続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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皆様、穏やかな年越しをむかえられましたでしょうか。
今年も「続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士」を何卒よろしくお願いいたします。

さて、物語は新章へと突入しいよいよ新戦艦プロジェクトも動き出します。
佳境に向けて少しずつ動いていく新章。楽しんでいただれば幸いです!


第五章 すれ違う人々
【55】仲間


 突然の惨劇により中止となったクリスマスパーティーから数日、通常よりも厳重な警備の元に行われたシルベスターを経て、ドルファンの街は比較的穏やかにⅮ.五十三年として新しい年を迎えた。

冬の朝の肌を刺すような冷たい空気の中、ドルファン港を出発した海賊縁ブルー・セレンディバイト号には、早朝にも関わらずリンダ・ザクロイドを始めとした錚々たるメンバーが乗船していた。

ブルー・セレンは朝もやの海を勇壮に進むと、一時間も経たずにマリン地区、いわゆるエドワード島の港とは反対側に位置する急ごしらえの桟橋へと接舷して乗客達を降ろす。

そして一度沖に向けて舵を切ると、桟橋の脇の同じように急ごしらえの船渠に向けて勢いよく進んでいった。

 

 満潮のこの時間に船渠の奥まで進んだブルー・セレン号は慎重に位置を調整すると、もやい綱で完全に固定された。

これで干潮の時間になれば船体は完全に海面から露出し、そのタイミングで船渠の入口は完全に閉じられて海水の流入を防ぐ。

いかに急づくりとは言え、これだけの規模の船渠を短期間のうちに、しかも秘密裡に用意する事の出来るザクロイド財閥の経済力は桁外れと言っていい。

 

 ブルー・セレン号がドックに固定される様を見届けた忠正は改めて後ろを振り返り、同じように作業を見守っていた面々の顔を見て心強さを感じていた。

今日、このザクロイド財閥の秘密ドックに集まったメンバーは、スポンサーでありこの計画の立案者でもあるリンダ・ザクロイド。

海軍の責任者たるジョアン・エリータスと同じく海軍会計のエルザ・ディーリア。

ブルー・セレンの船長ルシル・ルシラ・ド・ベルヴィラと“白鷲”のクルー達。

化学者であるメネシスと、その旧友だという船大工で科学者のコーミン・キャプスタン。

そして、この計画にとって肝となるであろう腕利きの鍛冶屋であるブリジット・ファビオーニ。

それぞれが特別な想いを胸に、ここに集まっていた。

 

 

 ルシルが連れ帰ったコーミンと初めて対面した際、忠正はその幼女のような外見に驚きを隠せなかったが、船旅の中でコーミンと会話を重ねたエルザの報告を聞くと、その知識の深さと独特な性格に天才科学者で天才的な船大工である事に納得をせざるを得なかった。

そんなコーミンが船を作る条件をいくつか提示したのだが、その中の一つが飛び切り腕の良い鍛冶職人を探す事だった。

 

 今回の船づくりにはわずかな歪みすら許さない程の精度の高い鋳物部品を作る事が必須であり、その人材がいなければ計画は水の泡となると脅されたのだが、忠正はすぐに適材となる人物を思い描く事ができた。

一目で忠正のレイピアの歪みを見抜き、近隣からの信頼も厚いファビオーニ鍛冶店のブリジットとその父親であるバルカンだ。

 

 早速事情を説明して協力を依頼した忠正に対し、店主バルカンは首を縦には振らなかったのだが、その代わりに娘であるブリジットを派遣する事を提案した。

その鍛冶技術は自分に引けを取らないと太鼓判を押しての推薦だった。

当のブリジットはしきりに遠慮しようとしたが、その職人としての知的好奇心と未知への挑戦への欲求に抗う事が出来ず、最終的には目を輝かせながら協力を買って出た。

 

 ブリジットをコーミンに紹介すると、コーミンはその実力を訝しんでいたが、彼女がバルカン・ファビオーニの娘だとわかると興奮を隠さずにブリジットの参加を快諾した。

どうやらバルカンとは古い知り合いのようで、その腕前を高く評価しているとの事だった。

かくしてブルー・セレンディバイト号よりも速い船の建造計画がついに始まった。

 

