続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ソフィアの口をついて出た言葉に、忠正は困惑を極めていた。
ドルファンの歌姫がなぜその名を知っているのか。
そして、ドルファンの陥落という衝撃的な内容は本当なのか。
この状況も含めて理解を超越しているのは間違いないが、それでも忠正は必死に冷静さを取り戻すとソフィアのまっすぐな視線を受け止めて言った。
「……聞きたい事はいくつかありますが、まず教えてください。シュバルツデスアプグルント騎士団をなぜご存知なのですか。あれはまだ一般の方が知るような物ではないはずです」
忠正の率直な疑問にソフィアは小さく頷く。
「ごもっともです。ただ、私もあまり多くを語れない立場だという事はご理解ください」
今度は忠正が頷いた。
それを見届けてソフィアは声を落として続けた。
「私は歌姫という立場を利用しつつ、ドルファンの為に活動をしています。その中でシュバルツデスアプグルント騎士団という危険な団体がいるという情報を、協力者から提供されました」
「歌姫の立場を利用する……?」
「それ自体は珍しい話ではないんです。国外の公演では、王族や貴族。国の権力者といった方の前で歌う機会も多いです。そこで見聞きする情報を母国に持ち帰る事自体は、きっとどこの国の芸事に携わる人も行っている事だと思います」
それに関してはその通りだった。
忠正の母国であるスィーズランドでも、そういった事は頻繁に行われていたのを知っている。
しかし、だからといってソフィアがシュバルツの事を知っているのは違和感がある。
この騎士団の存在は、先日のアルビア皇国の裏切りまでドルファン海軍の中枢にいる忠正ですらあずかり知らなかった事なのだ。
「そういう諜報活動が行われているのはわかります。ですが、その騎士団の情報はあまりにも機微な情報過ぎます。一体どんな協力者から提供されたのですか」
忠正の言葉にソフィアは若干申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「それに関しては協力者という事以外、今は語れません。ただ、私はドルファンの為、ドルファンに住むすべての人々の為に行動している、という事だけは信じていただきたいと思います」
そう言ったソフィアの瞳に強い意志の力が宿っているのがわかった忠正は、この件に関してこれ以上追及したところで何も出てこない事を確信していた。
「……わかりました。一旦はその言葉を信じます」
「ありがとうございます」
頭を下げるソフィアの真摯な態度が信用できないわけではないが、忠正の慎重な性格がそれを鵜呑みにする事を拒否していた。
「では次の質問……いや、これこそ本題かもしれませんが、三か月後にドルファンが陥落する、というのはどういう事ですか」
歌姫が収集できる情報を明らかに超えた内容に、忠正の口調に若干の緊張が混じっている。
ソフィアは神妙に頷くとわずかに周りを警戒しながら声を落として言った。
「かの騎士団は南欧諸国やその同盟国に秘密裏に使者を派遣しており、自分たちの意のままに動くように工作しています。ハンガリアもその影響下にありますし、アルビアもそうです。そして、残念ながらこのドルファンも……」
そう言って目を伏せたソフィアの仕草は演技がかっているというよりは、本当に状況を憂いているように見える。
しかし忠正はその言葉をにわかには受け入れ難かった。
「待ってください。シュバルツがどんな組織でどんな影響力を持っているかはわかりませんが、そんな簡単に国を動かせるものとは思えません」
それは正論と言うより、もっと当たり前の事だった。
政治情勢が安定していないハンガリアはともかく、政治的には安定しているアルビア皇国がどこの馬の骨ともつかない騎士団の差し金で、長年の盟友国であるドルファンを裏切るとは考えられない。
ソフィアは忠正の反応に同意するように頷いたが、静かに言葉を続ける。
「ごもっともな意見と思います。ですが、かの騎士団が巧妙なのは、国家の元首に接触するのではなく、その寝首をかく機会を伺っている国家の次席や、裏切りの芽をもつ人間に接触を試みている点です」
「次席や裏切りの芽を持つ人間」
忠正はあの“黒い死神”アンスガー・ヘイガーと死闘を演じた時の事を思い出していた。
アルビアの船で相まみえた二人だが、あの時アンスガーはアルビアの王子について言及していた。
アルビア皇国は皇王アジム・アルビアが治めている国ではあるが、国内で反乱が起きて重傷を負ったアジムに変わり、長子であるサーム・アルビアが皇王代理として指揮を執っており、そのタイミングでドルファン王女摂政宮であるプリシラの夫であるアル王配も故郷に一旦帰っている。
