続・小説みつめてナイト 紅玉の双騎士【完結】 作:ケルティック☆タイチ
ドルファン王国の春の恒例行事で、民衆からの圧倒的な支持を受けているのが毎年五月一日に開催される『五月祭』だ。
春の訪れを祝う行事ではあるのだが、町一番のイイ男を決めるナイスガイコンテストや、花嫁にしたい女性を選ぶ五月の花嫁コンテストなど、春の訪れとは関係のないイベントがメインとなっている。
結局は滅多に着る機会のない祭り衣装を着て、サウスドルファンの駅前に所せましと並ぶ露店や屋台などの様々な店を巡って買い回りや買い食いなど祭りの雰囲気を楽しむ為の祭りとなっている。
その五月祭をドルファン育ちのフィオナとサラが心待ちにしているのは仕方のない事であり、一緒に昼食を食べているパトリツィアがそれに強引に誘われて連れ出されてしまったというのも自然な流れではあった。
パトリツィアは学生寮のフィオナの部屋で、借り物の祭り衣装を着させられてやや憮然とした表情をしていた。
田舎臭い牧歌的な衣装で、なんとも古臭いスカートとブラウス、その上にそれぞれ好きな色のスカーフともショールともつかない物を纏うのが習わしだった。
引っ越してきたばかりで当然祭り衣装など持っていないパトリツィアの為に、フィオナが自宅からわざわざ取寄せた衣装のスカーフは薄い茶色で、パトリツィアの金色の髪とあわせるとなかなか見栄えがする出来だった。
「うん、これでいいと思う」
スカーフの角度を直しながら、フィオナが満足そうに頷いた。
当のフィオナは淡いピンクのスカーフを身に着けている。
パトリツィアは椅子に座ったまま目の前の姿見で自分の姿を確認しつつ、相変わらず憮然とした顔をしていた。
フィオナはそんな様子を見ながら少しだけ困った表情を浮かべていた。
「あの、オーエンズさん、髪の毛はどうしますか? その三つ編みのままアレンジも出来るけれど」
「このままで結構よ」
やや冷たい調子で言われて思わず言葉に詰まってしまうが、ここ数日一緒に昼食を食べるようになってからもずっとこの調子なのだ。
だからと言って中庭に来なくなるわけでもないし、今日もこうして渋々ながらも祭りに行くというのだから、本心では嫌じゃないのかもしれないとフィオナは思うようにしていた。
「せっかくのお祭りだから、ちょっとだけ雰囲気を変えませんか? 衣装もお祭り用だし」
食い下がるフィオナの言葉に、パトリツィアはわずかに気まずそうな顔をした。
「リボンを外したくないのよ。この髪型も気に入っているし、変えたくないわ」
「あ、そうなんですね」
それならそうと最初に言ってくれればいいのに、と思いながらフィオナはパトリツィアの言うリボンを何気なく見た。
シンプルな赤いリボンではあるがなかなか上等な絹で出来ており、縁の部分が飾り縫いで仕上げられてある。
その飾り縫いと仕立てにフィオナは既視感を覚えた。
「あれ、そのリボン……」
咄嗟に自分の髪を結んでいるリボンを見る。
色合いこそフィオナの物の方が若干くすんでいるが、その飾り縫いと仕立ては全くの瓜二つだった。
「なにかしら」
訝し気に言うパトリツィアに、フィオナはあわてて首を振った。
「あ、ううん。なんでもない。綺麗なリボンだったから」
「ああ……」
パトリツィアはリボンをそっと撫でると、フィオナが見た事もないような優しい顔で言った。
「これは私の宝物……」
その様子を見てフィオナはわずかに微笑んだ。
たまたま似ているリボンなのかもしれないし、少なくともリボンが宝物というのならばそれは自分も一緒だ。
普段から忙しい母が髪を編んでくれて、このリボンで結んでくれたあの幼い日から、自分にとってもこのリボンと髪型は宝物になったし、それを変える気にもならない。
「そうなんだ。私もこのリボンがお気に入りだし、とっても大切なものなんだ」
そう言って自分の三つ編みに結んでいるリボンを撫でてみせる。
パトリツィアはあまり興味なさそうにそれを見ていたが、やがて静かに言った。
「準備が済んだなら、行きましょう」
その言葉にフィオナはあわてて頷いた。
二人はサラとの待ち合わせ場所に赴くべく、部屋を出た。
サウスドルファンのメインストリートから一本裏路地にある『かもしか亭』の前で合流した三人は、早速メイン会場であるサウスドルファンの駅前を目指して並んで歩いていた。
目抜き通りに出るとまだ駅前まで距離があるにも関わらず、多くの人でごった返していて、通りの両脇にはたくさんの出店や屋台が軒を連ねていた。
どのお店も混雑しており街全体がお祭り気分で活気づいている。