 

「まずは計画が無事に始まった事に感謝いたしますわ」

 

集まった一同の前に立ち、リンダはよく通る声でそう言った。

 

「アルビア皇国の裏切りにより、ドルファンの海の守りは危機的状況にあると言ってもいいでしょう」

 

言葉を続けながらゆっくりと歩き出したリンダを全員が目で追う。

 

「そんな中で、この計画に与えられた時間はほんのわずか。そこでこちらのキャプスタン博士と検討した結果、一から船を作るよりも、このブルー・セレンディバイト号を全面改修する事で世界最速の軍艦にする事を決定いたしました」

 

リンダの言葉を受けて、コーミンが前へと進み出る。

 

「リンダ嬢の言う通り、すでに快速船として名高いブルー・セレンだが、私がこいつを生まれ変わらせる。ただの世界最速船じゃない。無風だろうが嵐だろうが、他のどの船よりも速くて強い船にしてやろう!」

 

高らかに宣言するコーミンの言葉に、船長たるルシルが顎を撫でながら不敵に微笑んだ。

 

「オレの可愛いブルー・セレンが今よりも速く、強くなるって言うなら大歓迎だ。だが、実際そんな事が可能なのか?」

 

その質問にはメネシスが眼鏡の角度を手で直しながら答えた。

 

「コーミンの計算と設計、それにあたしの理論が実現されれば、間違いなく可能だよ。ただ、その為には一ミリのズレも許されない程の精度と、鋼よりも強靭な鋼材を作れるだけの技術が必要だけれどね」

 

そう言いながら眼鏡で隠れた視線をブリジットに向ける。

ブリジットはその視線を感じながらごくりと唾を飲み込んだ。

緊張の面持ちを浮かべるブリジットに対して、明るい声を上げたのは忠正だった。

 

「そうであれば、それは問題ないですね。ここにいるブリジットさんは、鋳造鍛冶技術においてはドルファン随一ですから!」

「き、キサラギさぁん……」

 

余計なプレッシャーをかけてくれるなとばかりにブリジットは情けない声を上げたが、細い声とは裏腹にその瞳は好奇心と未知への挑戦への期待で輝いていた。

 

 そんな一同のやり取りを黙って見ていたリンダは満足そうに頷くと、再びよく通る声で言った。

 

「わたくしはここに集まって下さった全ての人材が最高であり、最善であったと信じております。この計画は秘密裏に、かつ迅速に実行しなくてはなりません。どうか皆さんの持てるすべての力を貸して下さるよう、お願い申し上げますわ」

 

ドルファンの国家予算に匹敵する富を持ったザクロイド財閥の総帥自らが深々と頭を下げるその姿に、忠正はもちろん、ジョアンやエルザ、ブリジット達は驚きのあまり固まってしまった。

もっとも常日頃から非常識が服を着て歩いているようなメネシスやコーミンは全く意にも介していなかったのだが。

 

 

 

 ザクロイドの秘密船渠を後にし、ドルファン港に戻る為にエドワーズ島の港へ向かって歩いていた忠正達海軍の一行は、人気のない山道を山鳩の鳴き声を聞きながら歩いていた。

ブルー・セレン号の改修に期待は膨らむものの、一同の表情がいまいち冴えないのは、やはりクリスマスの事を引きずっての事だった。

なんとなく言葉を発しづらい雰囲気の中、最初に切り出したのはエルザだった。

 

「先日のクリスマスに近衛兵を無差別に殺害した吟遊詩人について、その後何かわかったことはあったのですか?」

 

その質問に忠正とジョアンはわずかに顔を見合わせて渋い表情を浮かべたが、やや口ごもりながらジョアンが答える。

 

「彼女が私とキサラギ君がサウス・ドルファン駅前の地下の店で一曲謳ってもらった吟遊詩人という事は間違いない。名前はティア・スリザーだが、そんな人物はドルファンの戸籍にはまったく該当する者はいなかった」