ドルファンへの同盟国破棄と宣戦布告が行われたのはちょうどその王配が帰郷しているタイミングだ。
「それでは、アルビアのサーム王子や弟であるアル王配は、父のアジム皇王に取って代わる為に、シュバルツに協力していると?」
「さすがに理解が早いですね。アルビア国内の反乱はシュバルツの工作によって起こったと考えられます。同じようにハンガリアもボルキア回帰戦線の主導者が政権を握ったところからドルファンとの戦争が始まっていますし、まだ表立ってはいませんが、プロキアやゲルタニア、トルキアも同じような状況になっています」
「シュバルツがそれらを先導していると……?」
あまりにもスケールが大きな話になってきており、忠正はわずかに頭を抱えた。
「ありえない話ではないとは思いますが、信じられません。シュバルツは一体何を根拠に協力を取り付けているのですか? いかに国の権力を握ろうとしている人たちがいたとしても、シュバルツに味方する理由がないはずです」
「シュバルツデスアプグルント騎士団の目的に賛同しているからです」
「目的?」
忠正が訝しげな視線を送ると、ソフィアは小さく息を吸い込むとまっすぐに言い切った。
「大トルキア帝国の復興です」
「大トルキア帝国……!」
その言葉は欧州各地に住む人間なら誰もが知っている言葉だ。
ドルファンを含むこの南欧地方は、その昔は大トルキア帝国という一つの巨大な国だった。
強大な力を持つ皇帝の下、近隣を圧倒する武力と抱負な資金力で南欧を支配し、一説によると世界征服を目論んでいたという話もある。
しかしその栄華は長く続かず、権力を欲しいがままに貪った皇帝が代替わりする度に求心力を失っていき、また、その一方で狂信的ともいえる月神信仰を国民に強いた為に各地で反発を招き、二百年ほどで帝国は瓦解した。
その際に南欧はいくつかの国に分断し、ドルファン王国もその中の一つである。
「いまさらそんな御伽噺のような話が……」
忠正の言葉にソフィアも頷く。
「私も最初に聞いた時は同じような反応でした。ですが、シュバルツの騎士団長を名乗る男“ヴァルデマール・ツヴァイク“は、大トルキア帝国皇帝の血を正統に継いでいる事を主張し、実際になんらかの証拠を提示しているようです」
「しかし、大トルキア帝国を復興したとしても、なぜ祖国を裏切ろうとしている者達がシュバルツに協力するのですか」
「シュバルツの首魁ヴァルデマールは、自身が皇帝として返り咲き、大トルキア帝国を復興させた暁には、協力者達にその国の自治権を委ねる事を約束しているそうです」
「つまり、シュバルツに協力すれば自分が元首となる国を与えられる、という事ですか」
ソフィアは静かに深く頷く。
馬鹿げている。と切り捨ててしまえれば楽なのはわかっているが、ソフィアの話には説得力があった。
忠正が目の前で体験してきたハンガリア海軍の不審な動き方や、アルビア海軍の絶妙なタイミングでの裏切りなど、偶然では片づけられない事の多くが、裏で誰かが糸を引いていたのなら納得できる。
それに、シュバルツの毒牙がドルファンにもすでに伸びているというならば、クリスマスの夜にプリシラ王女の暗殺計画が練られていても不思議ではない。
忠正は与えられた情報の多さと重さに深くため息を吐いた。
「ドルファン側のシュバルツと繋がっている人物は特定できているのですか?」
「はい」
ソフィアは頷いたが、それ以上の言葉は続けなかった。
教える気は無いという意思表示だろう。
だが今までの話をもとに推測すれば、それはそれほど難しい話ではない。
なので、忠正は話題を変えることにした。
「三か月後という具体的な時期は、何か理由があっての事ですよね?」
ソフィアはちらりと懐中時計を確認したが、話を続けた。
「三か月後に、ハンガリア、アルビア、そしてプロキアが結託して一斉攻撃をドルファンに仕掛けます。海からはハンガリアとアルビアの連合軍が、陸からはプロキアが仕掛ける作戦のようです」
「実際にその作戦が決行されたとすれば確かに脅威ではありますが、それが起こるとわかっていれば対抗策を練る事は可能です。海から攻められても、シレーナ・ケ・カンタとズィーガー砲があります。陸に関しては国境都市ダナンもあれば、首都城塞のレッドゲートもあります。だからこそ、今までもドルファンは敵国からの侵攻に耐えられてきたじゃないですか」
「……そうです。ですが、それは陸軍が正常に機能すれば、の話です」
忠正はその言葉に一瞬息を飲んだ。
「海軍が海からの侵攻を食い止めていたとしても、陸からの兵を止める者が誰もいなければ、ドルファン城へは容易くたどり着いてしまいます」
ドルファン国内にもシュバルツの息のかかった人間がいる。
それがもし陸軍を管轄している人物であれば?
