続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
この話のフィオナの気持ちの描写がなかなかしっくりこなくて、結構時間がかかってしまいました。
ですがおかげで自分の中では腑に落ちる内容になったと思っています!
如月忠正に糾弾されたシャルシス・エリータスは、逮捕はされずに自身の屋敷からの外出禁止処分となった。
正面玄関を含む出入口には近衛兵が配置され、人の出入りを厳重に管理されつつ、一連の内容についてはメッセニ中将が中心となって聴取が行われていた。
王室会議メンバー、なおかつ旧家の両翼であるエリータス家の当主の失態など、ウィークリートピックスやリベラル誌などの恰好の的になりそうなものだが、その影響力が大きすぎるが故に、情報は秘匿され一般の人々には知る術もないのが現実であった。
その日、忠正はフィオナ・ロベリンゲに誘われてドルファン港の外れの灯台を訪れていた。
二月の冷たい海風に三つ編みをなびかせながら、私服姿のフィオナは灯台脇の道をゆっくりと歩いていく。
その一歩後ろで後に続きながら、忠正はなんとなしに手持ち無沙汰で波の割れる海や灯台の光などに視線をさ迷わせている。
しばらく歩いていると、フィオナはコートの裾を押さえながら振り返った。
「あ、あの。ごめんなさい。お礼を言いたいのですが、なんだか緊張しちゃって……」
冬の空気の冷たさのせいか緊張のせいかはわからないが、フィオナの頬はわずかに赤く染まっている。
忠正は首を振りながら肩をすくめて見せた。
「お礼を言われるような事は特になにも。むしろフィオナの方こそ、自分の命を狙っていたのが親族だとわかって辛かったんじゃないかい?」
極力雰囲気が重くならないように砕けた調子で言う忠正の言葉に、フィオナは少しだけ困ったように微笑んだ。
「いえ。なんとなく予想はしていましたから。少し、座りませんか」
そう言って少し先の海を向いたベンチを指さす。
忠正は静かに頷き、二人は並んで腰を下ろした。
冬の海は澄んだ空を映して深い青色で美しいが、強い風の所為で決して穏やかではない。
この時期に灯台を訪れる人などいるわけもなく、二人は並んで座りながらしばらく波が砕ける音を聞いていた。
「伯父様は……シャルシス様はどうされていますか」
不意に呟いたフィオナの言葉は同情の響きがあり、命まで狙われていた事実があるというのに忠正には少し意外に感じられた。
「メッセニ中将の聴取には、ほぼだんまりらしい。優先順位的に銀髪の剣士との繋がりから聴取しているそうだから、フィオナの件についてはまだ何も聞けていないようだけれど」
「そう……ですか」
フィオナは遠くの水平線を眺めていたが、視線を足元に落とした。
忠正はその横顔をみつめながら、努めて明るい声で言う。
「その後。ジュリアンの迷惑行為なんかは無いかい?」
「あ、はい。何をしているかは知りませんが、少なくとも私やパティの周りには現れていません」
「そうか。少なくとも、それはよかった」
シャルシスが事実上の軟禁状態で、その名代としてジュリアンが駆けずり回っているのは忠正も承知していたがフィオナへの執着がどれほどの物なのかは予測がつかないでいた。
もっとも、父親が暗殺を企てていたのを知った今、フィオナに合わせる顔がないのかもしれない。
「……伯父様は、本当にあの暗殺者と通じていたんでしょうか」
フィオナは未だ信じられないようで、不安げな様子で言う。
「残念だけれど、それは間違いないと思う。オレもオーエンズさんも、シャルシス卿の息のかかった屋敷から出入りするところを見ているからなぁ」
「エリータス家のナイフも……」。
「ああ、あのナイフか」
そう言いながら、忠正は懐から銀細工の鞘に収められたナイフを取り出して見せた。
フィオナはその装飾を確認しながら、忠正の顔を見上げた。
「これは……私の……!?」
忠正は涼しい顔で言う。
「そう。あの時シャルシス卿に見せたのは、このフィオナから預かっていたナイフさ」
「ええっ!?」
フィオナの驚いた声に、忠正は意地悪な微笑みを浮かべた
「シャルシス卿の言う通り、エリータス家の証であるこのナイフを褒美に与えるはずがないんだ」
「ではあの時キサラギさんが言ったのは……」
「ただのはったりだし、カマをかけただけさ。正直どうなるかとヒヤヒヤしたけれど、結果的には上手くはまってくれて良かったよ」
