続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【66】丁々発止のレストラン

 ソフィアからの衝撃の告白の翌日。

忠正はジョアン、ルシル、エルザの三人に対し、ソフィアの名前は伏せたまま、匿名の情報として内容を報告した。

その反応は三者三葉ではあったが、一番興味が無さそうに聞いていたルシルは机の上に足を投げ出しながら、あくびを噛み殺して言った。

 

「例の黒い鎧の騎士が黒幕っていうのは、なんとなく説得力があるな。アルビア軍の中であいつだけが異様な雰囲気を持っていたし」

 

忠正はアンスガー・ヘイガーの事を思い出してわずかに身震いをしながら答える。

 

「あいつが内密に派遣された使者の一人なんだと思う。密使としての役割の他に圧倒的な戦力を持って後方支援するのなら、受け入れ側だって重宝するだろうから」

「そりゃそうだ。事実、前回の戦闘はシレーナ・ケ・カンタが無ければドルファン港は制圧されていただろうからな。あの黒いヤツ一人の所為でズィーガー砲を攻略されていたってわけだ。まさに一騎当千ってやつだ」

 

そんなルシルのまるで他人事のような口調に、エルザは若干不機嫌そうに口を挟む。

 

「キサラギ軍曹が仕入れた情報が確かなら、三か月後の対策を練らなければいけません。今度は敵もシレーナへの対策を練ってくるはずです」

「それなんだけれど」

 

忠正は簡素な造りの椅子の上で姿勢を正しながら言う。

 

「今回、シレーナは沖合に出そうと思っている」

 

ルシルもエルザも、その言葉に一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 それもそうだろう。

シレーナ・ケ・カンタはその巨体と砲門数において、他を圧倒する超大型戦艦だ。

しかしその巨体故に速度は出ないし取り回しも悪い。

砲門数が多いという事は砲弾も大量に消費するという事だし、補給の回数も多く必要だという事だ。

そうであれば母港に近い場所で拠点防衛などの任に就くのがセオリーであるからだ。

ルシルたちの視線を受け流しながら、忠正は説明を続ける。

 

「ドルファン港の守りに専念した方が良いのはわかっているけれど、どちらにしろレッドゲートを突破される事がわかっているのなら、港を死守する必要はないと思っているんだ」

 

ルシルは机の上に投げ出した足を組み替えると、銀色の髪を指でいじりながら忠正の方を見た。

 

「何を考えている?」

「まだ秘密だ」

 

言い切った忠正にルシルの鋭い視線が突き刺さる。

一触即発のような空気感が二人の間に流れ、それを見守っていたエルザはごくりと喉を鳴らした。

しばらく忠正をみつめていたルシルだったが、やがてつまらなそうにため息を吐いた。

 

「お前はそういうヤツだよな。仲間にも勿体ぶった態度を取りやがる」

 

忠正はわずかに困ったような微笑を浮かべると、申し訳なさそうに言った。

 

「そういう性分なんだ。ところでブルー・セレンの改修はどうなっているかな」

 

緊張感が緩んで胸を撫でおろしたエルザが、小さく咳払いをしてから答える。

 

「順調に進んでおり、現在スクリュープロペラの試作品を造っている状況です。ブリジットさんの作成部品の精度が思った以上に高く、コーミンさんとメネシスさんが嬉々として無理難題を吹っかけているようです」

 

二人に迫られて困惑しているブリジットの様子が容易く想像できるが、きっとあの鍛冶屋の娘はそれがまたたまらなく嬉しいに違いない、とも忠正は思った。

 

「了解。ただ、完成は急がせてもらえるかな。三か月後の作戦にブルー・セレンが間に合わなかったら、それこそ何の意味もなくなってしまう」

「イエッサー!」

 

エルザは生真面目な彼女らしく美しい敬礼をすると、きびきびとした声で答えた。

その様子に忠正は苦笑を浮かべたものの、すぐにジョアンの方を見た。

 

「中佐、それでよろしいですか」

 

それまでまるで上の空でぼおっとしていたジョアンは、呼びかけられて慌てて姿勢を正した。

 

「う、うむ。構わない」

 

その態度にルシルとエルザは顔を見合わせた。

 

 

 一日の業務を終えて宿舎への帰路についた忠正は、同じように仕事を終えた人々で賑わうサウスドルファンの駅前の喧騒を横目に歩いていた。

夕飯を食べるために“かもしか亭”に行こうかと考えていると、すぐ先の角に立つ人影に気付いた。

こちらを見つめる薄青い瞳と、金色の三つ編み。鼻のまわりのそばかすが生意気そうな印象を与えるパトリツィア・オーエンズが私服姿で立っていた。

 

