続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【67】円卓のエリ―タス(前編)

 エリータス家の現当主であるシャルシス・エリータスは、エリータス家の長男として父ラージンと母マリエルの間に生まれた。

父親であるラージン・エリータスはドルファン騎士の最高栄誉である聖騎士に選ばれた事をきっかけにエリータス家の婿養子になったが、シャルシスが八歳の時に流行り病でこの世を去った。

元々貴族の生まれであった父は貴族という生き方に厳しく、特に長男であったシャルシスは厳しく躾けられた。

 

 二つ年下の弟マルコはともかく。七つ離れた末の弟ジョアンは父からの厳しい教育を受ける事なく育った。

ラージン亡き後のエリータス家を盛り立てようとマリエルが当主として多忙を極めた事もあり、甘やかされて貴族としての立ち振る舞いも知らずに育ったジョアンの事は、子供の頃から苦手というより率直に言って嫌いだった。

 

 無能のくせにエリータスの意向を笠に着て問題事ばかり起こすジョアンは侮蔑の対象であったし、長男であり家名を継ぐ立ち場の自分とは全く違う世界の生き物とすら思っていた。

 

 次男マルコは政治と貴族の世界を忌避して、早々に芸術家として家を出奔していた。

そんな中でマリエルが用意した民間の女と結婚したにも関わらずエリータスの名に縋りついて貴族ぶって生きているジョアンが、ドルファンのお荷物である海軍のお飾り将校にあてがわれたのは当然の結果だったし、マリエルによる当主としての最後の仕事だと認識していた。

 

 当然、ドルファンの海軍はアルビア皇国によって維持されており、自国の海軍など何の役にも立たない部隊であったのに、この戦争が勃発してからというもの無能のジョアンは寄せ集めの海賊まがいの傭兵達を統率し戦果を上げ、あわよくば昇進まで果たしてしまった。

飾りなら飾りらしくしていればいいものを、その活躍はシャルシスにとって全く面白くないものだった。

 

 

 シャルシス・エリータスは不機嫌さを隠そうともせずに馬車を降りて広大な庭園に降り立った。

目の前に悠然とそびえるリンダ・ザクロイドの屋敷を見上げると苦々しそうに舌打ちをした。

貴族や金持ちの住むこのマリーゴールド地区の中でも、どんな名門貴族よりも大きな敷地を持ち、旧家の両翼と呼ばれるエリータス家すら凌ぐこのザクロイドの成金ぶりはシャルシルの癇に障る。

 

「こんなところに呼び出して、まったく何の用だと言うのだ」

 

近くに豪華な鉄細工で作られたガーデンチェアがあったので、そこに座って足を組んだところで目の前に見た事のある大きな黒塗りの馬車が停まった。

 

「この馬車は……!」

 

言いかけたシャルシスの前に馬車から颯爽と降り立ったのは、他ならぬ息子のジュリアン・エリータスであった。

 

「ち、父上!?」

 

育ちのよさそうな豊満な頬に驚きの表情を浮かべたジュリアンに、シャルシスも流石に眉を顰めた。

 

「ジュリアン。なぜここにいる」

「そ、それは私のセリフです。父上こそなぜここに?」

 

シャルシスは訝し気に愛息子を眺めつつ、思案を巡らせた。

自分をここに呼び出したのは、この屋敷の主であるリンダ・ザクロイドだ。

同じ王室会議のメンバーとして、ピクシス家の抱える大きな問題について内密で話したい事があるので、と指定されての事だった。

本来であるなら『用があるなら自分が来い』と切り捨てるところだったのだが、ピクシス家に関する大きな問題という言葉が気になった。

クリスマスのプリシラ王女の暗殺失敗も含め、シュバルツデスアプグルント騎士団との繋がりを万が一にもザクロイドが嗅ぎ付けていたなら、という危機感からわざわざ赴いたのだ。

 

 しかし、この場にジュリアンがいるというのは解せない。

 

「お前は誰にここに来るように言われたのだ?」

 

シャルシスの言葉にジュリアンが答えようとした時、さらにもう二台の馬車が同時に乗り付け、それぞれの扉が開いた。

そして一台目の馬車からはジョアン・エリータスが、二台目の馬車からはフィオナ・ロベリンゲとパトリツィア・オーエンズが次々と降りて出た。

 

「な、なんだ?」

 

シャルシスが戸惑いの声を上げたのも無理はなかった。

そこに集った全員がお互いの顔を不審げに眺め合い、どうしてこの場に自分たち以外の人間がいるのかが理解出来なかった。

 

 

「お集りのようですね」

 

そう言いながらザクロイド家の屋敷から出てきたのは如月忠正だった。

 

