雪”だった。

 

「雪か……」

 

北欧のスィーズランドで育った忠正にとって雪は珍しいものではなかったが、隣で見上げるアンは驚きながらも忠正に握られていた手を離し、右手で雪を受け止めた。

その手にそっと乗った雪は、今まさに忠正に握られていたアンの体温に触れて瞬く間に溶けてしまう。

 

「手の平で溶けてしまう雪……。まるで私の……」

 

寂しそうにつぶやくアンに、忠正は優しく声をかける。

 

「アンさん。過去に何があったのかわかりませんが、これだけは言わせてください」

 

アンはなんとも複雑な表情で忠正を見る。

忠正はアンを真っ直ぐにみつめながら、はっきりとした口調で言った。

 

「オレはあなたに未来をもらいました。死んでもおかしくない状況で、命をつないでくれた。命をくれたあなたにも、オレは同じようにお返しをしたいんです」

「お返し……?」

 

若干訝し気につぶやいたアンのその手を、もう一度忠正が握る。

 

「未来です」

「未来……?」

「そうです」

 

忠正は深く頷いた。

 

「オレは傭兵です。戦う事しか出来ません。ですが、必ず約束します。この国を勝利に導き、あなたの明日を守る事を」

「私の明日……」

「アンさんは今を生きているんです。そして明日を生きていく。その明日を、そしてその先に続く未来を、オレが必ず守ってみせます。それがあなたに未来を与えてもらったオレからの恩返しです」

 

力強く言い切った忠正に、アンは若干戸惑いながら答える。

 

「私……明日を生きていいんでしょうか。未来を生きる事なんて考えた事もありませんでした。私は……過去に生きることだけを許された女なのに……」

 

いつの間にか雪は勢いを増しており、人の通らない城東大通りはうっすらと雪化粧を纏い始めていた。

忠正はその通りの方を見て言う。

 

「手の平に落ちた雪は容易く溶けてしまうかもしれません。でも、その小さな一粒の雪が他の雪粒を支え、こうやって世界を白く染める事が出来るんです」

 

アンは白い息を吐きながら雪が積もっていく通りを眺めた。

忠正はそんなアンの横顔に向かって、言葉を紡いだ。

 

「オレが、アンさんにとってのその最初の一粒になります。アンさんの未来の礎になります。だから、アンさんは自分の未来を自由に生きてほしいんです」

 

 

 二人はしばらくの間言葉もなく、しんしんと音も無く降る雪を眺めていた。

ただ握られた手だけは離れる事はない。

温暖なドルファンでは雪が降る事など滅多にない。

最後に雪が降ったのは実に二十三年前で、その雪を父と母が同じようにクリスマスの夜に眺めていた事を知る由もない。

 

「あ……」

 

雪をみつめていたアンが小さく声を上げる。

先ほどまで二人を包むように降り続いていた雪が小さくふわりと降りたと思うと、すっかり止んでしまったからだった。

 

「雪……止んでしまいましたね」

 

残念そうにつぶやいたアンの言葉に頷きつつも、忠正は何かに気づいたように声を上げた。

 

「あ! そう言えば、すっかり忘れていました」

 

アンが不思議そうな顔をすると、忠正は優しく微笑みながら言う。

 

「メリークリスマス、アンさん」

 

その言葉にアンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに忠正と同じように微笑んだ。

 

「……メリークリスマス、タダマサさん」

 

お互いの顔をみつめあって微笑を交わした二人は、どちらともなくゆっくりと歩き出した。

繋いだ手からお互いの体温がわずかに伝わる。

忠正はつないだ手にわずかに力をこめて言った。

 

「来年もこうして一緒にクリスマスを迎えたいですね」

 

アンは肩にかけられたコートをつないでいない方の手で寄せながら、少し照れくさそうに答える。

 

「はい。来年もこうして一緒に……」

「約束ですよ」

「約束……です」

 

白く塗りつぶされた城東大通りに、寄り添って歩く二人の足跡だけが残っていた。

 




長らく続いたクリスマス編ですが、こちらで完結となります。
次話からは新章となります。
こちらの話をもって、2024年の更新は最後となります!
今年も「紅玉の双騎士」をご愛読いただきまして、本当にありがとうございました!

次話の更新ですが、1/5(日)は一週更新をお休みさせていただき、1/12(日)に第55話を更新させていただきます。
2025年も何卒よろしくお願いいたします!
皆様、良いお年をお迎えください。
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