続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
五月祭を間近に控えて浮かれるクラスメイト達を横目に、フィオナ・ロベリンゲは一人、教室の隅の窓際の自分の席に座り本を読んでいた。
始業前で教師が来るまでのわずかな時間を、クラスメイト達は自席を離れて仲の良いグループ同士で群れて黄色い声を上げている。
この時間がフィオナはたまらなく嫌いだった。
ドルファン学園の高等部に入学してから早くも一か月が経とうとしているが、フィオナは友達と呼べる人間が一人もいない。
楽しそうな声を上げるクラスメイトを横目に、フィオナは開いた本の同じページをジッと眺めているだけだ。
サラ・ショースキーだけは唯一の例外で、もちろん友達だし大切な幼馴染ではあるが、クラスが違うのでこの時間は一緒にいる事は出来ない。
それにクラスに友達がいないのは、今に始まった話ではない。
ドルファン学園はそもそも中高一貫教育であるため、全員が中等部から繰り上がりで高等部へ入学する。
その為基本的に全員が顔見知りであり、クラスの編成などはあるものの、すでに仲の良いグループが形成されている。
だがフィオナは違った。
もともとフィオナはドルファン学院という、マリーゴールド地区にある私立学校の中等部に通っていた。
このドルファン学院はマリーゴールドに住む貴族や金持ちの子供達が通う学校であり、公立であるドルファン学園の生徒たちとは一線を画すといっていい。
所謂エリートの子が通う学校であり、ドルファン学院とドルファン学園はお互いをあまり好ましくは思っていない。
そのドルファン学院の中等部で周りに馴染む事が出来ず、陰湿ないじめにもあっていたフィオナは高等部への進学を機にドルファン学園へと編入したのだ。
だが、学院からの編入生など学園の生徒たちが快く受け入れるわけがない。
ただでさえ社交的な性格ではないフィオナはこの一か月誰にも話しかける事も出来ず、逆に興味本位で声をかけてきたクラスメイト達にも上手く受け答えをする事も出来ず、すっかりクラスの中で浮いた存在となっていた。
虚しいだけの時間が過ぎていく中ようやく予鈴の鐘が鳴り響き、クラスメイト達は自分の席へと戻っていった。
フィオナも眺めていただけの本を鞄にしまい、教師の到着を待った。
本鈴の鐘が鳴るか鳴らないかというタイミングで教師が入ってきて、ざわざわとしていた教室内はにわかに静かになった。
だが、その教師に続いて一人の少女が入って来た事で、クラスメイト達はまたざわざわと騒ぎ始めた。
それはフィオナにとっても新鮮な驚きをもたらしていた。
教師に続いて入って来た少女は、ドルファンではあまり見かけない小麦の稲穂のような金色の髪を三つ編みにまとめ、その先を赤いリボンでまとめていた。
冬の空のように薄青く澄んだ瞳は強い意志の力を秘めており、白い肌と鼻のまわりのそばかすがなんとなくコスモスのような素朴だが鮮やかな雰囲気を醸し出している。
自分の方が幾分髪は長くて三つ編みの房も大きいが、同じ三つ編みのお下げに赤いリボンという髪型にフィオナはどことなく親近感を感じずにはいられなかった。
「静粛に!」
担任の男性教師の声で、クラスは静かになった。
教師は満足そうに頷くと、軽く咳払いをしてから言葉を続けた。
「えー、今日からこのクラスに編入される事になった、オーエンズ君だ。ご家庭の都合で入学が少し遅くなったが」
そう言って背中を押された少女は、よく通る凛とした声で言った。
「ウエールから転入してきました、パトリツィア・オーエンズです」
クラスメイト達がざわざわと沸き立つ。
ウエールと言えばこのドルファン首都城塞から馬車で一日程度の地方都市で、それほど距離は離れていないがあまり栄えているわけでもなく、程よい田舎といった印象の街である。
教師は教室を見渡して窓際のフィオナとは反対となる廊下側の一番奥の席に空席を見つけると、パトリツィアへ座るように指示をする。
パトリツィアは頷くと、静々と歩いて行き席に収まった。
「皆さん、オーエンズさんはまだ慣れていないので、仲良くするように。では、一限目の授業を開始するぞ」
フィオナは横目でパトリツィアの姿を覗きながら、授業の準備を始めた。
退屈な午前の授業が終わり、昼休みになるとパトリツィアの席には我先にとクラスメイト達が詰めかけていた。