「キサラギさん!」

「キサラギ君!」

「貴様……!」

 

それぞれが突如として現れた忠正の名を呼びつつ、視線がそちらに集中した。

忠正は自分に向けられる全員の視線を感じながらも仰々しく頭を下げた。

 

「皆様にはお集りいただき、感謝申し上げます。それぞれ色々な理由で呼び出されたと思いますが、この集まりを企画したのは私です」

 

白状しながら頭を上げた忠正の顔面に、シャルシスが有無を言わずに殴りかかった。

だが、忠正はそれをひょいとかわしてみせた。

その態度にシャルシスは激高して掴みかかろうとしたが、そこにジョアンが割って入った。

 

「兄上、落ち着いてください」

 

ジョアンの声は比較的落ち着いてはいたが、やや焦っている雰囲気を持っていた。

しかしシャルシスは今度はジョアンの胸倉を掴んで声を荒げた。

 

「貴様は引っ込んでいろ! 私はこの不遜な男に貴族への接し方というものを教えねばならん!!」

 

突然の事で戸惑うフィオナと、そうなるのが当然とばかりに頷くジュリアン。

混乱を極めるその空気に忠正は大きくため息を吐いた。

 

「私の行動が突飛で、皆さまを混乱させていることはお詫びいたします。ですが、今回皆さんをお呼び立てしたのは、他ならぬエリータス家の名誉に関する事だという事を初めに申し上げておきます」

「エリータス家の名誉だと!?」

 

怒りもあらわにシャルシスは声を上げたが、掴んでいたジョアンを放すと、忠正を睨みつけた。

 

「貴様のような外国人の傭兵ごときが、エリータス家の何を語ろうというのか!」

 

そのシャルシスの古典的な貴族然とした態度に呆れつつも、忠正はザクロイド家の庭園を手で示しながら言った。

 

「まずは座りましょう。ご子息にも関連するお話ですので」

 

その言葉にジュリアンが眉を上げたが、シャルシスは意外にも燕尾服の襟を直す落ち着きを見せた。

いつの間に用意されていたのか、すぐ先の丸い屋根の東屋に人数分の椅子が車座に配置されており、真ん中のテーブルには冷たい水の入った銀のポットが汗をかいて置かれている。

 

リンダ・ザクロイドの優秀な執事達の仕事だった。

シャルシスは不機嫌さをその顔いっぱいに浮かべながら、椅子の方へと歩きどかっと腰かけた。

 

「おい、早くしろ。水が湯になるくらいの時間だけは聞いてやる」

忠正はもう一度ため息を吐くと、ジョアンやフィオナの顔を順番に見ると席に着くことを勧めた。

 

 

 

 一同が席に着いたのを確認すると、忠正は軽く咳払いをして始めた。

 

「まず最初にお伝えしたい事は、ここにいるフィオナさんは過去から最近まで頻繁に命を狙われていた、という事です」

 

その言葉に思わず立ち上がりそうになったのはジョアンだった。

そして意外な事にジュリアンも思わず立ち上がりそうになった。

そんなジョアンとジュリアンを忠正は目くばせと右手を伏せるジェスチャーで制する。

 

「そうだね、フィオナ」

 

視線をフィオナに移し優しく声をかけると、フィオナは小さく頷きながらしかしはっきりとした声で答えた。

 

「……はい。子供の頃から危険を感じるような事は幾度もありました。ですが、高等部に入ってからはそれが確実に命を狙われていると思う出来事がありました」

 

ジョアンがその事実に唖然としていると、シャルシスがさも下らないといった態度で言い捨てた。

 

「ふん。子供の妄言か? それともそれが事実だとして、身代金目当ての蛮行ではないのか。分家の娘とは言え、一応は世界的な歌姫の娘なのだからな」

 

その言葉にジョアンは悔しそうに唇を噛んで耐えているが、これこそが貴族という世界での本家と分家の力の差なのだろう。

忠正はそんなジョアンの様子を横目に見ながら、シャルシスの方を見て言った。

 

「確かに、その可能性も考えられます。ですが、直近で二回、フィオナさんは刺客に襲われています。その内の一回はつい先日。誘拐された上に爆弾を使って殺されかけました」

 

今度こそジョアンはテーブルを叩きながら立ち上がった。

 

「聞いていないぞ、キサラギ君! フィオナが誘拐された事は知っていたが、命を狙われたとは一言も言っていなかっただろう! それに、もう一回とはなんだ!?」

 

興奮するジョアンに対し、それを諫めたのは当のフィオナだった。

 

「お父様、座って下さい。キサラギさんを責めるのは筋違いです。それに、今はそれを放しているわけではありません」

「しかし!」

「命を狙われていた事をお父様へ報告しなかったのは私です。責めるなら私を責めてください」

 

