続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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休載などを挟み、長々と続いたフィオナ誘拐事件編ですが、一旦これで完結となります。
前作から続いたティア・スリザーの因縁の決着は、決して円満にはいきませんでした。
ですが、それもまたみつめてナイトらしさかなぁと。
次話からは、物語が加速していく予定です!


【62】フィオナ誘拐事件➅

 ティア・スリザーが渾身の突きを繰り出す、少し前に時間はさかのぼる。

ロゼッタとティアが何やら会話をしている状況を遠目に確認しながら、忠正は懐中時計を取り出して時間を確認した。

長針は数字の五を指し示すところで、もう時間の猶予がほとんどない事を物語っている。

パトリツィアが懸命に扇いでいる炎は勢いよく燃えているが、ふいごのようなものがあるわけでもないので、その火力は限定的ではある。

それでも鉄の鎖はわずかに赤熱しているように見える。

 

 忠正はもう一度ティアの方を見てロゼッタがしっかりと足止めをしているのを確認すると、足元の鞘を拾い上げた。

鞘の中にはしっかりと冷たい雪解け水が溜まっており、それをこぼさないように慎重に移動した忠正はパトリツィアに声をかけた。

 

「どいてくれ」

 

汗みずくで炎を扇いでいたパトリツィアは小さく頷くと、脇にずれて場所を忠正に譲る。

忠正はレイピアで燃え盛る薪を弾いていき、今まさに熱せられていた鎖に鞘の中の冷たい水を注いでいく。

 

 瞬時に水は蒸発して湯気となったが、鞘の水はその長さの分思った以上の量があり、やがて蒸発よりも冷却の方が優位となった。

忠正は空になった鞘を放り投げると、すぐさまレイピアの柄頭で鎖を力いっぱい殴りつけた。

金属的な鈍い音が響いたが、鎖はびくともしない。

それでも忠正は二発、三発と立て続けに殴りつける。

 

 鉄は高温で熱すると柔らかくなる性質を持つ。

だがそれは石炭などを使い、専用の炉でふいごで酸素を強制的に供給し、超高温にする必要があった。

燃え盛る薪程度の熱で、鉄を加工可能な程の温度にする事は不可能だった。

そんな事は忠正も百も承知である。

だからこそ鉄のもう一つの特性に賭けたのだ。

 

 鉄は熱せられた後に急激に冷やすと固くなる。

いわゆる焼き入れというものだが、高温に熱した鉄を急激に冷やすと、その鉄は硬度を増して硬くなっていく。

しかし硬くはなるが、同時に脆くもなる。硬くなりすぎた鉄は、衝撃にも弱くなる。

腕の良い刀鍛冶は熱した後に叩いて形を整え、急激に冷やした後、再度熱を加えて叩く事を繰り返して硬度と柔軟性を両立させていく。

忠正は手元にある材料での最善策として、最大限に熱した鎖を雪解け水で急激に冷やす事で脆くなることを狙っていたのだ。

 

 

 何かに取り憑かれたかのように一心不乱に鎖を叩き続ける忠正ではあったが、鎖はびくともしない。

レイピアの柄による殴打では衝撃が足りないのか、鎖の加熱と冷却が足りなかったのか、あるいはその両方か。

忠正の行動を不安げな眼差しでみつめるフィオナの目に涙が浮かぶ。

そんな忠正の肩にパトリツィアが手をかける。

 

「変わって」

 

その一言で忠正から半ば強引に場所を奪い返したパトリツィアは拳を振り上げると、大きく息を吸い込み力任せに振り下ろした。

 

「馬鹿、拳が砕けるぞ!」

 

忠正が声を上げたが、次の瞬間、先ほどよりも大きな金属音が響いた。

パトリツィアは怯むことなく再び拳を振り上げ、渾身の力を込めて鎖を殴りつけていく。

その振り上げた拳にナックルダスターが握られているのを見つけた忠正は、パトリツィアの無謀とも思えた行動に納得しつつも、同時に確固たる覚悟を感じた。

いくらナックルダスターを装備しているとは言え、渾身の力と全身の体重をかけて鉄の塊を殴りつけるなど、自身に返ってくるダメージも半端ではないはずだ。

その分、その破壊力はレイピアの柄などで殴りつけるよりも間違いなく強いだろう。

 

 それは拳を振るうパトリツィア自身が一番強く感じている事だった。

一発殴りつけるだけで右腕の骨が軋む。

殴りつけた衝撃が腕を伝い、肩に伝播し、パトリツィアの小さな体中に響く。

全身を駆け抜ける痛みと衝撃に意識すらも持っていかれそうになるが、パトリツィアは拳を振り下ろすのを止めなかった。

彼女を動かすのはただ一つ。

フィオナを助ける、という強い意志の力だった。

 

 

 

「……なめるなっ! サリシュアン!!」

 

