続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
お待たせいたしましたが、56話をお届けいたします。
すごく久しぶりに彼女のフルネームを書きましたw
過去と現在が動き始める新章、是非よろしくお願いいたします。
マリーゴールド地区の一角に位置する、一見何の変哲もない屋敷。
そこは以前忠正がフィオナの尾行者を追って見つけた例の屋敷だった。
ティア・スリザーは窓の無い部屋の片隅に置かれた椅子に腰かけながら、体を前後に揺すっていた。
目を閉じれば瞼の裏に“サリシュアン”の姿が鮮明に浮かんでくる。
黒々と光を放つ髪にルビーのような紅い瞳。その姿を思い出す度に、二十三年前に体に刻まれた傷口が鈍い痛みを伴いながら疼く。
クリスマスパーティーの会場で出会ったのは、まさに“隠密のサリシュアン”に他ならない姿だった。
だがサリシュアンの特徴でもあった三つ編みではなく、黒い髪は下ろしていた。
しかしクリスマスパーティー用にドレスアップをしていたのであれば、それは納得出来る。
こちらの姿を見ても特段の反応を示さなかったという事に怒りと違和感を覚えたが、あれが“隠密のサリシュアン”本人でない可能性もある。
つまり、その子供――
そんな事を考えていると、ドアが開き一人の男が部屋へと入ってきた。
金色の長い髪を後ろでまとめ、上等なシルクの貴族服は艶やかに光を放ち、高級そうな靴は一点の汚れもついていない。
旧家の両翼であるエリータス家の当主、シャルシス・エリータスはティアの姿をみつけると侮蔑の表情もあらわに吐き捨てるように言った。
「いつまでこんな所にいるつもりだ。先日の貴様の暴走行為でこちらは大変だというのに」
ティアは無表情のままシャルシスを見ると、冷たい声で答える。
「私は私の復讐の為に生きている。仇がそこにいたのだから目的を果たそうとしたに過ぎない」
その凍り付くような灰色の瞳の冷たい視線に、シャルシスは食卓でドブネズミを見たように表情をしかめた。
「その復讐とやらのせいで、こちらの計画は台無しだ。それに、晴れて貴様も近衛兵から指名手配をされたそうだぞ」
「指名手配? 笑わせてくれる。ティア・スリザーなんて人間は存在しない。私は私のすべきことをするだけだ」
「貴様がすべきことの一つに、私の仕事も含まれている事を忘れるなよ。その為に不本意ながらこの場所を提供しているのだからな」
その言葉にティアは小さくため息を吐いた。
「依頼された仕事は必ず遂行する」
「クリスマスの仕事は達成されなかった」
間髪入れずに言い返したシャルシスはしたり顔でティアを見下ろしたが、ティアは全くの無表情のままだ。
「あの仕事は殺しではなかった。吟遊詩人の仕事など、どうでもいい事だ」
「だが、そのせいでディビチ卿の面目は丸潰れだ」
その言葉にティアは初めて無表情を崩し、わずかに唇の端を上げた。
「ドルファン貴族の面目などいくら潰れたところで私には関係ない」
シャルシスはまたもや顔をしかめると、嫌悪感の混じった声で言う。
「私が依頼した仕事は貴様の本業の方だ。必ず遂行してもらうぞ」
「余計な心配はしなくていい。それはきっちりとこなす」
言いながらティアは立ち上がり、シャルシスの目を覗き込んだ。
「しかし、あんな小娘一人になぜこだわる? 聞けばあの娘もエリ―タスの一族だそうじゃないか」
シャルシスは浮浪者に顔を近づけられたかのように顔を背けると、いまいましそうな声を上げた。
「そんな事はどうでもいいだろう。貴様は与えられた任務を達成すればいいだけだ」
そう言いながら肩で風を切りながら部屋を出ていく背中を見送ったティアは、もう一度椅子に座り直して目を細めた。