数メートル歩くのにも苦労するような混雑だが、その状況にサラは上機嫌で嬉しそうに声を上げた。
「やっぱりお祭りっていうのはこうじゃなきゃ! ウチの店も串焼きでもやって屋台を出せば、ぼろ儲けできるのになぁ」
上機嫌なサラとは対照的に不機嫌そうなパトリツィアが人を避けながら言う。
「お店を出せばいいじゃない。儲けられるのなら」
「母さんの意向でね。祭りを楽しみたいなら店を出すより客として参加するべしって」
「ハンナさんらしいわ」
そう言ってフィオナは笑った。
「それよりも、早く何か食べよう。これが楽しみなんだから!」
早速いい匂いのする屋台を物色し始めたサラの背中を、パトリツィアがなんとも複雑な表情で見ている。
横に並びながらその視線に気づいたフィオナが声をかける。
「ウエールでは、あまりこういうお祭りはないのかしら」
「……そうね」
パトリツィアが静かな声で答えたが、その顔はなんとなく沈んでいるように見えた。
フィオナは努めて明るい声で言った。
「じゃあ、今日は楽しみましょう! せっかくドルファンに来たんですから」
「勝手にしてちょうだい。私は街の様子をみたいだけだから」
知り合ってからまだほんのわずかな時間しか一緒に過ごしていないが、彼女のこういった言葉と態度は必ずしも本心から出たものではないと思っているフィオナは、苦笑いを浮かべた。
「うん、勝手にさせてもらいますね。でも、私はサラほどたくさん食べられないから、食べるのを手伝ってもらえると助かるな」
その言葉にパトリツィアはちらりとフィオナの顔を盗み見たが、すぐにふいと顔をそむけながら言った。
「捨てるくらいなら手伝うけれど」
「うん、そうしてもらえると助かる」
ほら、やっぱりと思いながら、フィオナはパトリツィアに腕を絡ませて人混みを進んでいくサラの後を追った。
祭りで賑わうサウスドルファンの駅前を、如月忠正はやや浮かない顔で歩いていた。
祭り自体は嫌いではないのだが、人混みというのはあまり好きではない。
元々部屋にこもって資料や文献を読みふける事が好きなのだが、今日はそうはいかない。
一応街の治安維持も傭兵の重要な任務の一つなのだ。
自分にそう言い聞かせながら歩いているが、街行く人々の楽しいそうな笑い声や明るい表情に触れるとどうしても自分の気持ちが暗く沈んでいくのを感じていた。
ルシル・ルシラ・ド・ベルヴィラをはじめとした海賊達は祭りが好きそうだが、今日はきっと街には繰り出してこないだろう。
そうなるであろう理由がもちろんあるし、その理由も忠正の気持ちを暗く緊張させている要因の大きな一因でもあった。
忠正が大きなため息を吐いた時、不意に後ろから肩を叩かれた。
「よう、タダマサ!」
聞いた覚えのある明るい女性の声に振り返ると、祭り衣装に身を包んだサラを先頭に、フィオナと初めて見る金髪のお下げ髪の娘がいた。
サラの両手には屋台で買ったであろう肉を焼いた串と、林檎の飴かけを差した串が握られていた。
「ああ、キミ達か。祭りを楽しんでいるかい」
そんな質問など意味はない事はわかっていたが、それくらいしか言葉が浮かんでこない。
案の定、サラは満足そうな笑みを浮かべて答えた。
「まあ人並みに。あんたは随分浮かない顔をしているな」
「そうか? まあ、大体いつもこんなものさ。二人とも祭り衣装が似合っているな」
「ふふん、おざなりな誉め言葉じゃ女の子のご機嫌は取れないぜ」
「正直な感想だったのだが……」
そう言って苦笑した忠正を見て、サラの後ろにいたパトリツィアがフィオナの服の裾を引っ張って言った。
「この人は何者? 軍の制服を着ているという事は、ドルファンの軍人?」
「ああ、ごめんね、紹介していなくて」
フィオナは軽く咳払いをして忠正の前に一歩進み出た。
「キサラギさん、あの、こちらは私達の友人のパトリツィア・オーエンズさんです。ウエールから来た留学生なんです」
パトリツィアは一瞬迷惑そうな顔をしたが、すぐに取り澄ました顔でスカートの裾をつまんだ。
「オーエンズさん、こちらはタダマサ・キサラギさん。海軍に所属している傭兵さんよ」
フィオナの言葉にパトリツィアの眉が少しだけ動いた。
「やあ、オーエンズさん。よろしく」
そう言って差し出された右手をパトリツィアはそっと握り返した。
「……よろしく」
その手を握った瞬間、忠正は言いようのない違和感を覚えていた。
フィオナやサラと言った女子学生にはあるまじき決定的違和感なのだが、それが何なのかは表現が出来ない。
ただ、先日悪漢からフィオナを助けた時に感じたフィオナの柔らかな手と何かが違うような気がするのを漠然と感じていた。
