続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【59】フィオナ誘拐事件③

 フィオナが転がされている遺跡の裏手の物陰に潜み、ティアの出方を伺っていたパトリツィアは自分でも驚くべき事だったのだが、焦っていた。

フィオナの足枷に繋がれた爆弾が三十分後に爆発するという事に、他の誰でもなく自分自身が非常に動揺している事に驚いていたのだ。

みなしごであり、物心ついたばかりの幼少時より冷徹な戦闘員としての教育を受けて育ったパトリツィアは、“物”として扱われて教育された事もあり、感情の起伏というものが乏しい。

どんな状況でも冷静さを失わずに物事を判断し、任務を全うする為の完璧な戦闘員には感情などというものは不要だった。

 

 だがそんなシュバルツデスアプグルントでの生活の中で、唯一彼女に人の温かさや人と人との絆といったものを教えてくれたのは、一年と少し前にシュバルツに入隊したロゼッタだった。

当初、彼女に不審な動きや思惑が無いかを探る為に部下として配置され、実際は監視役をあてがわれたパトリツィアだったが、ロゼッタはパトリツィアを本当の家族のように扱い、自分の妹のように可愛がった。

十年以上“物”としての扱いを受けてきたパトリツィアにとってそれは想像すらした事のないような時間だったし、初めて向けられる愛情に困惑したし、拒否もした。

それでも親愛の情を与え続けてくれたロゼッタを、パトリツィアはいつの間にか敬愛するようになったし、彼女の為ならシュバルツデスアプグルント騎士団の矜持さえも捨て去れるだけの覚悟を持てるようにすらなった。

 

 それでも戦闘員としての生き方を忘れるわけはないし、幼い頃より叩き込まれた性格と考え方はそんなに簡単に変わるわけではない。

自分も他人も所詮は“物”だ。

ロゼッタ以外のすべての生き物はパトリツィアにとって“物”以外の何でもないし、それが生きようが死のうが、些細な事だ。

今の自分にとって大切なのは与えられた任務を達成する事と、ロゼッタの役に立つ事だけなのだから。

 

 

 しかし、そんなパトリツィアが今、明らかに焦っているし、言いようのない胸の動悸と息苦しさを感じていた。

それはパトリツィア自身は全く理解していない事だったのだが、一刻も早くフィオナを助けなければいけないという焦燥感からだった。

パトリツィアにとってフィオナの存在というものは不思議なものになっている。

シュバルツデスアプグルント騎士団による戦闘のプロを養成する為の英才教育を受けて育ったパトリツィアに同じ年頃の仲間はいなかったし、基本的に戦闘技術と潜入捜査に必要な知識以外はすべての事が些末な事。

食事についてもそうだし、お洒落もそうだ。祭りなんてものに興味もなかったし、髪型を気にした事もなかった。

 

その中でもドルファンへの潜入捜査へと任務が変わった際にロゼッタが編んでくれた三つ編みだけは別で、この三つ編みと結んでくれたリボンだけが彼女にとって宝物であり、唯一の人間らしさと言えた。

そんなパトリツィアに、ドルファンでも人間らしさを与えようとしてくれたのがフィオナだった。

経験した事もないような驚くべき味の食べ物を分けてくれたのがきっかけだったが、そこから何かと気にかけてくれ、祭りに連れ出されたり、カフェに誘われたり、何につけてパトリツィアを連れ出してくれた。

 

 もっともフィオナはそれを意図して行っていたわけではない。

もともと極端に友人の少ないフィオナにとっても、貴族の娘とか歌姫の娘だとか、そういった表面上の事を一切気にしないパトリツィアは、都合の良い相手だったという事もある。

その上でフィオナはパトリツィアに交渉を持ち掛け、自分を付け狙う刺客の正体を突き止める手伝いを依頼した。

そしてその見返りが“友達”という形の無い信頼関係というのが、パトリツィアの興味を引いた。

 

“友達”という言葉は知っている。

だが、それが何なのかは知らない。

パトリツィアにとってロゼッタは上司でもあり家族でもある。

しかし友達ではない。

友達が何なのかまだ理解できていないが、パトリツィアは焦っていたし、困惑していた。

なぜだかはわからないが、フィオナが死んでいくのを許容できない。

なんとしてでも助けなくてはいけない。

その気持ちだけがパトリツィアの心を支配している。

 

 まずはフィオナと爆弾を繋いでいる足枷を外さなければならない。

だが、今飛び出してフィオナの元へと駆け付ければ、あの狂気的なティア・スリザーが何らかの方法で爆弾を起爆させないとも限らない。

焦りと緊張で荒くなっていく呼吸の中で、パトリツィアはすがるようにロゼッタに視線を向けていた。

 