シャルシスの言う通り、仕事の背景など知る必要はない。
殺しの仕事で理由など知ったところで、任務に余計な邪念が入るだけだ。
それにシャルシスから依頼されているターゲットは幸いな事にドルファン学園の生徒であり、それは自分の復讐の対象である“サリシュアン”がいる場所でもある。
この幸運をうまく活用すれば、仕事も達成出来るし自分の復讐も果たせる。
あのクリスマスの夜から、時間をかけてサリシュアンの周辺事情を調べた甲斐もあるというものだ。
ティアはその美しい顔にそぐわない、残忍な笑みを浮かべた。
「先生、さようなら」
「はい、さようなら。気をつけてね」
校門で家路につく生徒達ににこやかに声を掛けながら、ロゼッタの目は周りを警戒していた。
クリスマスに襲撃されたティアに対し、逃げも隠れもしないと宣言している以上、いつまた襲い掛かって来るかもわからないからだ。
だが、いかにあの女剣士が危険な人物で常識外れだとしても、登下校の生徒達が沢山いる中で学校に直接乗り込んでくるというのは考えづらい。
パトリツィアの情報によれば、あの女剣士は去年の夏にエドワーズ島でフィオナ・ロベリンゲを殺そうと派遣された暗殺者と同じ人物だという事だった。
フィオナ・ロベリンゲについてはシュバルツデスアプグルントにとって脅威でもなければ計画の邪魔になるわけでもないのであまり気に留めていなかったのだが、あの女剣士が狙っているとなれば話は別だ。
“サリシュアン”に対して異常な程の執着と殺意を持っている暗殺者がエリータス家の分家の娘も殺そうとしており、その依頼主は他ならぬエリータス家の本家だと思われるのだからロゼッタは頭を抱えたい思いだった。
“隠密のサリシュアン”に対しての憎悪と、忠正よりも明らかに自分に向けられた殺意から察するに、恐らくその原因を作ったと思われる人物はただ一人。
「恨むわよ、お母様……」
口の中でそう呟いた時、パトリツィアと連れ立って渦中のフィオナ・ロベリンゲが校門に差し掛かった。
二人はロゼッタに向けて小さく頭を下げながら目の前を歩いて行った。
ロゼッタはその後ろ姿に手を振りながら、遠ざかっていく背中を見送る。
少なくともパトリツィアが一緒にいれば下校途中に彼女が襲われる事はないだろう。
ドルファン国内の政治的動きの観察と、旧家の両翼を上手く活用しての政治工作が任務のはずだったのに、よくわからない殺し屋の動きに注意しなければならないなんて、思いもよらない面倒事に巻き込まれてしまった。
小さくため息を吐きながら周囲を眺めていたロゼッタは、視界の隅に映った人影にあわてて校門の影に身を隠した。
校舎側から出て行く生徒達が不思議そうにロゼッタを見た後、道路に出ていくと、通りを歩いて来る女性に目を奪われていた。
その女性は非常にラフな出で立ちをしているが、身に着けている白いロングコートが様になっており、そのコートから歩く度にのぞく黒いニーハイブーツが、金色の長い髪と対照的で人々の目を引いた。
その女性は、去年の夏にロゼッタがシュバルツを飛び出した時に会った、レズリー・ロピカーナに間違いなかった。
レズリーは放浪の画家で、ゲルタニアの郊外では随分世話になったのだが、どうしてこんな所にいるのだろうか。
そう思いつつも、アトリエがドルファンにあるというような事を言っていた事を思い出す。
彼女には“ロゼッタ・サリシュアン”を名乗っているし、刀を持っている所を見られている。
身分の話はしていないが。ここで見つかると色々とややこしい事になる。
レズリーがそのまま校門の前を通り過ぎてくれる事を祈りながら隠れていると、期待とは裏腹にレズリーは校門の前で立ち止まると、何やら学園の中の様子をうかがっているようであった。
――放浪の画家が学校に何の用なのよ……!