「今日は君の方が待ち伏せかい?」

 

さりげなく近寄って声をかけると、パトリツィアはつまらなさそうに答える。

 

「夕食がまだなの。落ち着いて話せる場所がいいわ」

 

忠正は呆れたようにため息を吐く。

 

「かもしか亭、というわけにはいかないか」

 

周辺を見渡すと少し先にあるベーカリーレストランの看板が目に留まる。

“かもしか亭”のような食堂ではないようだが、それほど敷居の高い店ではなさそうだ。

 

「あそこでいいか?」

 

忠正が言うと、パトリツィアは肩をすくめて見せた。

 

「支払いはあなたなんだから、ご随意に」

 

もう一度大きなため息を吐くと、忠正は“レストラン・パレッキー”と書かれた店へと歩き出した。

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

ドアを開けると女性店員の明るい声が出迎えてくれた。

フロアはそれほど広くないが、丸テーブルの四人掛けの席がいくつかと、窓際、壁際にボックス席がそれぞれあり、モダンで明るい店内はなかなかに賑わっていた。

青く長い髪をポニーテイルにまとめ、王宮のメイド服のような制服に身を包んだ女性がすぐにやってきた。

 

「何名様~?」

「あ、二人です。出来ればボックス席がいいんですが」

「はいはーい。二名様ご案内~!」

 

元気よく答えたその店員に案内され、二人は壁際のボックス席へと案内された。

椅子に座る際にさりげなくその女性店員の胸元を確認すると、“店長”と書かれた文字の下に“キャロル・パレッキー”と書かれていた。

 

「当店熱々の特製ピッツァと、あの“グラフトン・パン店”のパンが食べられるのが自慢のレストランでーす」

 

手際よくメニュー表をテーブルの上に並べながら明るく言うキャロルの声に、忠正は内心ほっとしていた。

グラフトン・パン店という店は知らないが、キャラウェイ通りの“レストラン・エル”のような高級店ではなさそうだった。

 

 忠正はホワイトシチューとパンを、パトリツィアはシンプルなマルゲリータ・ピッツァをそれぞれ注文し、ひと段落ついたところで忠正は切り出した。

 

「それで、大方予想はつくけれど何の用かな?」

 

パトリツィアはテーブルに置かれた銀のポットから自分のグラスに水を注ぎ、一口飲むと抑揚の無い声で言う。

 

「例の吟遊詩人がエドワーズ島でフィーを狙った刺客であるのは間違いないわ」

 

あのフィオナ誘拐事件の後始末はロゼッタとこのパトリツィアに任せてしまっていたが、その後の事は聞いていなかった。

ウィークリートピックス等の新聞には、特に何の記事も上がっていなかったので、秘密裏に処理をしたのだろう。

忠正も自分のグラスに水を注ぎながら答える。

 

「ティア・スリザーは“サリシュアン”を目の仇にしていたが、そんな人物がなぜフィオナを狙っていたのだろう」

「あの女がエリータスの本家に飼われていたのはまず間違いない。殺し屋の仕事の傍らで“サリシュアン”を見つけたから、両方を同時に片付けようとしたのではないか、というのが“あの方”の結論よ」

「“あの方”……ね」

 

随分勿体ぶった言い方をする、と忠正は思ったが言葉にはしなかった。

それは確実にロゼッタの事を指しているし、そもそもロゼッタの目的もこのパトリツィアという少女の正体も、何もわかっていない。

パトリツィアはすました顔で続ける。

 

「あの誘拐以降、フィーの周りに尾行者や次の刺客の影は見受けられない。ただ、そのかわりにジュリアン・エリータスが放課後を狙って学校に出没するようになったわ」

 

忠正はわずかに目を細めた。

 

「ティアはエリータス本家に雇われていたわけだろう? 何かおかしくないか」

 

パトリツィアが何か答えようとした時、キャロル・パレッキーが料理を運んできたので一旦話は中断となった。

 

 二人はしばらく無言で食事に夢中となった。

それは食べながらするような内容の話ではないという事もあったが、単純に料理が美味しかった事もあり、つい無言になってしまっていた。

食後のコーヒー(パトリツィアはキャラメル・マキアートだったが)を啜りながらようやく落ち着いた忠正は、再び話を再開した。

 

「ジュリアンはフィオナに夢中になっているのに、エリータス本家がそのフィオナを殺そうとするのはおかしいだろう」

 

先ほどの疑問を口にすると、パトリツィアは甘くてふわふわのミルクを口の端につけながら言う。

 

「ジュリアン・エリータスの行動を、当主のシャルシス・エリータスは好ましく思っていないという事なんでしょう」

「だからと言って、命を狙う事までするか? シャルシス卿にとってもフィオナは姪だぞ」

「夢中になっている玩具が子供に相応しくないのなら、あなたはどうする?」

 