ロゼッタの『斬れる』という宣言に逆上したティアが放った突きはロゼッタの喉笛を目掛けて正確かつ常人には決して捉える事の出来ない速さで放たれた。

しかし、ロゼッタはわずかに前傾姿勢だった体を敢えて脱力することで前に倒れこむようにしてその突きを躱すと、ティアとの距離を一気に詰めていた。

突きが放たれてから反応したのでは間に合わなかっただろう。

興奮したティアが喉を突いて来ることに賭けていたロゼッタの作戦だった。

 

 前傾姿勢のまま前に倒れこんだロゼッタがかなり深く腰を落としつつ、右足を前に踏み込む。

ティアとロゼッタの距離はお互いの体が交錯する、あと少しで密着するという距離まで近づいていた。

通常、この密接状態に近い距離では刀や剣は振るえないものだが、ロゼッタはそれを無視して鞘に収められた刀を抜きにかかった。

 

 それは最初の抜刀術のような圧倒的な速さではなく、圧縮された力が鞘の中を走り抜けながらゆっくりと解き放たれるような、ぴったりとはまったワインのコルクを抜くような、漫然とした動作に見えた。

それはただの比喩的な表現ではあるのだが、実際にティアは時間がゆっくりと流れるような感覚を味わい、鞘を走る刀身が徐々に引き抜かれていくのを確かに見た。

 

 

 その刀の剣先が鞘から解き放たれた次に、ティアの目に映ったのは真っ暗な空だった。

何が起こったのかはまったくわからない。

ただ、あの瞬間にゆっくりと抜かれた刀を見届けて防御をしようと試みたことまでは覚えている。

突いたレイピアの右腕を咄嗟に引いて胸の前で剣を立てたはずだった。

 

そうだ。

レイピアがあれば、まだ戦える。

 

何が起こったかわかならないが、地面に倒れているので空が見えているはずだ。

右手に握られているであろうレイピアを求めて、手を上げようとしたが全く言う事をきかない。

 

 なぜだ、と思うのと同時に信じられない激痛が全身を襲った。

 

「ぐ、ああああ!!」

 

堪えきれずに声が漏れ、体が激しく痙攣を起こす。

必死に首を上げて、目だけを動かして自分の体を確認すると、驚くべき事に右腕の肘から先は無くなっていた。

さらに上半身を覆っていたプレートメイルは胸から下で綺麗に切り裂かれており、胸部が真っ赤に染まっているのが視界の端に見えた。

 

――斬られたのか? 私が……!?

 

状況を受け止める事が出来ず、混乱を極めるティアの目に、こちらを見下ろしているロゼッタが映り込んだ。

 

「サ……サリシュが、ぼ」

 

サリシュアンと言おうとした言葉が、喉の奥から溢れ出た血によって声にならなかった。

 

 

 ロゼッタは仰向けに転がっているティアの脇に立ち尽くして、やや醒めた目でその顔を見ていた。

右手には抜き払われた刀が握られているが、剣先がわずかに震えている。

極限の集中力と緊張から解き放たれた興奮が右手に残っていた。

 

 あの交錯した瞬間に彼女が放ったのは、父から受け継いだ東洋の剣術の極意の一つで『斬鉄』という技だった。

初撃に仕掛けた抜刀術は“速さ”を追求した一撃なのに対し、先ほど放った一撃は“重さ”を追求した一撃であった。

鞘の中で剣を加速させるのではなく、力を溜めて放つ事により、速度を犠牲に威力を高めた一撃。

ティアのプレートメイルを一刀両断にした、まさに“鉄をも斬る”一撃である。

 

 

 もはや言葉にならない言葉を放つティアに対し、ロゼッタは大きく深呼吸をして右手を抑えながら声をかけた。

 

「おそらくわかっていると思うけれど、あんたの負けよ」

 

ティアは真上を見上げたままひゅーひゅーと声にならない呼吸をしている。

 

「一応、最後に言っておきたい事があるなら聞いてあげる。誰かに届けたい言葉なら、届けてあげるわ」

 

言いながらロゼッタは膝をついてティアの口元へ耳を寄せる。

ティアはわずかに口を動かし、魔女が呪いを吐くように必死に言葉を紡いだ。

 

「こ、殺してやる、隠密のサ、サリシュ……」

 

言い切らないうちにティア・スリザーの言葉が滑り、その瞳が光を失った。

ロゼッタは膝をついたままその空虚な瞳をみつめて一人呟いた。

 

「……結局、あんたは過去に生きたまま、明日を夢見る事はなかったんだね」

「サリシュアン様」

 

後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはフィオナ・ロベリンゲを腕に抱いて立ち尽くしている忠正と、その脇で心配そうにこちらを見ているパトリツィアの姿があった。

 

「そっちもなんとかなったみたいね」

「はい」

 