「ティア・スリザー」

 

その名前をつぶやきながら、ルシルが目を細めた。

 

「その名前には憶えがあるな。それこそ、このエドワーズ島のスパイ調査で潜り込んだ時、港の居酒屋で会ったヤツだろ」

 

忠正は頷き、静かに言った。

 

「ルシルの記憶の通りだ。あの時の吟遊詩人がティアだし、今回クリスマスに大暴れした犯人はティアに間違いない」

「確かに胡散臭いヤツではあったが、なんで近衛に喧嘩なんて吹っ掛けたんだ? クリスマスパーティーに恨みでもあったのか?」

 

プリシラ暗殺の計画を知らないルシルにしてみれば、その疑問はもっともだった。

忠正は逡巡していた。

それは、今回のティアの襲撃事件について、自分の中でも整理がついていないからだった。

ロゼッタの話でプリシラ暗殺計画について知ったのだが、この計画の全容がつかめていない。

確かにティアはナイフと奪った剣で凶行に走ったが、それだけなら無差別テロと片づけられてしまう。

プリシラ暗殺という大きな目的がなければ、ティアの凶行には説明がつかない。

 

いや、その計画が本当にティアを使った暗殺だったのかもわかっていない。

仮にティアが自分やロゼッタと邂逅しなければそのままプリシラの御前まで行っていただろうし、そうだとしてもプリシラには近衛兵団団長のコナーと、老いたりとはいえメッセニ中将がついている。

彼女が吟遊詩人として芸を披露するにしても、プリシラとは距離を取られるだろうし、あんなナイフ一本で遠距離から襲い掛かるとは考えづらい。

そして、情報提供をしてくれたロゼッタは“毒物の使用”を示唆していた。

ならば、ティアが芸を披露して注意を引いている間に、その後の乾杯に使用される飲み物に毒物が混ぜられる可能性が高い。

 

乾杯の飲み物には当然毒見がいるので、毒を入れるなら飲む直前、まさに芸の披露中という事になるし、そのタイミングで警備の厳しい会場内で毒を混ぜられるのは一緒に乾杯をする王室会議のメンバーのみ。

いくら何でも話の規模が大きすぎる上に、その情報の出所が自分の姉であるという事が忠正の判断を鈍らせる大きな原因となっていた。

ティアの襲撃について報告をした際に、姉であるロゼッタの事は伏せて報告をしている。

それは彼女の目的がわからない事と、彼女自身はプリシラ暗殺を防ぐために行動していた事もあり、この件に関しては敵では無いと判断したからだ。

それにロゼッタの事を軍部に報告すれば、双子の姉弟であるという事は隠すことができない。

 

そうなればどんな形にしろ忠正自身にも疑いの目は向くし、今のように海軍の中心で活躍する事は難しいだろう

それは忠正の本当の目的にとって不利益にしかならない。

 

 

 そんな悩みもありルシルの言葉に返事を出来ないでいた忠正を、横目で眺めていたエルザは小さくため息を吐いた。

そしてやや冷たい口調で言う。

 

「キサラギ軍曹、何か私たちに隠している事があるのではないですか」

 

その言葉に忠正はぎくりとしてエルザの方を見た。

 

「……突然何を言うんだい?」

 

忠正は極力冷静に切り返したが、その態度がまたエルザの声を冷たくさせた。

 

「私たちがチームとしてこの軍務についてまだ一年足らずですが、それなりに色々な苦楽を共にしてきたと私は思っています。その中であなたが大変な苦労をしてきた事も理解しているつもりです」

 

普段の事務的な口調と違い、冷徹だが感情のこもった言葉にその場にいる全員がエルザの方を見た。

だがエルザは臆することもなく続ける。

 

「ずっと一緒にやってきたんです。あなたが何か隠し事をする時に見せる顔に私たちが気づかないとでもお思いですか」

 

今度は一同の視線が忠正へと向いた。

忠正は戸惑いながら目線を泳がせた。

 

「私たちは……いえ、少なくとも私は、あなたを信頼していますし、軍属の上官としてだけでなく個人的にも……信用しています」

 

