続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【64】雪椿の歌姫(前編)

 真っ黒だった空の端がわずかに赤く染まり夜から朝に空が切り替わろうとする中、まだ人々が寝静まっている静かなサウスドルファンの大通りを、忠正とジョアンは並んで歩いていた。

 

傍から見ても明らかに落ち込んだ様子のジョアンに忠正は何と声をかけてよいかわからず、二人の間には少しだけ重い空気が流れていた。

このまま別れたとしても、こんな調子のジョアンを放っておく事は夢見が悪い。

忠正は気まずそうに視線を泳がすと、思い切って声をかけた。

 

「中佐らしくないじゃないですか。あんな風に手を上げるなんて」

 

その言葉に顔を上げたジョアンは、うつろな瞳で忠正を見た。

 

「……娘に手を上げたのは、あれが初めてだ」

「それはまた……」

 

甘やかして育ったのですね、という言葉を言いかけて止めた。

そもそも忠正にとっての比較対象はロゼッタしかないし、当のロゼッタはお転婆が服を着て歩いているような性格だった。

 

そんなロゼッタに両親もねえやも手を焼いていたのは事実だし、その度の過ぎる行動に尻を叩かれているのを見たのは一度や二度ではすまない。

しかし、それはロゼッタだからこその話で、貴族の家で育ち大人しい性格のフィオナと比べるのはあまりにも短絡的だと思い至った。

 

 ジョアンは深いため息を吐いて言った。

 

「……フィオナにさらに嫌われてしまったな」

 

その横顔にはなんとも言えない悲哀が漂っており、それが猶更忠正にとっては不思議だった。

 

「あの、わからないのですが……。中佐はそんなに深くフィオナさんを愛しているのに、どうして嫌われていると思うのですか?」

 

以前フィオナと二人で話をした際、フィオナ本人は父親に愛されていないと感じていた。

しかし、忠正の知るジョアンは溺愛に近い程娘を愛している。

その矛盾がどうしても理解出来なかった。

 

忠正のその率直な疑問にジョアンは顔を上げずに答える。

 

「さて、どうしてだろうな。ただ、あの娘は私に笑顔を向けてくれる事もないし、親し気に声をかけてくれる事もない。父娘だというのに、滑稽なものだろう」

 

自虐気味に笑うジョアンに忠正はますます首を傾げた。

同じような事をフィオナも言っていた。

 

 それに、先ほどの学生寮での二人の会話も気になっていた。

まるで他人行儀に話をする二人に違和感を覚えたものだ。

忠正の両親は、とりわけ母親はそれなりに厳しい人だったが、母子で会話をする時はもっと親しみやすく砕けた口調で話をしたものだ。

 

「普段からあんな感じで話をされるのですか?」

 

突拍子の無い忠正の質問にジョアンはようやく顔を上げた。

 

「あんな感じ……とは、どんな感じだ?」

 

不思議そうに言うジョアンに、忠正は僅かに苛立ちを感じた。

 

「まるで上司と部下のような。実の父娘であっても、あんな敬語で話を?」

 

その言葉にジョアンはさらに不思議そうな顔をした。

 

「当たり前だろう。フィオナはエリータス家の娘だ。貴族には貴族なりの立ち振る舞いというものがある」

 

――それで、か。

 

忠正はようやく納得がいった。

 

つまりは、このジョアン・エリータスという男は、貴族として、とりわけ旧家の両翼として名門中の名門貴族の中で育った。

おそらくその規模の貴族として育ったのであれば子育ても基本は教育係が行ったのだろう。

 

ジョアン・エリータスの父はドルファン最後の聖騎士と名高いラージン・エリータスだが、早くに亡くなっている事を忠正は文献を読んで知っていた。

最後の聖騎士という表現は間違っているのだが、それは一旦置いておく。

ラージン亡き後エリータス家の当主となったのは、妻である才媛マリエル・エリータスで、彼女がジョアンの母親にあたる。

 

 しかし三男坊であるジョアンはエリータス家の中でも軽んじて見られていただろうし、当主として、王室会議のメンバーとして多忙を極める母親の愛情を受け取る機会は少なったはずだ。

父親の背中を知らず、母の愛も知らず、貴族としての教育だけを受けたジョアン・エリータスという人間が親になり子を持ったとしても、その愛情を子供に表現できるわけがない。

 

 なぜなら、愛情の表現方法を知らないからだ。

それは先日ジョアンが自分で告白したことにも裏付けられる。

自身の妻であるソフィア・ロベリンゲに一方的な愛を押し付けていた、と。

ただ、それを是正してくれる人との出会いがあったとの事だったが、子育てに関してはそうはいかなかったようだ。

 