校門から距離を取ろうと、学校を囲むブロック塀の裏をじりじりと進んでいると、校舎の方から同僚であるロリィ・コールウェルが小走りでこちらに向かってきた。
そして小さく手を振りながら明るい声を上げた。
「お姉ちゃん!」
――お姉ちゃん!?
ロゼッタが困惑していると、ロリィは嬉々としてレズリーに駆け寄った。
「ごめんね、待たせちゃった?」
生徒と接している時の落ち着いた声音ではなく、なんとなく甘えるような鼻にかかったロリィの声にロゼッタは思わず目をしばたかせた。
「いや、今来たところさ。もう仕事は片付いたのかい?」
「うん! もっとも、お姉ちゃんとの約束なら仕事なんてほったらかしにしてでも来るけれど」
「いや、それはダメだろう」
甘えるロリィといつか聞いた時と同じように落ち着いたレズリーの声。
この二人は知り合いだったのか、とロゼッタが考えていると、おもむろに首を回してそちらを見たロリィが不審そうな声で言った。
「それで、ハイマー先生はそんなところで何を……?」
「ハイマー先生?」
ロリィの肩越しにそちらを覗き込むレズリー。
余計な事を、とロゼッタは心の中で悪態をつきながら校門の影から立ち上がって一歩前へと出た。
「あ!」
その姿を見るなり驚きの声を上げたレズリーに、ロゼッタはなんともバツの悪そうな顔で微笑んでみせた。
「……お久しぶりね」
ロゼッタの言葉に驚きの表情のまま、レズリーは戸惑い気味に答える。
「あ、ああ。驚いた、ドルファンに来ていたんだな」
「ええ、まあ。色々あって」
ようやく驚きを飲み込んで平静を取り戻したレズリーは、不満そうに鼻の上に皺を寄せるロリィの方を見て言う。
「旅先で知り合って、一晩一緒に過ごしたんだ。まさかこんな所で再会するなんて思っても見なかったけれど」
「私もこんな再開、想像もしていなかったわ。でも、また会えて嬉しい」
それはロゼッタにとって本音でもあった。
レズリーと過ごした夏のわずかな時間は、息が詰まりそうだったシュバルツでの日々の中でのかけがえのない癒しの時間であったし、あの時にレズリーがかけてくれた言葉がその後のシュバルツでの自分の立場を支えてくれたのは間違いなかった。
「ドルファン学園で教師を?」
レズリーの質問はごく自然なものではあったが、彼女は自分が訳ありだという事を知っているはずだ。
ロゼッタは慎重に言葉を選びながら答える。
「ええ。あの後故郷に帰って教職に就いていたんだけれど、ドルファン首都城塞にいる親類を頼ってこちらに引っ越したものだから」
「そうか」
レズリーは怪しむ素振りもなく頷いたが、ロゼッタは表面上の笑顔を浮かべつつも決して警戒は緩めていなかった。
「ハイマー先生がお姉……、こほん、レズリーさんとお知り合いだなんて、知りませんでした!」
何故かやや棘のある口調で言うロリィに、ロゼッタが答える前にレズリーが口を挟む。
「待て。さっきも気になったんだけれど、ハイマーって?」
ロゼッタは心の中で舌打ちをしつつもにこやかに答える。
「仕事をする上では母の旧姓を名乗っているんだ。ハイマーって」
レズリーは驚きと訝しさが混同したような複雑な表情を浮かべたが、一度大きく息をすると恐る恐る口を開いた。
「ロゼッタ、唐突な質問で申し訳ないけれど、一つ聞いてもいいかい?」
これ以上何かを詮索されるのを避けたいロゼッタは怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔を取り繕って小さく頷いた。
「もちろん」
レズリーはごくりと唾を飲み込むと、長い金髪を掻き上げながら言った。
「もしかして、あんたの母親の名前はライズ……ライズ・ハイマーか?」
今度はロゼッタが驚きの表情を浮かべた。