パトリツィアは握っていた手を離すと、ややぶっきら棒な口調で言った。
「海軍の傭兵だなんて、とんだ物好きね。あそこは海賊紛いの乱暴者が集まる動物園のようなところだと聞いているけれど」
強烈な批評に忠正は苦笑を浮かべた。
「やれやれ、我が海軍はウエールではそんな評判なのか。乱暴者が多いのは否定しないが、そんなに秩序のないところではないよ。徴兵された傭兵達は歴戦の海の戦士たちばかりだから、そう見えるのかもしれないけれど」
「ふうん。まあ、お手並み拝見といったところね。今回の戦いでその真価が問われるのだろうから」
まったくの無表情で呟いたパトリツィアの言葉に、忠正は表情を凍らせた。
──今回の戦い。
この少女はそう言った。
忠正はやや緊張感のある声で答える。
「今回の戦い、というのは何の事だ?」
だがパトリツィアは表情を変えず、しれっと言い切った。
「そのままの意味よ。軍部に招集がかかっているのでしょう?」
その言葉に忠正は愛想笑いを浮かべたままの表情で固まった。
実を言うと、この少女の指摘通り軍部に招集命令が出ていたからだ。
『D弐号発令』という、傭兵部隊の招集及び、軍事行動の号令が今朝発令されたばかりだ。
この情報は公に発表されるものではないはずだし、一般的には口外禁止とされている。
とは言えルシルのような海賊たちがそれを殊勝に守っているのかと言えば、それは忠正も自信がないし、ルシル達ではない傭兵達の口から情報が洩れていたとしてもそれは仕方のない事だと言える。
だが、フィオナやサラと年も変わらぬような女子学生がそんな事を言うのは明らかに不審だ。
忠正は愛想笑いのまま言う。
「オーエンズさん、だったか。どこでそんな話を?」
「町の雰囲気と、あなた達軍人の表情を見ていればわかるわ。祭りだと言うのにみんな青白くて浮かない顔をしているもの」
パトリツィアはつまらなそうな話をするように、醒めた口調で無表情のままで言う。
そのあまりの無表情ぶりに忠正は若干戸惑っていた。
「すごい観察力だね。祭りの中、屋台ではなくそんなところを見ていたのかい?」
忠正の言葉にパトリツィアは全くトーンを変えずに答えた。
「私の両親はどちらも軍部の人間なので、どうしてもそういった事に敏感になってしまうの。気に障ったなら失礼したわ」
そんな事、あり得るのだろうか。だがその言葉には説得力がある。
忠正がそう思っているとフィオナが心配そうな声を上げた。
「キサラギさん……本当に招集がかかっているのですか? 海軍に……」
フィオナの神妙な表情に忠正は僅かに戸惑いの表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
ここまできて隠しても仕方のない事だ。どうせ明日には世間の耳にも入る。
嘘をついた所で全くの無意味だ。
「ああ、オーエンズさんの言う通りだ。でも、心配はいらないよ。大きな戦いではないという話だし、こういった時の為の傭兵部隊、そしてオレなんだから」
明るく言い放った忠正の言葉に、フィオナはまだ少しだけ戸惑いの表情を浮かべた。
その様子を串焼きを頬張りながら見ていたサラは、肉を飲み下すと声を上げた。
「まあ、大丈夫だろ! タダマサ、すごい強いんだぜ! あたし見た事あるんだ。タダマサが戦っているところ」
そう言いながら忠正の肩をバンバンと叩く。
忠正はその力強さに驚いたが、胸を張ってみせた。
「そういう事だ。オレはキミ達が思っているよりも強いので、キミ達の国をきっと守ってみせるさ。だから、キミ達は何の心配もせずに祭りを楽しんでくれ!」
闇雲に一般人の不安をあおるような事は言えないし、せっかくの祭りを台無しにするわけにもいかない。
忠正が精一杯の笑顔を見せると、フィオナは幾分安心したようで、わずかに笑顔を見せた。
「でも、その、気を付けて下さいね。きっと無事に帰ってきてください」
フィオナの言葉に頷いてみせる忠正に対し、パトリツィアが続けた。
「あなたが武勲を立てられるよう、お祈りしておくわ。タダマサ・キサラギ」
その青い瞳の奥で何かを楽しむかのように笑っているのを感じた忠正は、偽りの笑顔のまま答えた。
「戻ってきたらキミとはゆっくりと話がしたいな。ウエールのご両親の話も聞いてみたい」
パトリツィアは唇の端でほんの少し微笑みながら言った。
「楽しみにしているわ」
その笑顔に言い知れぬ不信感を感じつつ、忠正はフィオナ達と別れた。
ドルファン海軍の傭兵達における、初めての戦いが始まる──