続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
今回分よりまた毎週日曜更新に戻りたい……とは思っています(;^_^A
左肩を負傷したロゼッタは、刀を鞘に戻して再度抜刀術を仕掛けるような事はしなかった。
そもそも抜刀術というのは初撃こそ効果的な技であり、一度抜いてしまえば二度目は狙えない。
それは刀を鞘に納めたまま、さらに自分の半身で鞘自体を隠している事で、刀の長さを相手に悟らせず自身の間合いで戦える事に尽きる。
すでに抜き放ってしまった刀の刀身を見られている以上、どんな速さで抜き打ったところでその意外性と奇襲性は失われてしまっている。
ロゼッタは激しく主張する左肩の痛みを深い呼吸でごまかしつつ、刀を中段、正眼に構えていた。
すべての動きに臨機応変に対応できる基本の構え。
攻撃にも防御にも転じやすい構えだ。
対するティアは右手に持ったレイピアを肘を曲げながら前へと突き出し、右足を前に半身を引き、こちらも基本の構えを取っていた。
抜刀術による奇襲が失敗した以上、相手の出方を伺う戦術は時間の無駄と判断したロゼッタは、もう一度大きく息を吸い込むと「やっ!!」という気合の声と共に喉元を狙った突きを放った。
先ほどの一撃の手ごたえからティアが鎧のようなものを着込んでいるのは明らかなので、最短最速で致命の一撃を放ったのだ。
ティアはその鋭い突きに対してレイピアを垂直に立てながらロゼッタの刀の峰に這わせると、巧みにその剣先を逸らして避ける。
一瞬にして近づいた二人の距離は、まさにお互いの呼吸を感じられるほどの近距離となった。
突きの一撃で腕が伸びているロゼッタに対しティアはレイピアを立てている。
ティアはすかさず剣を握る右手を一気に腰の位置まで下げ、なおかつ腰の後ろへと引く。
当然レイピアの剣先はその動きに呼応して下がり、ロゼッタの鼻先まで下がったと同時にティアは引いていた手を引き寄せ斜め上に向けての突きを放った。
レイピアはその長さと重さから近接戦闘が仁不得意と思われがちだが、一流の使い手であれば近い間合いからも突く術をいくつも持っており、この技もティアにとってはごく当たり前の攻撃の形の一つだった。
予想外の近距離からの突きとはいえ、ロゼッタはまったく油断をしていなかった。
一瞬にしてその軌道を予測すると首を斜めに傾げて避ける。
当然ティアもそうなる事は予測済みで、今度は斜め上に伸びた剣をそのままにロゼッタの首筋目掛けての斬撃へと切り替えていた。
息をも吐かせぬ連撃だったが、ロゼッタは二人の距離が近い事を逆手に取り、斬撃の刃が首に届くよりも早く左足でティアの腹を力の限り蹴り飛ばしていた。
ティアは後ろへ大きく吹き飛び、フィオナの近くでどうにか踏みとどまった。
猿轡をされたフィオナが恐怖のあまり声にならない声を上げたが、ティアはそれをまったく無視して立ち上がると、再びレイピアを前に出し基本の構えを取った。
ロゼッタも再び正眼の構えに戻ると、二人はまた無言で向き合った。
再び訪れた深夜の静寂に、忠正は自分の呼吸の音を聞いた。
焦れるようにじりじりと過ぎていく時間に、忠正は歯がゆい思いを感じていた。
ティアが三十分を宣告してからすでに何分が経ったのか。
潜んでいるはずのパトリツィアは何をしているのか。
そして、ロゼッタはティアを倒せるのか。
様々な想いが脳裏を駆け巡り、じっとしている事がたまらなく辛い。
何かロゼッタに加勢出来る術はないのか。
忠正はレイピアを強く握りながら、必死に思考を巡らせていた。
そんな忠正の想いを感じているかのように、ロゼッタは今度は無謀とも言える勢いで刀を振り上げると、上段からの強烈な斬り下ろしを放つ。
鋭い一撃ではあるが、そんな見え見えの攻撃がティアに通じるわけもなく、ティアはそれを半身を引いて躱すと同時に突きの連撃を放つ。
「舞桜斬!!」
ロゼッタは叫びながら、舞い散る花びらをすべて切り伏せるように圧倒的な速さで右から左、切り返して左から右へと連続して切り払い、その突きを弾いていく。
突きの連撃を凌ぎ切ると、今度はすかさず痛烈な横一文字の撫で斬りを放つ。
大きく飛び退いてそれを避けるティア。
しかしロゼッタは追撃の手を緩めず、一瞬にして距離を詰めると再び上段からの大振りの一撃を放った。
ティアが咄嗟にレイピアを前に出して根本で受けると、金属同士がぶつかる鈍い音が響くのと同時に火花が散った。
息をも吐かせぬ攻防だが、搦め手すらなく強烈な攻撃を放つロゼッタは額に大粒の汗を浮かべていた。
――あんな攻撃の仕方じゃ、消耗が早いだろ!