「そんな……では、敵の目的は……!」
「はい。デュラン・ドルファン国王とプリシラ王女摂政宮の命です」
きっぱりと言い切ったソフィアの言葉に言い知れない程の衝撃を受けた忠正ではあったが、持ち前の冷静さですぐに疑問が湧いてきた。
「待ってください。いくら邪魔な国王の命を狙うにしても、わざわざ三国が一気に攻め入るなんておかしくないですか。暗殺も含め、いくらでも方法はありそうなものなのに、そんな派手な行動を起こすなんて」
「冷静なんですね。……本当に、あなたがドルファンにいてくれて良かった」
突然の賞賛に忠正が戸惑っていると、ソフィアは再び懐中時計を確認しつつ、わずかに急いだ口調で言った。
「シュバルツの本当の狙いは『銀月の塔』だと思われます」
「え!?」
そのあまりにも予想外の言葉に、忠正はおもわず声を上げた。
だがソフィアは構わずに続ける。
「銀月の塔が古の月神信仰に使われていたのはご存知だと思うのですが、盲目的な月神信仰者でもある大トルキア帝国の皇帝は、戴冠の儀を銀月の塔で行わなければいけないのです」
「そんな理由でドルファンを占拠しようと!?」
先ほどにも感じた事だが、あまりにも馬鹿げている。
そんな廃れた信仰の為に様々な国を巻き込み、兵士達を動かし、結果生き死にが発生するのかと思うと静かな怒りが湧いてくるのを忠正は感じていた。
「愚かな話だと私も思います。ですが、ヴァルデマールはそうは思っていないのでしょう。銀月の塔で皇帝としての地位を確立し、この南欧を統一する。その計画がこの戦争の背景にあるのです」
ソフィアは唖然とする忠正に静かに歩み寄ると、その手を取って両手で包んだ。
「お願いです。国王とプリシラ王女をお助け下さい。予想される戦力と、内部の裏切りがあっては、その侵攻を食い止める事は出来ません。ですが王がいれば国は立て直せます。どうか、どうかお願いできないでしょうか……!」
ソフィアの手は力が込められており、わずかに震えているのはそれだけ切実だからだろう。
忠正はその手の暖かさと力強さに逆に戸惑いを強めた。
「……なぜ、オレなんですか。これは一介の傭兵には荷が重過ぎる話です」
だが、ソフィアは忠正のルビー色の瞳をまっすぐにみつめ、迷いのない言葉で言った。
「あなただからです。ヒューイさんとライズさんの子供である、あなただから……!」
「なぜそれを……!?」
忠正が言いかけた時、ドアをノックする音が響き、続いて先ほどの女性の声が扉越しに聞こえて来た。
「ソフィア様、お時間ですが……」
「今行きます!」と声を投げつつ、ソフィアは忠正の手をもう一度強く握った。
「あなたにしか出来ない事、そしてあなたなら出来る事だと、私は思っています」
そう言って手を放し、扉の方へと足早に進みながら一度だけ振り返る。
「それと……フィオナの事、どうか見守ってあげてください。お願いばかりでごめんなさい」
そう言い残し扉の向こうへと消えていくソフィアの姿を見送りながら、忠正はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「……神様は残酷だな」
小さくそう呟くと、忠正は静まり返る舞台を一瞬仰ぎ見て部屋を出て行った。