こんな所で母親の名前が出るとは夢にも思わない事態だったからだ。
ロゼッタは驚きながらも必死に平静を装うと、にこやかに答える。
「母を……ライズ・ハイマーを知っているの?」
その言葉にレズリーは目を見開きながらも、嬉しそうにロゼッタの肩を両手で掴んだ。
「やっぱり! 面影があると思ったんだ。特にその紅い瞳なんて、そっくりだよ。なあ、ロリィ!」
興奮気味に言うレズリーに対しロリィは比較的冷静だったが、ロゼッタの顔をまじまじと覗き込んだ。
「確かに、言われてみればライズお姉ちゃんによく似ている……かも。でも、ロリィはもう何年もライズお姉ちゃんの顔を見ていないから……」
一人称が自分の名前になっているのを聞き逃さなかったロゼッタだったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
何の因果なのか、この二人は自分の母親であるライズ・ハイマーの事を知っているようだ。
母親が昔どんな交友関係を気付き、どんな人物と付き合っていたのかはわからないが、彼女がドルファンにいた期間と言うのは、彼女が潜入捜査をしていた期間という事になる。
まさに今の自分と同じように。
この二人がどの立場のライズ・ハイマーと知り合いだったのかはわからないが、反応を見ている限りでは“隠密のサリシュアン”ではなさそうだ。
そんな推測を裏付けるようにレズリーが明るい笑顔で言う。
「ライズとはこのドルファン学園の高等部でクラスメイトだったんだ。その縁もあって、何かと世話になってさ。なあ、ロリィ」
話を振られたロリィは若干困ったような表情を浮かべたが、曖昧に頷いた。
「う、うん。お世話にはなった……かな」
ロリィの微妙な反応は気になったものの、ただの学友だった事にロゼッタはわずかに安心した。
「ライズは元気かい? もう十年以上は会っていないからさ。一度だけスィーズランドの自宅に行った事があるんだけど、あいつ無愛想だろ? お土産を持って行ったけれど喜んでくれたのかどうかもわからなくてさ」
「ええ、元気だと思うわ。私もしばらく実家に帰ってないけれど、不調なんて話は聞かないから」
「そうか。そいつは何よりだな。しかし本当に驚いた……!」
友人の子供と解り饒舌に語るレズリーに対し、どう話題を切り上げようかと考えていたロゼッタの耳に、一瞬だが風切り音のような甲高い音が聞こえた。
この音は常人には聞こえない訓練された人間にのみ聞こえる音であり、その音での連絡手段を使うのはパトリツィアだけだ。
そして、それは緊急事態である事を物語っている。
ロゼッタは極力自然な笑顔を浮かべると、深刻さなど微塵も感じさせない声で言った。
「ごめんなさい。母の昔話を教えてほしいけれど、ちょっとした用事でもう行かなければならないの。また今度、お話をきかせて欲しいわ」
「あ、ああ。こっちこそ不躾な事を聞いて悪かったね」
残念そうに言うレズリーの横で、ロリィは満面の笑みだった。
大方、レズリーとの時間を邪魔した自分が、早々に退散してくれた事に喜んでいるのだとロゼッタは判断した。
「それじゃ、また」
ロゼッタは軽く手を上げて二人に別れを告げると、足早に校舎の方へと急いだ。
人影のない校舎の裏へと急ぐと、そこに来ることがわかっていたかのように、つい先ほど別れたばかりの制服姿のパトリツィアが立っていた。
その表情は常日頃からポーカーフェイスの彼女にしては珍しい事に、苦虫を嚙み潰したかのようだった。
その様子に只ならぬ気配を感じたロゼッタは神妙な面持ちで声を掛けた。
「何かあったの? 犬笛を使うという事は、緊急事態?」
パトリツィアは顔を上げると、悔しそうに拳を握りしめながら言った。
「申し訳ありません。フィオナ・ロベリンゲが誘拐されました」