続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ティア・スリザーは燃え盛る篝火の煌々たる明るさに照らされながら、腕を組んだ状態で微動だにせずに立ち尽くしていた。
吟遊詩人のローブは着ておらず、銀糸で編んだシベリアの民族衣装を身に纏い、腰にはレイピアを差し込んでいる。銀色の長い髪は大きな三つ編みにしていた。
その灰色の瞳は正面の闇をまっすぐに見据え、何もない空間を射殺しそうなほどの鋭さを放っている。
篝火を挟んだ遺跡の床には、両手を後ろ手に縛られ、足には鉄製の足枷が嵌められた上で猿轡を嚙まされたフィオナ・ロベリンゲが無造作に転がっていた。
フィオナは学校の制服ではなく私服ではあったが、ゆったりとした部屋着に上着などを羽織っているわけもなく、一月の夜の凍てつく寒さに篝火の熱があるとは言え体を震わせていた。
だが、体が震えるという事は生きているという事の証左でもある。
一つ不自然な点があるとすれば、フィオナの足に嵌められた足枷の鎖は遺跡の柱などではなく子供一人分ほどの大きさの樽に繋がれているという点だった。
真っ暗な闇の中でわずかに何かが動いた足音が聞こえ、その足音は徐々に輪郭がはっきりとしたものになっていく。
篝火の照らす光の範囲にゆっくりと足を踏み入れていった忠正とロゼッタは、まわりを警戒しながらもティアと距離をおきながら対峙した。
それまで固く目を閉じて恐怖に耐えていたフィオナは近づく足音に薄目を開き、篝火の向こうに立つ忠正の姿を確認すると体をよじらせながら声なき声を上げた。
「フィオナ!」
瞳にうっすらと涙を浮かべながらもがくフィオナの姿に彼女が生存している事を確認して忠正は思わず声を上げたが、すぐにティアを睨みつけた。
「彼女に危害は加えていないのだろうな。今すぐ彼女を解放しろ!」
言いようのない怒りを含んだ言葉を、ティアは鼻で笑いながら答える。
「危害など加えていないさ。そんな事をしたとて、私に何の得もない」
「だったらすぐに彼女の拘束を解け!」
やや興奮気味に言う忠正に対し、ティアは小さくため息を吐いた後にその美しい顔に残忍な笑みを浮かべた。
「お前、何の為に私がこの娘を誘拐したと思っている。お前たち“サリシュアン”を呼び出すためだけにこんな手間をかけたとでも?」
「なんだと……!」
今にも飛び出しそうな勢いの忠正を手で制しながら、ロゼッタが冷静に声をかける。
「何が望みなの? そもそも“サリシュアン”に対して恨みがあるみたいだけれど、私もこいつもあなたの望む“サリシュアン”ではないと思うわよ」
「わかっているさ」
ティアは薄気味悪い笑みを顔に張り付けたまま言葉を続ける。
「お前達が私の追っている“隠密のサリシュアン”ではない事は理解している。だが、その紅い瞳と黒い髪。女のお前の顔立ちと、男の方のレイピア。すべてに見覚えがあるし、片時も忘れたことなどない」
ロゼッタは自分の顔を撫でながら、母親の顔を思い出していた。
最近鏡で見る自分の顔は、思い出す限り母親と瓜二つだ。
それに忠正が携えているレイピアは母親が愛用していた物で、彼がスィーズランド軍に入隊した際に譲り受けた物であるはずだった。
忠正とロゼッタの母親はライズという名だが、彼女は南欧最強と謳われた傭兵部隊ヴァルファバラハリアンの軍団長であるデュノス・ヴォルフガリオの娘であり、自身もその傭兵部隊の中で八騎将という部隊長の一人を務めた剣士である。
その当時の彼女の二つ名こそ“隠密のサリシュアン”であり、忠正もロゼッタもその姓を引き継ぐ者として“サリシュアン”を冠した二つ名を持っているのだ。
ヴァルファバラハリアンは二十四年前に軍団長の死を以て消滅しており、その娘であるライズも紆余曲折を経てスィーズランドへと落ち延びて結婚し、忠正とロゼッタと生んだ。
そんな母ライズの“隠密のサリシュアン”時代の遺恨が、二十四年の時を経てドルファンで子供達に災禍をもたらすとは、本人は思ってもいない事だっただろう。
そんな運命のめぐり合わせにうんざりしながら、ロゼッタは一歩前へ出た。
「“隠密のサリシュアン”は私達の母親よ。母とあなたに因縁があるのなら、まあ仕方がないから子供である私たちが引き受けてあげるわ。だからそのエリータスの娘は解放しなさい」
パトリツィアが潜んでいるとは言え、穏便に事を解決できるならばそれに越した事はない。
そう判断してのロゼッタの言葉だったが、それを聞いたティアは俯いて静かに笑い始めた。
「く、くくく。やはりそうだな。お前たちが“サリシュアン”の継承者という事なんだな。ありがたいよ。ようやくこの時が来たのかと思うと、体が喜びで打ち震える」
そしてゆっくりと顔を上げると、忠正の方を、いや厳密には忠正の手に持っているレイピアを指さした。
「“隠密のサリシュアン”にそのレイピアで刻まれた傷跡が、一生消えない地獄の業火のように私の体を焦がし続けるのさ。そして、その炎は私が味わった屈辱以上のものを“サリシュアン”に与えてやらなければ消える事はない!!」