疲れ果てた声でロゼッタが言い同じようにパトリツィアがため息まじりに返事をした時、後ろの方で激しく爆発の音が響き火柱が立ち上った。

篝火が爆発に巻き込まれて弾け飛び、火のついた薪が四方に飛び散る。

衝撃に一同は思わず身をかがめる。

駆け抜ける爆風にフィオナとパトリツィアの三つ編みが激しくたなびく。

しばらくその余韻から身を守っていると、爆発が嘘だったかのように遺跡群は夜中の静けさを取り戻し、所々で飛び散った篝火の成れの果てがわずかな音を立てて燻ぶっていた。

 

 そこでようやく刀を鞘に納めるとロゼッタは大きなため息を吐いた。

左肩がずきずきと痛んでいるのを今更ながらに思い出し、止血の為にハンカチを巻いているとフィオナを降ろした忠正が歩み寄ってきた。

 

「苦戦したな。怪我は大丈夫か?」

 

ロゼッタは肩をすくめて見せた。

 

「大した事ない、とは言わないけれど、まあ大丈夫。それよりもフィオナ・ロベリンゲは大丈夫なの?」

「ああ、縛られたりした時の擦り傷が少しあるが、特に大きな怪我などはないようだ」

「爆弾が本物だった事だし、あの女剣士は本気でフィオナ・ロベリンゲを殺すつもりだったようね」

「……異様な吟遊詩人だとは思っていたが、一体何者だったんだ?」

 

忠正の問いにロゼッタは横たわるティア・スリザーの遺骸をみつめながら沈んだ声で答えた。

 

「お母様との因縁があったみたいだから、ヴァルファバラハリアンに恨みがあったんでしょうね。彼女が何者なのかはわからない。けれど……」

 

ロゼッタは少しだけ何かを考えていたが、やがて小さな声で続けた。

 

「復讐だけに生きていた事は確かよ。その先にある未来を見つける事が出来なかった、悲しい人」

 

その言葉に忠正は目を細めて唇を噛んだ。

 

「復讐の……先にある未来……か」

 

 

 フィオナは忠正とロゼッタを少し離れた場所から見ているパトリツィアの隣へと歩いていくと、努めて明るく声をかけた。

 

「パティ、助けに来てくれてありがとう」

 

部屋着のままだったフィオナはパトリツィアが炎を扇ぐのに使っていたコートを羽織っており、足元は裸足のままだった。

パトリツィアはちらりとフィオナの方を見ると、若干バツが悪そうな口調で言った。

 

「あなたとの契約もあるし、一応……その、友達……だから」

 

そう言って目をそらすパトリツィアに、フィオナはふと微笑んだ。

 

 わけもわからずに誘拐され、爆弾と繋がれた状態で人質にされるなど、そんな現実が来ることなど今日の今日まで想像した事もなかった。

氷のような冷たい雰囲気を持つ刺客と絶望ともいえる時間を過ごすのはつらかったし、今までの人生で一番怖い思いをしたといってもいい。

 

 だが、そんな中でもフィオナが希望を失わずに恐怖に耐えられたのは、他ならぬパトリツィアの事を信じていたからだった。

ひょんな事から始まった二人の関係だが、同じ時間を過ごしていく中でフィオナはパトリツィアを本物の友達だと思っていった。

 

 彼女は不器用で素直ではない皮肉屋だけれど、約束を破るような事は絶対にしない人物だ。

命を狙う刺客を調べ、いつでもその脅威から自分を守ろうとしてくれる。

そんな誠実な部分を隠し持つパトリツィアが、フィオナにとっては大切な存在になっていた。

 

 その時、パトリツィアの三つ編みをまとめていたリボンがはらりとほどけた。

 

「あ……」

 

咄嗟に手を伸ばして掴んだパトリツィアだったが、そのリボンは見る間に手の中でぼろぼろと崩れてしまった。

篝火の火で鎖を熱している際に、飛び交う火の粉がリボンを傷めていたのだった。

手の中で朽ちていくリボンに、今まで無表情だったパトリツィアの顔が見る間に歪んで行った。

以前、彼女の髪を梳かしてあげた際に、そのリボンが宝物だと言っていた事をフィオナは覚えていた。

 

 悲しそうに朽ち果てたリボンを握るパトリツィアに、フィオナは自分の髪を結んでいるリボンをほどくと、そっとそのリボンでパトリツィアの髪を結んだ。

パトリツィアが驚いたように顔を上げると、フィオナは優しく微笑んだ。

 

「このリボン、前にも話したけれど私の宝物なの。パティのリボンの代わりにはならないかもしれないけれど……感謝のしるし」

 

パトリツィアは結ばれたそのリボンを手にして撫でる。

長年の経年劣化はあるが、上等な絹で出来たその紅いリボンは手触りといい、その細かな模様といい、今まで結んでいたロゼッタからもらったリボンとまるで同じだった。

 

「フィー……」

 

パトリツィアが言うと、フィオナは大きなため息交じりに疲れたような笑顔を浮かべた。

 

「……帰ろう、パティ。私たちの寮に」

 

冬の冷たい風が、静かになった遺跡群を吹き抜けた。

 

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