突然放り込まれたパトリツィアの冷たい言葉に、忠正は思わず声に詰まった。

 

「同じエリータス家とはいえフィーは分家の娘。ましてや、ドルファンのお荷物と言われる海軍の将校と民間の歌姫との間の娘と一緒になるなんて、旧家の両翼のメンツが潰れる……そんなところじゃないかしら」

 

言葉の内容とは裏腹に美味しそうにマキアートを堪能するパトリツィアの異様に圧倒されながらも、忠正はその言葉の意味を噛みしめていた。

 

 王室会議で接見したシャルシス・エリータスは典型的な家柄にこだわる貴族といった印象だった。

ジョアンに対する厳しい態度と、短絡的で直情的な行動がいかにも旧体制然としており、正直に言って好感は持てなかった。

それに、ドルファン中枢にも国家の裏切り者がいるとわかった今、王室会議のメンバーは余計に信用が置けなくなっている。

ドルファンの政治を牛耳るピクシス家とエリータス家の旧家の両翼はその急先鋒でもある。

 

 疑わしいと思い始めると全てが疑わしく、忠正はもっと苦いコーヒーが欲しくなっていた。

 

「それで」

 

苦々しい思いで忠正が切り出す。

 

「キミはどうするんだ。ティアの脅威はとりあえず無くなったが……」

 

その言葉にパトリツィアは全く表情を変えずに答える。

 

「命を狙っていたのがシャルシス・エリータスだという事をフィーに伝えるわ」

「それは……」

「それがフィーとの契約だし、約束だから。それであの娘がどんな選択をするのか、興味はあるわ。今日はその報告だけしようと思ったの。一応協力してくれたわけだから」

 

フィオナとパトリツィアの間でどんな契約が結ばれているのかはわからないが、事実を知ったとてフィオナは何もしないのではないか、と忠正は思っていた。

きっと、諦めが少し混じった寂しそうな顔で静かに微笑むだけではないだろうか。

 

「根本的な解決にはならない、が……」

 

忠正はそう呟きながらコーヒーを飲み干す。

 

「フィオナにその事実を告げる時は、オレも同席させてもらえないか」

 

その言葉に醒めた目をしていたパトリツィアは顔を上げた。

 

「どうして?」

「フィオナの為に出来る事はしてあげたい。あと、タイミングと場所もオレに任せてくれないか」

 

パトリツィアはじっと忠正をみつめながら何かを考えているようだったが、やがてまた抑揚のない声で言った。

 

「……まあ、いいわ。フィーもあなたがいた方がいいかもしれない」

 

ジュリアンとシャルシスの意向が違うのであれば、フィオナの為に出来る事は妙案があった。

どうせならエリ―タス家の問題は一気に解決に向かわせた方がいい。

 

 忠正は自分の考えに自信を持ちつつも、別の問題へと思考を切り替えた。

 

「それよりも」

 

若干鋭い視線をパトリツィアに向ける。

 

「キミとロゼッタは一体、何なんだ? ウエールから来たというのも嘘なんだろ?」

 

忠正の言葉にもまったく表情を変えず、むしろどこか楽しんでいるような色をその目に浮かべたパトリツィアは、やや挑発的な口調で答える。

 

「それを知ったからと言って、何か意味があると? 私はロゼッタ様のお考えに従うだけだし、ロゼッタ様があなたを斬れと言うならそうするわ。もっとも、そんな命令はされないでしょうけれど」

 

忠正は苦虫を嚙み潰したように顔をしかめると、憮然として言う。

 

「プリシラ王女の暗殺を阻止したり、ティアとの決闘に応じたり、キミたちの目的は何なんだ」

 

パトリツィアはそんな忠正を鼻で笑って見せた。

 

「ロゼッタ様に直接聞けもしない男に、私から教える事は何もないわ」

「な……!」

 

流石の忠正も姉の話題を切り出され瞬間的に頭に血が上ったが、ちょうどそのタイミングでキャロルがテーブルに来て明るい声を上げた。

 

「のんびりしてくれるのは嬉しいけれど、何事も対価って必要だよねー。今なら自家製ティラミスがあるけれど、どうする?」

 

あっけらかんとしたその言葉に忠正は一瞬ぽかんとしてしまったが、パトリツィアが間髪を入れずに答えた。

 

「せっかくだから、いただくわ」

「かしこまりー。ま、場所代もタダってわけにはいかないってね。味は保証するよー。キャハハハ!」

 

笑い声を上げながら厨房へと下がっていくキャロルの後ろ姿をみつめながら、忠正は今日一番のため息を吐いた。

 

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