そう言い放ちながらティアは懐から何かを取り出し、頭上に掲げて見せた。
忠正とロゼッタは目を凝らしてそれを見る。
「鍵……か?」
忠正が小さく呟くのと同時に、ティアが高らかな声で言った。
「これはそこのエリータスの小娘の足枷を外す為の鍵だ。その足枷は足を切り落としでもしない限り、この鍵以外では外す事は出来ない」
そして言うや否や、驚く事にティアはその鍵を口に放り込むと同時に飲み込んでしまった。
「何を……!」
忠正が狼狽えるとティアは愉快そうに続けた。
「御覧の通りだ。これで私を殺して腹を裂かなければ、鍵は取り出せない。そして」
ティアは振り返ってフィオナの方へと歩くと、足枷が繋がっている子供ほどの大きさの樽に手を置いた。
「これは爆弾だ。きっちり三十分後に爆発するように仕掛けてある。これが爆発すれば、少なくともこの娘は骨も残らずに木端微塵さ」
その衝撃の事実にその場にいた誰もが凍り付いた。
忠正もロゼッタも、遺跡の裏側に隠れて聞いていたパトリツィアも、そしてもちろんすぐ側でその事実を突きつけられたフィオナも。
愕然とした表情の忠正とロゼッタの顔を見たティアは、恍惚に近いサディスティックな笑みをその美しい顔中に浮かべると、心底愉快そうに叫んだ。
「さあ、どうする? お前らに私と踊る以外の選択肢はないんだよ!!」
一分一秒も無駄に出来ない。
ティアの言う通り、この狂気の女剣士を速攻で片付け、その腹から鍵を引きずり出すしかない。
その事実に弾かれたように駆け出した忠正だったが、その腕をロゼッタが掴んで止めた。
「放せ!!」
腕を振りほどこうとする忠正だったが、ロゼッタは掴んだ腕を放そうとはしなかった。
「忠正、落ち着いて」
「落ち着いていられるか!」
息まく忠正に、ロゼッタは掴んだ腕を万力のような握力で強く握った。
「彼女を助けたいなら、落ち着きなさい!」
ロゼッタの鬼気迫る迫力の言葉に、流石の忠正も頭に上っていた血がわずかに下りるのを感じた。
「……何かあるのか?」
ロゼッタは黙って頷くと握っていた手を放し、足元に落ちていた木の枝を拾い上げて少し先の地面に放り投げた。
木の枝は一瞬何かにひっかかるような不自然な動きをすると、それと同時に空気を切り裂くような音が聞こえ、どこから飛んできたのか数本の金属製の矢が地面に突き立った。
「トラップ……!」
古典的だが確実な効果をもたらすワイヤートラップが仕掛けられていたのだ。
「へえ、よく気付いたな」
挑発するようなティアの言葉を無視して。ロゼッタは低い声で忠正に語り掛ける。
「私たちはここに誘いこまれているんだから、これくらいの罠は当然だわ。彼女は私たちを弄んで辱めて殺したいだけの狂った女よ。あんたみたいに騎士道を以て正々堂々と戦うようなヤツじゃない」
「……」
「あんたのガールフレンドを助けたい気持ちは私も一緒。それに、あの女の実力が折り紙付きっていうのも前回の戦いで判っているでしょう」
レイピアを持つ手がわなわなと震えているが、忠正は大きく深呼吸をすると落ち着いた様子で言う。
「……すまない。ローゼの言う通りだ」
ロゼッタは頷き、一度目を閉じるとゆっくりと開き、冷たく凍り付くような眼差しで忠正の方を見た。
「まずは私が行く。あんたのレイピアは対策されている可能性があるわ」
「オレの剣が、あいつに引けを取ると?」
「冷静になれって言っているの。あいつはお母様に復讐する為に生きているようなやつなのよ。お母様がレイピア使いなんだから、その対策は練っているはず」
ロゼッタの言う通りであった。
普段の忠正であればその観察力からワイヤートラップも見抜けたはずだし、ティアの思考も先回りして考えられたはすだった。
だが、フィオナの命の危機と爆弾による時間の制限を設けられた事で完全に普段の忠正の冷静さは失われてしまっていた。
「あんたは万が一にでも私が敗れた時の保険よ。そんな事はないと思うけれど」
さらりと言うロゼッタだが、そのルビー色の瞳は完全に集中しており、体中がピリピリと緊張しているように見える。
「エリータスの娘は一旦パティに任せましょう。開錠術の心得もあるはずだから」
「あ、ああ」
忠正はあいまいに返事をしつつロゼッタから感じるプレッシャーにわずかに息を飲んだ。
ロゼッタはワイヤートラップを慎重に避けながらティアの前へと歩いていき、腰のベルトに差し込んだ刀の鍔に左手の親指をかけた。
ティアはその只ならぬ迫力に表情を硬くすると、自身のレイピアを鞘から引き抜いた。
「まずはお前が相手か。私は二人同時でも構わんぞ」
しかしロゼッタはそれを無視すると、普段の明るい声からは想像もつかない程の低く冷たい声で言った。
「時間がないわ。あんたの首、この“緋眼のサリシュアン”が切り落としてあげる」
「生意気な物言いは母親そっくりだな!」
言葉を吐き出しつつ、ティアはゆっくりとレイピアを構えた。