 

 ロゼッタとティアは睨みあったまま硬直状態にあった。

レイピアを前に突き出して基本の構えを取ったティアは、流石に百戦錬磨の剣士らしく不用意な攻撃をしかけたりはしない。

ロゼッタは腰に差した刀を鞘からは抜かず、鯉口に指をかけたまま腰を落とし、ティアに向かってわずかに半身になりながら右腕は自然体にしてぶらぶらとさせている。

その構えではティアからは鞘に納められた刀がどれほどの長さなのかがわからない。

 

それはすなわち、相手の間合いがわからないという事だ。

達人同士の戦いともなれば間合い一つで生死を分かつほどに、お互いの剣の領域が重要となる。

二人を包む空気は極度に緊張しており、殺気に敏感な野生の動物であれば決して近づこうとしないであろう程に張り詰めている。

 

 じりじりと焼けこげるような数十秒が経過したが、二人はじわりとほんの僅かに足の位置をずらしただけでほぼ動きがない。

このままでは悪戯に時間だけが過ぎていってしまう。

そうなれば時間制限のある忠正達の方が圧倒的に不利だ。

 

――加勢した方が良いか?

 

たまりかねた忠正がわずかにレイピアを握る手に力を込めた時、先に仕掛けたのはロゼッタだった。

 

 完全に脱力した体重移動とすり足で流れるように一歩前へと進んだロゼッタ。

そのあまりにも自然で前触れのない移動に、ティアの反応は一瞬遅れた。

その空白の一瞬にロゼッタの右手が刀の柄にかかり、正に刹那のタイミングで刀が抜き放たれた。

鞘から抜き放たれた刀は凡その常人にはまったく見ることすらできない速さだった。

シュバルツによる虐待ともいえるほどの教育を受け、圧倒的な動体視力を誇るパトリツィアですら、その一撃を見る事は出来なかった。

 

 それは攻撃をされたティアも例外ではなかった。

警戒はしていたし、彼女も剣士としての腕は超一流である。

そのティアをもってしても反応すら出来ない程の一撃は、確かに彼女の右わき腹から左肩にかけて逆袈裟に斬り上げた。

と、同時に激しい火花が飛び散り、続いて金属を殴りつけたような鈍い音が駆け抜けた。

刀が駆け抜けた衝撃でティアの上半身が激しく後ろにのけ反ったが、驚く事に彼女はかろうじてその衝撃を堪えると、のけ反った反動を利用してのカウンターの突きを放った。

 

 ロゼッタは渾身の抜刀術で仕留められなかった事と、その異常な手応えの両方に動揺し、ティアの一撃への反応が遅れた。

必死に上半身をひねって回避を試みたが、心臓を狙って放たれたティアのレイピアは反応が遅れた分わずかに狙いが逸れて、ロゼッタの左肩に突き立った。

 

「う!?」

 

瞬間的に肩を引き体ごと回転して地面に転がったロゼッタは、すぐさま体制を立て直して立ち上がったが、貫通こそまぬがれたものの左肩には激痛が走り、左腕を伝う生温かい感触にそれなりの量の出血が起こっている事を理解した。

それでも右腕一本で必死に刀を構えるだけの冷静さは失っていなかった。

 

 対するティアも、決してダメージが無いわけではなかった。

逆袈裟に斬られたシベリアの民族衣装の下には鈍く光りを放つ鋼の鎧があり、そこに今まさに刻まれた生々しくもえげつないへこみが、彼女の受けた一撃の衝撃を物語っていた。

ティアは一歩、二歩とよろよろと下がりながら、口の中に溜まった血を吐き捨てると、手の甲で口元を拭いながら悪態をついた。

 

「まったく、馬鹿力で斬りつけやがって……。これ以上この体に傷跡は必要ないというのに」

 

ティアはあらかじめ多対一での戦いを予測し、服の下にプレートアーマーのパーツをいくつか着込むという策を取っていた。

その結果、ロゼッタの抜刀術で致命傷を受ける事は防げたが、それでも肋骨を何本かと内臓へのダメージは受けてしまっていた。

だが、その痛みを感じながらもティアの口元は醜く歪んだ微笑を浮かべていた。

 

「くくく……こうでなくては面白くない。なあ、サリシュアン?」

 

その目に浮かぶ狂気を真正面から受け止め、ロゼッタは深く息を吐いた。

 

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