誰も彼もがこの新しい転入生に興味津々といった様子だった。
「ウエールってどんなところ?」
「家庭のご都合っていうけれど、何があったの?」
「ドルファン学園はいかが?」
「ねえ、一緒にお昼を食べようよ!」
そんなクラスメイト達の声を尻目に、フィオナはいつものようにそっと教室を出ると中庭を目指した。
ほとんどの生徒の昼食は自宅から弁当を持ってくるか、生徒用の食堂を使うかのどちらかだ。
前者は自宅から通っている者が、後者はフィオナのように学生寮から通っている者に必然的人気になっている。
友人のいないフィオナは教室で弁当を食べる事もないし、食堂で誰かと食事をとる事もない。
人気のない中庭のテラスの一角の雨が降っても多少の屋根で凌げる場所まで行くと、誰も座っていないベンチにポツンと座った。
うららかな春の日差しを浴びながらしばらく待っていると、両手に弁当の包みを持ったサラ・ショースキーがやってきてフィオナの隣に腰を下ろした。
「ほら、今日の弁当」
「あ、ありがとう」
ぶっきら棒に差し出した弁当の一つをフィオナは申し訳なさそうに受け取った。
寮暮らしで弁当のないフィオナの為に、かもしか亭の女主人のハンナが弁当を作り、娘のサラに持たせているのだ。
サラはフィオナの隣で行儀悪くベンチに膝を立てると、弁当の包みを解きながら言う。
「フィオナもさぁ、早く友達でも作ってちゃんとクラスで食べるようにしなって」
「……私なんかと友達になりたい人なんていない」
そう呟きながらフィオナも同様に包みを解いて、麻布で綺麗に包まれたサンドイッチを取り出した。
小麦パン特有の甘い良い匂いが漂い、かもしか亭特製のキャロットラペをサンドしたフィオナもサラもお気に入りの一品だった。
サラがサンドイッチに齧り付きながら言う。
「はぁ。いつからそんなにジメジメした性格になったのさ」
「……生まれた時から」
小さな口でサンドイッチを食べながら不貞腐れたように言うフィオナに、サラは大きなため息を吐いた。
だが、この娘がこうやって不貞腐れた態度を取れるのも幼馴染である自分の前でだけだ。
その事を分かっているからこそ、サラは高等部になってから毎日自分のクラスを抜け出してフィオナと昼食を一緒にしているのだ。
フィオナの自己肯定感の低さと、『私なんか』という口癖がサラにとって悩みの種でもあり、小さな腹立たしさを感じる要因になっていた。
「まったく……あたしよりも全然立派な家柄のくせに、なんでそんなに卑屈なんだか」
「……全然立派なんかじゃないよ。貴族の名前と富があるだけで、中身は空っぽだもの」
「富があるだけで十分だと思うけどね」
サラがもう一度大きなため息を吐いた時、二人の目の前を一人の女子生徒が颯爽と歩いて行った。
昼の時間にこの中庭に来る生徒などほとんどいない。
「お?」
見知らぬ生徒にサラが興味を引かれて目を向けると、隣のフィオナが声を上げた。
「オーエンズさん!」
フィオナの声にその生徒は立ち止まり、金色の三つ編みを翻しながら振り向いた。
「何か?」
その素っ気ない言葉にフィオナは若干戸惑いつつも、ベンチから立ち上がりながら言った。
「あの、こんな所にどうしたんですか。食堂なら方向が違いますよ」
フィオナが食堂の方を指さすと、パトリツィア・オーエンズは静かに首を振った。
「食堂を探していたわけではないわ」
「あ、そう……なんです、ね」
「あなたは誰だったかしら。今日だけで色々な人が私に声をかけてくるから、まったく覚えられなくて」
悪びれるでもなく全く抑揚のない調子で言うパトリツィアに、フィオナがおずおずと答える。
「あの、私は同じクラスのフィオナ・ロベリンゲと言います」
「そう」
またもや素っ気ない返事をして歩き出そうとしたパトリツィアに、サラが声をかけた。
「まあ待ちなって。あたしはフィオナの友達でサラ・ショースキー。あんた、フィオナのクラスに入って来たっていう転入生だろ? ウチのクラスでも話題になっているよ。その話題の人が、どこに行こうっていうのさ」
パトリツィアはそんなサラの言葉に、迷惑そうな顔をするとため息まじりに言った。
「人のいない場所を探している。誰も彼も暇さえあれば話しかけてきてうんざりよ」
「みんな新しい転入生に興味津々なんだ。三日もすれば落ち着くさ」
「……迷惑な話だわ」