忠正は心の中で叫んだが、すぐにロゼッタの意図に気が付いた。
――そういう事か……!
姉の作戦の助けになるべく忠正はゆっくりと前に進みながら、ティアの視界からフィオナが隠れるようにその視界の射線に入るように移動していった。
遺跡の影からロゼッタの無謀とも思える猛攻を見ていたパトリツィアは、ティアの意識がロゼッタに集中してフィオナから逸れたのを敏感に察知すると、一瞬にして飛び出してフィオナの下へと飛び出した。
パトリツィアの姿を見たフィオナが何かを叫んでいるが、声を出されると容易くティアの興味を引いてしまうので猿轡は外すような事はしない。
こちらの思惑を感じ取ったのか、忠正がティアの視界を塞ぐように移動してくれている。
「たまには役に立つわね」
口の中で呟きながら遺跡の石畳の上に転がされたフィオナの元へと辿り着いたパトリツィアは、そっとフィオナの頬を撫でるとすぐに足枷の金具に取りついた。
足枷は頑丈な金具で出来ており、左右が一つの金輪で繋がっているタイプの物だった。
金輪を外す為の鍵穴はオーソドックスな形をしているが、ピッキング用のツールを差し込んでみると、すぐにその鍵型が複雑でそう簡単に開くような代物でない事が感じ取れた。
時間さえあれば開ける事は可能だろう。
だが、三十分以内にこれを開けるのはまず無理だ。
激しく燃える篝火の熱に、パトリツィアの額に薄く汗が浮かぶ。
時間内に足枷を外すにはティア・スリザーの腹から鍵を取り出すしかない。
しかし、それが一筋縄で行くような事ではないのはロゼッタがわざと大袈裟な戦い方をしてティアの注意を逸らすように仕向けている事からも明確だ。
ロゼッタのあの戦い方は、自分にフィオナ救出を託しているからだとパトリツィアは理解していた。
足枷を外せないのならば爆弾と繋がっている鎖を切断出来ないか。
咄嗟に爆弾と足枷を繋いでいる鎖に視線を移したパトリツィアだったが、鎖を見た瞬間にその考えは浅はかだったと気付いた。
足枷からつながる鉄製の鎖は一つ一つの輪が厚さ一センチはある頑丈なもので、破断させたり変形させたりすることを頑なに拒むかのように黒光りしている。
もしもこの鎖を切断するのならば、金物専用の鋸を使ったとしても数十分はかかりそうだ。
もちろんそんなものが今ここにあるわけでもない。
パトリツィアの手元にあるものは、いつも隠し持っている刃付きのナックルダスター、ピッキングツールの細い金具が数種類、煙幕くらいのものだ。
ナックルダスターの刃で削り取れるほど柔い金属ではないし、かと言って殴りつけて変形させられるようなものでもない。
ダメ元でピッキングをした方がまだ可能性があるかもしれない。
戦士として育てられたが故に徹底的なリアリストとしての価値観を叩き込まれているパトリツィアは、この絶望的な状況に半ば打ちのめされ始めていた。
足枷や鎖の破壊が叶わないのなら、リアリストである彼女が取れる方法はただ一つ。
即ち、足を切断する方法だ。
だが、その方法を選択するという事は、多量の出血とショックによりフィオナが死んでしまう可能性があるという事だし、仮にうまくいったとしても二度と歩ける体にはならないという事だ。
その選択をするのは、いかにパトリツィアが冷静、冷徹に判断が出来たとしても思わず躊躇してしまう程のものだった。
遺跡の影から駆け寄って来たパトリツィアが何やら工具を足枷の鍵穴に差し込んでから動きがピタリと止まってしまったのを、忠正はロゼッタとティアの方に注意を向けながらも訝し気に見ていた。
恐らくパトリツィアが開城を試みている物の苦戦しているであろうことはすぐにわかった。
この少女がどんな開錠技術を持っているかはわからないが、今までの経緯からただの少女でない事は明確だ。