 要は娘への愛情をその不器用さ故に表現出来ない父と子のすれ違いが原因なのだ。

もちろんそれがすべてだとは思わないが、要因の多くを占めるのは間違いない。

忠正は先ほどのジョアンにも負けないくらいの大きなため息を吐いて言った。

 

「中佐。もっと素直になった方がいいですよ。私に気さくに声をかけて下さるように、フィオナさんにも率直な言葉をかけてあげればいいんですよ」

「子育ての経験の無いキミに言われてもな……」

 

せっかくの助言だったが全く正面から受け取ってもらえない事に歯痒さを感じつつも、ジョアンの反論に、もっともだと思ってしまう自分がいる。

二人は揃って大きなため息を吐きながら、また黙って歩き出した。

 

 

 

 フィオナ誘拐事件から数日経った週末の朝。

顔を洗いに行こうと寝ぼけ眼をこすっていた忠正は、自分の部屋のドアの下に投げ込まれている封筒を見つけ思わず手を止めた。

 

「手紙……?」

 

拾い上げると、羊皮紙などではなく上等な漉き紙が使われている。

目が飛び出るほど高価な紙を使った封書に警戒しながら裏を返すと蝋で封緘がされており、その封緘の紋章に忠正は思わず声を上げた。

 

「なんだ? 竪琴と……ナイチンゲールの紋章……?」

 

見たことのない紋章に一人つぶやきながらペーパーナイフを差し込む。

取り出した手紙は美しい文字で書かれており、指定の場所に来てほしいという招待状のような内容であった。

その指定の場所が忠正にとって全くといっていい程縁のない場所で、思わず不信感が顔に出た忠正であったが、最後の署名を見て一気に顔色が変わった。

 

「そ、そんな、まさか!?」

 

何度もその署名を確認した忠正は、先ほどまでの眠気など完全に吹き飛んでいた。

 

 

 

 指定の時間、指定の場所に来た忠正は、目の前に悠然と構えるその建物に若干の威圧感を感じていた。

その建物とは、ドルファンで唯一の多目的観劇施設であるシアターであった。

基本的には歌劇の為に作られたこのシアターは、忠正のような傭兵には最も縁遠いものと言っても過言ではない。

 

 入口の両開きドアを開けると、今日は公演日ではない事もありエントランスは静まり返っていたが、その隅に一人の女性が立っていた。

どこかの劇団員であろうか。普段着ではない、劇団の練習着のようなものを着ているのだが、天井から糸で吊り下げられているかのように背筋を伸ばして立っている。

フィオナよりもやや年上の整った面立ちのその女性は忠正の方を見ると、上品に微笑んだ。

 

「タダマサ・キサラギ様ですね。こちらへどうぞ」

 

姿勢の良いその女性に案内されて後についていくと、舞台の方ではなく脇の廊下を進んでいき階段を上っていくと立派な扉の前で止まった。

女性は扉をノックして中からの返事を待たずに開けた。

中に入る様、目で合図を送ってくる。

忠正は小さく息を吸うと、扉の中へと足を踏み込んだ。

 

 そこはシアターの貴族専用の三階のボックス席の一つだった。

忠正の宿舎の部屋より僅かに広い空間に、舞台の方を向いて猫足で高級そうな、四人は余裕で座れるであろう大きなソファがあり、その前に同じような猫足の背の低いテーブルが置いてある。

 

そして、そのテーブルの向こうに舞台に背を向けてこちらをみつめる、美しい女性が立っていた。

 

 ゆったりとした赤に近い濃い茶色のローブのようなものに袖を通し、長い茶色の髪はアップにして銀の髪留めで止めている。

高級で派手なものを着ているわけではないのに、ただ立っているだけで溢れ出る気品と言い知れない迫力。

 

人の前に立つ者だけが持つその圧倒的な存在感。

フィオナと同じ青い瞳がこちらをまっすぐにみつめ、どこか懐かしそうに目を細める。

たっぷりと十秒以上忠正の顔をみつめていた女性は、春の雪解け水のように透明で澄んだ声が優しく語り掛けた。

 

「はじめまして、娘が本当にお世話になっています。ソフィア・ロベリンゲです」

 

そう言って深々と頭を下げる姿に忠正は半ば呆然と見惚れてしまっていたが、はっとして首を振ると慌てて答えた。

 

「た、タダマサ・キサラギです!」

 

 ソフィアはそんな忠正に優しく微笑みかけると「どうぞ、おかけになって下さい」とソファをすすめた。

緊張しながら忠正が座ると、同じソファにやや距離を置いて、ソフィアが舞台の上の女優のような洗練された所作で静かに座った。

 

「急に手紙なんかでこんな場所にお呼び立てをした無礼を、許してくださいね」

「ぶ、無礼だなんて、滅相もありません!」

 