パトリツィアの心底嫌そうな表情に、フィオナは思わずシンパシーを感じてしまっていた。
自分もドルファン学院の中等部からドルファン学園の高等部に編入した時の、周りからの遠慮のない干渉にほとほと辟易としたものだ。
そんな気持ちからフィオナは思わず身を乗り出してパトリツィアに頷いてみせた。
「そうですよね! その気持ち、わかります!」
その勢いにパトリツィアは僅かに驚いた表情を浮かべた。
だがフィオナは勢いそのままに続けた。
「私も他人の不躾な態度にはうんざりしているんです。この中庭なら人も来ないし、静かに過ごすならうってつけですよ! あ、でも私もここを使いたいので、一人きりにはなれないかもしれないけれど……」
まくしたてたフィオナの勢いに、パトリツィアはおろかサラまでも圧倒されてしまっていたが、自分の行動の突飛さに気が付いたフィオナは二人の様子を見て顔を赤くして静かにベンチに座り直した。
「ご、ごめんなさい。あの、私も誰かに色々聞かれるのが苦手だから、つい……」
そんなフィオナの様子を見て、今まで迷惑そうな醒めた表情をしていたパトリツィアだったが唇の端でほんの少しだけ微笑んだ。
「そういう事なら、私もこの中庭を使わせてもらうわ」
そう言いながらフィオナとサラの向かいのベンチに腰を下ろすと、小さな袋から四角く焼き固められた茶色いパンのような何かと、塩漬けにして乾燥させたであろうニシンを取り出し、もそもそとそれを食べ始めた。
その突然の行動にフィオナとサラは顔を見合わせた。
昼の時間なので弁当を食べるのはおかしなことではないが、その内容があまりにも常識離れしていた。
パトリツィアはそのパンの様なものに歯を立てると、木材の皮を剥がすような音を立てて租借し、時間をかけて飲み下した。
その様子を見ていたサラが、恐る恐る声をかける。
「あんた、一体なにを食べているの?」
その質問にパトリツィアが不思議そうな顔をした。
「ライ麦パンとニシンよ。見てわかるでしょう」
「あたしの知っているライ麦パンは少なくとも食べる時にそんな音はしないし、ニシンの干物だって、お湯で戻してから料理して食べるけれど」
「保存に適した形にしているのよ。食事なんて栄養が取れればそれでいいのだから、余計な手間をかけるだけ無駄だわ」
しれっと言い切ったパトリツィアに、料理屋の娘であるサラは黙っていられなかった。
「バカ言わないでよ。美味しい料理は心も豊かにするのよ! 一手間かける事でお腹だけじゃなく、心まで満たされる物になるんだから!」
今にも掴みかかりかねない勢いのサラの腕を抱えて抑え込んだフィオナは、不思議そうな顔のままのパトリツィアに言った。
「あの、良かったらそのライ麦パンと、私のサンドイッチを交換しませんか。サラの言うような一手間かけた料理も、きっと気に入ると思いますよ」
「……別に構わないけれど」
不服そうな顔のパトリツィアに、フィオナはまだ手をつけていなかった小麦の白いパンのサンドイッチを渡す。
代わりに渡されたライ麦のパンは思った以上にずしりと重かった。
パトリツィアは怪訝な顔をしていたものの、フィオナのサンドイッチに口をつけた。
そして誰が見てもわかる程の驚いた顔をして目を輝かせると、空腹のままお預けを食らっていた犬がようやく食べる事を許されたように、言葉も発さずにぺろりと平らげてしまった。
そのあまり食べっぷりのよさにフィオナとサラはしばらく呆気に取られていたが、やがて顔を見合わせて微笑みあった。
「ほらな。やっぱり一手間かけた方が美味いだろ?」
サラの言葉で我に返ったパトリツィアは、目を逸らして頬を赤らめた。
「……悪くはないわ」
「ここで昼飯を食べるなら、明日からもう一個余計に弁当持ってこようか? ウチは食堂だから二個も三個も用意するのに大した変わりはないし、どうせ作るのは母さんだし」
サラが言うとパトリツィアは一瞬目を輝かせたが、すぐに無表情を装った。
「私は静かに過ごしたいだけだから明日からもここには来るけれど、あなたが弁当を持ってくるかどうかはあなたの勝手だし、好きにすればいいでしょう」
「な、なんて素直じゃないやつ!」
苦虫を噛み潰したような表情をしたサラを横目に、フィオナはくすくすと笑った。
こうして、フィオナとサラ、そしてパトリツィアという奇妙な取り合わせの三人は、毎日の昼食を一緒に取る事になったのだった。