今は彼女を信じる以外に術が無い。
そうなのだが、その頼みの綱であるパトリツィアの動きが止まってしまっているのでは、いかに忠正と言えど平静ではいられなかった。
そうこうしている間にもロゼッタの苛烈な攻撃を防ぎつつ反撃に転じるティアの勢いは増していく一方で、逆に大技ばかり繰り出しているロゼッタは動きに精彩が欠けていくのが見て取れる。
「くそっ……!」
刻一刻と悪化する状況に思わず足元の小石を蹴飛ばす。
その感触に違和感を覚えた忠正は、咄嗟にその場に屈みこんだ。
石を蹴った際に感じたのは固い物を蹴った感触だけでなく、何かぬるっとした柔らかな感触も感じたからだった。
蹴り飛ばした石があった場所の土を触ると、わずかに湿っていてぬかるんでいる感触がする。
レイピアをその部分に突き立て左右にこじって穴を広げると、そこから水が湧き出た。
「――湧き水……カミツレ山の雪解け水か?」
基本的に温暖なドルファンでは雪が降る事はない。
それは平場での話であり、標高の高いカミツレ高原の中で一番の高さを誇るカミツレ山の山頂付近ではそれなりに雪は降る。
特にこの冬はクリスマスに街の中でも雪が降った事もあるくらい寒かった為、カミツレ山の雪の量は多かった。
春にはまだ早いとは言え、それでも温暖なドルファンの気候でカミツレ山の雪の一部は少しずつ溶けて地下に染み込み、カミツレ高原を経てこのレリックス駅の奥の遺跡群の地面まで流れ着いている。
その量は決して多くはないが、湧き出た水は小さな流れとなって地面に溝を掘り流れ下って行った。
――これだ!
忠正は咄嗟にレイピアの鞘を腰から引き抜くと、刃を納める口にあたるスロートを水が湧いて出ている部分に鞘の中に水が溜まるように置いた。
そしてすぐに立ち上がると、レイピアを轟轟と音を立てて燃える篝火の中へと突き入れた。
絶望に打ちひしがれていたパトリツィアが忠正の奇行に気付き、眉間に皺を寄せながら顔を上げる。
だが忠正はそんなパトリツィアの視線などまるで気にせずに、燃え滾る炎の中から今まさに燃え盛っている薪を一本レイピアで刺し貫き、引っ張り出した。
その松明のように燃える薪を、忠正はレイピアを強く振ってパトリツィアの方へと投げて寄こした。
パトリツィアはその意味不明な行動に一瞬避けるような仕草をしたが、その激しく燃える薪がパトリツィアの脇の遺跡の床に転がったのを見てより一層眉根を寄せた。
すぐそこに爆弾があるというのに火のついた薪を投げて寄こすなど正気の沙汰ではない。
だが忠正は再度篝火の中にレイピアを差し込むと、同じように燃え盛っている薪を投げて寄こす。
転がった薪の放つ強烈な熱にパトリツィアもフィオナも戸惑っていると、忠正はパトリツィアに向けて声を上げずに口の動きだけで語り掛けた。
『鎖を熱しろ』
それだけで忠正が何を狙っているのかがわかるはずもなかったが、パトリツィアは考えなかった。
徹底したリアリストとしての教育がここで活かされた。
現状で何も解決策の無い自分よりも、多少なりとも何か思惑があって行動している忠正の指示に従う方が、よほど可能性があるだろうと判断したのだ。
ズシリと重みのある鎖を持ち上げると、忠正の投げた燃え盛る薪の上に乗せた。
忠正が続いて投げてきた他の薪をその熱さに負けずに蹴り動かして一か所に集める。
目の前で起こっている異様な光景にフィオナが目を見開いているが、今は彼女に事情を説明している場合ではない。
パトリツィアは着ている上着を素早く脱ぐと、それを炎に向かって大きな団扇に見立てて扇いだ。
瞬間的に酸素を供給された炎は勢いを増して燃える。
舞い踊る火の粉に、忠正は力強く頷いた。