忠正は慎重派だと思っていたフィオナは、その大胆さに驚いた。
しかし忠正は涼しい顔で続ける。
「オーエンズさんが刺客について証言した時に、性別について言及しなかったから、あれは呼び水だと思ったんだ。こちらから上手く誘導してやれば、きっとボロを出すってね」
悪びれずに笑う忠正にフィオナは驚きと呆れがまじった表情を浮かべたが、やがてはにかみながら微笑んだ。
「あのナイフがキサラギさんのお役に立ったのなら……良かったです」
「オレの窮地を二度も救ってくれたんだから、このエリ―タスのナイフには祝福が宿っているのは間違いないね」
その言葉がエリ―タスの名を“呪い”とまで言い切ったフィオナにとってどれほど嬉しかったかは、その頬が真っ赤に染まったのを見れば一目瞭然だった。
それは決して海からの冷たい風がそうさせたわけではなかった。
しかし、忠正はそんなフィオナの様子には気づかずに、少しだけ気まずそうに言葉を続けた。
「エリ―タス中佐……お父さんとは、その後どう?」
父からは愛されていない。そう告白された事があるだけに、忠正にとってはなかなか聞きづらい内容ではある。
フィオナは小さく深呼吸をすると、少しだけあらたまった様子で言う。
「あの、その件についてお礼を言いたいと思っていたんです」
「え? いや……なにが?」
急に感謝を述べられて戸惑う忠正に、フィオナはくすりと微笑んだ。
「あの時、父が母と私の名誉を守ろうと伯父様に声を上げたのを目の当たりにして、本当に驚いたんです。エリ―タス家の力関係もありますが、父が伯父様に反論するなんて事は過去に一度もありませんでした」
「そうなのか……」
相槌を打ちながら忠正はあの時の事を思い出す。
ソフィア・ロベリンゲとフィオナの事を侮辱された際のジョアンの怒りは、口調こそ冷静ではあったが尋常ではなかった。
忠正がジョアンと知り合ってからのこの一年近くでも、あそこまでの感情を見せたのは初めてだった。
「あの日は、私もお父様の屋敷に戻りました。その日の晩に……生まれて初めて父とゆっくり話をしました。色々な事を、今まで話してこなかった事を、本当にたくさん話ました」
そう語るフィオナの嬉しそうな横顔をみつめながら、忠正は安堵のため息を漏らした。
フィオナとジョアンはお互いを愛しているにも関わらず、その不器用さと表現方法の未熟さ故にすれ違っていただけなのだ。
「それもこれも、キサラギさんのお陰です。……本当にありがとうございました」
フィオナの真摯でまっすぐな瞳にみつめられ、忠正は誇らしさと気恥ずかしさが入り混じった複雑な感情で目をそらしてしまった。
それでもフィオナは熱い視線で続けた。
「私の知らないところでパティとも協力して下さったみたいで、どれだけ私がキサラギさんに守られていたのか、どれだけ助けられていたのか……」
岬を吹き抜ける風に乗って波の砕ける音が響いてくる。
だが、わずかに潤んだ瞳と上気した頬のフィオナの耳には、それは届いていなかった。
そして、緊張の面持ちでフィオナは言葉を吐き出した。
「あの……。どうして……そこまでして下さるんですか?」
何かを期待するような、それでいて恐怖と向き合うかのようなフィオナの声音に鈍感な忠正でも思わず視線を泳がせてしまった。
適当な言葉でお茶を濁すような回答をしてはいけないという事くらいは、流石の忠正でも理解出来た。
「えーと……」
忠正は言葉を探しながらも必死に考えを巡らせた。
フィオナに対してやった事に明確に理由があるわけではない。
ただ目の前で困っていたフィオナに対し、解決できるかもしれない考えがあるのにも関わらず知らないふりをする事が出来なかっただけなのだ。
そこにはジョアンとの関係性もあるし、ソフィア・ロベリンゲに頼まれたから、という事もある。
しかし、今フィオナが求めている答えは、そういう事ではないように感じる。
――特別な人。
今になってブリジットの言葉が頭をよぎる。
それと同時に一人の女性の顔が瞼の裏に浮かんだ。
クリスマスの夜に静まり返る冷たい城門の前で、自分を待ってくれていたアンの姿だった。
忠正は小さく息を吸い込むと、泳いでいた視線を正してフィオナをまっすぐにみつめ返した。
「フィオナはオレにとって、ドルファンに来て初めて出来たかけがいのない友人だから」