エルザの口調は若干弱いものになっていったが、それでも凛とした声で続けた。

 

「私たちは軍属ではありますが、仲間です。仲間とは信頼関係がなければ成り立たないものです。あなたはそんなに私たちが信用できませんか」

 

その言葉は冷静ではあったが強い感情がこめられていた。

ルシルは言い切ったエルザに対して感心の念を込めて口笛を吹いた。

忠正の態度が少し変だったことには気づいていたが、エルザほどの深い洞察は出来ていなかった。

これは忠正をただの仲間“以上”に想っているエルザだからこその観察眼と言えた。

 

 忠正は心の内を見透かされたようで、ある種のショックを受けて立ちすくんでしまっていた。

隠し事をしていたのは確かだが、それはうまく隠し通せているつもりだった。

だが、この瞬間にそれを看破されてしまった自分に対する失望と、仲間という言葉をかけられて温かい気持ちになっている事と、その両方が入り混じった感情が忠正の脚を止めていた。

今すぐにでも心の内を吐いて仲間とともに問題解決に乗り出したい。

仲間とともに戦う事の心強さは、それこそエルザの言った通り、この一年足らずの間に身をもって経験している。

 

だが、忠正の心をせき止めているものは、彼の“本当の目的”だった。

“本当の目的”が達成された時、それはこの信頼を寄せてくれている仲間を、そしてこのドルファン王国を裏切る事に他ならないからだ。

 

 

 立ち尽くしている忠正に、エルザもさすがに心配になり戸惑っていた。

だが、ジョアンが一歩前に出ると忠正の肩に手をのせた。

 

「私は若い頃、尊大で傲慢な性格をしていてね。他人の事を考えるような事もなかったし、エリータス家の威光と金の力で全てを手に入れたつもりでいた」

 

突然のジョアンの言葉に、忠正は不思議そうに顔を上げた。

 

「だが、それだけでは自分の思い通りにいかない事も出てきたんだ。例えば、今の妻であるソフィアとの関係とかね」

 

ジョアンはふと微笑むと言葉を続けた。

 

「私は婚約者だったソフィアに、一方的な価値観を押し付けていた。エリ―タス家の人間になれる事の栄誉。聖騎士の息子である私と結婚できる素晴らしさ。彼女が望むものすべてを叶えてあげられるだけの権力」

 

ジョアンは大きくため息を吐く。

 

「あの頃の私はそれがソフィアを幸せにする事だと信じていたんだ。だが、ソフィアの顔はどんどん曇っていった。なぜなら、それはソフィアの望むものではなかったからだ」

 

そう言いながらジョアンは不思議そうな顔をしている忠正のルビーのような瞳を見た。

 

「そんな折に、ある出会いがあってね。なんというか、淡白な性格で冷静な女性だったんだが、その女性が喝を入れてくれたんだ」

 

ジョアンは忠正のルビー色の瞳に、当時のその女性の面影を探しながら続ける。

 

「会話をしなければ、何もはじまらない。相手を理解することからしか、絆は生まれないと教わったんだ」

 

自虐的に笑いながら、ジョアンは言う。

 

「そんな当たり前の事すら当時の私はわかっていなかったのだよ。信頼できるような仲間もいなかったしね」

 

言いながらジョアンは忠正の肩にもう一度手を置いた。

 

「キサラギ君。言えない事があるのなら、それは構わない。だが、我々にはまだお互いを理解する余地はあると思うのだよ」

 

そうして貴族らしからぬ素振りで片目を瞑ってみせた。

 

「我々は仲間だからな」

 

忠正は肩に載せられた手の重みを感じながら、目を伏せた。

“本当の目的”は彼らの信頼を裏切る事になる。

だが、その目的を達成する為にも、まずは目の前の問題は解決していかなければならないし、それは自分一人の力では難しい。

忠正は意を決して顔を上げた。

 

「実は……」

 

少なくともプリシラ暗殺計画があった事と、ロゼッタの関与については話そうと覚悟を決めた。

“本当の目的”については絶対に秘密にしなくてはならない事も含めて。

 

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