忠正にしてみれば、これは信じられない出来事だった。

ドルファンが誇る世界的な歌姫のソフィア・ロベリンゲその人が、今目の前にいるのだ。

いくらジョアンの妻でフィオナの母という全くの他人ではないものの、ただ上司の妻に会うのとは訳が違う。

演劇や歌劇に興味の薄い忠正ですら、ソフィア・ロベリンゲは雲上の存在であった。

 

 だが、当のソフィアはごく自然な態度で言葉を続けた。

 

「娘の命が危なかったところを助けていただいたと聞いています。改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」

 

再び深く頭を下げるソフィアに、忠正は居心地の悪さすら感じていた。

 

「やめてください! 市民の命を守るのは軍人の務めです。当然の事をしただけなのにお礼なんて必要ありませんよ!」

 

その言葉にソフィアは驚いたように顔を上げると、くすりとほほ笑んだ。

 

「フィオナの話の通り、まっすぐな方なんですね」

 

フィオナが自分の事をどう伝えたのかはわからないが、気恥ずかしさを感じつつも、忠正は努めて気持ちを切り替えると真顔で言う。

 

「私の方こそ警戒はしていたのですが、結果として危険な目に合わせてしまった事をお詫びいたします。申し訳ございません」

 

頭を下げる忠正にソフィアは穏やかな口調で答える。

 

「では、お互い様にしましょう」

「はい!」

 

優しく微笑みかけるソフィアの目は、伝説の歌姫というよりは一人の娘の母親といった雰囲気を携えていた。

 

「それに……」

 

そんなソフィアの目がわずかに翳りが差し、目線をそらす。

 

「フィオナを独りぼっちにさせてしまっているのは、私の所為でもありますから」

「それは……」

 

言いかけた言葉を忠正は飲み込んだ。

いつかフィオナが告白してくれた家族への想いは、確かに寂しさの裏返しではあった。

憧れている母親にもっと甘えたかったが、忙しい歌姫という立場を慮ってしまうフィオナの真面目さ故の想いだった。

そんな忠正の思考を知ってか知らずか、ソフィアは小さくため息を吐いた。

 

「夫も不器用な人だから、フィオナと上手く関係が作れていなくて……」

「あー……」

 

思わず素の反応をしてしまった忠正の態度に、ソフィアは再びくすりと笑った。

 

「ごめんなさい、家庭の愚痴になってしまいましたね」

「あ、いえ、お気になさらず。その、エリータス中佐には普段から大変にお世話になっておりますので、感謝申し上げます」

「そうなんですか? ジョアンの方がキサラギさんに頼りっきりだって聞いていますよ」

 

そう言いながら悪戯に微笑むソフィアの気さくさに、忠正は徐々に緊張が解けていくのを感じていた。

 

 

 二人は顔を見合わせてほんの少しだけ穏やかな時間の共有を楽しんだが、やにわに視線を落とすと先ほどまでの母親としての表情ではなく、凛とした女優の表情で顔を上げた。

 

「ところで、お呼び立てした理由についてフィオナの件のお礼ももちろんですが、もう一つあります」

 

その言葉に忠正も軍人としての顔で頷いた。

この展開は半ば予測できていた。

いくらソフィアがフィオナの母親とは言え、超多忙を極める歌姫であるソフィアが、わざわざ礼を伝える為だけに一介の傭兵である忠正を呼び出すわけがない。

そうなれば呼び出される理由はある程度推測出来る。

フィオナが命を狙われた事を理解しており、傭兵という立場で海軍にいる忠正に、歌姫が内密に伝えたい事。

それは、エリータス家に関する事に他ならないだろう。

 

 ここに来るまでの間に考えをまとめていた忠正は、ソフィアの次の言葉に対する覚悟を決めて待っていた。

だが、ソフィアの口をついて出た言葉は忠正の覚悟を大きく上回る衝撃だった。

 

「シュバルツデスアプグルント騎士団の暗躍によって、三か月後にドルファンは陥落します」

「……え?」

 

想像だにしないその言葉に、忠正は呆然とソフィアの顔をみつめた。

 




先日の3/19は原作であるゲーム「みつめてナイト」の発売27周年でした!
当時はみつめてナイトの色々なSSがあったんですが、今やまったくと言っていいほど、見かけなくなってしまいました。
それでもイラストや漫画などでまだファンアートや二次創作作品を創作されている方もいらっしゃるので、そういった方と一緒に「みつめてナイト」を応援していきたいとおもいます。

そんなわけで、27周年記念の書下ろし短編小説をPixivにて公開しております。
ご興味ありましたら、是非ご覧ください。
その戦士は星になる
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