きっぱりと言い切ったその言葉にフィオナは一瞬驚いたが、胸に手を当てて小さなため息とともに目を閉じた。
そしてわずかに微笑を浮かべて言った。
「……そんな風に言っていただけて、嬉しいです」
やんわりとほほ笑むフィオナに、忠正はなんとなく居住まいの悪さ感じて頬を掻いた。
フィオナはようやく忠正から視線を外して岬の向こうの海を見ながら言う。
「私、以前お話した通り母に憧れていました。でもあんな風に歌えないし、私なんかが母のような歌姫に憧れるのは分不相応だと思っていました」
忠正は遠くをみつめるフィオナの横顔を眺めながら、黙って続きを待った。
フィオナは先ほどまでの表情から一変して、凛とした顔と声で続けた。
「キサラギさんはこんな私でも大切な友人と言ってくれました。父もこんな私でも愛してくれていました」
フィオナの目に力が宿る。
「もう、私なんか、と言うのは止めたいと思います。そうじゃないと、キサラギさんや父の気持ちに申し訳ないですから」
今までに一度も聞いたことのないくらい強い意志の力を持ったフィオナの言葉に、忠正は思わず引き込まれていた。
「私、母のような歌姫になりたい。自分の歌で誰かに感動を届けたい。そして」
再び忠正の目を見て続ける。
「きっと、あなたにも私の歌を……想いを、届けてみせます」
波の音にも負けないフィオナの言葉の迫力に忠正は一瞬飲み込まれてしまっていたが、すぐに我に返って頷いてみせた。
「あ、ああ。楽しみにしているよ」
フィオナはいつものように優しく微笑むと「そろそろ行きましょうか」と言ってベンチから立ち上がった。
――今は、まだこれで精一杯。でも、いつかきっと……
「何か言った?」
忠正が振り返ったが、フィオナは小さく首を振ってみせた。
時を同じくして、カミツレ高原駅からほどなく離れた草原の外れの小さな牧場。
それほど大きな規模ではないが乳牛を飼い、羊毛を刈るための羊、馬車を曳く為の馬を育てており、その品質の良さはその筋の人間からは大変好評を得ている。
その牧場の主はジーン・ペトロモーラという名の女性だ。
元々この牧場は彼女の叔父が運営していたのだが、高齢により引退する際に、兼ねてより牧場の手伝いをしていたジーンが引き継ぎ、その家畜達への愛情と甲斐甲斐しい世話により数年で今の評判を勝ち得ていた。
その日もジーンは早朝から厩舎の掃除をして乳牛達に餌をやったり、羊たちを高原に放牧したりと午前中の仕事を終えてポニーテールにまとめていた長いシルバーブロンドの髪をほどきながら、搾りたてのミルクを入れた瓶を片手に住まいの母屋の方へと上機嫌に歩いていた。
草原を駆け抜ける冬の風は冷たいが、澄んだ高原の空気を運んできて爽やかだ。
鼻歌交じりに母屋への丘を登っていると、母屋隣の厩の前に見知らぬ人影が見えて思わず顔をしかめた。
外国人排斥法の緩和により、たまに観光牧場と勘違いした外国人が迷い込むことがあるのだ。
その人影は二人組の女で、手前にいるいかにも旅姿といった茶色いコートに大きな旅行鞄を手にぶら下げている方の女性が、近づいてくるジーンの姿に気づいた。
ジーンと同じくらいの年だろうか。中年と言えば中年なのだが生気に満ちたエメラルドグリーンの瞳と鼻のまわりのそばかす。光の加減で緑にも見える茶色い髪を緩く三つ編みにしたその女性の姿にジーンは見覚えはなかった。
だが、その隣でジーンの愛馬の顔を撫でている女性には確実に見覚えがあった。
紺色のロングコートに赤い革手袋。薄い黄色のスカーフに映える白い肌とそれを引き立てるような黒い髪を、こちらはきっちりとした三つ編みにまとめ片方に垂らしている。
その髪の上に乗る赤いベレー帽と同じように紅いルビーのような色の瞳。
そばかすの女に声をかけられてジーンの方を見たそのルビーの瞳が、ジーンの姿を捉えて光を放つ。
ジーンは皮肉めいた笑顔で小さくため息を吐きながら声をかける。
「よう、随分久しぶりじゃないか。元気にしていたか、騎士殿」
その声に黒髪の方の女性は抑揚はないが親しみのこもった声で答える。
「騎士は廃業したと言ったはずよ」
「そうだったか? あまりにも昔の事で忘れちまったよ」
「相変わらずね、ジーン。元気そうでなによりだわ」
「そっちも相変わらず、愛想ってもんが無いな」
そのジーンの悪態に黒髪の女性、ライズ・ハイマーは唇の端をわずかに上げて見せた。