目を合わせないで淡々と述べるフィオナに、ジョアンは顔をしかめながら座り直した。

それを見ていたシャルシスが吐き捨てるように言う。

 

「下らん茶番に付き合うつもりはないぞ。それがエリータス家の名誉にどう関係するというのか。分家の娘がどうなろうと、正直知った事ではない」

 

流石に名門貴族として堂に行ったその態度に、忠正は潔ささえ感じていた。

 

「そうですね。では回りくどい言い方は止めて、単刀直入に言います」

 

その言葉にシャルシスがじろりと忠正を睨みつけた。

だが忠正はそれにひるまずに言葉を続けた。

 

「フィオナの命を狙い刺客を用意したのは、エリータス本家……つまり、あなたですね。シャルシス卿!」

 

 

 忠正の鋭い言葉に、シャルシスは無反応だった。

その場にいるフィオナも、ジョアンも、そしてジュリアンまでもが驚きに目を見開いているのも関わらず、シャルシスは無反応だった。

驚きもしなければ戸惑う事もない。自分が話しかけられているのを理解しているのかもわからないほどに、全くの無反応。

 

「な、何を馬鹿な事を。なぜ父上が同じエリータスの人間であるフィオナの命を狙うというのか?」

 

狼狽気味にジュリアンが声を上げると、シャルシスが先ほどまでの憤怒が嘘のように、感情を伴わない声で言う。

 

「下らん。何を根拠にそんな事を言っているのか知らんが、これは貴族に対する侮辱罪になるぞ。そんな下らない事を言う為にここに呼んだというならば、貴様もそうだし、私を呼びつけたリンダ・ザクロイドも共犯であり同罪だ」

 

その一種の威圧とも取れる言葉に忠正は胃のあたりがこわばるような感覚を覚えたが、拳を強く握ると反論の声を上げた。

 

「もちろん、何の確証もなく言っているわけではありません」

 

忠正はフィオナの隣に座るパトリツィアの方をちらりと見る。

パトリツィアはつまらなそうにため息を吐くと、静かに立ち上がって言った。

 

「私はフィオナの命が狙われた一回目とその後の二回目、どちらも彼女と一緒にいたし、どちらも犯人の顔を見ているわ」

 

一瞬だがシャルシスの瞼がわずかに反応したのを忠正は見逃さなかった。

パトリツィアは続ける。

 

「どちらも犯人は銀色の髪をした女。左頬に大きな傷跡を持ち、冷たい目をしていた」

「そうか」

 

パトリツィアの言葉にシャルシスは興味なさそうに答える。

 

「それで、その銀髪の女がなんだというのだ? お前の家で護衛でも雇って犯人捜しをすればいい」

 

それは至極真っ当な意見だった。

だが忠正はパトリツィアの後を引き継いで続けた。

 

「そうです。おっしゃる通りですので、フィオナは護衛を雇い、犯人の目星をつけるべく調査に乗り出したわけです」

 

忠正は立ち上がり、パトリツィアの隣まで歩いていくとその肩に手を置いた。

わずかだがパトリツィアが不快そうな顔をしたが、それは無視する事とした。

 

「彼女がその護衛です。彼女はこう見えても特殊な訓練を受けており、すでにその刺客の隠れ家、そして活動拠点を暴いております」

 

フィオナとジョアンがそれぞれ驚いた顔でパトリツィアを見る。

パトリツィアはジョアンの視線を受け流し、フィオナの方を見た。

 

「あなたの命を狙っていたのは、その男。シャルシス・エリータスよ」

「……っ!!」

 

その言葉にフィオナが絶句していると、シャルシスは銀のポットから目の前の薄造りの陶器のカップに水を注いで一口飲むと、ため息交じりに言った。

 

「貴様ら、自分が何を言っているのかわかっているのか? たかだか海軍の傭兵風情とどこの誰ともわからん小娘が妄言を吐き、事もあろうかこの私を人殺しの黒幕にしようと? 馬鹿も休み休み言いたまえ」

 

シャルシスの口調は断定的で、全く淀みが無かった。

忠正はそのシャルシスを正面からみつめると、静かだが強い口調で言葉を投げた。

 

「我々の証言は虚言であると仰るのですね」

「当然だ。貴様らの言葉など、エリータス家当主であるこの私の言葉の一分すら信用のおけないものだ。それよりも自分たちがどんな罪深い事をしているのかを理解しろ」

「……わかりました。では、揺るぎない証拠をお見せするしかないですね」

「証拠だと?」

 

明らかに気分を害したシャルシスに対し、忠正はまっすぐにその目をみつめかえしていた。

 

 

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